3. 先に恋を自覚したのは…
「や、やぁアラン。僕に用事って何だい?」
昼休み、ユールは約束通りアランのもとを訪ねた。
「ユール、来てくれてありがとう。だけど、本当は僕の言いたいことはわかっているよね?」
穏やかな笑みを浮かべながら問われ、ユールは気まずそうに視線を逸らした。
「あ、ああ……。君を誘わずにサンドラと二人でカフェに行ったことは、悪かったよ」
アランは静かにユールを見つめた。
「サンドラは、俺の大切な婚約者だ。ユールなら理解してくれるよね?」
「もちろんだとも。君がどれだけサンドラを大切に想っているかは、幼馴染の僕が一番よく知っている」
幼馴染の自分ですら、愛する婚約者と二人きりで過ごすことを快く思わない男だ。
もし昨日の“婚約解消”の相談内容まで知られてしまったら…。
そう考えると、さすがのユールも冷や汗が滲む。
とにかく、まずはこの場を収めようと思い、ユールは小さく息を吐いた。
「…君は、サンドラのこととなると、昔からそうだよな」
——昔から。
十年前——幼いころのアランは、同世代の中でも体が小さく、引っ込み思案だった。
父の弟の子どもたち——つまりアランにとっての従兄弟たちからも、そのことでよくいじめられていた。
「アラン、お前は臆病で、のろまだ。みんな、お前に伯爵家の当主は無理だって言ってるぞ」
「そうそう、親戚中みんなそう言ってる。何の取り柄もないお前なんかが当主になったら、シャンヴェール家は終わりだってな」
父は、年の近い従兄弟たちと遊ばせることで、俺が少しでも社交的になればと考えていたのだと思う。
しかし現実はその逆だった。会うたびに傷つく言葉を投げかけられ、当時の俺は自信を失っていった。
——サンドラと出会ったのはそんな頃だった。
「私は、サンドラ・アグリヴェールです。よろしくね!」
満面の笑みを浮かべながら挨拶をしてくれた彼女に、当時は俯きながら「よ、よろしく…」と返すのが精一杯だった。それでもサンドラは気にした様子も無く、アランの手を握って庭に連れ出した。
アグリヴェール家の庭では、野菜や果物も育てられていた。
「ここはね、私の畑なの!今は桃が食べ頃なのよ。一緒に食べましょ」
そう言って、キレイな桃をもぎ取ると、アランに食べさせた。
かじりついた瞬間甘い香りが口の中に広がった。アランは、瑞々しい果汁と食感に本当に感動した。
「美味しい…!」
「でしょ?土を変えてみたり、いろんな種類の桃の花を集めたりして、もっと甘い桃を作っているのよ。それを“ヒンシュカイリョウ”っていうらしいんだけど…王国一美味しい果物をたくさん作ることが、私の夢なの」
「君は僕と同じ年齢なのに、もうそんなかっこいい夢があるんだね」
「フフフっ!ありがとう。サンドラって呼んで。アナタのこともアランって呼んでいい?」
「うん…!」
その日から、アランはサンドラに会うことが楽しみになった。
屋敷を訪れるたび、彼女は畑へ連れて行ってくれた。サンドラと一緒に土をいじり、果物を眺め、二人でたくさん話をした。
サンドラは、アランの話をいつも真剣に聞いてくれて、何度も褒めてくれた。
——もう字がスラスラ読めるの?すごいわ!
——一回教えただけで、この植物の特徴を覚えたの?すごいわ!
——もう木登りをマスターしたの?アナタって本当に頑張り屋ね!
——私より草抜きが早くなったわね。コツを掴んだですって?さすがね!
そんなふうに笑顔で認めてもらえるたび、心が温かくなり、アランは自分にも価値があるのだとようやく思えた。
そして、少しずつ、自分に自信が持てるようになっていった。
そんな変化に気付いた両親は、アグリヴェール領へ向かう時には、必ずアランを一緒に連れて行くようになった。
気付けば、ユールも仲間に加わって、三人で遊ぶようになっていた。
サンドラの畑で土まみれになったり、ユールの開発に付き合わされたり。
失敗しても、それすらおかしくて、三人で腹を抱えて笑い合う。そんな時間が、何よりも楽しかった。
このまま、ずっと三人で仲良く過ごしていたい——。
あの頃は、心からそう願っていた。
偶然、ユールとサンドラの父が話しているのを聞いてしまうまでは。
「うちのユールと、お前のところのサンドラ嬢は相性が良さそうだな。商流の話もあるし、婚約させるか?次男だから、余計なしがらみも無いぞ」
「ハハハ。そりゃいい。お前のところに嫁いだら、サンドラの大好きな“品種改良”も続けさせてもらえそうだしな」
その会話に、大きな衝撃を受けた。サンドラが…ユールと婚約?
想像したら、胸がぎゅっと苦しくなった。そして、自分の気持ちに気が付いた。
“サンドラのことが好き”
しかし、それと同時にサンドラとでは、婚約が許されないことに気が付いた。
——家格が違う。
父は家族に甘い。けれど、当主としての顔になれば、誰よりも厳格な人だ。そんな父が、シャンヴェール家の利益にならない婚約を、認めるはずがない。
ユロリア王国では、十三歳から十七歳の間に婚約者を決めることが多い。
——まだ時間はある。
それまでにアラン自身が家に利益をもたらせる存在になれば、サンドラとの結婚も認めてもらえるかもしれない。
それからは、今まで以上に領地経営や、語学・教養の習得に力を入れた。さらに、苦手だった社交にも積極的に取り組むようになった。
また、サンドラに好きになってもらえるよう努力もした。彼女の好きな王子様とお姫様や、勇者の絵本から、彼女の理想を聞き出していった。その理想に少しでも近づけるよう、アランは自分を磨き続けた。
そして、気が付けば、サンドラが自分に向ける視線や言葉に、以前とは少し違う感情が混ざっていることを感じるようになった。
それが、嬉しくて、更に努力を続けた。
——そして、サンドラとの関係が大きく変わることになる、十二歳の夏が訪れた。
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