7. 独占欲の塊
パーティーの前日、アグリヴェール家にドレスが届いた。ドレスの色を見た瞬間、サンドラは驚いた。
——アランの色。
隣で覗き込んでいた母も、「あらあら」と頬を染め、少女のように瞳を輝かせてはしゃいでいる。
「確かドレスの色はアランと相談するって言っていたはず…」
サンドラは、戸惑いながらも、「今更変更は間に合わないもの…」と言い訳し、ドレスを自室に飾ってもらった。
その晩は、なかなか寝付くことができなかった。
——アランの婚約者として過ごせるのは、明日が最後。
そう思うと、切なく苦い気持ちが押し寄せてくる。
その時、アランの色をしたドレスが視界に入った。
婚約解消を決意したはずなのに——アランの色を纏って彼の隣に立てることが、どうしようもなく嬉しかった。
「ドキドキが止まらない…。アランは、どうしてこの色を選んでくれたのかしら」
アランのことを想うと、胸の奥が甘く締め付けられる感覚がして余計に眠れなくなった。
窓から差し込む月明かりが、淡いグレーのドレスを優しく照らし出す。
サンドラの気持ちを優しく包み込むかのように、月は静かに輝いていた。
翌朝、サンドラは張り切った母と侍女たちによって、入念に身支度を整えられていた。
マッサージで肌を整えた後、丁寧に化粧を施される。髪は片側でゆるく三つ編みにまとめられ、普段よりもずっと大人びた印象になっていた。
ユロリア王立学園のサマーパーティーには、一年生の女子生徒が親から髪飾りを贈られるという伝統がある。
正式なものではないが、このパーティーは社交界デビューの場とみなされる。
これからは貴族として、自らの力で社交の場に立っていかなければならない。
そんな娘たちへの激励と祝福の意味を込めて、親は髪飾りを贈るのだ。
サンドラは、アグリヴェール家の家紋である“蝶”を模した髪飾りを贈られた。
金色の大小様々な蝶が、侍女の手によって一つ、また一つと三つ編みに丁寧に飾られていく。
そのたびに髪がきらりと輝き、まるでお姫様にでもなった気分だった。
「サンドラ、とっても奇麗よ」
「お母様、ありがとう。この髪飾りとても素敵」
「フフフ。そう言ってもらえてよかったわ。これからは、私たちがいつも側にいてあげられるとは限らないでしょう?だからせめて、この蝶がアナタを守ってくれたらいいなと思ったの」
その言葉に、サンドラは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
あまりの嬉しさに、母に抱き着いた。
「お母様、大好き」
「あらあら、まだまだ甘えん坊ね。後で、お父様にもお礼を伝えてちょうだいね」
コンコンと扉をノックする音が聞こえ、侍女が「アラン・シャンヴェール様がお迎えにいらっしゃいました」と告げた。
サンドラは、ドキドキしながら、エントランスに向かった。
すると、そこではサンドラの父とアランが、にこやかに会話をしていた。
「アラン君、分かっていると思うが、今夜は節度を持ってサンドラに接しておくれよ」
「もちろんです。大切なお嬢様をお預かりするのですから、お約束します」
(笑顔で話しているのに、なぜか殺伐とした雰囲気を感じるわ…。)
サンドラは、二人の異様な雰囲気に声をかけられず、しばらく見守っていた。
業を煮やしたサンドラの母親が、おほんっと咳ばらいをする。
ようやく二人がサンドラの存在に気が付いた。
そして——揃って固まった。
最初に我に返ったのは、サンドラの父だった。
言葉にならないのか、涙を流しながら、サンドラを優しく抱きしめた。
「サンドラ…」
「お父様、素敵な髪飾りありがとう。とっても嬉しいわ」
「ああ…とても似合っているよ。立派なレディーになったね」
父は感極まったように何度も頷く。
父親に抱きしめられながら、サンドラは遠慮がちにアランに声をかけた。
「アラン、どうかしら…?」
その声に、ハッとしたアランがようやく口を開いた。
「サンドラ…本当に綺麗だ。そのドレスの色も…本当に似合っているよ」
そして、甘く蕩ける表情でサンドラの髪に触れようとした。
——が、その間に父が割って入った。
父はアランの手をぎゅっと掴むと、固い握手をした。
「節度を持ったお付き合いを頼むよ」
「もちろんです」
二人は握手をしたまま、笑顔で見つめ合っている‥が、目が笑っていない。
(あれ?また殺伐とした空気が……。)
サンドラの隣で、母が呆れた表情でため息をついた。
「遅れるから、二人とも早く馬車に乗りなさい」
そう言うと、まだ何か言いたげな父の腕をガシリと掴んだ。笑顔で手を振る母と、寂しそうな父。対照的な表情の二人に見送られながら、馬車は学園へと向かった。
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