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第百十章 うちの、家族

「誰が、と、伺っています」


零度が言った。

北の戸を閉めた者の話だった。


***


三月五日。金曜日。

午後の三時を、少し回っていた。


***


「うん、うん」は、もう言った。

答えには、ならなかった。


稽古でも、ここで詰まった。


***


飛行機は、出てこなかった。


出てくるのは、番小屋の床と、神様の襟首と、由紀の数える声だけだった。


***


「健司」


頭の上で、メレオスが言った。


「閉めたのは。お主と、由紀と、わしじゃ」

「家族じゃな」


***


「……うちの、家族です」


小さい声で言った。

メレオスに、言ったつもりだった。


***


面が、喋った。


低い声だった。機械の声だった。

英語だった。


***


「あ」


『ギーク』が言った。


「口の、ほうは。日本語が、入ると。英語で、出ます」

「言って、ませんでしたっけ」


言っていなかった。


***


「うん、は、音なので、出ません」

「文に、なると。出ます」


もう、何も聞けなかった。

聞けば、出る。


***


「アワ、ファミリー、と、出ました」

「訳は、合ってます」


合っていた。

困るくらい、合っていた。


***


円卓が、動いた。


面は、こっちを向いていなかった。

お互いを、向いていた。


***


「ファミリー、は。身内、って、意味も、あります」

「こういう、会だと。特に」


この卓の誰か、と聞こえたらしかった。


***


「この卓の者、ということですか」


零度が言った。


***


俺は、この卓に座っていた。

椅子は、傾いていたけど。


「……うん」


一回だった。

嘘では、なかった。


***


尖った声が、立った。

椅子が、鳴った。


「誰です。名前を、言いなさい」


怒鳴っていた。

耳では、ていねいだった。


***


名前は、小沢健司だった。

言えば、終わる。


***


口が、先に動いた。

稽古で、いちばんほめられた台詞だった。


「持ち帰って。検討、します」


***


面が、英語で言った。

さっきより、長かった。


円卓が、静かになった。


***


零度が、ゆっくりうなずいた。


「よろしい」


***


通った。


あの国の棚は、その一言でできている。

『ブル』が、そう言っていた。


零度は、あの国の人だった。


***


「結果は、次の席で伺います」


次が、あるらしかった。

宿題が、出た。


***


零度は、尖った声のほうを向いた。


「西経七十五度」

「あなたの担当官は、あなたの身内です」


***


「西経百二十度」

「任せてください、と言いました。あなたの身内でも、あります」


二つの面が、動かなくなった。


自分で、言ったことだった。


***


「私では、ありません」


尖った声が、また立った。


「あの男は、今夜、私が、片づけます」


『ジョン』のことだった。


***


「うるさいのぉ」


頭の上で、指が動いた。


***


後ろは、見えない。


尖った声が、途中で止まった。

座った。


声が途中で切れた席の、隣の席だった。


***


「きょうは、ここまでにします」


零度が言った。


***


立つ前に、床に手をついた。


右の後ろの脚の下を、紙一枚ぶんだけ盛った。


椅子が、まっすぐになった。


***


百四十年、誰も直さなかった。

三秒だった。


次の人には、引き継がなくていい。


***


四十二段、上った。


庭師が、戸を開けた。

外は、まだ晴れていた。


***


面を外した。


「もう、喋って、いいです」

「切りました」


***


「『ジョン』は」


「先に、送りました。今夜、の、ところで」


列に、『ジョン』はいなかった。

『レスラー』だけが、まだ撮られていた。


***


「録れたのか」


「録れました。喋った、席のぶんは」

「声が、三つです」


***


「共さん。俺、嘘、言ってませんよね」


「申して、おられません」


共さんは言った。

円卓を出て、最初の一言だった。


***


「ただ」

「宿題が、出ました」


「……次も、出るんですか。俺」


「席の、方で、ございますので」


***


会議が、一つ増えた。


***


「健司」


メレオスが、肩に戻っていた。


「家族、と、言うたな」

「わしも、入っとるな」


「お前が、言ったんだろ」


「言うた。……確かめた、だけじゃ」


***


帰りの飛行機のことを、やっと考えられた。


考えなければ、よかった。


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