6. サンドラの決意
「いらっしゃい。サンドラ!」
今日は、「サマーパーティーのドレスのイメージが出来上がった」とユールから連絡をもらい、ノルシア商会に来ていた。
「ユール、早速ありがとう」
「大切な幼馴染の頼みだからね。君にぴったりの素敵なデザインに仕上がっているよ」
ユールは得意げに笑いながらウィンクすると、サンドラを応接室へと案内した。
応接室には、デザイン画と、サンプルが用意されていた。
「今回は、背中の傷を隠すことが重要だからね。まずは、この肌色の布テープを背中に貼るんだ。
色味は最終的に君の肌に合わせて調整するから安心して。
今日は、付け心地や、どのくらいの面積が必要かを確認させて欲しいんだ」
そう言ってユールが差し出したのは、薄く柔らかな肌色の布だった。しかし、裏面はテープになっており、背中に直接貼れるという。
サンドラは、ユールの発想に驚いた。
「さすが、ユールね。私には想像も付かなかったわ」
「ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいよ。だけど、本当に驚くのはここからだよ」
そう言いながら、ユールは、応接室の奥にある試着室のカーテンを開けた。
「どうかな?」
「素敵……!」
サンドラは目を輝かせた。
そこには、今王国で流行している、肩部分が大きく開いたデザインのドレスがあった。
しかし、その部分にはドレスと同じ色をした繊細でキレイな模様のレースがあしらわれており、肌がうっすらと透けて見えるように仕立てられていた。
「これなら、背中に布を付けていることは分からないでしょ?」
ユールは、自慢げに背中のレース部分を撫でながら、サンドラに笑いかけた。
「ユール、アナタ本当にすごいわっ!こんな素敵なドレス見たことない!」
「ハハハ!サンドラに喜んでもらえてよかったよ。来年にはこのデザインが王国の流行になっているかもね」
ユールはそう言って、軽くウィンクした。
「アランもきっと気に入るはずだよ。なんたって、見えそうで見えないギリギリの焦らしこそ、“男のロマン”だからね」
「ええ…。男のロマンはよく分からないけど、本当に素敵なデザインだと思うわ」
サンドラは、やや引き気味に答えた。
「…君、今、男のロマンを馬鹿にしたでしょ?まぁ、いいけどさ。
じゃあ、この形で進めていこうかな。レースのデザインは、色々なサンプルがあるから後で好きなの選んでね。
あと、色はアランの瞳の淡いグレーにするつもりだよ。全体にラメを織り込んで、胸元から太ももの辺りまで金色の刺繍を施して華やかさを出そうかと思うんだけど、どうかな?」
サンドラは、その言葉に表情を暗くした。
「さすがに、アランに迷惑じゃないかしら…?」
「え?どうして?婚約者なんだから当然だろ?」
サンドラは、困ったように眉をひそめながら答えた。
「だって、今回はアランがドレスを贈ってくれるのよ? そんな、独占欲の塊みたいな色のドレスを選んだら、アランに申し訳ないわ」
「独占欲の塊みたいって…。この前の剣術大会でも、実際に独占欲の塊みたいだったんだから、今更だろ」
アランは呆れたように肩をすくめながら、サンドラを見た。
サンドラは、かっと頬を赤くして否定する。
「なっ、何を言っているの!あれはそういうのじゃなくて…。アランは優しいから、婚約者としての務めを果たしてくれただけよ」
「あ~…。ハイハイ。じゃぁ、色はアランに相談するね。サンドラは、完成を楽しみにしてて」
これ以上サンドラと話すのは無駄だと言わんばかりの表情で、ユールは手元のデザイン画をまとめた。
帰り際、馬車まで見送ってくれたユールに、「この傷を隠すための布テープのことは、アランに黙っていてほしい」とお願いをした。
すると、ユールはぎょっとした表情をして、サンドラに詰め寄った。
「ちょっと…!まだそのすれ違い続いてるの!?ちゃんと話すって約束したよね?」
「ええ。もちろん。きちんと伝えるわ…」
「絶対だよ!このままじゃ、僕まで巻き込まれるんだからね!」
「大丈夫よ。アナタには迷惑をかけないわ。これは私たちの問題だもの」
「いや…そういう意味じゃなくてさ。…もう本当に頼んだよ」
ユールは、馬車が出発する直前まで、「婚約解消の件についてアランとしっかり話し合うように」と何度も念を押してきた。
馬車の窓から流れる景色をぼんやりと眺めながら、サンドラは婚約解消のことを考えていた。
——やっと責任を取るための婚約から、解放してあげられる。
約四年間、夢のような毎日を過ごせた。何度も恋心に蓋をしようと足掻いたが、やっぱり無理だった。アランのことが好きで好きで堪らなかった。
——本当はこのまま何も知らない振りをして、アランの側に居続けたい。
アランに優しくされるたび、そんなずるい考えが頭をよぎる。
だけど、アランを幸せにできるのは私ではない。
私には、アランに差し出せるものが何もない。
十歳の時、諦めた恋だった。今日まで、婚約者として過ごせたことが奇跡だったのだ。
分かっている。何もかもがあるべき形に戻るだけだ。
サンドラはぎゅっと手を握り、溢れそうになる涙を必死に堪えた。そして、自分の気持ちを誤魔化すように、窓の外へと視線を向けた。
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