第百章 厚さを、揃えて
「三切れ目が。少し、厚う、ございます」
共さんが言った。
赤城さんの手が、止まった。
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二月九日。火曜日。
0課の朝だった。
大臣が、羊羹を切っていた。
課長の机で、定規を当てて。
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「……どのくらいだ」
「髪の毛、二本ぶん、ほど」
「分かるのか」
「分かります」
真顔だった。
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赤城さんは、包丁を置いた。
「やり直す」
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二本目だった。
一本目は、隣の皿にあった。
厚いのと薄いのが、並んでいた。
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「大臣」
課長が言った。
「会議は」
「待たせて、ある」
「うん、うん」
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国の会議が、羊羹を待っていた。
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「健司」
肩の上で、メレオスが言った。
「あの、皿は。どうなる」
「……大臣。こっちの、皿は」
「食って、いい」
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メレオスは、もう皿の前にいた。
「厚いのは、うまい」
「薄いのも、うまい」
「揃わんでも。うまいぞ」
「言うなよ。今」
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三本目。
赤城さんは、息を止めていた。
定規を当てた。包丁を下ろした。
一切れ。
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定規を、ずらした。
一切れ。
部屋が、静かだった。
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十二切れ。
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共さんが、端から見た。
顔を近づけて、一切れずつ。
長かった。
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「……揃って、おります」
赤城さんは、息を吐いた。
「十二切れ、全部か」
「全部で、ございます」
「結構な、お仕事です」
「……そうか」
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少し、うれしそうだった。
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加藤さんが、紙の箱を持ってきた。
「定規も、お持ちに、なりますか」
「要らない」
「向こうは。指で、測る」
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「小沢」
「はい」
「来い」
「俺、ですか」
「座る、人間が。取りに、行け」
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警察病院の、個室だった。
廊下の長椅子に、『レスラー』がいた。
あんパンを持っていた。
「今日も、喋らんぞ」
「知っている」
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赤城さんは、戸を開けた。
鷲尾は、起きていた。
ベッドの上で、背筋がまっすぐだった。
布団に、しわがなかった。
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こっちを見なかった。
窓を見ていた。
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赤城さんは、何も言わなかった。
台の上に箱を置いて、ふたを開けた。
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鷲尾の目が、動いた。
箱を見た。
長いこと、見ていた。
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それから、指を出した。
人差し指と、親指だった。
一切れ目を、はさんだ。
二切れ目。
三切れ目。
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「……測ってますね」
「黙って、いろ」
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十二切れ。
全部、測った。
それから、逆からもう一回、測った。
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「早う、食え」
メレオスが言った。
「聞こえないぞ」
「聞こえんでも、言う」
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指が、止まった。
「……揃って、おります」
低い声だった。
よく通る声だった。
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「定規、ですか」
「定規だ」
「何本、お使いに、なりました」
「三本」
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鷲尾の眉が、少し動いた。
「私は。一本で、足ります」
「知っている」
赤城さんは言った。
「正月のは。揃って、いた」
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「見て、おられましたか」
「見ていた」
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鷲尾は、何も言わなかった。
一切れ、取った。
食べた。
ゆっくりだった。
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「面は、どこだ」
赤城さんが聞いた。
「東経、百三十五度の、面だ」
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鷲尾は、二切れ目を取らなかった。
箱を見ていた。
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「……書斎の、棚で、ございます」
「三段目」
「桐の、箱が、並んで、おります」
「右から、四つ目です」
細かかった。
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「なぜ、教える」
「厚さが。揃って、おりましたので」
「ほかに、理由は、ございません」
本当に、それだけらしかった。
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「大臣」
鷲尾は言った。
初めて、赤城さんを見た。
「私は、変わりません」
「面が、あっても。なくても」
「円卓は。回ります」
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「止める」
赤城さんは言った。
それだけだった。
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鷲尾の目が、俺に来た。
「伊左衛門先生の。お孫さん」
「あなたが。座るのですか」
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喉まで、はい、が来た。
警察庁の局長だった人だった。
背広で会ったら、名刺を出していた。
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「……うん」
一回だった。
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鷲尾は、長いこと俺を見ていた。
「あの方は」
「あなたを。見て、いたかった」
「撃たない、方を」
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それから。
「一つ、だけ」
「椅子が。右に、傾いて、おります」
「……え」
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「百四十年。誰も、直して、おりません」
「私は。気に、なって、おりました」
「……引き継ぎ、ですか」
「引き継ぎで、ございます」
「席を、離れる、者の。務めで、ございます」
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敵だった。
敵なのに、引き継ぎは、ちゃんとしていた。
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廊下に出た。
戸が閉まる前に、見えた。
鷲尾は、残りの十一切れを見ていた。
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並べ直しは、しなかった。
もう、揃っていたから。
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「うん、と、言ったな」
赤城さんが言った。
「言いました」
「局長に」
「……はい」
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「それで、いい」
「取りに、行く」
「今日、ですか」
「今日だ」
「会議は」
「待たせて、ある」
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三月五日まで、あと二十四日だった。




