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~予兆~ 二話

「この山、何かおかしいですね」


 そうぽつりと呟いたのは天音だった。

 丹沢の山道を歩くこと一時間ほど。退魔士として鍛え、力を使っている三人にはさほどの苦労はない。

 東京支部で葵から受けた仕事をしにここまで来たが、やはり良治の予想通り山中に入ってからは誰にも会っていなかった。


「そうね。何がとは言えないけど、なんか空気がおかしい気がするわ」


 先頭を歩く結那も同感で、術士タイプではない彼女もおかしな空気を感じていた。

 山道を歩く順番は結那、良治、天音の順。リーダーは当然良治だ。


「この山は前に色々あったんだよ。一度封印されてた鬼が復活してる。再封印してあるはずだけど……これは何なんだろうな」


 以前に現在行方不明のシグマが当時生徒会長だった小久保せりなを拉致し、彼女を生贄として封印されいた『鬼餓苦キガク』の復活を目論んだ。それは成ったが、復活したての鬼餓苦を降臨した天使・パティシアーノ・ロベールと共に封印するのに成功した経緯があった。

 もしかしたら一度鬼が復活した影響かもしれない。あれから一度も様子を見に来ていなかったことを悔やむ。この間仕事のため和弥たちと四人で近くまで訪れていた時にでも寄り道をしておけばよかった。


「まぁ目撃情報があったのはまだこの先だけど、少し気を付けておいた方がいいかもね。……あ、そうだ良治」

「ん、どうした」

「良治が居合抜き出来るって話を聞いたんだけどホント?」


 結那の質問に顔が渋くなる。村雨の件の時に彼女はいない。良治も話していない。つまりあの二人のどちらかから聞いたということだ。


「和弥から聞いたのか。まぁまだ練習中だけど」

「そーよ。で、どうなの。居合抜きってカッコよさそうだけど役立ちそう?」

「まだ実戦投入してないからわからないな。あくまで一つの選択肢って感じだよ」


 信乃相手に居合抜きを試そうとしたが、あの時は結局壮介に邪魔をされて抜けなかった。つまりまだ試行錯誤の段階と言っていい。


「……悩み事はいいですけど、困ったことはちゃんと言ってくださいね。全部終わってしまった後で後悔するのは嫌ですから」


 背後の天音の言葉にぎくりとする。それはここ最近の行動を見透かされたような言葉だった。


「え、良治何か悩み事あるの?」

「……まぁ、あるな。でもなんとか答えは出そうと思ってるから」

「なら良いんですが。でもあまり抱え込まないでくださいね」

「……ありがとな」


 心配そうな顔でも声でもない。それがかえって彼には有り難かった。


 ――ボクの名は禊埜みそぎのさい。陰神の退魔士、《粉砕士》魁の――息子だ


 あの少年の言葉がリフレインする。


 ――ボクはお前は殺しに来たんだ


 あの夕日に染まる学園での宣言。

 それを否定することは彼には出来ない。白神会に保護されてから陰神を壊滅させるまで、確かに良治は復讐心を糧に生きてきたのだから。ただそれだけを胸に秘め、利用されることも厭わずに。


(だが、だからと言って抵抗せずに殺されていいのか)


 良治は復讐を否定できない。否定するつもりもない。復讐もまた一つの正義であると考えている。

 それに良治の復讐心はもうほとんど満たされている。シグマこそ討てなかったが、陰神は瓦解したことによって満足している。だからこそもう人生に満足し、誰かに殺されることも許容できる。この退魔士という稼業をやっていれば恨みを買うようなことも多い。それも覚悟していたことだ。

 きっと良治がフリーの退魔士で、深い付き合いがある友人などがいなかったら禊埜塞の復讐を躊躇いなく受けただろう。


(――だけど迷ってる)


 相手の言い分は真っ当で良治もそう思う。

 だがそれでもきっと和弥やまどかをはじめとする周囲の友人たちは反対するだろう。

 別に周囲の意見に左右されることは考えていない。だがこんなにも迷ったことは人生で初めての経験だった。悩みすぎてリセットを必要とするほどに。リセットと称して現実逃避の訓練をするほどに。


「……来たわね」

「獣臭がします。魔獣ですね」


 思考の迷路に入っていた良治を現実に引き戻したのは、二人の言葉だった。言われて注意すると確かに魔獣の気配を感じる。二人がいなかったら奇襲を受けていただろう。


「良治、仕事中は考え事しないの。あとで好きなだけ話聞いてあげるから」

「聞き捨てならないですね勅使河原さん。悩み事を聞くのは私の役目です」

「……そうしたらきっとまどかが怒る。気持ちだけ受け取っておくよ」

「残念」

「それもそうですね」


 本心だけど軽口。本当に周囲の人間に恵まれている。それを再確認して良治は少しだけ笑みを浮かべた。


「――そうだな、考え事はおしまいだ。さっさと終わらせて何か軽く食べにでも行くか」

「おっけー! やる気出てきたわ」

「いいですね。御一緒させていただきます」


 二人も笑顔で答える。自信に満ちた、幸せそうな笑顔。


 そして――彼らの視線の先に魔獣の群れが現れた。











「天音、結界を。結那は俺と一緒に天音から離れすぎない距離で蹴散らすぞ」

「はい、わかりました」

「おっけ!」


 走り出した魔獣を見た良治の指示に二人が動く。

 結界特有の気配が周囲を包んだのを感じると彼は走り出した。


「ガウッ!」

「――っ!」


 横薙ぎで魔獣の首を刎ねる。隣では結那が右フックで魔獣を吹き飛ばしていた。相変わらず凄まじい威力だ。

 そこで魔獣たちは警戒したのか、じりじりと様子を見るように三人を囲みだした。

 逆に良治も魔獣たちの動きが止まったので状況を再確認する。


(魔獣は小型、数は二十後半。山道は前後塞がれてる。脇の林に入るのは視界的な意味で不利か)


 戦力に不安はない。黒毛の犬型の魔獣たちも大したことないように思える。ならば取る手は一つ。


「真っ向勝負で殲滅で」

「いいわね。大好きよそういうの」

「自信がなければ中々取れないものですが、いいと思います」


 二人の同意が得られて安心する。というかきっと、あまりに外れたことを言わない限り付いて来てくれそうだなとも思うが。


「……来るぞ!」


 様子見をしていた魔獣たちが一斉に襲い掛かる。小型とは言えその爪や牙は鋭い。身体を強化していても噛みつかれれば痛いし出血もする。

 しかしそれは攻撃を受ければの話だ。


「はっ!」


 真っ先に先頭に立つ結那。そして彼女をフォローする良治。二人の間合いに入らないように大鎌を振るう天音。

 この三人は近接戦闘を得意とするタイプだ。唯一天音は術士タイプだが、それを全く感じさせないほどの実力がある。


(相変わらず天音は術士タイプとは思えない動きをするな)


 暗天衆という汚れ仕事を長年やっていた影響だろうか、彼女の身のこなしはまるで忍びのようだ。

 この数か月間、良治は京都で何人かで調査や研究、そして新たな区分の提案をしていた。きっと彼女はその新たな区分に入るタイプだろう。

 彼は長年、剣士と術士という二つしかない分け方に疑問を持っていた。もっと詳細に分けた方が組織としてもっと効率がいいのではないかと。


「はぁぁっ!」

「勅使河原さん、前に出過ぎです!」

「ごめん!」

「言いながら前に出ないでください!」


 天音は乱暴に定義するなら、術士と剣士の間なのだろうと思う。そしてそれは良治自身もそれに近い気がする。だからこそ提案した背景もある。


「……ふぅ」


 良治が相手をしていた集団を屠り、背後を向くと既に魔獣の群れは消えていた。当然二人は無傷で立っている。


「ここにいたのはこれでお終いみたいね。念のため周辺も探してみる?」

「そうだな……まだ陽が落ちるまで時間あるしもう少し探してみるか」


 息を整えて結那の提案を採用する。周囲に気配はないが、山は広い。少なくともあと少しは探索を続けるべきだろう。


「良治さん大丈夫ですか」

「ん、大丈夫だよ」


 少し息が切れていたのが気になったのだろう。天音の気遣いに手を軽く上げて答える。


 ――なんて鋭いのだろう。


 内心そんなことを思いながら。


 柊良治は力を落としている。度重なる怪我と契約によって全体的な力は落ちた。それでも並みの退魔士以上と言える。だがそれでは今後も続くであろう戦闘で足手纏いになるのは明白だった。

 一線を退き、後方から指揮を執ることも考えたが、その役目はもう良治が行うべきことではない。少なくとも徐々に和弥や綾華に移譲していかなければならない。


 ならば、戦闘で役に立たなければならない。

 そこで彼は考えた。今まで通りの力が発揮出来ないなら、無理をすればいいと。

 そんな安易な考えは当然リスクを生む。これまでのように力を振るうことは可能になった。しかしそれと引き換えに、彼の一つの特徴である継戦能力は失われた。

 半魔族化をせずに戦えば、数時間程度戦い続けられるほどに力を効率よく操れていた。しかし今は十五分持つかどうかというラインまで短くなっている。

 強力過ぎて身体を蝕んでいた魔族の力を契約によって逃がし、命を長らえた結果役に立てなくなった。しかしそのままでいいとは思わない。そこで良治は命に影響しない程度に無理をすることに決めた。身体に負担はかける。だが命には影響しない程度に。


(こんなスキル、欲しくはなかったけど役に立ってるからなんとも言えないな)


 それは幾度も死の淵に立ったことのある彼に身についた感覚。

 発作を何度も起こしながら帰還できたからこそのもの。


「ではこのまま進みましょうか。勅使河原さん、もう前に出過ぎないでくださいね」

「はーい」

「……わかってます、本当に……?」


 頭の痛そうな天音に苦笑いしつつ歩き出す。なんだかんだ言って結那は頭の回転がいい。みんなを危険に晒すような致命的なミスはしないだろう。


「じゃあ二人とも行こうか」

「そうね。良治の好みの女の子のタイプとか聞きながらのんびり行きましょ」

「それは私も聞きたいですね。のんびり、というのはどうかと思いますが」

「……まったく」


 なんでこう女の子はこういう話が好きなのか。きっとまどかがいないのも一つの理由だとは思うがあまり嬉しい話題ではない。

 適当なタイミングで魔獣出ないかなぁ、なんてことを思いながら良治はまた山道を歩き出した。



なんだかんだ言ってこの三人の相性は良かったり。書いてる方も楽です(笑

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