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8.サマーパーティーと婚約解消

学園の式典ホールは沢山の人で賑わっていた。

楽団が奏でる優雅な音楽、普段とは違う華やかな装い、そして豪華な料理。

そのすべてが相まって、サンドラの胸は自然と高鳴った。


暫くすると、音楽が軽やかな曲に変わった。ダンスの始まりを告げる合図だ。

アランは茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべながら、サンドラへ手を差し出した。


「レディー、ダンスはいかがですか」

「喜んで!」


差し出された手にそっと手を重ねると、アランは優しく微笑み、サンドラをダンスホールへとエスコートした。

ダンスの間、サンドラは本当に幸せだった。アランの瞳には、自分しか映っていないように思え、まるで世界から二人だけが切り離されたかのような感覚だった。

サンドラは、ただアランと過ごすひとときに、胸を高鳴らせた。


——ずっと、こうしていたい。


しかし、そんなサンドラの願いはあっけなく打ち砕かれた。一曲目が終わった時のことだった。


「サンドラ、二曲目もこのまま踊ろう」


アランが、そっとサンドラの耳元で囁いた瞬間、別の声が割って入る。


「アラン様、次は私と踊ってくださる?」


金髪縦ロール伯爵令嬢が、アランの元にダンスを申し込みに来たのだ。

アランはわずかに眉をひそめ、その令嬢へ視線を向けた。


「カイティクス伯爵令嬢ですね。申し訳ありません。本日は婚約者としか踊らないと決めております。またの機会にお願いいたします」


金髪縦ロール伯爵令嬢は、断られると思っていなかったのだろう。一瞬目元が鋭くなった。

そして、その怒りの矛先はサンドラに向けられた。



「まぁ、アグリヴェール男爵令嬢は、婚約者が他家の令嬢と交流を持つことすら許さないのですか?狭量ですこと。

以前もお伝えしましたが、我が家はシャンヴェール伯爵家と懇意にしておりますのよ。それをあなたのわがままで妨げるおつもりですの?」

「そ、そんなことは…」

「では、私がアラン様と踊ってもよろしいですわね?」


そう言って、アランの腕にしな垂れかかった。しかし、アランはすぐにその腕を振り払う。


「これはサンドラの意思ではなく、私の意思です。どうかご容赦ください。」


周囲も異変に気づいたのか、会場には張り詰めた空気が流れ始めていた。

サンドラは、自分のせいでアランに迷惑をかけることだけは、どうしても嫌だった。


——私が身を引いて、この場を収めよう。


そう思い、口を開こうとしたその時。


「あ、いたいた!君たち。探したよ」


場の空気とはまるで無縁の、明るい声が響く。

振り返ると、そこにはユールがいた。人好きのする笑顔を浮かべながら、こちらへ向かって手を振っている。


「ようやく見つけた。僕のデザインした最新ドレスを宣伝してくれるっていう約束だっただろ?早く来てくれないか」


そう言うと、ユールは当然のようにアランとサンドラを連れて行こうとした。


「ちょっと、お待ちなさい。私はこれからアラン様とダンスを踊るのよ」


するとユールは足を止め、穏やかな笑みを浮かべたまま伯爵令嬢へ近づいた。

そして、彼女にだけ聞こえる声でそっと囁く。


「カイティクス伯爵令嬢。正式な社交デビュー前とはいえ、女性から男性をダンスに誘うのは、あまり褒められたことではありません。僕は、アナタの名誉を守りたいのです」


伯爵令嬢ははっと息を呑んだ。

慌てて周囲を見回すと、彼女に対して厳しい視線が投げかけられていた。

さすがにまずいと思ったのか、金髪縦ロール伯爵令嬢は最後にサンドラをきつく睨みつけ、踵を返して去っていった。


「さぁ、気を取り直して美味しいものでも食べに行こう」


そう言って人懐っこい笑みを浮かべるユールに、アランとサンドラも自然と笑みをこぼした。

先ほどまでの張り詰めた空気は、いつの間にかすっかり和らいでいた。


やがてパーティーも終盤に差し掛った頃、サンドラは意を決してアランに声をかける。


「アラン、ちょっと中庭でお話ししない?」

「ああ、もちろん。サンドラからのお誘いなんて嬉しいな」


アランは優しくサンドラの腰を抱くと、エスコートするように中庭へと向かった。

サマーパーティー仕様にライトアップされた中庭は、柔らかな光に包まれ、とてもロマンチックな雰囲気に満ちていた。


「サンドラとこうして二人で過ごせるなんて、嬉しいな」


アランは熱のこもった眼差しでサンドラを見つめると、そっと彼女の髪の先を指先ですくい上げ、そこへ口づけを落とした。


その仕草に、サンドラの胸は高鳴った。自分の心臓の音がアランに聞こえてしまうのではないかと思うほど、激しい鼓動が止まらない。


けれど同時に、今から婚約解消をするのだと思うと、胸の奥にかすかな切なさが広がった。

そして、覚悟を決め顔を上げると、サンドラはまっすぐアランの瞳を見つめた。


「ア、アラン。あのね。もう、そうやって無理しなくていいのよ」

「無理?何のことだい?」


アランはきょとんとした表情を浮かべると、サンドラの真意を探るように、じっと彼女の瞳を覗き込んだ。

互いの唇が触れてしまいそうなほど近い距離に、サンドラの心臓は大きく跳ねる。

パニックになりそうな気持ちを必死に抑えながら、サンドラは早口で言葉を紡いだ。


「私、知っているの。私たちの婚約が、責任から始まったものだって……」


そう言うと、サンドラは背中を見せるように振り返る。


「でも、見て。この背中。もう傷跡なんてないの」


再びアランに向き直ったサンドラは、震える声で続けた。


「だから、アランは無理に私を婚約者にしなくていいの。四年間ずっと、婚約者として優しくしてくれて、本当に嬉しかったわ」

「償いなら、もうそれで十分よ……」


言葉を切るたびに、胸の奥が締めつけられる。

それでも、サンドラは涙をこらえながら精一杯微笑み、震える唇で最後の言葉を告げた。


「…だから、私たち、婚約を解消しましょう」


そう伝えると、辺りは一瞬にして静寂に包まれた。

遠くから聞こえてくる会場の音楽だけが、かすかにサンドラの耳に届いてくる。


やがて——


「婚約解消……?」


アランは、硬い声で呟いた。

その表情からは先ほどまでの甘い雰囲気が消え、熱のこもっていた瞳には怒りの感情が滲んでいた。


「責任からの婚約?君に、そんな出鱈目を伝えたのは誰だ?」

「事実でしょ?私、最初から知っていたの。だから…」

「サンドラ…!」


サンドラが、言葉を続けようとした瞬間、アランが厳しい口調で彼女の言葉を遮った。


「俺は、君と婚約解消するつもりはないよ。まさか、君がそんな勘違いをしていたなんて…」


アランは苦しげに眉を寄せて俯いた。


「……すまない。今日はもう帰ろう。馬車乗り場まで送るよ。家まで送ってあげられなくて、ごめんね」


サンドラは、いつもと違うアランの雰囲気に圧倒され、何も言葉を返すことができなかった。

その後、二人の間に会話はなく、アランがサンドラと目を合わせることもなかった。

やがて馬車乗り場に辿り着き、サンドラは一人、アランの家の馬車へと乗り込んだ。

こうして、初めてのサマーパーティーは幕を閉じたのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


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