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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
二振りの村雨
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~二振りの村雨~ 四話

 良治は自信に満ちた笑みで、静かに腰を沈めて獲物が間合いに入るのを待つ。

 しかし大きく刀を振りかぶったまま走っていた信乃は良治から数歩離れた場所で突然止まった。


「――」

「――」


 ゆっくりと信乃が刀を構え直す。右斜めに掲げるような構え。和弥も得意とする八相の構えだ。

 予想よりもウデは立つようだ。そう良治は信乃の力量を上方修正した。

 正直妖刀を手にして浮かれた脳味噌筋肉――つまりは脳筋――だと思っていた。しかしそれは立ち止ったことで打ち消された。


(――やるな)


 戦闘、それも近接戦で最も重要なものの一つに間合いがある。

 迂闊に相手の間合いに入ることは即、死に繋がる。信乃はその間合いを感じて立ち止ったのだ。踏み入れれば終わるその間合いの僅か外で。

 良治の予想では間合いはほぼ同じ。刀そのものの長さは良治の方が少しだけ長い。それは信乃が刀を見せた時に確認してある。

 しかし体格に差があり、そこは信乃に軍配が上がる。腕の長さも考慮すれば結局刀の長さというアドバンテージは消えてしまう。

 そこで良治が選んだのは居合抜きだった。


(速さなら、分があるはず)


 居合抜き、つまり抜刀術は速さがすべて。軌跡も捉えるのが非常に難しい。これなら真っ向勝負でも勝算はある。

 一つだけマイナス要素を考えるなら、良治の村雨はやや長いため居合抜きに不向きだということ。しかしそれも考慮して彼はこれを選んだ。


 じりじりと信乃が摺り足で近づいてくる。あと少し。


「――ッ!」


 あと一cm。そう思った瞬間、信乃の後方からバスケットボール大の水球が飛んできた。狙いはもちろん良治だ。

 水球が見えたその刹那、いろいろな選択肢が駆け巡る。

 居合抜きで打ち払う。防御壁を張る。後方に避ける。無視。しかしどれも一長一短だ。だがどれかは選ばなくてはならない。


 良治が選んだのは後方に跳んで避けることだった。これが一番隙が少ないと判断した。


「はぁッ!」


 しかし信乃はそんな隙を見逃さない。良治を追うように一気に間合いを詰めて刀を振り下ろす。


「ッ!」


 それを良治は抜いた刀で打ち払う。

 それはもう居合抜きとはとても言えない代物だ。身体が浮いた瞬間に斬りかかられた影響で足で踏ん張ることが出来ず、即座に居合抜きを諦めた。

 足で踏み込んで抜かなければ威力も速度も半減する。ならば無理に居合抜きをする意味がない。


「はっ!」

「っ!」


 鈍い音をさせて鍔迫り合う二振りの村雨。合わせてみて改めて良治の方が長いことを認識した。


「ぐっ!?」


 刀に意識がいった一瞬、右足首に鈍い痛みが走る。信乃からの攻撃ではない。その後方にいた壮介からのものだ。冷静に考えてみれば彼からの攻撃が一発で終わる保証なんてなかった。これは良治の油断だった。


「ふんっ!」


 痛みと衝撃でバランスに影響が出た隙に、信乃が力を込めて押し込んでくる。体格差で上から圧力がかかる。

 このままでは不利。すぐさま押し返し、そのまま更に後方に跳ぶ。


「――ふぅ」


 追撃はない。またじりじりと距離を詰めようとする信乃。

 しかしそこで良治はまだ距離のある壮介に話しかけた。


「壮介さん、貴方が彼に俺の話をしたというのは本当ですか?」

「……ああ、その通りだ。《黒衣の騎士》と村雨の組み合わせはこの業界では有名だからな」


 少しの逡巡のあと壮介は口を開いた。別に話しても問題ないと思ったのだろう。


「彼と知り合った経緯は?」

「仕事帰りにある神社で結界の気配を感じて様子を見に行った。そうしたらそこに村雨を振る不審人物がいたというわけだ」

「おい壮介、不審人物とはもしかして我のことか?」

「つまり偶然だと。……誰かに話を聞いたとかは」

「特にないな。偶然出会って偶々八犬伝の話をしただけだ。私の出身は千葉でね。この業界にいることもあって馴染み深い話なのだよ」

「……なるほど」

「無視は、ちょっと傷つくだろう……」


 しょんぼりしている信乃を放置して少しだけ話を整理する。

 しかし特に矛盾はないように思える。彼の言うように八犬伝の逸話はマイナーではあるが、地元の者からすればそうではないはずだ。それに良治は違うが知っている。


「……話は終わったな? ならば再開といくぞ。信乃、お前も気を取り直せ。さっきは悪かった」

「う、うむ。そうだな、この村雨の為に勝利せねば!」


 なんとか持ち直してやる気になった信乃が良治に対峙する。

 そのまま落ち込んでいてくれれば、うやむやのまま終わるかと期待したがそんなことにはならないようだ。


「欲しい情報は得たし、貴方たちが関係なさそうなのは理解したのでもう満足なんですが」

「こっちはそうはいかん。それとも村雨の銘を捨てるか?」

「嫌ですね、それは」

「なら戦うしかないのだよ。――ハッ!」


 第二ラウンドの開始。

 しかし信乃はお互いの間合いの外で村雨を振る。

 それにどんな意味がある。そう思ったのも束の間。村雨から蛇のように水流が放たれた。


「それが村雨の力かっ!」

「魔力障壁かっ!?」


 距離があるなら隙も突かれ難い。左手で障壁を展開して水流を防ぐ。手応えからそこまでの威力はないようだ。


「ならっ!」

「っ!」

「なっ!?」


 更に襲い掛かる信乃をいなして、体勢が崩れたところに足を引っかけて転がす。しかしその信乃を見逃して、良治は一直線に壮介に向かって走り出した。

 剣士と術士、この組み合わせを相手にする時はサポート役の術士から無力化するのがセオリーだ。


「は、これはどうかな!」


 今度はテニスボールほどの大きさの水球がいくつも放たれる。しかしそれを障壁を壁にしてそのまま突き進む。


「はぁっ!」

「!?」


 壮介の右腕から投げられたのは一本の縄。力を通してあるらしく、力強い勢いで良治目がけて飛んでくる。それはまるで一本の槍だ。

 近距離で高速。それは障壁をあっさりと貫通したが、良治はすんでのところで縄を打ち払った。斬るつもりだったのだが、勢いと体勢の悪さがそれを阻むことになったのだ。


「かかったな!」


 意識を縄から壮介に戻すと、良治の目に映ったのは後方に跳びながら左手で懐から何かを取り出そうとする場面だった。

 嫌な予感がする。しかし体勢は崩れていてすぐに回避行動に移れない。なら真っ直ぐに向かうしかないのか。


「はっ!」


 壮介が投げたもの、それは網だった。大きさはそこまでではないが、十分に良治の行動範囲を包むもの。


「っ!? 斬れないっ!?」


 体勢は不十分。しかしその中で十分な威力を持って振るった村雨は、壮介の網を切り裂くことが出来なかった。そのまま網が良治の身体に纏わりつく。


「私の最も得意とする戦法でね。簡単に斬られては困る!」

「もしかして、あの《九十九里の投網投げ》か!」

「はは、御名答だよ《黒衣の騎士》!」


 勝ち誇った笑い声。それもそうだろう。ちらりと後ろを向くと信乃がこっちに向かってきている。構えは刺突。網のことを考えれば当然だ。


「慢心はダメだっていつも自分で言ってるのにな」


 信乃を突然力を手に入れて浮かれた愚か者だと判断した。

 壮介を子供や動物たちと現れた影響で彼も大したことがないと見誤った。


「――愚か者は俺の方だったな」

「なっ!?」


 良治が呟いた刹那、彼の姿が変化する。髪の色は白へ。瞳の色は金色へ。


「俺はハーフでね。ずるいとか思わないで思わないでくださいね? これは生まれつきの能力なので」

「魔族との、ハーフか……」


 驚愕した表情の壮介。振り向くと信乃も立ち止っていた。

 二人の動きが停止していることを確認して、良治は身体を包む網を村雨で切り裂く。二回ほど振って完全に自由の身となると、静かに言った。


「第三ラウンドだ。――かかってこい」










「ここまで圧倒的になるのか……」


 和弥は信じられないものを見るように言った。

 それもそうだろう。さっきまで苦戦していた良治だったが、半魔族化したあとは一方的なものだった。


「葵さんが勝てないと言った言葉の意味を痛感しますね。剣技も術もあれ程の力量があるのなら」


 和弥も綾華も、半魔族化して本気を出した良治の姿を今までほとんど見たことがなかった。陰陽陣に赴いた際、戦場を共にはしていたがそれぞれ手の抜けない相手と戦っていた為しっかり見ることは不可能だった。

 しかし今、彼の強さを目の当たりにして身体が震えた。


「火の術で目眩まし、氷の術で足止め……そしてあの身のこなしと剣の鋭さ。弱点が見えません。つまりあの二人組が勝てないということは」


 綾華の言葉の先がわかる。和弥もそう感じたからだ。


「――俺たちも勝てないってことだな……」


 剣士と術士の組み合わせ。それも信乃と壮介はかなりの使い手だった。

 それでも半魔族化した良治の前には無力だった。驚愕のあまり集中力が切れたこともある。それを鑑みても圧倒的な差を和弥は感じた。


「――では『村雨』の銘はこのままということで。そちらの方は名乗るのは自由にしてください。出来たら今後はこのようなことのないようにお願いします」

「むぅ……仕方ない。今日のところは『村雨』の名についてはもう何も言わぬ」

「くっ、この私が敗れるとは……」


 ボロボロになった二人がへたり込んだまま下を向く。良治はもう半魔族化は解いている。

 怪我は両方とも大したことはない。ただ圧倒的な暴力の前に、身体よりも先に精神が屈してしまった。良治とすれば良い結果だ。


「強かったですよ、お二人とも。まぁ気が向いたらまた人助けでもしてください。……って今日のところは……?」

「御厚情感謝する。行くぞ荘介、もっと強くならねば!」

「くっ、いつか勝ってみせるっ!」

「あ、ちょっと」


 勢いよく立ち上がるとそのまま二人で走り去っていく。


「なんだかなぁ……」


 結局うやむやにされたのは良治の方で。


「……お疲れさん」

「ホントだよ。……まぁ今度来たらちゃんと納得してもらうことにするよ」


 この後の展開を考えると、また問題が先送りになってしまっただけで頭痛の種が増えただけだ。

 そのうち身動きできなさそうなくらいになりそうだなと、和弥は良治を見てそう思った。

 そして、そうなる前に少しでもいいから助けないと、とも。











「凄まじい力量だったな。さて再戦するようなことを言っていたがどうするんだ信乃よ」


 公園から十分に離れ、もう誰も追って来ないと判断した二人は川沿いの道をとぼとぼと歩いていた。


「……うぅむ。少し考えたのだがもう一度は戦おうと思っている。力の差はある。しかしあの半魔族化という情報を持っていなかった為に後手を踏んだのは確かだ。次はこのようなことにはならん! ならば十分に勝ち目はあるはず! それに我は刀を振り回すしか能がないからな!」

「……まったく」


 叫ぶ信乃に対して壮介はやや悲観的だった。冷静に分析をしていると言ってもいい。しかし考えれば考えるほど勝ち目は薄くなっていく気がしていた。


「――やはり負けましたか。しかし残念でしたね」


 二人の目の前に突如現れたのは少年。パンク風な印象の衣服、サングラス。そして一筋の銀メッシュ。


「お主は誰だ。先程のあれを見ていたのか?」

「ああ、そうなる。惜しかったとボクは思う。どうだろう、もう一度戦いたいと思いませんか。ボクならそれをセッティング出来ます」


 穏やかな笑みを浮かべて提案する少年。瞳に見通せない闇を感じさせた。


「……ふむ。悪くないな。どうすればよい」

「信乃、いいのか」

「構わん。今は再戦がすべてだ」


 あっさりと言ってのける信乃に不安を感じたが、壮介も信乃と二人でならこの少年から逃げるくらいは出来ると思い、それ以上の反対は留まった。ついさっき二対一で負けたので勝てるという思いは隠れてしまっている。


「ありがとうございます。条件は再戦の場を設けた時、柊良治と戦ってくれれば。もしかしたら彼の仲間とも戦うことになるかもしれませんが、それは柊良治と相談してください」

「まぁよかろう。荘介はどうだ」

「仕方ないだろう。このままでは終われないのは私もだ」

「交渉成立ということで。近いうちにまた連絡をします。それまでは腕を磨いておいてください」


 交渉成立となり、少年は安堵の表情を浮かべる。何処か張り付いたような笑みを。


「うむ。もちろんそのつもりだ」

「ありがとうございます。それでは――」


 そう言うと近くの路地に入っていく少年。何気なく後を追って覗き込むが、そこにはもう誰の姿もなかった。




 ――信乃に村雨を渡した男、結界を張れない信乃の元に壮介を誘導した者の正体。

 それは後ろから糸を引く当事者しか知らないことだった。




二振りの村雨はこれで完結です。タイトルからわかる通り良治メインのお話となりました。

二人の前に出てきた男は一人称でバレバレですね。ということは今後……。

最後の一文で暗示した正体は本文中では明かされない予定です。わかる人にはわかると思いますが。

一応ヒントは、姿を変化させられる、今までに出てきている、というところでしょうか。


それではまた次章で。

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