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第百九章 誰が、閉めた

「聞こえますかー」


『ギーク』が言った。

耳の中の話だった。


***


三月五日。金曜日。

グリニッジは、晴れていた。


午後の三時だった。

東京は、夜中の零時だった。


***


面の内側に、豆くらいの機械が二つ貼ってあった。

耳のところと、口のところだった。


***


「英語が、入ると。日本語で、出ます」

「地下でも、届きます」


なんで、とは、もう聞かなかった。


***


丘の上は、きょうも列だった。


『ジョン』が、並んでいた。

こっちを、見なかった。


***


『レスラー』は、線の前で写真を撮られていた。

みんな、そっちを見ていた。


誰も、緑の戸を見ていなかった。


***


『ブル』は、丘の下にいた。

歩き方を、知られている人だった。


***


共さんが、戸を叩いた。

三回だった。


***


開いた。


手が出た。それから、顔が出た。

年寄りだった。前掛けに、土がついていた。


***


本当に、庭師だった。

『ブル』は、十年前から合っていた。


***


庭師は、共さんの顔を見た。

長いこと、見ていた。


一言、言った。


***


「お入りください」


耳の中で、『ギーク』の声がした。

一拍、遅れていた。


***


「呼ばれた!」


メレオスが、肩に戻ってきた。


「お前じゃ、ないぞ」


「呼ばれた、ものは、呼ばれた」


***


戸の内側で、面をつけた。

階段が、下へ続いていた。


***


「四十二段で、ございます」

「去年、数えました。目を、閉じて、おりましたので」


四十二段、あった。


***


円い卓だった。

明かりは、真ん中に一つだけだった。


椅子が、七つあった。

白い面が、六つ座っていた。


***


画面は、なかった。

きょうは、全員、本人だった。


***


共さんは、卓の端に立った。

どの席でもないところだった。


面が、六つとも、そっちを向いた。


***


北の席が、何か言った。

年を取った声だった。


「お戻りになりましたか」


耳では、ていねいだった。


***


「訳は、全部、です、ます、です」

「そう、作ったので」


本物は、たぶん、もっとこわかった。


***


共さんは、答えなかった。


頭が、重くなった。


「角じゃ」


***


面の穴からは、横も見えない。


卓の向こうで、面が一つ、椅子ごと後ろに下がった。


傾いたらしかった。


***


共さんは、空いた椅子の後ろに立った。

黙って、立っていた。


***


誰も、何も言わなかった。

断れる席は、なかった。


***


座った。


椅子は、右に傾いていた。

引き継ぎは、正しかった。


***


「始めましょう」


零度だった。


「東経百三十五度」


***


一拍、遅れて聞こえた。

だから、一拍、遅れて答えた。


「うん、うん」


考えているように、聞こえたと思う。


***


「北の戸の話です」


***


「去年の冬至に、すべての戸を、同じ夜に開けることにしました」

「開いたのは、一つです。ノルウェーの戸です」


***


「一月の十四日に、閉じました」

「出てきたものは、戻されました」


知っていた。

その場に、いた。


***


「誰かが、閉めたのです」


***


「あの戸は、前の東経百三十五度が、用意したものです」

「引き継ぎは、受けましたか」


***


受けていた。

椅子のことだけ、だった。


「……うん、うん」


***


別の面が、口を開いた。


尖った声だった。

訳は、ていねいだった。


***


「一月に、あの町に、外国人がいました」

「一人は、うちの担当官です」

「今、ロンドンにいます」


***


「連れが、いたはずです。調べさせています」

「役所は、遅いのです」


どこの国でも、だった。


***


その隣の面が、言った。


低くて、ゆっくりだった。

録音で、聞いた声だった。


***


「彼のことは、私に、任せてください」


顔は、『ジョン』が知っている。

声は、共さんと俺が知っている。


***


六つの面の中身が、一つだけ分かっていた。


***


零度は、共さんのほうを向いた。


「あなたは、ご存じのはずです」

「あの夜、戸が閉まるのを、感じたでしょう」


***


共さんは、答えなかった。

嘘は、言えない人だった。


頭の上で、メレオスが指を立て直した。


***


零度は、長いこと待った。


それから、こっちを向いた。


***


「では、連れてこられた方に、伺います」

「東経百三十五度」


***


「誰が、閉めたと、思いますか」


***


俺だった。


***


「……訳、合ってます」


『ギーク』が言った。

訳の声じゃ、なかった。


***


帰りの飛行機のことを、考えようとした。


考えられなかった。


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