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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
富士山決戦
26/42

~富士山決戦~ 一話

最終章の始まりです。

二話も同時投稿しますのでそちらもどうぞ。

「――ねぇ兄さん。そっちはどう?」

「問題ない」

「ま、そうよね。兄さんなら心配いらないっか」


 兄さんと呼ばれた男は静かに日本刀を収める。その周囲に散っていた魔獣の躯は既に消え、森の中は平穏がもたらされていた。

 兄に全幅の信頼を寄せる女性は、所謂巫女服を身に着けていた。彼女に歩み寄ってくる兄も和装だ。違いは赤か水色かだけの色違い。手に持った日本刀もよく似ていた。

 二十歳そこそこの兄妹は揃って長い黒髪で、これも兄妹共々無造作に縛っている。二人とも整った顔立ちで、見慣れていない者からは一種の疎外感を感じさせるほどだ。


 彼女たちの住まう神社の裏山に小型の魔獣が現れたのは二週間ほど前のことだった。

 富士宮市のある神社に生を受けて以来ずっと過ごしたこの地。それを犯すように現れた魔獣を二人は忘れないだろう。

 兄が一刀の元に切り捨てたが、その魔獣は他の場所にも出現しているという噂を他の神社の者から聞き、居ても立ってもいられなかった二人は魔獣を倒すべく探し回った。三年前に死んだ父から教え込まれた剣技は更に冴えを見せ、今では近隣の退魔士たちの中では凄腕と伝わるほど。それ故初めて魔獣に遭遇した時こそ狼狽えたが、それ以後は危なげなく対処できていた。――今までは。


「ねぇ、でも兄さん……どうすればいいかな」

「ああ」


 先程倒した、小型の犬に似た魔獣は二十を超えていた。二人で対処するにはこの数が限界だろう。そして日が経つにつれてその数は増えつつあり、更に少しずつ大きくもなってきていた。

 近所の退魔士に救援を頼むこともしたが、魔獣と戦えるほどの者はいなかった。時代が流れるにつれ、退魔士はその数を減じている。静岡県全体にまでその範囲を広げたが、やはりどの神社や寺にも退魔士と呼べるほどの実力者はいなかった。


「数が多すぎるのよね……」


 むしろ彼らを頼る者が増え、魔獣の目撃情報があったので来てほしい、そんな依頼が増え続けていた。しかしもう手一杯だ。


「やれるだけやるだけだ」

「そうね」


 無口な兄の言葉に頷いて、目撃情報のあった場所へ歩き出す。

 魔獣発生の原因はまだ掴めていない。しかしその根源は薄々感づいてた。

 報告のある場所の多くは富士宮市から北東に集中している。その先にあるのは――


(――霊峰富士。何が起こってるの……?)


 心の奥底から湧き出る不安に押し潰されないよう、兄の手を強く握った。

 行くしかない。周辺の住民を助けられるのは自分たちだけなのだから。


 そして――神薙兄妹は走り出した。すべての魔獣を打ち倒すために。














「うーん……終わったぁ」


 ホームルームが終わり、和弥は大きく伸びをした。昨夜の仕事が長引き、ろくに睡眠時間が取れなかったことが大きな要因だ。度々あるように今日も授業時間のほとんどを寝て過ごしていた。一度地震のせいで起きはしたが。

 綾華と付き合いだした当初は勉強も少し頑張っていたのだが、自分の進路が決まってからは成績は下がっていく一方だった。就職が決まっている和弥に対して注意する存在はほとんどいない。もはや一応学園に来ている、そんな程度でしかなくなっていた。


「おい和弥……っておいよだれくらい拭け」

「ん、おお!? すまんリョージ」

「さすがにだらしなさすぎるぞ。ちゃんと勉強しろとは言わないけど、身嗜みくらいはちゃんとしとけって」

「う、悪い。……で、どうしたんだ?」


 ごしごしと朝綾華から手渡されたハンカチで口元を拭いながら良治を促す。用があったから来たのだろう。よだれを注意しに来たわけではないだろうから。


「ああそうだ忘れるところだった。緊急事態だ和弥。屋上に集合で」

「リョージ? どういうことだ」


 普段学園で見せることのない、完全に仕事モードの良治だ。それだけで緊張感が増していく。


「みんなが集まったら説明する。とりあえず屋上に集合してくれ」

「了解」


 冗談や茶々を入れている場合ではないことは確かだ。素直に頷いておく。


「真帆も頼む。大事になりそうだ」

「うん、わかったよ」


 振り返った良治が近づいてきていた真帆に声をかけていた。同じ組織ではない真帆にも集合をかけるあたり、彼の言葉通り大事が起こる予感があった。

 陰神との最終決戦や陰陽陣への遠征を思い出す。その時もこんな緊張感があった。


(――覚悟はしておこう)


 最近の仕事の量や強力な魔獣や悪霊。嫌な予感がひしひしとする。

 そんな予感を拭いきれないまま和弥は速足で屋上に向かった。







 和弥と真帆が先に屋上で待ちしばらくすると皆が集まりだす。

 和弥、良治、綾華、真帆、慎也、天音、千香の七人。学園にいる退魔士はこれで全員だ。和弥の思った通り、白神会ではない者も含めてすべてだ。

 屋上の端に集まり、良治以外が座ったのを確認して彼は口を開いた。


「さっき葵さんから連絡があったんだが、どうやら富士山の結界になにか異常が起こった可能性があるらしい。以前和弥と三咲さん、葵さんがやったやつだな」

「まじか、なにかミスったか……?」


 自分のミスの可能性に気付いて冷や汗をかく。

 しかし良治は首を振った。


「俺も詳しい話はまだ聞いてないけど、葵さんも同行したしさすがにその可能性は薄いと思うけどな。ただ張り直した直後の結界は解れることもあるらしい。まずは調査だ」

「なるほど。おっけ」


 少しだけ安心したが、しかし原因はわかっていない。それに現状も把握できていない。


「地震、それと最近の魔獣や悪霊も富士山結界の異常が影響している可能性もある。ここの所それ関連の仕事が増えていたのも関係しているかもしれない」

「あー、確かに多かったな。今までの倍くらいには仕事あった気がする」


 ここ数か月、確かに疲労が抜けない日が多い程度には仕事が多かった。そしてそれは今日も含まれる。


「実は支部のみんなに満遍なく仕事を振ってたから二倍じゃきかないんだけど、まぁそういうことだ。まだ関連が確定したわけじゃないけど、可能性があることは覚えておいてくれ。

 で、東京支部よりもこっちの方が現場に近い。という訳でここから出発する。和弥、綾華さん、三咲さんは俺と一緒に静岡支部へ。今回の拠点とする予定だ。真帆と慎也はこの周辺のケアを頼む。俺たちが静岡に向かうと完全に空白地帯になっちゃうからな。戻るまでで良いから魔獣や悪霊の対処をお願いしたい。もちろん出来る限りで良いから」

「うん、任されたよ」

「はい、わかりました」


 水樹姉弟がそれぞれ返事をする。

 同じ組織ではないのに素直に聞いてくれるのも良治の人徳か。姉の方はそれだけではないだろうが。


「良治さん、私はどうしますか?」

「天音は……どうしようか」


 良治が少し困った表情を浮かべる。その気持ちは和弥にもわかった。

 戦力としては文句ない。しかし彼女は白神会でもないし、地元の退魔士でもない。そして良治が命令したりするような関係でもない。

 出来たら助けになってもらいたいが、それを強制することはできない。


「人手が足りないのならお手伝いしますよ。正直こういうことで遠慮してほしくはありません。私と良治さんの仲ではないですか」

「その仲ってのが微妙だから悩んでるんだけどな……」


 天音は今はもう敵対組織に属しているわけではない。むしろ時々仕事を手伝ってもらっている。しかし支部単位で動くような大きな仕事に巻き込んでいいのか。


「気にしないでください。最低限の依頼料頂ければそれでいいですから。もし出ないようなら良治さんから頂きます」

「依頼料なぁ。政府から出ると助かるけど、どうなるからはわからないからなぁ……」


 天変地異クラスの事件なら、解決すれば依頼料はお上から支払われる。勿論成功報酬となり、そこまで大きな額ではないがそれは白神会のトップである隼人の交渉力次第だ。


「まぁ出なかったら一つ貸しということで」

「……まぁいいか。じゃあそれで頼むよ天音」

「頼まれました。全力を尽くしましょう」


 にこりと請け負う天音はとても嬉しそうだった。

 きっと最初からこういう方向に話を持っていくつもりだったのだろう。彼女ならそれくらいはする。


「じゃ天音は俺たちと同行してくれ。なんか言われたら俺の知り合いで通すから。あとは現場に出てから決める」

「はい、わかりました」


 良治は基本的に現場主義だ。前もって準備することの大切さを理解したうえで、詳細を詰めるときは現場の状況を優先する傾向にある。彼のこの柔軟性は大きな長所だ。


「まだわからないことが多い。情報が入り次第その都度指示が変わることもあるだろうが混乱しないように頼む」

「状況が状況だしな。おっけ、了解だ」


 今まで出会った退魔士はそんなに多くはない。しかし和弥は良治が一番指示を出すのに向いていると感じていた。

 周囲の誰も良治の指示に疑問を持っていない。それは良治が今までに得た信頼の証。


(――いつかこんな指揮官になりたい。リョージに追いつきたい)


 それは同い年の友人に持つ感情ではないのかもしれない。だがしかし、和弥はそれでもこの感情を否定しない。

 憧れ。それは退魔の道に踏み込んでから持ち続けているものだ。

 自分の前を、ずっと前を歩き続けている友人。憧れであり目標。


「――よし。準備はいいな。とにかく急ごう。行くぞ」


 彼の信頼は裏切らない。そしていつか必ず追いつく。

 想いを抱いて和弥は力強く立ち上がった。

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