10. 襲撃、そして両想い
「ここって…」
「ああ、久しぶりに君と来たいと思ってね」
訪れたのは、あの事件があった湖だった。
サンドラは困惑しながら、アランに尋ねた。
「どうして、ここに…?」
「そうだな…詳しくは後で話すよ。まずは、ゆっくりティータイムを楽しまないか?」
かごバッグの中には美味しそうなクッキーと、果実ジュース、それに敷物が入っていた。二人は敷物に腰を下ろす。心地よい風がサァと吹き抜け、木々の葉が優しく揺れる。太陽の光を受けた湖面はキラキラと輝き、穏やかな時間がゆっくりと流れていった。
不意に、アランの手がサンドラの手に重なった。サンドラは、頬がじわじわと熱くなるのを感じた。
——ずっと一緒にいたい。
サンドラは、これ以上自分の気持ちに嘘は付けないと思った。アランは私との婚約解消を望んでいないと言ってくれた。だったら、蓋をした想いを打ち明けてみようか…そう思った、その時だった。
——ガサリ。
背後の茂みが、不自然に大きく揺れた。
「…え?」
サンドラが振り返ろうとした瞬間、アランがその手を強く握りしめた。
「サンドラ、走って!」
次の瞬間、彼は勢いよく立ち上がり、サンドラと一緒に駆け出した。
走りながら後ろを振り返ると、四年前のように盗賊が襲い掛かってきた。今回も即座にシャンヴェール伯爵家の護衛たちが応戦する。しかし、四年前より数が多く、護衛たちだけでは防ぎきれない。ついに、盗賊は二人を取り囲んだ。
「サンドラ、俺から絶対に離れないで」
そう言うと、アランは盗賊の一人から、素手で剣を奪い、サンドラを背中に庇う。
激しい動きで敵を圧倒していくアランの姿に、サンドラは目が離せなかった。徐々にアランの息遣いが荒くなる。サンドラを庇いながら戦っているため、体力の消耗が激しかった。それでも、ようやく盗賊は残り一人となった。
「へぇ…。お貴族様にしてはやるじゃねぇか」
下品な笑いを浮かべながら、賊がアランに向けて剣を振り下ろした。アランは、うまくかわしたものの、賊の狙いは違ったようでニヤリと笑った。そして、懐に隠し持っていたナイフを、サンドラに向かって投げつけた。
「ハハハ!残念だったな。」
サンドラは、咄嗟に動くことができなかった。ギュッと目を閉じ、襲ってくる痛みに備えた。しかし、数秒後に訪れたのは、痛みではなく、アランの香りと温もりだった。
まさかと思い、サンドラが目を開くと…アランに抱きしめられていた。そして、彼の肩からは赤い血がじわりと滲んで、シャツを染めていた。
「アラン……!アラン、どうしてっ!?」
「サンドラが…無事でよかった…」
アランはそう言うと、サンドラの頭を優しく撫でながら、ギュッと抱きしめた。サンドラも涙を流しながら、その背に腕を回す。しばらくそうしていたが、ふと我に返ったサンドラは、アランの傷口を確かめようとした。しかし、アランはさらに強く彼女を抱き寄せた。
「アラン、お願い。傷口を見せて」
「これくらい大丈夫。それより、もう少しサンドラとくっついていたい」
アランは甘えるようにサンドラの首元に顔を寄せてきた。サンドラは拒絶することができず、しばらくはアランの好きにさせることにした。
ふと周囲を見回すと、先ほどの盗賊はすでに護衛たちによって縛り上げられていた。
「アラン…。あの人たちはどうするの?」
「しかるべき対処をするつもりだよ。怖い思いをさせてごめんね」
「私こそ、ごめんなさい。アランに怪我をさせてしまって…」
「大丈夫。心配しないで。…そろそろ帰ろうか」
帰りの馬車の中で、サンドラは傷の手当てをさせてほしいと申し出た。しかし、アランは頑なに傷口を見せてくれなかった。
シャンヴェール伯爵家に着くと、アランは手当てをするため自室へ戻っていった。
サンドラも、侍女たちに丁寧に湯浴みをさせてもらい、少しだけ部屋で休むことにした。
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サンドラが、目を覚ますと、外はすっかり暗くなっており、星が輝いていた。
アランの様子が気になったが、さすがにこんな時間に部屋を訪ねるのはよくないと思い直した。
しかし、なかなか眠ることができない。
気分転換にベランダへ出ると、聞きたくて仕方がなかった声が耳に届いた。
「サンドラ……?」
真上のベランダを見ると、アランがいた。そして、ベランダの手すりに手をかけると軽々とサンドラのいる階に飛び降りた。
「キャッ!」
咄嗟にサンドラが悲鳴を上げると、
「静かに。母上に見つかったら怒られてしまう」
アランは、いたずらが成功した子どものような笑みを浮かべながら、サンドラの唇にそっと人差し指を当てた。
「アラン、怪我の具合はどう…?」
「ありがとう。傷は治るそうだよ」
「本当にごめんなさい。私のせいで」
「サンドラ、君のせいじゃないよ。だけど…そうだな。もし、本当に申し訳ないと思っているなら、これからも婚約者でいてくれないか?」
「え…?」
「こんな言い方はずるいか…。ごめん」
「そんな…」
サンドラは何と答えたらよいかわからず、黙ってしまった。
——本当は、ずっと一緒にいたい。
——大好きだと伝えてしまいたい。
…でも、果たしてそれがアランのためになるのだろうか。
大好きだからこそ、アランには幸せになって欲しい。
だけど、アランを幸せにできるのは私ではない。
私には、アランに差し出せるものが何もない。
婚約してから、何度も考えてきたことだった。
すると、沈黙に耐え切れなかったのか、アランが口を開いた。
「サンドラ、ごめん。伝え方が違ったみたいだ」
アランは、熱を帯びた眼差しをサンドラへ向けた。そして、愛おしそうに彼女の手を握る。
「俺は、十年前からずっと君が好きなんだ」
サンドラは、一瞬その言葉の意味が理解できなかった。
「好き…?アランが私を…?」
「ああ。情けないけど、ずっと伝わっていると思っていたんだ。だけど、サマーパーティーで君に誤解されていることを知った。…こんな俺だけど、生涯、君の隣にいることを許してくれないだろうか」
——もう、蓋をしなくていいの…?
そう思うと、視界がじわじわと滲み、ついに一粒の涙がこぼれた。
アランは、その涙を優しく指先ですくい取る。その仕草があまりにも優しくて、涙が止まらなくなった。
胸の中に込み上げてくる想いを、もう抑えることができない。
「アラン。私も…。私も、アナタのことがずっと好きだったの。…だけど、私ではアナタに釣り合わないって。それで…、諦めなきゃって。アランを幸せにできるのは、私じゃないって…。だけど、ずっと、ずっと伝えたかった。本当は、ずっと、ずっと大好きだった。私、これからもアナタの側にいたい。——大好き」
泣きじゃくりながら、一生懸命に想いを伝えるサンドラ。その姿が愛おしくて、アランは思わず彼女を抱きしめた。そして、耳元でそっと囁く。
「キスしてもいい…?」
サンドラは、その言葉に真っ赤になりながらも、上目遣いでコクリと頷いた。
満天の星空の下、二人の距離はゆっくりと近づいていく。
そして、そっと触れるだけのキスをした。
初めてのキスは、しょっぱい涙の味がした。
——その後、私たちは、騒ぎを聞きつけたアランのお母様に叱られた。
未婚の男女が夜中に寝室で過ごすとは何事か、と。
するとアランが、「寝室ではなく、ベランダです」なんて真面目な顔で答えたものだから、お母様に頭を叩かれていたわ。
さらに、私の泣き声が大きすぎて、屋敷中に私の告白が響き渡っていたと知り、いたたまれない気持ちになったのは翌朝のことだった。
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