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第百章 厚さを、揃えて

「三切れ目が。少し、厚う、ございます」


共さんが言った。


赤城さんの手が、止まった。


***


二月九日。火曜日。

0課の朝だった。


大臣が、羊羹を切っていた。

課長の机で、定規を当てて。


***


「……どのくらいだ」


「髪の毛、二本ぶん、ほど」


「分かるのか」


「分かります」


真顔だった。


***


赤城さんは、包丁を置いた。


「やり直す」


***


二本目だった。


一本目は、隣の皿にあった。

厚いのと薄いのが、並んでいた。


***


「大臣」


課長が言った。


「会議は」


「待たせて、ある」


「うん、うん」


***


国の会議が、羊羹を待っていた。


***


「健司」


肩の上で、メレオスが言った。


「あの、皿は。どうなる」


「……大臣。こっちの、皿は」


「食って、いい」


***


メレオスは、もう皿の前にいた。


「厚いのは、うまい」

「薄いのも、うまい」

「揃わんでも。うまいぞ」


「言うなよ。今」


***


三本目。


赤城さんは、息を止めていた。

定規を当てた。包丁を下ろした。


一切れ。


***


定規を、ずらした。


一切れ。


部屋が、静かだった。


***


十二切れ。


***


共さんが、端から見た。

顔を近づけて、一切れずつ。


長かった。


***


「……揃って、おります」


赤城さんは、息を吐いた。


「十二切れ、全部か」


「全部で、ございます」

「結構な、お仕事です」


「……そうか」


***


少し、うれしそうだった。


***


加藤さんが、紙の箱を持ってきた。


「定規も、お持ちに、なりますか」


「要らない」

「向こうは。指で、測る」


***


「小沢」


「はい」


「来い」


「俺、ですか」


「座る、人間が。取りに、行け」


***


警察病院の、個室だった。


廊下の長椅子に、『レスラー』がいた。

あんパンを持っていた。


「今日も、喋らんぞ」


「知っている」


***


赤城さんは、戸を開けた。


鷲尾は、起きていた。

ベッドの上で、背筋がまっすぐだった。


布団に、しわがなかった。


***


こっちを見なかった。

窓を見ていた。


***


赤城さんは、何も言わなかった。


台の上に箱を置いて、ふたを開けた。


***


鷲尾の目が、動いた。

箱を見た。


長いこと、見ていた。


***


それから、指を出した。

人差し指と、親指だった。


一切れ目を、はさんだ。


二切れ目。

三切れ目。


***


「……測ってますね」


「黙って、いろ」


***


十二切れ。

全部、測った。


それから、逆からもう一回、測った。


***


「早う、食え」


メレオスが言った。


「聞こえないぞ」


「聞こえんでも、言う」


***


指が、止まった。


「……揃って、おります」


低い声だった。

よく通る声だった。


***


「定規、ですか」


「定規だ」


「何本、お使いに、なりました」


「三本」


***


鷲尾の眉が、少し動いた。


「私は。一本で、足ります」


「知っている」


赤城さんは言った。


「正月のは。揃って、いた」


***


「見て、おられましたか」


「見ていた」


***


鷲尾は、何も言わなかった。


一切れ、取った。

食べた。


ゆっくりだった。


***


「面は、どこだ」


赤城さんが聞いた。


「東経、百三十五度の、面だ」


***


鷲尾は、二切れ目を取らなかった。

箱を見ていた。


***


「……書斎の、棚で、ございます」

「三段目」

「桐の、箱が、並んで、おります」

「右から、四つ目です」


細かかった。


***


「なぜ、教える」


「厚さが。揃って、おりましたので」

「ほかに、理由は、ございません」


本当に、それだけらしかった。


***


「大臣」


鷲尾は言った。


初めて、赤城さんを見た。


「私は、変わりません」

「面が、あっても。なくても」

「円卓は。回ります」


***


「止める」


赤城さんは言った。


それだけだった。


***


鷲尾の目が、俺に来た。


「伊左衛門先生の。お孫さん」

「あなたが。座るのですか」


***


喉まで、はい、が来た。


警察庁の局長だった人だった。

背広で会ったら、名刺を出していた。


***


「……うん」


一回だった。


***


鷲尾は、長いこと俺を見ていた。


「あの方は」

「あなたを。見て、いたかった」

「撃たない、方を」


***


それから。


「一つ、だけ」

「椅子が。右に、傾いて、おります」


「……え」


***


「百四十年。誰も、直して、おりません」

「私は。気に、なって、おりました」


「……引き継ぎ、ですか」


「引き継ぎで、ございます」

「席を、離れる、者の。務めで、ございます」


***


敵だった。


敵なのに、引き継ぎは、ちゃんとしていた。


***


廊下に出た。


戸が閉まる前に、見えた。


鷲尾は、残りの十一切れを見ていた。


***


並べ直しは、しなかった。


もう、揃っていたから。


***


「うん、と、言ったな」


赤城さんが言った。


「言いました」


「局長に」


「……はい」


***


「それで、いい」

「取りに、行く」


「今日、ですか」


「今日だ」


「会議は」


「待たせて、ある」


***


三月五日まで、あと二十四日だった。


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