第百十章 うちの、家族
「誰が、と、伺っています」
零度が言った。
北の戸を閉めた者の話だった。
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三月五日。金曜日。
午後の三時を、少し回っていた。
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「うん、うん」は、もう言った。
答えには、ならなかった。
稽古でも、ここで詰まった。
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飛行機は、出てこなかった。
出てくるのは、番小屋の床と、神様の襟首と、由紀の数える声だけだった。
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「健司」
頭の上で、メレオスが言った。
「閉めたのは。お主と、由紀と、わしじゃ」
「家族じゃな」
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「……うちの、家族です」
小さい声で言った。
メレオスに、言ったつもりだった。
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面が、喋った。
低い声だった。機械の声だった。
英語だった。
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「あ」
『ギーク』が言った。
「口の、ほうは。日本語が、入ると。英語で、出ます」
「言って、ませんでしたっけ」
言っていなかった。
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「うん、は、音なので、出ません」
「文に、なると。出ます」
もう、何も聞けなかった。
聞けば、出る。
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「アワ、ファミリー、と、出ました」
「訳は、合ってます」
合っていた。
困るくらい、合っていた。
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円卓が、動いた。
面は、こっちを向いていなかった。
お互いを、向いていた。
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「ファミリー、は。身内、って、意味も、あります」
「こういう、会だと。特に」
この卓の誰か、と聞こえたらしかった。
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「この卓の者、ということですか」
零度が言った。
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俺は、この卓に座っていた。
椅子は、傾いていたけど。
「……うん」
一回だった。
嘘では、なかった。
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尖った声が、立った。
椅子が、鳴った。
「誰です。名前を、言いなさい」
怒鳴っていた。
耳では、ていねいだった。
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名前は、小沢健司だった。
言えば、終わる。
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口が、先に動いた。
稽古で、いちばんほめられた台詞だった。
「持ち帰って。検討、します」
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面が、英語で言った。
さっきより、長かった。
円卓が、静かになった。
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零度が、ゆっくりうなずいた。
「よろしい」
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通った。
あの国の棚は、その一言でできている。
『ブル』が、そう言っていた。
零度は、あの国の人だった。
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「結果は、次の席で伺います」
次が、あるらしかった。
宿題が、出た。
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零度は、尖った声のほうを向いた。
「西経七十五度」
「あなたの担当官は、あなたの身内です」
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「西経百二十度」
「任せてください、と言いました。あなたの身内でも、あります」
二つの面が、動かなくなった。
自分で、言ったことだった。
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「私では、ありません」
尖った声が、また立った。
「あの男は、今夜、私が、片づけます」
『ジョン』のことだった。
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「うるさいのぉ」
頭の上で、指が動いた。
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後ろは、見えない。
尖った声が、途中で止まった。
座った。
声が途中で切れた席の、隣の席だった。
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「きょうは、ここまでにします」
零度が言った。
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立つ前に、床に手をついた。
右の後ろの脚の下を、紙一枚ぶんだけ盛った。
椅子が、まっすぐになった。
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百四十年、誰も直さなかった。
三秒だった。
次の人には、引き継がなくていい。
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四十二段、上った。
庭師が、戸を開けた。
外は、まだ晴れていた。
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面を外した。
「もう、喋って、いいです」
「切りました」
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「『ジョン』は」
「先に、送りました。今夜、の、ところで」
列に、『ジョン』はいなかった。
『レスラー』だけが、まだ撮られていた。
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「録れたのか」
「録れました。喋った、席のぶんは」
「声が、三つです」
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「共さん。俺、嘘、言ってませんよね」
「申して、おられません」
共さんは言った。
円卓を出て、最初の一言だった。
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「ただ」
「宿題が、出ました」
「……次も、出るんですか。俺」
「席の、方で、ございますので」
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会議が、一つ増えた。
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「健司」
メレオスが、肩に戻っていた。
「家族、と、言うたな」
「わしも、入っとるな」
「お前が、言ったんだろ」
「言うた。……確かめた、だけじゃ」
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帰りの飛行機のことを、やっと考えられた。
考えなければ、よかった。




