9. 婚約者と夏休み
サマーパーティーの翌日から夏休みに入ったため、サンドラは一週間、家に引きこもった。
中庭でのアランとの会話を何度も思い出しては、そのたびに気持ちが沈んでいった。
アランと出会ってから、一度も喧嘩をしたことがなかった。だからこそ、あの日のことがずっと頭から離れない。なぜあんなことになってしまったのか…という後悔ばかりがよぎる。
思い返すと、アランはいつだってサンドラの気持ちを、優先してくれていた。
そんなアランが声を荒げたということは、よほど我慢ならなかったのだろう。
サンドラはアランに謝りたいと思ったが、何をどう謝ればいいのか分からず、途方に暮れていた。
暫くそうしていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。扉の方を見ると、サンドラの母が「アラン君からお手紙よ」と一通の封筒を差し出した。
サンドラは母から手紙を受け取ると、慌てて封を開けた。そこには、アランの丁寧な文字が並んでいた。
“サンドラ、先日はごめんね
きちんと会って仲直りがしたいから、一緒にシャンヴェール伯爵領へ避暑に出かけないか”
——アランも、仲直りをしたいと思ってくれていた。
その事実に、サンドラはホッと胸を撫で下ろした。そして、アランに返事を書くべく、ペンを手に取ったのだった。
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「アラン君、節度を持ったお付き合いを頼むよ」
「もちろんです」
サンドラがエントランスへ向かうと、そこには以前と同じ“笑顔なのに殺伐としている”不思議な光景があった。
サンドラの隣で、母が呆れた表情でため息をついた。
「もういいから、二人とも早く馬車に乗りなさい」
そう言うと、前回と同じように、まだ何か言いたげな父の腕をガシリと掴んだ。
その様子が面白くて、サンドラはついクスっと笑ってしまう。
隣を見ると、アランも同じように苦笑していた。
ガタゴトガタゴト——。
車内は、馬車の車輪が回る音だけが響いていた。
互いにどう話しかけていいか分からず、気づけば三十分以上も無言のままだった。
すると、アランが、ハァ…とため息をついた。普段あまり見せないその様子に、サンドラは思わず肩を揺らした。
「ああ…。驚かせてごめんね。自分の不甲斐なさにちょっとね…。仲直りしたいと思って誘ったのに、いざ君を目の前にすると緊張してさ。どう話していいか分からなかったんだ」
アランは、照れたように頬をかきながら、サンドラの目を真っすぐ見つめた。
「私こそ…ごめんなさい。本当は私から謝るべきだったのに、連絡する勇気がなくて」
「そんなことないよ。俺の方こそ、ごめん。仲直りしてくれるかい?」
「もちろんよ!アラン、本当にごめんなさい」
「よかった。やっと仲直りできた」
安心したように微笑むアランの無防備な表情を見て、サンドラは心の奥から愛しさが込み上げてくるのを感じた。
「この前のパーティーでの話なんだけど、今夜ゆっくり話そう」
「ええ、分かったわ」
サンドラが真剣な表情で頷くと、雰囲気を変えるように、アランが明るい声で言った。
「さぁ、せっかく仲直りしたことだし、今はこの旅を一緒に楽しもう」
久しぶりに訪れたシャンヴェール伯爵領は、活気に満ちあふれていた。
サンドラたちは、屋台で果実ジュースを飲み、サンドイッチをつまみながらお腹を満たした。その後は、大道芸を観覧したり、雑貨屋を見て回ったりして過ごす。気が付けば、子どもの頃に戻ったかのように、二人は屈託のない笑みを浮かべながら手を繋いで歩いていた。
「サンドラ、もう一か所行きたいところがあるんだ」
「まぁ、どこかしら?」
「実は…」
「おや、アランじゃないかい?」
突然、男性がアランに声をかけてきた。
「ダリオ叔父上ですか。お久しぶりですね」
アランはダリオの存在に気が付くと、社交用の笑みを浮かべ、握手をした。
「サンドラ、覚えているかい?ダリオ・シャンノール男爵。俺の父の双子の弟だ」
「まぁ、ダリオおじ様。お久しぶりです」
「ああ、サンドラ嬢も元気そうで何よりだ」
「ところで、叔父上がなぜここに?」
「久しぶりにシャンヴェール伯爵領が恋しくなってね。遊びに来ただけだよ。…アランに最後に会えて、よかったよ」
そう言うと、ダリオは片手を軽くあげ、早々に立ち去って行った。
「なんだか、ダリオおじ様。様子が変だったわね」
「…ああ」
サンドラは、妙な胸騒ぎを覚えながら、遠ざかっていくダリオの背中をいつまでも見つめていた。
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