~富士山決戦~ 十三話
ラストまで毎日連続投稿です。
最後までよろしくお願いします。
魔王。つまりは魔族の王を示す言葉だ。和弥の前には自ら『魔王』と名乗った鬼が雄々しく大地を踏み締めている。
その言葉を冗談と笑い飛ばすくらいは簡単――とはとても言えない。身に纏ったオーラが、気配が、力がそれを拒絶させる。
「ふはは、あまりの力の差に声も出ないようだな! それも仕方あるまい!」
どう反応したらいいのかわからない。余計なことをいって拗れるのも怖い。誰も何も言い出せない。
思考が進まない。誰もがどうにかこの状況を打破したいと思いながらも、何かしたら悪い方向に転びそうというリスクに動けないでいた。
「さて景気付けに蹴散らして……ん? お主、何故ここにおる」
「クフフ、久し振りじゃの、厳魔殿よ」
ゆらりと空間を渡って現れたのはシグマだ。脇に現れたシグマを厳魔は不機嫌そうにちらりと見た。どうやら連絡を取り合って一緒に来たわけではなさそうだ。
「もしや結界を崩したのはお主か?」
「その通りじゃ。自由に通れる扉の開放は我らが魔族の悲願じゃろう?」
「そうだが何故だ。何故蟲魔族のお主がここに開いた。それが解せぬ」
厳魔はどうやらシグマのことを信用していないらしい。同じ魔族でも色々あるようだ。それは人間も同じような気もするのでおかしくはない。
「扉を開くことの出来る場所は多くはないのでの。偶々今回はこの場所が適していたと、それだけのことじゃ。厳魔殿のことを見知っていたことも一因じゃがの」
「ふむ……まぁ良い。何にせよ、人間界に来た以上やることは変わらん。それをお主も望んでいるのであろう?」
「フフ、我が望みは人間界が混沌に塗れ、負の感情をまき散らすこと。どの部族が暴れようと知ったことではないのじゃ」
「お主の思惑に乗ってやろう。好きにするが良い。我らも好きにさせてもらう」
向こうの話は纏まったようだが、こちらは何も決まっていない。それどこか結局向こうの話を聞いていただけで相談すらできなかった。目的を聞くのも大事だが、最終的に戦闘は避けられそうにない。それなら少しでも話し合いをしておきたかったのが本音だ。
「――さて、誰が我の相手をする。全員でかかってきてもいいぞ!」
厳魔はそう言うが誰も前に出る者はいない。
神薙兄妹はそこまでする義務はない。葵はへたり込んだままだ。良治は消耗しすぎている。一番戦力になるシーナはそもそも数に入れられない。ならば。
「俺がいく」
「俺が出よう」
一歩前に出たのは二人だった。言うまでもなく一人は和弥、そしてもう一人は良治。二人して顔を合わせて笑う。
「おい和弥、まじか? あれ魔王らしいぞ」
「ああそうらしいな。リョージ、そんな身体で何をしようってんだよ」
「まぁまだ身体は動くからなんとかなるだろうさ。和弥もあちこち火傷があって痛々しいぞ」
「ほとんど痛まないから大丈夫だよ。さて、どうする?」
お互い無謀な挑戦と理解している。しかし譲るつもりはどちらにもない。頑固なのは二人とも重々承知している。
「んじゃそういうわけで他の人は拠点まで逃げてくれ。ここは俺とリョージでなんとかするから」
「そういうことで皆さんお願いします」
木刀を握りしめて戦闘態勢に入る。ここは少しでも時間稼ぎをして、残った者たちの立て直しを待つしかない。時間さえあれば、きっと他の場所を担当していた者が戻ってくる。元々十分な戦力はあったのだ。集まれば勝機は見えるはずだ。
「――駄目だよ。君たちも一旦逃げて少しでも息を抜きなさい」
「は?」
「え?」
唐突に聞こえた声に間の抜けた声を上げる二人だったが、すぐにその姿を見つける。いつからいたのかわからないが、ちょうど和弥たちと厳魔の間の道の脇にひょっとこ面の男が優雅に立っていた。面が面なので間の抜けた感じだが。
「ここは僕たちに任せない、ということだよ。若者が死に急ぐものじゃない」
「僕たちってことは私も入ってるんだよねそれ。まぁ元からそのつもりだったからいいのだけど」
「雪彦さん?」
「やぁ良治くん。そんなわけでここは私たちに任せてくれないかな。撤退してちょっと休むくらいの時間は稼いであげるから」
盾になるように二人の男が道を塞ぐように、和弥たちを守るように立ちはだかる。厳魔にも負けない、堂々とした態度に力強さを感じる。
「なぁ、あのお面の人って」
「和弥、多分それは指摘しないほうがいい。指摘してもいいけど、面白そうってだけでやってるから変に機嫌を損ねたらめんどくさいぞ」
「聞こえてるよ良治君」
「ええと、それじゃ頼んでもいいですか」
分が悪いと思ったらしく話を強引に打ち切って進める良治。良治の彼への扱いが最初とはだいぶ違うことに笑いさえこみあげてくる。確かにひょっとこ面の男には威厳が足りないような気もする。
「じゃあ、はや――ひょっとこ面の君、行こうか」
「うむ。でももう一人くらいは居てくれた方がいいんじゃないかな」
振り返った二人の――いや一人はわからないが――視線は白く長い髪の女性に向けられていた。彼女は居づらそうな、逃げ出したいような表情で固まっている。初めて見る表情に和弥は驚いた。まさかいつも余裕を見せるシーナがこんな顔をするなんて。
「……ああ、もう! わかったわよっ! 久し振り! やるわよっ!」
「それでこそだね」
「十年以上振りの再会が戦場とは、私たちらしいね」
大股で歩き出し、二人の横に並んだ。そして両腕を組んで仁王立ちする。
すれ違う時に見えた表情が今までよりもずっと幼く見えたのが印象的だった。
「……あの時は悪かったわね」
「別にいいさ。僕もそれどころじゃなかった」
「……ふん」
「――話は済んだか?」
律儀に待っていた魔王がにやにやとしながら尋ねる。魔王ともなると寛大なのだろう。焦る様子もなくこれから始まる戦闘を楽しそうに待っていた。
「さ、和弥君たちは戻りなさい。立て直しを頼むよ」
「……わかりました。リョージ」
「ああ。皆さま宜しくお願い致します」
丁寧に礼をいう良治に少し驚くが、確かに間違っていない。自分たちを守ろうとしてレている三人は誰もが年上だ。そして実力も。
四護将のうちの二人、そしてもう一人はあの《フレイム・マスター》。何を心配することがあるのだろうか。
「もう一人いれば完璧だったのにね」
「そうなったらもうただの同窓会だよ」
「まったくよ」
軽口を叩く三人を背にして、和弥は走り出した。良治が葵を抱き起して肩を貸す。他の皆も戸惑いながら和弥の後に続いていく。
(誰も死なないでくれ)
それだけを祈って和弥は足に力を込めた。
気分は最悪だった。
誰かに敵を任せて逃げるなど今までなかったことだ。これまでは和弥が敵を抑える、もしくは誰かに任せて先に進むことしかなかった。
今回のこれは敗走だ。立て直しを頼まれたとはいえ、まだ希望はあるとはいえ、打倒しなければならない敵から逃げることは敗走だ。
(……ちくしょう)
厳魔の前に立ったものの、戦うことなく結局拠点に向かって走る自分が情けない。
確かに火傷が疼きだしていて万全とは言い難い。それでもみんなの為に戦いという気持ちは間違いなくあったのだ。
「和弥、切り替えろ。きついこと言うがそんな余裕はない」
「……だな」
完全に腰を抜かしてしまった葵を背負った良治が先頭を走る和弥に並ぶ。気絶していた塞は凍夜に預けている。
いつの間にか迷いが出ていたようだ。同意はしたが切り替えるのは難しい。しかしそうしようと努力をすることを決めた。こんな気持ちのまま戦うことなど出来ない。瞬殺されてしまうだろう。
背後で爆発音が時々聞こえるが、あれはおそらくシーナだろう。疲れが見えていたがそれでもあれだけの術は連発出来るようだ。レベルの違いを感じてしまう。
「あれは……」
「風花だな」
やっとのことで拠点の敷地に辿り着いた和弥の視界に入ったのは、拠点のドアの前で抜き身の細剣を持った如月風花だった。先に戻って拠点の警護をしていたのだろう。雪彦と一緒ではなかったことを疑問に感じていたがそういうことだったらしい。
「柊、何があった?」
「風花、こっちにいたのか。簡潔に言うと魔王降臨、雪彦さんたちが足止め。その間に俺たちで戦力の立て直しのあと対応だ」
「わかった。が、難題だな。まずどうすればいい」
まるで三行で纏めたような羅列に納得する風花。そしてすぐにこれからの対応を求める。二人の信頼関係が出来上がっているの感じられる。
「とりあえず全員をロッジの中へ。翔さんはいるよな」
「ああ、先に運ばれてきた二人を看ている」
「了解。あとは何処が戻って来てない?」
「北部の長野支部の者たちはもう離脱している。その時人手が足りなかったので私たちと一緒にいた二人が着いて行った。残りは怪我人もいるが、これで全員戻っているはずだ」
「ありがとう、助かる」
長野支部に着いて行った二人というのは赤月と薫の二人だ。こっちに合流した南西担当の葵たちも今ここにいるので、最初のメンバーで欠けているのは雪彦だけだ。
「あ、ごめんなさい、もう大丈夫」
そう言って良治の背中から葵が降りる。見ていなかった人たちには恥ずかしいところは見られたくないらしい。いそいそと身嗜みを整えている。
「――高遠さん、こっちはどんな状態ですか」
「柊さん、無事なようで何よりです。こっちは今怪我人の治療中です」
気配で察知していたのだろう、落ち着いた態度だ。拠点では焦るような問題は起こっていないらしい。ということは怪我人はいるものの重傷者はいないと考えていい。
「あ、翔さん」
「皆さんお戻りで。終わったんですか?」
「いや終わってないですよ。というか絶賛戦闘中です。……あの、綾華は?」
「ああ、綾華さんなら向こうに。意識は戻ってますよ」
「ありがとうございます。……良治」
「いいよ、いってこい」
翔を見つけて綾華の居場所を確認。良治の許可も貰って奥の部屋へと向かう。
和弥が見た最後の綾華は意識を失って倒れた状態だった。早く顔を見て安心したかった。
「……和弥」
「綾華、大丈夫か」
簡素なベッドで起き上がっていた綾華は、意外にも平気そうに見えた。顔色も悪くないし火傷の痕も見えない。小部屋の反対側には天音が眠っていた。
彼女は和弥の顔を見てほっとした表情を浮かべた。顔を見たかったのはお互いさまだったらしい。そのことに気付いて小さく笑った。
「私は大丈夫です。ただ戦闘は難しそうですが。さすがに力を使い過ぎました」
「いや、大丈夫だから気にするなって。それよりもあの時障壁張ってくれて本当に助かった。あれがなかったら死んでたかもしれない」
避けようがなかった攻撃の中、生き残れたのは綾華と天音の障壁のお陰だ。あれで九死に一生を得ることができた。
恋人としてではなく、戦友として礼を言いたかった。
「気にしないでください、と言ってもあまり聞いてくれそうにないのは知っているので、今度何かで返してください。そうですね、今度遊園地に連れてってくれたら嬉しいです」
「お安い御用だ」
「ありがとうございます……って和弥、あちこち火傷してます。翔さん呼んで治してもらいましょう」
そう綾華が言った瞬間翔が扉を開いて現れる。話を聞いて来たのではなく、何か用事がある様子だ。
「和弥君、治療を」
「あれ、もしかして俺が一番怪我が酷かったりするんですか」
翔と別れて間もないというのにここに来た理由はそれくらいしかない。そう思った和弥だったが、翔は首を振った。
「逆だね。君が一番怪我という話では軽いだろう。だからこそ手早く治して戦線に復帰してほしいと。良治君の指示だよ」
「なるほど」
命の危険が全員ないのなら、治すのに時間がかかりそうな人よりもすぐに治る人を優先して戦力にする考えだ。和弥なら多分重傷者から何とか治そうと考える。良治らしい考えだろう。時間がないというのもあるだろうが。
「リョージは?」
「良治君は椅子に座って寝てるよ。『二分だけ寝かせてほしい』だそうだ」
「二分……」
翔から治療を受けながら聞く。これも彼らしいというかなんというか。でも一度気持ちをリセットしたいのもわかる。あれだけ疲れていれば当然だ。
「そう言えばあの《最強の炎術士》はどうしたんですか? 和弥には悪いのですが、とても倒せる相手ではないと思うのですが」
「ああそれは――」
時間もないので掻い摘んで説明する。
そこで綾華が反応したのは隼人と雪彦の知り合いらしいという情報だった。考えてみれば昔からの知り合いのような話をしていた。綾華が知っていてもおかしくはない。
「本当におぼろげですが、私も会ったことがある気がします。私はまだ小学校にも上がる前だったと思います。でも立花さんのことも覚えていますし、もう一人兄の他に男の子と女の子が一緒に遊んでくれたのを覚えています」
きっとその女の子がシーナなのだろう。そうだとするならシーナの二人に対する態度も納得できる。あれはとても親しい仲に見えた。
「でもおかしな点もあります。覚えている範囲ですが、その人は確かに黒髪でした。少なくとも白ではなかったです」
近くで見たがあの美しい白い髪は染めたようには見えなかった。髪の根元から白かったはずだ。
「……よし、和弥君これで大丈夫なはずだ。でも体力まで戻っている訳ではないから無理はしないように」
「ありがとうございます翔さん」
「これが私の仕事だからね。和弥君も戻ったほうがいい。良治君も起きてるだろう」
「そうですね。じゃあ行ってくるな」
「はい。気を付けて」
戦力に数えられている和弥はこれからの戦闘に必要とされる。綾華に見送られて部屋を出、みんなが集まるリビングに戻る。既に良治は目を覚まして高遠と相談をしていた。
リビングにいるのは和弥や良治たち先程辿り着いた面々と風花、拠点待機していたメンバー、俊二たち北斗七星組。そしてそこで予想外の者が何人か紛れていることに気が付いた。
「あれ、なんでいるんですか……?」
「ふむ! 久し振りだな!」
「まさかこんなところで再会するなんて思っていなかったですね。貴方の未来が見えなかった弊害がこんな影響を出すなんて」
千葉で会った信乃、その後ろには壮介がいる。そして結那の姉の慧までも。誰一人として戦場で会うとは思ってもみなかったため、思わずあんぐりと口を開けてしまう。
そんな和弥を見た慧が説明をしてくれる。意外に世話好きなようだ。
説明を聞き終わって、禊埜塞が色々と根回しをしていたことに感心した。それだけ父親の恨みは深かったということだろう。その当人はリビングのソファに寝かされている。和弥としては何を起こすか怖いのだが、特に拘束もされないままだ。時折うなされた声を出す度に気になってしまう。
「柊さん、いいんですか」
「大丈夫ですよ高遠さん。少なくとも無駄に暴れるようなことはしないと思いますから」
「まぁ柊さんがそう言うならいいんですが」
高遠は気になるようだったが良治に任せたようだ。高遠が言わなかったらきっと和弥が聞いていたはずだが、同じように彼の言うことを聞いただろう。
「みんな、聞いてくれ」
良治が大きめの声で話し出す。これからの対応の話だ。緊張感が身を包む。とても楽な戦いとは言えないのだから。
「この騒ぎの首謀者は二人、そこで眠ってる禊埜塞。そして今直面している問題はもう一人の方の魔族、シグマだ。とりあえず禊埜塞は無力化した。彼のことは置いておきます」
多くの視線が禊埜塞に注がれたが未だ彼は眠っている。翔が看ているので寝たふりではないだろう。
「そのシグマが結界に穴を開け、それは魔界へと繋がりました。そして今、その穴を通って大量の鬼たちとそれを統率する『魔王』が出現しています。これの撃破が俺たちの任務となります」
「魔王……」
ぽつりと誰かの声が聞こえた。とても現実味のない言葉。現実で聞きたくない言葉。認めてしまえば今度はその恐怖と向かい合わなければならい。
「この場にいる皆さんは退魔士です。誰かを守るために厳しい訓練を超えて退魔士となったはずです。だから俺は言います。――『守るために戦え』と。これは日本を、世界を……皆さんの大切な誰かを守り、救うための戦いです。今もその為に魔王と戦っている三人がいます。その人たちに任されたんです。俺たちに時間を与える為に踏ん張ってくれた人たちがいます。だから俺たちはその期待に応えて、これから来る魔王と鬼たちと戦い、大切な人たちを守らなければない」
ゆっくりと、感情が込められた言葉が浸透していく。顔を伏せる者はいない。誰もが彼の顔を見て、強い意志で見つめている。
「それぞれの意志で、それぞれの大切な人を守るために――戦えッ!」
「おうッ!」
「はいっ!」
ロッジが、そして魂が震える。良治の言葉に震わされた。
今全員が心に浮かべた想い、人がいる。必ず守り切るという確かな意志と共に。
それは和弥も同じだ。ベッドにいる綾華を、この場にいるみんなを、何も知らずに生活をしている人々を守りたい。――そう、その為に力を手にして、この場に存在しているのだ。
「ありがとう。皆さんに深く、深く感謝を。……それでは具体的な戦術に入ります」
晴れやかな、戦うことを決意した表情。しかしそれは死を覚悟したものではない。この先も大切なものを守り続けるという明確な意志を強く感じさせるものだ。
「――やってやるさ」
小さく零れた和弥の声が聞こえたのだろう。良治がほんの微かに笑う。
まるで『やってやろうぜ、俺たちで』と聞こえてきそうだ。
(――いつかリョージのようになりたい)
気持ちの準備は出来た。あとは出来ることを懸命にやるだけだ。
拳を握り締め、和弥は良治の言葉の続きを聞くことにした。
少しばかりの楽しさや面白さを期待して。




