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消耗品たちの八月十五日  作者: 河野靖征


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「ご苦労」

 と、帰隊した寿に、たった一言で済ませた中隊長は、部下の戦死に対して一欠片の感情すらも浮かべず、椅子にそり返るようにして寿の報告を聞き終えた。

「どういたしますか。ほかの者が無理なら、私が開拓民の救援にまいりますが」

 と、申し出ると、隊長の横から、だしぬけに准尉の怒声が飛んで来た。

「でしゃばった口を出すな! 転属軍曹のお前が部隊の作戦に関与することではない。お前は黙って命令に従っておればいいんだ!」

 准尉は、そう一喝しておいてから、

「やけに戻りたがっているが、お前もあすこでいい思いをしたか? ん?」

 と、喉が粘りつくような声で厭味を被せた。

「馬鹿もんが。そんな考えが、俺や隊長殿に通用するとでも思ったか。お前はな、道元は死をもって自らの責任を果たしたように言うが、奴の肚は読めている。女だ。道元は女の胯座にうつつをぬかして命令忌避をしたんだ。それを人事掛の俺が知らんとでも思ったら大間違いだぞ。幸い討伐は成功したから、隊長殿は、今回のことは特別に不問にしてくださるそうだ。だから敢えて俺はなにも言わんが、いいか、軍曹、つまらん色気を起こして、兵隊に厭戦気分を起こさせようものなら、この葛原が許さんぞ。よく覚えておけ!」

 准尉は、喋っているうちに本気で腹を立てた。女気のない辺鄙な監視部隊で悶々と過ごしている自分よりも、下級者のほうが要領よく立ち廻っていい思いをしていると考えると、妄想が妄想を膨らませて、遂にはそれが憎悪にまで発展したようである。多寡が知れた下士官風情に適当にあしらわれているという忌々しさと妬みがあるから、尚のことであった。その上に、寿には咎める筋がどこにも認められないから、安易に殴り飛ばすことも処罰もできない。だから、その分、余計に腹が立つのである。

「まァいい」

 と、准尉は、怒りを陰湿な(わら)いに変えて、底意地の悪さを眼に表して言った。

「あすこは、牡よりも牝の数が多いところだからな。お前さんの行きたい気持ちはわかるが、残念ながら望みは叶えてやれない。遜河近隣の開拓民は、明後日、孫呉駐留の各連隊へ保護することになったから、その通知は、いまごろは開拓民にも届いているはずだ。まことにお気の毒なことでありますな、軍曹殿」

 そう皮肉って口汚く罵った。

「まったく、どいつもこいつも、手を焼かせる身勝手な奴ばかりだ!」

 准尉は、中隊長を横眼に片頬を歪めた。

 中隊長は、素知らぬ顔で煙草を燻らせていた。准尉の厭味は、自分に当てられたものだとは思っていないのである。

 寿は、この二人を見ているうちに、両人とも足腰立たぬほど叩きのめしてやりたい衝動に駆られていた。こんな連中に顎で使われていると思うと、我慢ならないのである。

 それを抑えきれずにいる気持ちが、こう言わせた。

「開拓民を安全な場所に保護するのは結構ですがの、准尉殿、その決断がもう少し早けりゃ、開拓民や道元部隊に無駄な犠牲者を出さずに済んだとじゃ。ちがいますかの」

 寿の眼尻が尖って底光りをはじめた。衝き上がる烈しい怒りの抑制が、もう限界値を超えかかっているのである。

 この准尉が、もし一言でも先程のような無責任な言葉を吐こうものなら、寿は、躊躇なく飛びこんで准尉の顎の骨を砕いていたにちがいない。

 だが、准尉も隊長も、連隊での寿の噂を耳にしているから、下級者の態度を敢えて無視して素知らぬ顔で済ませた。

 ――こン阿呆どもめが! 道元たちは、いったいなんのために死んだとじゃ。くそったれ!

 怒気を含んだ面相で立っている寿に、にが笑いを洩らした准尉は、うしろ手を組んで寿に歩み寄った。

「ところでな、軍曹」

 と、急に穏やかな口調になった。

「戻った早々ご苦労だが、お前たちを遜河東岸の八八四二部隊へ移せと連隊から移動命令が下達された。現地部隊までの地図は事務室で渡すが、軍曹、ご苦労だが行ってくれ。それから、ついでと言ってはなんだが、我が隊から一名、上等兵だがな、これをお前の分隊に編入させることになったから、一つ面倒を見てやってくれ」

 寿は、その転属兵が誰であるか、尋ねなくともすぐに察しがついた。

「用済みのよそ者は、他所へお払い箱ゆうわけですな」

 この部隊に来て三日と経たぬうちに、この始末である。寿の噛みつきそうな眼を視て、准尉は苦笑いした。

「まァそう尖るな、軍曹。これは嫌がらせではない。連隊よりの正式命令だ。時間がないのだ。糧秣と不足した弾薬を受領して、すぐに出発してくれ」

 事務室で准尉から現地部隊までの略図を受領して、寿が分隊を待機させている舎前に戻ると、案の定、美祢が完全軍装で待ち受けていた。

 美祢が申告をしようとすると、寿は軽く片手を振った。

「そげなもんはどうでもよか。それより、どこの部隊も同じたいの。気に入らん奴はすぐに放り出す」

「そのとおりですね。やり方が何事も姑息です」

 美祢は、この下士官らしくない軍曹に淡く笑った。

「お世話になります」

 弾薬と二日分の携帯口糧を受領した寿は、粗末な地図を頼りに、国境の第二線部隊へと分隊を導いた。

 二十キロ先の現地部隊までは、一時間四キロ(普通に歩く速度)の歩幅で約半日の行程である。本来なら一食分の口糧しか支給されないが、糧秣庫の班長に、途中での万一の危険を考慮させて余分に出させたのである。

 道々、寿は、並んで歩く有働に、気拙そうな顔で言った。

「きさんとの約束、()()になったばい」

「あァ、あのことですか」

 と、有働はニタリと笑った。

「いいですよ、そんなこと。移動と聞いたときから諦めています。あの禿げ頭、俺たちがよそ者だから放り出しやがったんでしょ? 戦争が終わったら、将校だった野郎のケツの毛を全部引っこ抜いてやりますよ」

「放っとくたい。あげな連中の言うことをいちいち()に受けておったら、それこそ、命を幾つ持っておっても追いつかん。忘れろ」

「だって悔しいじゃないですか。俺たちは匪賊をやっつけて手柄を立てた部隊ですよ。それを虫螻のように扱いやがって。俺たちをコケにしてなめてやがる証拠です。人の手柄を横取りしようって魂胆は、俺ァ許せないです!」

 寿は有働の背を軽く押した。

「愚痴はそのくらいにして、どこぞで飯でも食わんね」

 昨夜以来、胃の腑には、消化するものは詰めていないのである。

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