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第百二章 十七個目

「あと、三人だ」


赤城さんが言った。


手に、番号札を持っていた。

百十二番だった。


***


二月十九日。金曜日。

役所の長椅子だった。


大臣が、番号を待っていた。

目の下が、黒かった。


***


十日で、判子は十五、増えた。

番号札は、十五回取った。


今日が、十七個目だった。


***


隣に、共さんが座っていた。


紺色のコートで、背筋を伸ばして、書類の束を膝にのせて。


束の角が、そろっていた。


***


「三か月、と、言われた、ものを」


俺は言った。


「二週間、ですね」

「まだ、終わって、いない」


***


「百十二番の、方」


呼ばれた。


赤城さんは、立った。


俺も立っていた。

呼ばれていないのに。


***


窓口の人は、眼鏡をかけていた。


書類を受け取った。

一枚ずつ、見た。


判子を、指で数えた。


「十六」

「揃って、いますね」


***


顔を上げた。

共さんを見た。

書類を見た。


もう一度、共さんを見た。


***


「昭和、八年」

「……ご本人、ですか」


「本人で、ございます」

「お若い、ですね」

「恐れ、入ります」


***


それだけだった。


驚かなかった。

書類が揃っていれば、通す人だった。


***


「付き添いの、方は」

「赤城だ」

「ご関係は」


赤城さんは、少し黙った。


「……先生の、ご友人だ」


「知人、で、よろしいですね」


「……ああ」


***


大臣、と書く欄は、なかった。


***


「記入が」


窓口の人は言った。


「枠から。一字も、出て、いません」


「恐れ、入ります」

「助かります」


***


加藤さんと、同じ種類の人だった。


***


判子を取った。

朱肉につけた。

押した。


音がした。


十七個目だった。


***


奥へ行って、戻ってきた。


紙が、一枚だった。


共さんは、両手で受けた。

読んだ。


長いこと、読んでいた。


***


「久我、共」

「昭和、八年」


声に出して、読んだ。


「……ございます」

「私の、名が」


***


赤城さんは、横を向いていた。


「遅く、なりました」

「五十六年も」


「二週間で、ございます」


共さんは言った。


「早う、ございました」


***


「九十三歳、ですね」


窓口の人が言った。

確かめる声だった。


「九十三、と」


共さんは言った。


「数えて、いただきました」

「小沢の、奥様には。三十八、と。数えて、いただきました」

「どちらも。ようございます」


***


「三十八の、ほうは」


窓口の人は言った。


「こちらでは、扱って、おりません」


真顔だった。


***


「存じて、おります」


共さんも、真顔だった。


「そちらは。豆で、ございます」


「……そうですか」

「次の、方」


***


「健司」


肩の上で、メレオスが言った。


「役所は。止まっとった、ぶんも、数えるんじゃな」


「そう、みたいだな」


***


「取られた、うえに。数えられるのか」

「……そうなる」

「人の、決まりは。厳しいの」


***


一階に、写真の箱があった。

旅券の写真だった。


***


共さんは、カーテンの中に入った。

椅子の高さを、三回直した。


光った。


写真が出てきた。


***


俺が取った。


背中が、少し冷たくなった。


首が、傾いていた。


「……共さん」

「はい」

「首」


***


共さんは、写真を見た。


「……いたして、おります」

「毎晩。稽古を、いたして、おりますので」


「撮るとき。何を」


「角を、思い出して、おりました」

「二本」


真顔だった。


***


写真の中の人は、こわかった。


本人は、鬼の角を思い出していた。


***


「十一度、ですか」

「測って、おりませんが。おそらく」


「撮り直せ」


赤城さんが言った。


***


二枚目は、まっすぐだった。


一枚目を、共さんは手帳にはさんだ。


「稽古の、記録に、いたします」


***


「九十三には、見えんな」


赤城さんは、二枚目を見ていた。


「英国の、入り口は」


「『ブル』さんが。紅茶で、何とか、するそうです」


「……紅茶で」


***


スマホが鳴った。

課長だった。


「小沢くん。決まったよ」


「行く、人ですか」


「うん」

「小沢くんと、神様。共さん」

「『ブル』さんと、『ジョン』くん」

「それから。『レスラー』くん」


***


「……『レスラー』さんも」


「つければ、いい、と。言った、人だからね」

「言った、人が、やるんだ」


「大きい、ですよ。あの人」


「うん。目立つね」

「うん、うん」


***


それで、いいのか、と思った。


***


「大臣は」

「顔が、割れてる」


隣で、赤城さんが言った。

聞こえていた。


「旅券が、出たら。すぐ、発て」

「はい」

「久我さんを。頼む」

「……はい」


***


共さんは、紙をまだ持っていた。


両手で。


折らなかった。


***


三月五日まで、あと十四日だった。


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