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2. 婚約解消のために必要なこと

「久しぶりだね。サンドラ!」


学園内にあるカフェの窓際席に座っていると、グレーの髪をひとつに束ねた青い瞳の青年が笑顔で近づいてきた。ユール・ノルシア男爵令息。

実家は商会を営んでおり、我が家の特産品も加工・販売してくれている。

さらに彼自身も商品開発が得意で、彼が考案した品はすでにいくつも商会の人気商品となっている。

幼少期からサンドラとアランとも交流のある、幼馴染のひとりだ。


「ユール!本当に久しぶりね。同じ学園に通っているはずなのに、全然会えないから不思議だわ」

「僕はね、誰かさんの嫉妬を買いたくないから。こうして君と二人でカフェにいるのも本当は避けたいくらいなんだけど」

「あら?アナタ婚約でもしたの?知らなかったわ」

「いや、僕じゃなくてさ……それより、相談があるって話じゃなかった?」


ユールは、やや呆れた表情で本題を振った。


「そうなのよ。実はね、アランと婚約解消しようと思っているの」

「…は?婚約解消?何言ってるの?」


ユールは驚いた拍子に、手にしていたコーヒーを少しこぼした。


「アランには私なんかより、もっと相応しい相手がいると思うの。だから、この背中の傷を隠す方法をユールに相談したくて」


そう説明すると、ユールはこめかみを押さえ、深く息を吐いた。


「君の話はいつも飛び方がすごくて理解が追いつかないんだけど…。背中の傷を隠す話と婚約解消がどう繋がるのか教えてくれる?」

「アランはね、私の背中の傷の責任を取るために私と婚約したのよ。だから、この傷が気にならなくなれば、婚約も解消できると思うの」

「…それ、アラン本人がそう言ったの?」

「いえ、直接そう言われたわけじゃないけど…」


ユールはさらに深く息を吐いた。


「だったら、一度ちゃんとアランと話した方がいいんじゃない?」

「そんなのダメよ!アランは優しいから、そんなこと絶対認めないわ!だから、王国随一の発明家であるユールに相談してるんじゃない!」

「王国随一って…。ちなみに何かアイデアはあるの?」


“王国随一の発明家”という言葉に少し気をよくしたユールがそう尋ねると、サンドラは勢いよく身を乗り出した。


「ありがとう!まずはこの傷を覆い隠すものでしょう?それから、隠していることが目立たないようなドレスが欲しいの」

「なるほどね。肌に近い色の貼れる布と、最近流行の肩部分が開いたドレスでも隠せるデザインとか……うーん、やれなくはないかも」

「さすがユールねっ!」

「まぁ、君がこれから社交界に出ることを考えれば、必要だと思うしね。開発はしてみる。ただし——婚約解消の件は、ちゃんとアランと話して決めるんだよ」

「ありがとう!ユール!頼りにしているわ!」



サンドラは嬉しさのあまり、ユールの手をぎゅっと握って感謝した。その時、背後から、心地よいテノールの声が聞こえてきた。


「何だか、楽しそうだね。よかったら俺も仲間に入れてくれるかい?」


振り返ると、婚約者のアランが立っていた。向かいに座っていたユールは慌てた様子で私の手を離すと、引きつった笑みを浮かべながら答えた。


「やっ、やぁ、アラン!もちろんだよ!何なら、僕はそろそろ帰ろうかなぁ…」

「いやいや、久しぶりに幼馴染三人で話そうよ。ところで、どんな話をしていたんだい?」


アランは、自然な動作で私の隣の席に座りながら、優しい笑顔で問いかけてきた。

その質問に、私の心臓がどきりと跳ねる。まさか“アランとの婚約解消について相談していました”などと言えるはずもなく、私は黙り込んでしまった。

するとアランは、器用に片眉をくいっと上げ、答えを促すようにユールへ視線を向ける。


「テスト終わりに学園でサマーパーティーがあるだろ?そのドレスについて相談を受けていたんだ…」

「ああ、サマーパーティーか。もちろんサンドラのエスコートは俺がさせてもらうからね。一緒に参加できるのが楽しみだな。ユール、サンドラのドレス代は我が家が持つから、彼女に一番似合う最高のものを頼むよ」


それを聞いたユールは、先ほどまでの引きつった表情から一転、満面の笑みを浮かべた。

「毎度ご贔屓にありがとうございます!」なんて言っている始末。

(ユールの目がお金マークに見えるのは私だけかしら?)


けれど、婚約の件で後ろめたさを抱えている私は、その申し出を素直に受けることができなかった。


「アラン。気持ちはとても嬉しいけれど、さすがにドレス代まで出してもらうのは申し訳ないわ。今だって十分すぎるほど、よくしてもらっているのに、これ以上アナタに負担をかけたくないの」

「違うよ。サンドラ。君の可愛い姿を見るのが、俺の楽しみなんだ。だから、遠慮しないで。俺から楽しみを奪わないでくれるかい。…ね?」


好きな人から、こんなことを言われて断れる乙女はいるのだろうか。

——いや、いない。

結局、私はアランの厚意に甘えることにした。


「それよりサンドラ。そろそろ迎えの時間じゃないか? 正門までエスコートさせてもらってもいいかい?」


アランに優しく手を取られ、私は席を立った。


「ユール、今日はありがとう。またね」


そう言って別れの挨拶をすると、アランは私の腰へそっと手を添え、自然に自分の方へ引き寄せる。

そのまま数歩進んだところで、アランはふと足を止め、顔だけ振り返った。


「ユール」

「……な、何かな?」


アランの表情は私から見えなかったけれど、なぜかユールは、怯えたような声で返事をした。



「明日、少し話がある。昼休みに俺のところへ来てくれる?」

「……わかったよ」


どこか力のない返事に、「あれ?」と思った。けれど次の瞬間、アランは何事もなかったかのように私へ優しく微笑みかける。


「行こうか、サンドラ」


その甘い笑顔を向けられた途端、さっきまで抱いていた疑問は、あっという間に頭の中から消えてしまった。


昼休みまでアランに会えて羨ましいと思いながら、サンドラはカフェを後にした。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


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