第百九章 誰が、閉めた
「聞こえますかー」
『ギーク』が言った。
耳の中の話だった。
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三月五日。金曜日。
グリニッジは、晴れていた。
午後の三時だった。
東京は、夜中の零時だった。
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面の内側に、豆くらいの機械が二つ貼ってあった。
耳のところと、口のところだった。
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「英語が、入ると。日本語で、出ます」
「地下でも、届きます」
なんで、とは、もう聞かなかった。
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丘の上は、きょうも列だった。
『ジョン』が、並んでいた。
こっちを、見なかった。
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『レスラー』は、線の前で写真を撮られていた。
みんな、そっちを見ていた。
誰も、緑の戸を見ていなかった。
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『ブル』は、丘の下にいた。
歩き方を、知られている人だった。
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共さんが、戸を叩いた。
三回だった。
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開いた。
手が出た。それから、顔が出た。
年寄りだった。前掛けに、土がついていた。
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本当に、庭師だった。
『ブル』は、十年前から合っていた。
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庭師は、共さんの顔を見た。
長いこと、見ていた。
一言、言った。
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「お入りください」
耳の中で、『ギーク』の声がした。
一拍、遅れていた。
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「呼ばれた!」
メレオスが、肩に戻ってきた。
「お前じゃ、ないぞ」
「呼ばれた、ものは、呼ばれた」
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戸の内側で、面をつけた。
階段が、下へ続いていた。
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「四十二段で、ございます」
「去年、数えました。目を、閉じて、おりましたので」
四十二段、あった。
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円い卓だった。
明かりは、真ん中に一つだけだった。
椅子が、七つあった。
白い面が、六つ座っていた。
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画面は、なかった。
きょうは、全員、本人だった。
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共さんは、卓の端に立った。
どの席でもないところだった。
面が、六つとも、そっちを向いた。
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北の席が、何か言った。
年を取った声だった。
「お戻りになりましたか」
耳では、ていねいだった。
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「訳は、全部、です、ます、です」
「そう、作ったので」
本物は、たぶん、もっとこわかった。
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共さんは、答えなかった。
頭が、重くなった。
「角じゃ」
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面の穴からは、横も見えない。
卓の向こうで、面が一つ、椅子ごと後ろに下がった。
傾いたらしかった。
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共さんは、空いた椅子の後ろに立った。
黙って、立っていた。
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誰も、何も言わなかった。
断れる席は、なかった。
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座った。
椅子は、右に傾いていた。
引き継ぎは、正しかった。
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「始めましょう」
零度だった。
「東経百三十五度」
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一拍、遅れて聞こえた。
だから、一拍、遅れて答えた。
「うん、うん」
考えているように、聞こえたと思う。
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「北の戸の話です」
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「去年の冬至に、すべての戸を、同じ夜に開けることにしました」
「開いたのは、一つです。ノルウェーの戸です」
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「一月の十四日に、閉じました」
「出てきたものは、戻されました」
知っていた。
その場に、いた。
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「誰かが、閉めたのです」
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「あの戸は、前の東経百三十五度が、用意したものです」
「引き継ぎは、受けましたか」
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受けていた。
椅子のことだけ、だった。
「……うん、うん」
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別の面が、口を開いた。
尖った声だった。
訳は、ていねいだった。
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「一月に、あの町に、外国人がいました」
「一人は、うちの担当官です」
「今、ロンドンにいます」
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「連れが、いたはずです。調べさせています」
「役所は、遅いのです」
どこの国でも、だった。
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その隣の面が、言った。
低くて、ゆっくりだった。
録音で、聞いた声だった。
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「彼のことは、私に、任せてください」
顔は、『ジョン』が知っている。
声は、共さんと俺が知っている。
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六つの面の中身が、一つだけ分かっていた。
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零度は、共さんのほうを向いた。
「あなたは、ご存じのはずです」
「あの夜、戸が閉まるのを、感じたでしょう」
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共さんは、答えなかった。
嘘は、言えない人だった。
頭の上で、メレオスが指を立て直した。
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零度は、長いこと待った。
それから、こっちを向いた。
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「では、連れてこられた方に、伺います」
「東経百三十五度」
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「誰が、閉めたと、思いますか」
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俺だった。
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「……訳、合ってます」
『ギーク』が言った。
訳の声じゃ、なかった。
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帰りの飛行機のことを、考えようとした。
考えられなかった。




