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~予兆~ 三話

六章最終話!

 一度結界を解き、再度三人は歩き出す。夕方まではまだ時間があり、日差しがあるお陰でまだそこまでは寒く感じない。


「ああ、そういえば和弥から聞いたんだけど、あいつが会った占い師って結那のお姉さんなんだって?」

「ええ、そうよ。この前の仕事の時に知ったんだけどびっくりしたわ」


 洋館での仕事の報告のあと、以前にせりなから請けた占い師の捜索で知り合った目的の人物が、実は結那の姉だということを和弥から聞いていた。確かに『結河原慧』、名前で連想してもいいくらい似ている。


「最近は連絡取ってるのか?」

「この間も電話したわよ。なんかしばらく専属で雇われて大変だって言ってたわ。専属ってあまり意味ないのに。姉さん何も言わなかったのかしら」

「あまり意味がないってどういう意味だ?」

「あー……えっと。理由はわからないけど、同じ人を短期間で繰り返し占うと当たらなくなるんだって。私も昔ずっとやってもらってたんだけど段々当たらなくなって。しばらく期間置いてやってもらったらまた当たるようになったの」

「ふむ……」


 いつか自分も占ってもらおうと思っていたのである程度役立つ情報だ。短期間連続で占ってもらうことに意味はないらしい。


「普段はお客にその注意してるのかな」

「してるはずよ。当たらない占いなんて評判落とすだけだろうし」


 確かに彼女の言うとおりだ。最初は当たっていても、通うにつれて外れていったなら足は遠のき訪れることはなくなるだろう。それなら最初から前置きしておけば不信感は和らぎ、期間を置いてまた来ることもあるだろう。


「じゃあなんでなんだろうな。信用を失うのがわかってわざと言っていないのか、それとも雇われてそこから複数の人間を占うのか……」

「さぁ? まぁ今度会ったり電話した時にでも聞いてみるわ。私も気になるし」

「ああ、そうしてくれると助かる。一度挨拶しておきたいしな」


 退魔士の世界は狭い。何処で誰が繋がっているかわからないし、情報も比較的短時間で流れることも多い。占い師という職業は情報収集に適した職業と言える。それなら顔繋ぎくらいはしておいて無駄にはならない。


「挨拶って……!」

「結那違うそうじゃない。その勘違いは言ってから気付いたけどそういう意味じゃないからな」

「残念ね」


 肩を竦める結那。わかってて言ったのは良治にもわかった。そんな勘違いを本気でする人間はそうそういない。


 狭い山道をやや速足で進むと少しだけ開けた草原に出る。そこで良治たちは足を止めた。


「……ここで休憩したいのは山々なんだけどなぁ」

「少し息を整えたら行きましょうか」

「お弁当広げてピクニック、ってのには良い場所なのにねー」


 気持ちのいい風が頬を撫でる。許されるならシートを敷いて昼寝でもしたいくらいだ。しかし誰もそんな提案はしないし、その表情は暗い。

 それは全て奥に見える森から感じる気配にある。あの魔獣たちを同じものだ。


「来る……? こっちが風上か!」


 少しずつ近づいてくる気配に眉を顰めたが、すぐにその理由に思い当たる。三人は気配で探るが、魔獣たちは鼻が効くらしい。


「天音は俺と詠唱術、そのあと結界。結那は術を打つまで待機。迎え撃つぞ!」

「待つのは苦手だけど了解っ」


 返事をしたのは結那だけ。天音は既に詠唱術に入っている。それを見て良治も詠唱に入る。

 うずうずとしている結那の横で詠唱術が完成する。天音と視線で合図をして同時に打ち出した。


春華暴風しゅんかぼうふう!」

濁流瀑布だくりゅうばくふ!」


 良治からは荒ぶる風が、天音からは大量の水が放たれる。お互いの術は、同時に放つにはあまり相性が良くない。打ち合わせたわけではないが、それぞれ左右に打ち分け、迫る魔獣の群れを一掃する。


「いっくわよ!」


 走り出した結那を止める者はもういない。ほんの僅かな時間に溜まった鬱憤を晴らすように魔獣たちをぶちのめしていく。そして二人も彼女に続いて走り出した。


 魔獣が全滅するまでそう時間はかからなかった。大部分は二人の術で削り、残ったのは結那がほとんど打ち倒した。しかし良治は一つ気になる部分があったので、大鎌を転魔石で仕舞った彼女に声をかけた。


「なぁ、もしかして体調悪いか?」

「……そうでもありません」

「やっぱり契約してた時と同じレベルってのは厳しいか。あまり無理はするなよ」

「……」


 良治の言葉に天音は黙った。それは肯定の証。

 全体的な能力が向上していたあの頃とは違う。魔族の力を開放していなくても契約者にその恩恵はある。今まで誤魔化されてきたが、彼女も良治とは違う理由で力を落としていた。

 良治がそのことに気付けないでいたのは、彼自身も力を落としていたからだ。そして彼は彼なりのやり方で以前と同レベルかそれ以上に力を戻した。だからこそ今の彼女の状態に気付けた。

 周囲は誰も気付けなかったこと。その理由は直接彼女と戦闘をしたのが良治だけだからだ。だから以前と比べることが出来ずに気付けなかった。


「――良治さん」

「どうした?」


 天音が口を開いた。静かで落ち着いた声だ。


「私では貴方の力にはなれませんか。力不足でしょうか」


 彼女の言いたいことは理解できる気がする。

 力を落とした自分はまだ役に立つことができるのか。


「天音は十分すぎるほどに力になってくれてるよ。気持ちだけでも十分だけど、こういった仕事も手伝ってくれてるからな。寄りかかりすぎないように気を付けてるくらいだよ」


 誰かの役に立てない自分は必要ないのではないか。

 それはきっと彼女が暗天衆という日陰者の集団に属していたからだろう。役に立てなければ処分される。失敗すれば処分される。反抗すれば処分される。

 良治は開門士の乱終了後、現在陰陽陣の副長である高遠幾真にそんな話を聞いた。暗天衆は閉鎖的で独裁的、結果が全ての組織だったと。

 そんな組織は暗天衆を束ねるトップが暗殺されたため散り散りになっている。様々な機密や裏情報を持つメンバーもいたため探し出すことも提案されたが、そういった状況を知っていた高遠たちは彼らを見逃すことに決めた。これからは自由に生きて貰いたい、そんな気持ちを込めて。


 言葉の背景も気持ちも理解できる。そして良治もまた役に立たなければという気持ちをずっと持ち続けていた。拾われてから周囲の人々は優しかったが、もちろんそうではない人々はそれ以上に存在していたからだ。

 見知らぬ退魔士の子供。それも半魔族。疎まれる要素しかない。そして彼の中には親の仇と取るという復讐心があった。その目的のために生きる。生きなければならない。

 だから――役に立ち続けて捨てられずに生き続けて、復讐を完遂させなければならい。そう思って生きてきた。


 役に立たなければ捨てられる。この気持ちはその状況に陥った者にしか理解できない。簡単に切り捨てられる立場、明日には殺されるかもしれない恐怖。

 良治はその立場から抜け出した。これ以上の復讐はもういいと思えるし、現状の組織は簡単に切り捨てるような状態ではない。

 だから良治は、先に抜け出し、立ち直った先輩として天音に言葉をかけた。いつかの自分が言われたかった言葉を。


「――ありがとうございます。これからも力になりたいと思います。そして――ちゃんと自立できるように。そう努力していきますから」

「そこまで見えてるならもう俺から言うことは何もないよ」

「そうですか? でもまだ先のことだと思うので、それまでは寄りかからせてください」

「……まどかが妬かない程度にな」

「はいっ」


 笑顔で答える天音に一瞬ドキッとする。普段はしれっとした態度で笑みを浮かべたり、口の端だけで笑ったりすることの多い彼女の、良治が見た初めての弾けるような笑顔だった。


「――ねぇ、そろそろいいかしら。仕事はまだ終わってないみたいよ。あとそういうのは私がいないとこでやって」

「え?」


 年相応の笑顔に見惚れていた良治は結那の氷を思わせるような冷たい口調で現実に引き戻された。そしてその言葉の意味を遅れて理解した。


「悪霊、か」

「ですね。それもかなりの」

「ゾクゾクするわね、ちょっとだけだけど」


 結那の言葉と悪霊の姿に背筋が凍る。それほどの力を感じる相手。

 生前の姿は立ち消え、白い影のように浮かぶ悪霊は口と目がわかる程度の輪郭だ。白いフード付きローブを着た、腕の先と足がないような容貌。それがふわふわとしながらゆっくりと草原を横切るように近付いてくる。


「……消えたっ!?」

「注意しろ!」


 結那の驚く声が響き、緊張が走る。姿は消えたが移動していた方向的にこっちに来ているのは疑いようがない。


「……気配探れるかっ?」

「……駄目です、わかりません」

「ごめん、私もわかんない!」

「ちっ!」


 天音も結那も、そして良治も悪霊の気配を感知できない。

 こんな時に和弥がいれば。そう考えたのは良治だけではない。天使の力を持つ彼ならば気配を探ることも出来ただろう。三人が三人ともそう思っていた。

 しかしこの場に彼はいない。三人でどうにかするしかならないのだ。


「――っ!」


 良治の決断は速かった。自分の持てる手段で最も効果的だと思われる方法を取る。それは、半魔族化。


「良治!?」


 彼の姿が白髪、そして金色の瞳という異質なものに変わる。そしてカッとその金色の瞳を見開くと天音の目の前の空間を切り裂いた。


「ッッッ!?」


 甲高い声にならない悲鳴を上げる悪霊。そしてその衝撃からかその姿を現した。


「――っ!」


 姿が見え、手負いで、そして驚きで固まっているのなら実力差などないに等しい。

 無言で放った大鎌の一撃は悪霊を真っ二つにし、白い残滓を溶かして消えていった。


「……結構な強敵かと思ったんだけど」

「結構な強敵だったと思うよ。自我が芽生えるほどに強力だったからこそ油断を突けただけだな」


 強いな力を持つ悪霊の中には意識を持つものが多くいる。姿を消したのも意図的で、おそらく自分たちをいたぶる目的だったのだろう。しかしそれは良治によって看過され失敗に終わった。


「半魔族化で気配を探れた、ということですか?」

「ああ。でも正直なんとなく、って程度だった。もう一回やれって言われても失敗しそうだよ。実際さっきのだって掠っただけだったし」

「確かにそんな感じでしたね。でもあれで姿を現してくれたので。良治さんのお陰です」

「別に感謝はいらないよ。三人で請け負った仕事なんだから」

「……そうですね」


 三人で受けた仕事を三人で成功させただけの話。だから特別な感謝の言葉など必要なかった。またいつか別の形で返せばいい。


「役に立てなかったわね、ごめんなさい」

「気にしないでいいよ。得手不得手があるのは当然だし、魔獣の群れ相手の時は縦横無尽って感じだったんだから」

「そうかもだけど。うぅん、ちょっともやもやするわね」

「そのもやもやは美味いものでも食べて、風呂入って寝て忘れることだな。出来ないものは出来ないし、気にしすぎると毒になる」

「それを良治に言われてもね……。まぁいいわ。言ってた通りご飯でも食べに行きましょうか」


 道すがら言っていた帰りの話。ちょうど陽が落ち始めていて、今から地元に戻るのは夕飯時だろう。三人とも少し埃っぽいがそれは許容範囲内だ。


「だな。二人ともどの店にするか着くまでに考えておいてくれ」

「おっけ!」

「はい」


 周囲の探索は完全に終わったわけではない。しかしこれ以上続けるのは精神的にも時間的にも難しいと判断して帰ることにした。大部分は調査出来たので問題はないだろう。


(あとは原因だな)


 魔獣の群れと強力な悪霊。なぜ現れたか。その原因を解明しなくてはならない。

 元々この丹沢山系は鬼が封印されていたこともあって、漂う力が濃い。しかしそれはこんなにも多くの魔獣や悪霊が出現するほではないはずだ。そうなると別に原因があるはず。しかしそこに辿り着けないでいた。


(……再度来る必要はありそうだな)


 仮説も見出せない現状に納得は出来ない。結局良治はもう一度調査することに決めた。それがいつになるか、誰と来るかはまだ未定だが。


 禊埜塞との件も結論は出ていない。だがその時が来るまでに、どっちにしろ身辺の整理や仕事を切りのいい所まで終わらせておきたい気持ちはあった。


(――さて、どうしようか。ちゃんと向き合って、時間をかけて考えよう)


 段々と群青色に染まりつつある空を見上げ、静かに良治は決意した。










「――ありがとうございます。貴方が手伝ってくれるならこれほど心強いことはありません」


 禊埜塞は都内の雑居ビルの一室で一人の男に礼を言っていた。窓から入る向かいの明かりだけがうっすらと射し込んでいる。

 塞の目の前にいるのは黒いコートに鋭い眼差しの男だった。


「だが一度きりだ。それで魁への借りは十分に返せる。……その時が来たら連絡をしろ」

「はい」


 そう塞が答えると迷いなく男は部屋を出て行った。最初から最後まで剣呑な雰囲気を纏わせたまま。


「……占え」

「…………」


 部屋の隅で男に怯えながら立っていた女に声をかける。女は蒼白な表情で手に持った水晶球の中を見始めた。そして。


「……倒れた魔族っぽい男の前に貴方が見えるわ」

「……は」


 女は塞の表情を見て後ずさった。満面の笑み。しかし狂気に彩られた笑顔を見て。


「ははははははははははははははははは! やっとだ! ようやくだ!

 やはりあの男を引き入れたことが大きな要因か! これで準備は出来たっ!」


 手を広げ、まるで演技をするように叫ぶ。


「さぁ忙しくなるぞ。もう阻むものは何もない。すべての準備を最高速で仕上げるぞ!」


 そしてぎょろりと眼球を動かし、彼は宣言した。


「――さぁ、復讐劇の始まりだ」


最後に出てきた男は言わずと知れた四作品皆勤賞のあの男。

そして次回から最終章へ。来月半ばの完結目指して頑張ります。

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