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4. 婚約の真実

十二歳の夏、あの湖での出来事を、アランは一生忘れないだろう。


盗賊に襲われ、サンドラが重傷を負った。

あろうことか、彼女は自らを盾にしてアランを守ってくれたのだ。

体が血で染まり、徐々に体温を失っていく…。

それなのに、サンドラが口にした言葉は、アランの無事だった。


「アランが…無事でよかった…」

「サンドラ…!サンドラ!」


それから、サンドラは五日間も意識が戻らなかった。サンドラの側にいたいと訴えたが、彼女の両親から断られた。

領地へ戻ったアランは、ただサンドラの無事を祈りながら、食事も取らず部屋に閉じこもり続けた。


——僕がもっと強ければ。

——僕が彼女を守れていれば。


何度も後悔が押し寄せ、好きな子を守れなかった自分の弱さを責め続けた。


ようやくサンドラに会えたのは、事件の六日後だった。サンドラの顔を見た瞬間涙が止まらず、何度も謝罪の言葉を口にした。

けれどサンドラは、そんなアランに「アランが無事で本当によかった」と優しく微笑みかけてくれた。その姿に愛しさが溢れた。


それからは、毎日サンドラの元に通った。父は何か言いたそうな顔をしていた。だが、あえて口を出してくることはなかった。


そして、サンドラがようやく日常生活に戻れるようになった頃、アランは一つの決意を胸に一度領地へ戻ることにした。


領地に戻ると、両親に話があると伝えた。父も察していたようで、「食後にゆっくり話そう」と言った。


食後、静まり返った部屋で、アランは深く息を吸い込み、真っすぐ父の目を見つめた。


「サンドラとの婚約を、認めていただけませんか。そのために、必要な力は必ず身につけます。これまで以上にシャンヴェール家を発展させると誓います。ですから…どうか。どうかお願いします」


アランは必死に頭を下げた。

少しの静寂の後、父がおもむろに口を開いた。


「お前が、サンドラ嬢を慕っていることは、とうに気付いていた。そして、サンドラ嬢のおかげで変わったこともな。だが、“王国の豊穣地”と呼ばれるシャンヴェール家に彼女が嫁ぐのは、簡単なことではない」


その言葉に、アランは、膝の上でぐっと拳を握りしめた。


「今回の事件で、アグリヴェール家は、我々に何も要求しなかった。サンドラ嬢もだ。傷を理由に、お前との婚約を望むことだってできた。しかし、そうしなかった。ただ、お前の無事を心から喜んでいる。それだけだった。彼らは本当に人がいい。そんな人たちを我々側に巻き込むことへの覚悟はあるのか?シャンヴェール家に嫁ぐということは、彼女の人生を“政”に巻き込むということだ」


その言葉に、アランの心は重たくなった。


——今回だってサンドラを守れなかった。そんな自分にサンドラやアグリヴェール家の人々を守り抜けるのか…。


それでも、頭に浮かんだのはサンドラの笑顔だった。彼女には自分の側でずっと笑っていてほしい。その笑顔を、今度こそ守りたい。


アランは、淡いグレーの瞳で真っすぐ父の目を見て答えた。

「…何があっても、必ず彼らを守って見せます」


その瞬間、アランと同じ瞳の色をした父の目元が、ふっと柔らかくなった。


「あんなに引っ込み思案だったお前が、そんな目をできるようになるとはな」


当主ではなく、父親の顔だった。


「子の成長とは早いものだ。わかった。認めよう。ただし、今のままでは到底無理だ。明日からより一層努力しろ。そして、お前にそれが果たせないと判断したときは、サンドラ嬢との結婚を認めない」


アランは深く頭を下げた。

「ありがとうございます」


——一週間後、アランは、父と母とともに、アグリヴェール家を訪問した。


サンドラの父に、彼女との婚約を申し出たが、あっさりと断られてしまった。

そして、焦ったアランは、口にしてはならない言葉を言ってしまった。


「ですが…!あの傷では、サンドラが他家に嫁ぐのも難しいのではないでしょうか?」


一瞬の静寂の後、頬に鈍い衝撃が走った。

気が付けばアランは地面に叩き伏せられ、頭を床に擦りつけていた。

隣では父もまた、同じように額を床につけている。


「アグリヴェール男爵。…愚息が誠に申し訳ない」


父は額を地面につけたまま、絞り出すように言った。


「このような者に大切なサンドラ嬢を任せるのは不安だという気持ちは十分理解しております。しかし、どうか…どうか愚息に機会をいただけないでしょうか」


アランは、当主としてプライドの高い父が、自分のために土下座をしていることに衝撃を受けた。


「必ず娘さんを幸せにしてみせます。もしそれでも、貴殿のお眼鏡に叶わぬというのであれば…その時は私が責任を持って、サンドラ嬢を幸せにできる相手を探しましょう」


そして、さらに深く頭を下げる。


「何卒…何卒、お願いいたします」


すると、ようやくサンドラの父が口を開いた。


「シャンヴェール伯爵、貴殿の気持ちは分かりました。アラン君、君がサンドラを大切に想ってくれていることは分かっている。そして、サンドラも恐らく…君に想いを寄せている。…どうか、娘を大切にしてくれ」


アランは、土下座したまま顔を上げると、アグリヴェール男爵を真っすぐ見据え、力強く答えた。


「ありがとうございます!必ず…必ず、お嬢さんを幸せにしてみせます。今度こそ、必ずお嬢さんを守り通します。サンドラに見合う男になれるよう努力します」


——これが、サンドラとアランの婚約の真実だった。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


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