第百一章 右から、四つ目
「右から、です」
俺は言った。
赤城さんの手に、定規があった。
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箱の中に、十二本入っていた。
長さの順だった。
「……左から、数えた」
「右から、四つ目、と。言って、ました」
赤城さんは、黙ってふたを閉めた。
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二月九日。火曜日の午後。
鷲尾の家の、書斎だった。
鍵は、黒服が開けた。
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全部、揃っていた。
本の背は、高さの順だった。
机の鉛筆は、長さの順だった。
ほこりが、なかった。
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息をするのが、悪い気がした。
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棚の三段目に、桐の箱が並んでいた。
同じ大きさで、同じ間隔だった。
右から、四つ目。
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赤城さんが、ふたを取った。
薄い紙をめくった。
面だった。
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白かった。
木に、白く塗ってあった。
塗りが、ところどころはげていた。
冬至の山で見た面だった。
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「……つけて、みろ」
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持った。
軽かった。
裏に、字が彫ってあった。
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『135°E』
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ひもだけ、新しかった。
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つけた。
穴が小さかった。
前が、半分しか見えなかった。
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「どうだ」
「鬼の、面と。同じです」
「稽古、どおりだな」
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「鬼の、ほうが。似合うとった」
肩の上で、メレオスが言った。
「角が、ないと。さびしいの」
「要らないよ。角は」
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面を外した。
箱の底に、もう一つあった。
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帳面だった。
黒くて、小さかった。
赤城さんが開いた。
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字は、なかった。
数字だけだった。
左に一つ。右に一つ。
年だった。
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「席に、就いた、年と」
赤城さんは言った。
「欠けた、年だ」
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一番上の左が、一八八四だった。
行は、九つあった。
行ごとに、数字の形が違った。
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前の人の欠けた年を、次の人が書く。
そうやって、続いてきたらしかった。
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一番下の行は、左だけ書いてあった。
几帳面な数字だった。
右は、空いていた。
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その下に、線が一本、引いてあった。
定規の線だった。
空の、一行だった。
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「……次の、人の、欄ですね」
「そうだ」
「俺の、ですね」
「そうなる」
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引き継ぎは、ここでもちゃんとしていた。
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赤城さんは、帳面を見ていた。
右の列を、上から指でたどった。
「百四十年」
「不老不死を、探して」
「全員、欠けて、いる」
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八つの年が、並んでいた。
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電話が鳴った。
赤城さんのだった。
「……あと、十分、待て」
廊下に出ていった。
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国の会議は、まだ待っていた。
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「健司」
メレオスが言った。
帳面をのぞいていた。
「こやつらは。年を、取りとう、ないのか」
「そう、らしい」
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「取らんのでは、ないぞ」
「止まるんじゃ」
「……止まる」
「入っとる、あいだ、だけじゃ」
「共は。五十六年、止まっとった」
「出たら。また、動く」
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「知ってたのか」
「わしも。同じ、ものじゃからの」
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それなら。
「……じいちゃんも」
「できた」
メレオスは言った。
「あやつが、開ければ。わしは、入れた」
「入れば。止まった」
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「一度だけ、言うた」
「しまいの、ころじゃ」
「開けい、と」
「……じいちゃんは」
「開けん、と」
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「それから」
メレオスは、少し黙った。
「止めたら。お前の、豆が、増えん、と」
「……豆」
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「節分の、豆じゃ」
「あやつは、毎年。年の、数だけ、皿に、盛った」
「食うたのは、わしじゃ」
「毎年。一粒、増えた」
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じいちゃんの皿は、毎年空だった。
うちでは、ねずみのせいになっていた。
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「あやつは、一つ、頼んだ。わしは、聞いた」
「わしも、一つ、頼んだ」
「あやつは。聞かなんだ」
「……不公平じゃ」
怒っていなかった。
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円卓が、百四十年欲しがっているものを。
じいちゃんは、豆で断っていた。
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「健司」
「お主には、入らんぞ」
「頼まれても、入らん」
「頼まないよ」
「わしは。肩で、ええ」
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戸が開いた。
赤城さんが戻ってきた。
俺を見た。
俺は、帳面の空の一行を見ていた。
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「書くな」
「書きません」
「書きそうな、顔を、している」
「……欄が、あると。つい」
「書くな」
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二回、言われた。
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面を、箱に戻した。
帳面も戻した。
ふたを、閉めた。
箱は、俺が持った。
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出る前に。
赤城さんは、左から四つ目の箱を、まっすぐに直した。
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直さなくてもいいのに、直した。
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三月五日まで、あと二十四日だった。




