↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/176

第十章 初仕事

二日目の朝も、ネクタイは一度で決まらない。


地下に降りた。

六、三、一、六。閉じるボタン、長押し。


会議室に、課の人間が揃っていた。


「本番だ」


課長が、資料を配る。


「うちは、表に出せない案件を処理する部署だ。正規の警察では手が出せない現場、と言えば分かるか」


昨日、後々に回された仕事内容である。

危険手当の正体が、資料の写真だった。


港の倉庫。木箱。銃。


「今夜、暴力団がロシアのマフィアと、銃火器の取引をする」

「現場に入って、証拠を押さえて逮捕する。君も行く」


「俺も、ですか」

「初日で投げられた男を、置いていくわけにはいかないだろ」


『レスラー』が、腕を組んでうなずいた。

加藤さんは、心配そうな顔をしている。

『レディー』は、爪を見ている。

『ホラー』は、資料の端だけを見ていた。


俺は、平均的な元サラリーマンである。

銃の取引に、行く人間ではない。


正直、怖いが、断れない。仕事だ。


***


ロッカーで、防弾ベストを渡された。

重い。


「これも」


『レスラー』が、拳銃を渡してきた。


初めて触る。

冷たい。思ったより、重い。


「安全装置はここだ。撃てと言われたら撃て。それまでは、指を添えるな」

「触ったこと、ないです」

「今夜、覚える」


覚えることが、また増えた。


***


港は、夜でも明るい。

水銀灯が、倉庫の壁を白くしている。


なぜ、こういう取引は決まって港の倉庫なのか。

法律で決まってるのか。

ドラマでも、ゲームでも、倉庫である。


現場は、ドラマどおりだった。

腹が、冷える。


「『オザケン』、後ろだ。撃つなよ。まだだ」


『レスラー』の声が、低い。


木箱が、フォークリフトから降りる。

日本語と、よく分からない言葉が、交差する。


暴力団。ロシアのマフィア。

どちらも、拳銃を持っている。


証拠は、揃っている。

あとは、踏み込むだけだ。


「行くぞ」


***


扉が開く音と、声が重なった。


「動くな!警察だ!」


『レディー』の声である。

思ったより、大きい。


相手は、止まらなかった。


銃声が、倉庫に響く。


耳が、鳴る。

頭が、白い。


「『オザケン』!撃て!」


『レスラー』に、怒鳴られた。


安全装置。どこだ。

指が、滑る。


撃った。

弾は、天井に行った。


「違う!そっちは空だ!」


分かってる。触ったこともないんだよ。


もう一発。床に行った。

三発目は、もう自分がどこを撃ってるのか分からない。


相手の弾が、近くの鉄骨に当たった。


ヤバい。

刃物のときより、ヤバい。


魔法なら、当たる。


もう我慢の限界だ!


「むん!」


火の玉が、木箱の横で弾けた。


ドワッ!


マフィアの一人が、後ろへ転んだ。

炎は、イメージより大きい。いつものことだ。


銃声が、止まらない。

火だけでは、足りない。


雷なら、手が止まる。


「いくぞ!」


バチッ!


倉庫の明かりが、一度、落ちた。


相手の腕に雷が当たる。


拳銃が、床に落ちる。


自分の指も、しびれた。

山の再現である。


弾が、まだ来る。


壁だ。


「ストーンウォール!」


石壁が、目の前に立ち上がった。

弾が、壁で止まる。


詠唱は、恥ずかしい。

いまは、恥ずかしい場合ではない。


***


静かになった。


煙と、焦げた匂いと、土の匂いが混ざっている。


『レスラー』が、相手の腕をひねって押さえている。


『レディー』が、残りの人間に銃を向けている。


『ホラー』は、石壁を見ていた。

髪の隙間から、目が見える。


「……今の、何」


『レディー』である。


「気功です」

「気功」

「気功です」


三回言った。

不器用な人間が嘘をつくときは、回数で押すしかない。


「合気道で人を投げるのは知っているが、炎と雷と壁はどう言うことだ?」


『レスラー』が、不思議そうに俺を見た。


「じいちゃんが一子相伝で……その、気の応用です」


「ふーん」


『レディー』の「ふーん」は、二日で三種類目である。


『ホラー』は、何も言わなかった。

石壁から、俺へ、視線だけが移る。


背中が、また冷たい。


***


倉庫を出るころには、正規の警察が来ていた。

うちの課の名前は、出ていない。

存在しない部署である。当然だ。


車の中で、『レスラー』が言った。


「次は、撃つ練習もしろ。魔法……気功の前に」

「気功です」

「分かったよ」


分かってない。

分かってくれたふりだけは、してくれている。


***


地下に戻ると、すぐに呼ばれた。


課長の部屋は、会議室より狭い。


「座ってくれ」


座った。


「炎は、大臣から聞いていた。だから君を入れた」


うなずくしかない。


「雷と、壁は、聞いていない」


課長の顔が、頼りなさげなまま、困っている。


「気功です」

「加減が、まだ難しいですが」


倉庫を、少し焦がした。


石壁は、まだ残している。どかすのは、誰の仕事だ?


「君の技は、現場で暴れると後始末が大変だ。地下に訓練場を空ける。そこで練習してくれ」


「……はい」


アパートを燃やすよりは、ましだ。


山に行くよりは、近い。


「まあ、逮捕はできた。あとは訓練だ」


課長が、笑った。

頼りない笑いに見えて、少しだけ、仕事の顔だった。


***


アパートに帰った。


「どうじゃった。本番は」


メレオスが、ソファの背に座っている。


「銃撃戦だった。ロシアのマフィアと、暴力団だ」

「ほう。給料の元は取れたか」

「倉庫を焦がした」

「火を出したのぉ」


「雷も、壁も」

「人前で、か」

「たまらなかった」


「気功で通したか」

「通した」

「課の人間は、信じてない」

「妹御と同じじゃな」

「同じにするな」


「訓練場をもらった。地下だ」

「燃やし放題じゃ」

「燃やさないぞ!」


***


拳銃は、ロッカーに置いてきた。

触りたくない。


明日から、地下で特訓だ。

倉庫の石壁は、たぶん、まだ残っている。


憂鬱だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。