第八章 拉致先にて
車が、止まった。
どれくらい走ったのか、分からない。
アイマスクをされていると、時間の感覚がなくなる。
車の中で、一度だけメレオスを呼んだ。
来なかった。
ドアが開く音がした。
猿ぐつわが外された。
アイマスクが外された。
手錠も外された。
「ぷはっ」
隣で、女が同じ音を出している。
目の前に、ビルがあった。
何の変哲もない、普通のビルだ。
看板もない。
どこにでもある、灰色の建物である。
「どうぞ」
黒服が、手のひらで入口を示した。
丁寧だ。
さっき人を車に放り込んだ連中とは思えない。
***
エレベーターに乗せられた。
女は、壁際でビクビクしている。
さっきまで「ねえ!ねえ!」と俺に迫っていた人間と、同じ人物である。
人は、環境で変わる。
黒服が、パネルを操作した。
階数の表示にない場所へ、エレベーターが降りていく。
地下だ。
***
大きめの会議室に、通された。
長机の向こうに、何人か座っている。
見覚えのある顔だ。
どこで見た。
葬式だ。
じいちゃんの葬式で見た顔である。
そして、正面に、大臣がいた。
テレビで見る顔が、俺の対面に座っている。
「こんにちは、健司くん。私は国務大臣の赤城だ」
「……どうも」
ほかに、言いようがない。
「君の祖父、小沢伊左衛門さんの弟子にあたる。君から見れば、兄弟子ということだな」
兄弟子。
大臣が。
赤城は、机の上で手を組んだ。
「警察の中にも、伊左衛門さんの弟子は多くいる」
「伊左衛門さんは、講師として、たびたび警察に出向いてくれていた」
謎が、一つ解けた。
葬式の警察のお偉方も、政府関係者も、そういうことだったのか。
じいちゃん、聞いてないよ!
黒服の一人が、赤城の耳元に書類を置いた。
「大臣、あの動画を撮った佐藤理保を見張っていて正解でした」
「無事に、動画の人物を確保できました」
佐藤理保。
盗撮女の名前を、こんな形で知ることになった。
「多分、健司くん、君だと思っていたよ」
「合気道の型が、伊左衛門さんと同じだったからな」
妹も、大臣も、みんな型で俺を見抜く。
***
「さて、本題に移る前に、佐藤さん、あなたに話がある」
理保が、ビクッとした。
「あの動画は、CGで作ったと暴露してくれないか」
「な、なんでよ」
「これから先は、国家機密に該当する。そこを分かってくれたまえ」
「こ、国家機密?」
「ここでのことも、他言無用だ。もし他人に話せば、君を社会的に抹殺することになる」
言い方が、丁寧なまま怖い。
「あの動画にこれ以上触れることも、健司くんとの接触も、お勧めしない」
「な、何の権利があって」
「国家機密さ。それ以上、言うことはない」
「そ、そんなの横暴よ!」
赤城は、扉のほうへ目を向けた。
「もう君に言うことはない。誰か、彼女を別室でよく説得してくれないか」
理保は、ギャーギャー言いながら連れて行かれた。
扉が閉まる。
静かになった。
うるさい女がいなくなると、部屋の空気が重い。
***
大臣が何か部下に指示を出している。
部下は小走りに部屋を出た。
「さて、健司くん。本題に移ろう」
赤城が、こっちを見た。
「君の出したあの炎。多分だと思うが、気功の技だろう」
ギクッとした。
顔に出た。
不器用な人間は、こういうときに損をする。
赤城が、小さくうなずく。
「気功は、伊左衛門さんが一子相伝だと言ってな。我々には教えてくれなかった」
じいちゃん、聞いてないよ!!
異世界の神様に習いました、とは言えない。
ハリセンで叩かれました、とも言えない。
気功ということに、しておこう。
「そこで相談というか、君には公安の部署に入ってもらう」
「は?」
「あんな危ない技を使う人間を、世間に野放しにはできないだろう。政府の管理下に置く」
「で、でも、俺には仕事が」
「それは大丈夫だ。君の会社の上層部には、話を通す。円満退社だ」
「そ、そんな、勝手に」
「健司くん。これはお願いというより、命令に近い。それを分かってほしい」
穏やかな声で言われると、断る隙がない。
「君の新しい職場は、公安0課だ。これは決定事項だ」
公安。
アニメで、何度も聞いた響きである。9課じゃないのか……
「いきなりこんな話をされて、混乱しているだろう。今日は帰りたまえ。送らせる」
***
帰りの車は、アイマスクなしだった。
外の景色が、普通に流れていく。
黒服も、普通に運転している。
商店街の入口で、降ろされた。
肉屋は、もう閉まっていた。
***
アパートに帰った。
「災難じゃったのぉ」
リビングに、メレオスがいる。
「見てたのか」
「見ておった」
「なんで助けない」
メレオスは、涼しい顔で言った。
「わしは守護神じゃ。人間の役所とは戦わん」
「戦えよ!」
「面倒くさい」
相変わらず使えない守護神様だ。守護って言葉を辞書で引いて欲しい。
「じいちゃん、気功は一子相伝だって言ってたらしいぞ」
「言いそうじゃのぉ」
「なんで隠したんだ」
「教えれば、必ず悪く使う者が出る。伊左衛門は、そういう男じゃ」
「俺には教えたけどな」
「孫じゃからのぉ」
じいちゃんの弟子は、大臣にも警察にもいる。
それでも、気功は俺だけだった。
少し、うれしい。
言わないけど。
「で、俺は公安0課だってさ」
「ほう。給料は出るのか」
「知らん」
「聞いてこんかい!」
守護神が心配するのは、そこか。
「明日から、会社に行かなくていいらしい」
口に出してみると、悪い気分ではない。
一か月休んだ机の書類の山は、もう俺のものではないのだ。
「お主、うれしそうじゃな」
「うれしくない」
うれしくなくもない。
「魔法を隠さんでよい職場かもしれんぞ」
その手があったか。
「そうなれば、練習し放題じゃ」
「山に行かなくていいのか」
「アパートも燃やし放題じゃ」
「燃やすかっ!」
***
三日後。
妹から、電話が来た。
「お兄ちゃん!あの動画、CGだったって!」
「そうか」
「投稿者が謝ってたよ。手が込みすぎてすみません、って」
「よかったな」
「……」
「どうした」
「あたしは、信じてないから」
切れた。
妹は、あきらめていない。
窓の外が、暗くなっていく。
明日からの職場は、公安0課だ。連絡があった。
コロッケは、まだ買えていない。
憂鬱だ。




