第百二章 十七個目
「あと、三人だ」
赤城さんが言った。
手に、番号札を持っていた。
百十二番だった。
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二月十九日。金曜日。
役所の長椅子だった。
大臣が、番号を待っていた。
目の下が、黒かった。
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十日で、判子は十五、増えた。
番号札は、十五回取った。
今日が、十七個目だった。
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隣に、共さんが座っていた。
紺色のコートで、背筋を伸ばして、書類の束を膝にのせて。
束の角が、そろっていた。
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「三か月、と、言われた、ものを」
俺は言った。
「二週間、ですね」
「まだ、終わって、いない」
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「百十二番の、方」
呼ばれた。
赤城さんは、立った。
俺も立っていた。
呼ばれていないのに。
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窓口の人は、眼鏡をかけていた。
書類を受け取った。
一枚ずつ、見た。
判子を、指で数えた。
「十六」
「揃って、いますね」
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顔を上げた。
共さんを見た。
書類を見た。
もう一度、共さんを見た。
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「昭和、八年」
「……ご本人、ですか」
「本人で、ございます」
「お若い、ですね」
「恐れ、入ります」
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それだけだった。
驚かなかった。
書類が揃っていれば、通す人だった。
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「付き添いの、方は」
「赤城だ」
「ご関係は」
赤城さんは、少し黙った。
「……先生の、ご友人だ」
「知人、で、よろしいですね」
「……ああ」
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大臣、と書く欄は、なかった。
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「記入が」
窓口の人は言った。
「枠から。一字も、出て、いません」
「恐れ、入ります」
「助かります」
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加藤さんと、同じ種類の人だった。
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判子を取った。
朱肉につけた。
押した。
音がした。
十七個目だった。
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奥へ行って、戻ってきた。
紙が、一枚だった。
共さんは、両手で受けた。
読んだ。
長いこと、読んでいた。
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「久我、共」
「昭和、八年」
声に出して、読んだ。
「……ございます」
「私の、名が」
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赤城さんは、横を向いていた。
「遅く、なりました」
「五十六年も」
「二週間で、ございます」
共さんは言った。
「早う、ございました」
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「九十三歳、ですね」
窓口の人が言った。
確かめる声だった。
「九十三、と」
共さんは言った。
「数えて、いただきました」
「小沢の、奥様には。三十八、と。数えて、いただきました」
「どちらも。ようございます」
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「三十八の、ほうは」
窓口の人は言った。
「こちらでは、扱って、おりません」
真顔だった。
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「存じて、おります」
共さんも、真顔だった。
「そちらは。豆で、ございます」
「……そうですか」
「次の、方」
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「健司」
肩の上で、メレオスが言った。
「役所は。止まっとった、ぶんも、数えるんじゃな」
「そう、みたいだな」
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「取られた、うえに。数えられるのか」
「……そうなる」
「人の、決まりは。厳しいの」
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一階に、写真の箱があった。
旅券の写真だった。
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共さんは、カーテンの中に入った。
椅子の高さを、三回直した。
光った。
写真が出てきた。
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俺が取った。
背中が、少し冷たくなった。
首が、傾いていた。
「……共さん」
「はい」
「首」
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共さんは、写真を見た。
「……いたして、おります」
「毎晩。稽古を、いたして、おりますので」
「撮るとき。何を」
「角を、思い出して、おりました」
「二本」
真顔だった。
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写真の中の人は、こわかった。
本人は、鬼の角を思い出していた。
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「十一度、ですか」
「測って、おりませんが。おそらく」
「撮り直せ」
赤城さんが言った。
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二枚目は、まっすぐだった。
一枚目を、共さんは手帳にはさんだ。
「稽古の、記録に、いたします」
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「九十三には、見えんな」
赤城さんは、二枚目を見ていた。
「英国の、入り口は」
「『ブル』さんが。紅茶で、何とか、するそうです」
「……紅茶で」
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スマホが鳴った。
課長だった。
「小沢くん。決まったよ」
「行く、人ですか」
「うん」
「小沢くんと、神様。共さん」
「『ブル』さんと、『ジョン』くん」
「それから。『レスラー』くん」
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「……『レスラー』さんも」
「つければ、いい、と。言った、人だからね」
「言った、人が、やるんだ」
「大きい、ですよ。あの人」
「うん。目立つね」
「うん、うん」
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それで、いいのか、と思った。
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「大臣は」
「顔が、割れてる」
隣で、赤城さんが言った。
聞こえていた。
「旅券が、出たら。すぐ、発て」
「はい」
「久我さんを。頼む」
「……はい」
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共さんは、紙をまだ持っていた。
両手で。
折らなかった。
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三月五日まで、あと十四日だった。




