~富士山決戦~ 十四話
「――これから鬼たちが来ます。本来防衛戦は拠点を強化して迎え撃つのがセオリーですが、今回これは使えません」
静まったロッジの中で良治が作戦の解説を始める。全員が集中して彼の言葉を聞き逃さないようにじっと見つめていた。勿論和弥もその一人だ。
良治の言うように防衛拠点で相手を防ぐ、迎え撃つというのは難しい。敵は近所まで差し迫っているし、周囲に適切な建物もない。このロッジに立てこもったところですぐに落とされるだろう。
「そしてもう一つ大事なのは敵の目的です。鬼たちの目的はこの世界の侵略と思われます。ですが具体的にはわかりません。ここからは推測になりますが、きっと第一の目的は俺たちの殲滅です。これからの侵略に邪魔になりそうな障害の排除ですね」
一度あの魔王・厳魔に会ってしまった以上、このまま見逃されることはないだろう。近くにいると知られているならまず自分たちを殺そうとするはずだ。戦うのが好きそうだったと言うのも一つの理由だ。
「目的は俺たち、ということを踏まえて。このロッジの北部を戦闘域にしたいと思います。怪我人とその護衛数人は一番南のロッジへ。それほど離れてはいないですが、その分ロッジからの援護も期待します」
敵はロッジを襲いに来るのではない。自分たちがいる場所を、自分たちを殺すために来るのだ。それなら戦場をずらせば怪我人が襲われるリスクは減らせる。拠点があるとわかっても、周囲には幾つも同じロッジがある。近づかなければわからない。
「部隊を三つに分けます。まず大量の鬼たちと交戦する戦闘部隊。ここに一番人数を振り分けます。次に南のロッジに移動してもらう怪我人、そしてその護衛です。ここは最小限の人数になります。正直ここに裂くのも厳しいですが怪我人を無防備に放置も出来ません」
離れた場所で戦闘になりにくい場所にあまり戦力は置きたくはない。しかしかと言って護衛がいなければ、もし戦闘になった時の危険は計り知れない。全滅ということも十分にあり得る。
「そして最後に魔王・厳魔を抑える部隊です。これは大人数で当たっても同時に戦える人数には限りがあります。なので少数精鋭でいきたいと思います。……出来たら雪彦さんたちが倒してくれていると助かるんですが。その時は鬼たちとの戦闘に合流してください」
倒してくれていれば、きっと鬼たちも撤退するか浮足立つかして一気に戦況はこちらに傾く。しかしそれはただの願望だ。
あの三人が倒されるなんてことは想像もできない。ただその相手が悪過ぎる。和弥が今まで戦った中で一番の強敵は《鬼人》とも呼ばれた陰神の羅堂道元だ。鬼ということもあり、気配も何処か似ているところもあるがその大きさ、濃密さは比較にならない。厳魔がそこにいる。存在するだけでそこを中心にして何かが歪んでいくような錯覚さえ覚える。
「まずは怪我人を護衛する部隊から。葵さん、翔さん、正吾、三咲さん。あと久能さんと結河原さん。指揮は葵さんに任せます。ロッジの選定も」
「え、私……?」
予想外だったのは和弥だけでなく本人もだったのだろう。椅子に座っていた葵が目を見開いて良治を見る。何故、と。
葵は東京支部長、そして白神会の誇る四流派の一つ、碧翼流の継承者だ。今ここにいる白神会のメンバーでは一番立場は上だ。その葵が戦闘の可能性の最も低い負傷者の護衛に回る。それは戦力外通告に等しいものだった。
「はい。怪我をした人たちの警護に戦力はあまり回せません。そのメンバーで戦えるのは葵さんだけです。お願いします」
「……わかったわ。ありがとね」
良治の考えが伝わったのか、苦笑しながらもその任を受け入れる。
きっと言葉通りの理由ではない。それくらいは和弥にもわかった。
魔王を見た葵は明らかに戦意を喪失していた。ロッジに戻るまでに立ち直りはしたが、また目にしたときにどうなるかはわからない。それを危惧した良治の判断を葵は受け入れたのだろう。
鬼たちとの戦闘だと魔王が目に入る可能性が高い。怪我人の護衛ならそれは低くなる。そして東京支部の二人を付き添わせて精神的に支えさせるということだろう。
「では次に鬼たちに当たるのは、高遠さん、相坂さん、浅倉さん、剣さん、鬼城さん、結那と俺で。指揮は俺が執ります。
そして魔王と直接戦闘をするのは和弥、風花、凍夜さん、香澄さんで。何か質問などありますか?」
やっぱり、という思いはあった。きっと良治はそうするだろうと。自分に魔王と戦わせると。期待されている自覚はあった。ならその期待に、信頼する友人の信頼に応えたい。
「我らも鬼たちとの戦闘に混ぜてはくれんか?」
「信乃、さん?」
ゆっくりと太い腕を上げ、発言したのは捕虜となって連れてこられていた信乃だ。その隣に壮介も座っている。捕虜とはいうものの、特別腕や足を縛られて拘束されている訳ではない。
「というかなんでここに……?」
「あー、禊埜塞に唆されて葵さんたちと戦ったそうだ。それで負けて連れてこられたらしい」
「うむ、その通りだ《黒衣の騎士》。で、だ。どっちみち逃げるのも無理そう、更に言うならここで鬼たちを倒さなければ終わりなのだろう? ならば我らも力を貸したい。少しは戦力になれるつもりではある」
「勝手に私も入っているが、私も同じ意見だ」
負けて連れてこられた割には堂々とした信乃と、苦笑気味の壮介。相変らずの二人だ。
しかし確かに彼らの言うように戦力は欲しい。この二人の実力は和弥もよく知っているので心強い。あとは良治の判断だが、それはあまり心配していなかった。
「……じゃあ手伝ってもらいましょうか。お二人は鬼たち担当で」
「任せてもらおう!」
「わかった。力の限り暴れて見せよう」
自信ありげに笑う。これなら存分に戦ってくれるだろう。
「ね、私は……?」
「ああ、まどかは何処かのロッジの上から援護射撃を。好きなように動いていいから」
「う、うん!」
乱戦に向かないまどかは距離を置いての援護が適任だ。それに彼女以外にそれが出来る人材はいない。
「これで良いですかね。じゃあ護衛の人たちは怪我人をロッジに運んでください。葵さんと翔さんは先に出てロッジの選定を。魔王担当組は少し距離を置いて待機。魔王が出てくるまで前線には出ないように。少しでも戦力を温存してください」
良治の指示に従い、それぞれが慌ただしく移動を始める。
和弥は移動しようとしてロッジを出かけるが、足を止めて振り返った。
「あの、如月さん、凍夜さんと香澄さんも」
「どうした」
「いえ、よろしくお願いします。勝ちたいし、生き残りたいんで」
頭を下げた和弥に不意を突かれたのか、三人とも黙ってしまう。沈黙が怖くなってこっそり顔を上げると、声に出さずに笑っている香澄が見えた。
「なんですか、香澄さん」
「いや、なんて言うかね。緊張感ないなって。面白いわね、君」
「えぇ……? いやこういうのって大事じゃないですか。一緒に戦うんですから」
「まぁそうかもしれないけど。私や兄さんは誰かと一緒に戦った経験がないからそう思うのかもね」
香澄の視線に誘導されるように隣の凍夜に目を向けると、無表情に見えて実は口の端で笑っているのがわかった。それほどおかしいことは言った覚えはないが、彼にも笑われてしまって少しだけ恥ずかしい。
「そういう男だったな、都築は。柊が頼りにするのもわかる」
「褒められてる気がしない……あ」
玄関で話をしていた和弥たちの横を、怪我人に肩を貸した正吾が通る。よく見れば怪我人は名古屋支部の支部長だ。
「ああ、都築和弥か。いやはや面目ない」
見れば頭と右腕に包帯がぐるぐる巻きにされている。血も滲んでいて痛々しい。あの快活さも怪我のせいか潜めていた。
「白河さん、大丈夫ですか?」
「気力はあるが残念なことに身体がついてこなくてな。あとは任せるぞ若者よ! はっはっは!」
これからロッジに隠れなくてはいけないというのに大きく笑いながら立ち去る白河。肩を貸していた正吾が迷惑そうだったのが不憫だ。
「すまん和弥、ちょっとどいてくれ。というか待機場所を決めておけって」
「おお、悪い……ってなんでリョージが潮見を運んでるんだ」
その後ろから続いて来たのは指揮をしているはずの良治だった。背中にはまだ意識の戻らない天音がいる。そして彼の後ろにはあの黒い魔獣、ぶちも付いて来ていた。
「他の人が運ぼうとしたらぶちが警戒してな。仕方なくだ」
「納得した」
ぶちにも知性はある。ぶちにとって天音を任せる信頼に足るのは良治くらいなのだろう。もしかしたらぶちと一緒に逃げたまどかもそうかもしれないが、彼女は今狙撃地点の選定に入ってここにはいない。
「皆さん、宜しくお願いします。和弥はあまり頭はよくありませんが頼りになる奴です。みんなで一緒に勝利を」
「ああ、わかってる」
「面白い子ってのはわかってるわ」
最後に凍夜が小さく頷いたのを見て良治が去っていく。あまり頭がよくないというのは余計な言葉だとも思うが言い返せない。
「――和弥」
「綾華……だいじょぶか」
振り返ると今度は綾華が出ていくところだった。少しふらついているが一人で歩けるようで付き添いはいない。
「はい。あの、皆さん。和弥を宜しくお願い致します。無茶で無謀なことをしがちなので」
「おーい……」
うちの頭脳担当たちは過保護すぎる。そう和弥が思うのも仕方ない。
風花と香澄は小さく笑っているし、凍夜も口の端が震えている。彼の反応が一番ショックだ。
「恥ずかしいから、頼むから行ってくれ……」
「……よく考えたらそうですね。ごめんなさい。それでは御武運を」
ロッジまで送っていきたいのはやまやまだが、今はその時ではない。自分に出来ることをしなくてはならない。
「じゃあ移動しましょう。どの辺にします?」
「そうね……戦闘になりそうな場所の南西……あの辺とかどう?」
香澄が示したのは戦闘の予想される場所から五十mほど離れたロッジだ。魔王が出てくるまで戦闘をしないという指示なので、それまではロッジに隠れていた方がいい。窓から戦況を確認すればいいし、魔王が戦場に現れたら嫌が応にもわかるだろう。
「じゃあそれで。行きましょう」
三人の同意を得て歩き出す。そして何故自分がリーダーシップを取っているのか疑問に思う。流れで話をしていただけなのに。一番年下の自分でいいのだろうか。
「あの、誰が指揮をします?」
「都築ではまずいのか?」
「君でいいんじゃないの?」
「……任せる」
「……頑張ります」
疑問形で返されるとは思っていなかったが、誰もおかしいと思っていないのなら頑張りたい。むしろ凍夜は和弥に任せたいと思っているようだ。
「っ!?」
「近いわね」
大きな爆音が富士山の方から聞こえてきた。聞き覚えのあるこの爆発音はシーナのものだろう。
爆発音自体はシーナの生存を示しているので喜ばしいことだ。しかしその距離が問題と言える。香澄が言ったように近いのだ。それは敵がすぐそこまで来ていることの証。
「和弥、急げっ」
「おっけ!」
すれ違いざまに良治に声をかけられ、急いで香澄の示したロッジに入る。ドアの鍵を力任せに壊したが、今は緊急事態だ。あとで謝って許してもらうしかない。
「……あれは」
こっそりと窓際から外の様子を伺っていると、林から気配が現れるのを感じた。その気配たちは良治たちと合流した後、すぐに後方の怪我人がいるロッジに向かっていった。
「今のって」
「多分雪彦たちだろう。――来るぞ」
まるで風花の言葉を合図にしたかのように、林からばらばらと鬼たちが湧く。ここからでは鬼たちの数は確認できない。距離もあるがそれ以上に暗闇の中だ。正確に把握するのは難しい。四人が理解できているのはその気配が魔族や魔獣と似ているからだ。
「来るな」
「ああ。待機する必要はなかったな」
明らかに異質な気配がある。和弥は生唾をごくりと飲み込むと大きく深呼吸をした。
「待ち時間が短いっていうのはいいことよね」
「ですね。――行きましょう」
鍵を壊さなくても良かったのでは。少しだけそう思いながらロッジを飛び出す。
和弥の耳に術や剣の戦闘音が聞こえてくる。前線ではもう始まっているようだ。なら出来るだけ早く魔王を抑えなければならない。
そして――鬼と人間の戦いが始まった。
自分が魔王を倒す戦闘に臨む。言葉にすると笑いがこみ上げてくる。
確かに今まで何回も魔族と戦ってきた。しかしその先にある、魔族たちの上の存在を考えたことはなかった。魔族のことを深く考えたこともない。冷静に考えれば、魔族にも知性があるならばそこに力関係や階級などといったシステムがあってもおかしくはない。
「ほう、我に挑むか! よい、そ奴らは我が直々に相手をしよう。手を出すでないぞ!」
今から戦場に躍り込もうとしていた厳魔がこちらに気が付く。真っ直ぐに走っていたので当然と言えば当然だ。
盾のように阻もうとしていた鬼たちだったが、厳魔の声に道を開けていく。
「だぁあああああああっ!」
「ふぅんっ!」
厳魔の持つ真っ赤な金棒が和弥の木刀をあっさりと打ち払う。最初から全開のつもりで退魔剣にしてあるのだが、金棒を斬るどころかむしろこちらが折られそうな衝撃だった。魔王の武器はやはり魔王に相応しい武器ということだろう。
「ふむ、四人か。一度に襲い掛かれる限度の人数と言ったところか。中々考えてはいる」
「っ!」
「ハッ!」
話をしている最中だがそれを無視して神薙兄妹が斬りかかる。二人は身を低くして金棒を躱すと、同時に両足に傷を負わせる。甲冑の隙間を通す妙技で、剣術のレベルの高さを伺わせる。
「ほほう! 素晴らしい力量だ。剣技の冴えも見事だが、更に退魔剣とはな。見ない間に一般的になったようだな」
「……!」
「だがまだまだ人間レベルだな。先程の三人の方が余程手応えがあったぞ」
凍夜によって左足に刻まれた傷。そこには傷を覆うように霜が走っていた。それを厳魔は指先で霜を潰し、現れた傷が見る見る間に塞がっていく。逆の足に香澄がつけたやすりの痕のような傷はもう見えない。目を離した隙に治ってしまっていた。
「――狙いは良い。だが圧倒的な実力差の中ではそれも無駄だな!」
「がッ!?」
「如月さん!」
背後から首を狙った風花。しかしそれは薄皮一枚を裂くことしか出来ずに太い腕で反撃される。金棒を使うまでもないということだろう。舐めたことを、などと言えない差が確かにそこにはあった。
風花こそ使えないが、退魔剣が使える退魔士が三人居てこの様だ。戦力的には十分なはず。特に神薙兄妹は和弥の予想よりも強い。普通に退魔剣を扱っている点で白神会の退魔士と遜色ないどころかトップクラスと言っていい。組織に属さず、おそらく代々伝えられた技術と思われるがそれが尚更評価を上げる。
(組織と関わらなくてもここまでの実力が身につくってのはすっげぇな)
兄妹でずっと修練に励んでいたのだろう。実力差の小さい相手が傍にいると力は劇的に伸びる傾向にある。和弥にとっては良治がそうだし、彼らにとっては兄と妹がそうなのだろう。
「ふんっ!」
「おっ!?」
傷が治るならそれ以上の傷をつけるしかない。少しでも多く、僅かでも深く。
一撃離脱を四人全員で繰り返していたが、厳魔は大地に金棒を突き立てる。
地面が割れたかと思える衝撃に着地が手間取る。誰もが一瞬動きが止まり――そこを狙われたのは運悪く魔王の目の前に着地してしまった凍夜だった。
「――!」
簡単に、まるで人形のように宙を舞う凍夜の身体。どしゃっという音をさせて地面を叩く。そしてそのまま動かない。最悪の結末が頭をよぎった。
「兄さんっ!」
厳魔に背を向けるという愚行。しかしそれを非難する気にはなれない。
だが残酷なことにそれを見逃す魔王ではなかった。
「っ!?」
「遅いなぁ」
兄に向って駆けだした瞬間、ぬっと香澄の前に顔を覗かせた厳魔が掌で横からはたく。さっきの凍夜の焼き増しのように彼女の身体も吹き飛ばされた。
「こんのぉっ!」
「人間は感情豊かでいいのう。時に実力以上の力を発揮するが、正常な判断を失うこともある。そこが長所でもあり短所でもあるが。お主はどっちかな?」
和弥の木刀を金棒でいなすように防ぎながらそんな感想を漏らす厳魔。戦闘に身が入っているとはとても言えない相手に怒りがこみ上げる。こんな相手にやられるなんて我慢ならない。
「ほ、と」
「っ!」
金棒に弾かれ距離が開く。視界が開かれて凍夜と香澄の横たわる姿が見えた。凍夜は僅かに、香澄は血を吐きながらも立ち上がろうと動いている。即死を免れたことに少しだけほっとした。
「生き延びたか。さすがは退魔士、しぶといの。ただまぁもう的にしかなりそうにないみたいだがのう」
厳魔が最初に相手をすると言ってくれたお陰で追い打ちをかける鬼はいない。命令を素直に聞いてくれて助かった。
「ッ!」
「ほ、やはりお主の攻撃が一番重い。まぁ小枝程度だが」
(相手は自分を甘く見ている。手を抜いている。だから――そこを突く!)
良治も隼人も夜叉も隙を見せてくれなかった。油断してくれたのはシーナと厳魔、今日初めて相対した相手だけだ。初対面だからこそ、絶対的な強者は油断をする。
なら和弥に出来るのはその油断を一点突破で貫くだけだ。
一合二合と打ち合い、そこに風花が再度背後から跳びかかるのが見えた。そこで腰を落として木刀に力を込める。数秒時間があれば全力を振るえる。
「っ!?」
「躱すことすら面倒での」
首への一撃を躱すこともせずにそのまま受け止め、その規格外さに風花が動揺する。
厳魔は躱さなかった。つまり和弥に対しての攻撃に遅れは、ほんの僅か風花に意識を向けた程度しかなかった。
真上から振り下ろされる金棒。仕方なくそれを受けてやり直すことを決めかけたその瞬間、金棒の軌道がぶれた。
「なんとっ!」
驚愕する厳魔。しかしそれは千載一遇のチャンス。他のことを考えるのはあとでいい。
「はぁぁぁっ!」
「ぬっ!」
木刀を覆う青き炎。得意の八相の構えから放たれた一撃は無防備な厳魔の身体を切り裂いた――




