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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
二振りの村雨
21/42

~二振りの村雨~ 三話

二振りの村雨の後半部分開始です。

「――なるほど。事情は把握した。しかし」


 一つ溜息を挟んで話を聞き終えた良治が続ける。


「とばっちりもいいとこだな……まぁ連絡を取っておくよ。多分会うことになるだろうが」


 気持ちはわからないでもない。話は通じたが説得は難しそうな手合いだ。報告をした和弥もまた会いたいとは思わない。


 千葉からの帰り道に連絡し、翌日東京の道場で直接報告をすることになったのだが、やはり予想通り仕事を増やす結果になった。

 相変らず道場に机を持ち込んで事務仕事をしていた良治は眉間に皺を寄せ、疲れたような諦めたような表情を浮かべていた。


「行くのか?」

「行かなきゃ解決しそうにないしな、話を聞いた限り」

「話し合いでどうにかなりそうか?」

「さぁな。八犬士の信乃しのを名乗っている時点でどうかと思うし」

「どういうことだ?」


 八犬士という言葉はなんとなく日本史の授業で聞いたことがある程度の知識しか和弥にはない。


「『南総里見八犬伝』ていう戦国時代を舞台にした創作小説に出てくる人物だ。まぁ主人公みたいな感じだな」

「ほうほう」

「きっと『村雨』を入手したのを切っ掛けに『信乃』を名乗りだしたんだろうな。しかし同じ『村雨』という名の日本刀を持つ者がいた。で、俺が邪魔になったんだろう」

「あの、それに関しては一つご報告が」


 おずおずと挙手をしたのは隣に座る綾華。こほんと軽く咳払いをして話し出した。


「その件の村雨ですが、魔剣・妖刀のたぐいに間違いないかと。触れてはいませんが、近くで見させてもらったとき確かに力を感じました。それも強力な」

「あー、それは俺も感じたよ」


 あの刀身の存在感、美しさ。その奥にある確かな力を感じ取っている。彼ら二人が素直にある程度話を信じた理由でもある。


「しかもおそらく水精すいせいの加護を得ているかと。なので彼の言う本物、もしくは似たような力を持つ刀ではないかとしれません」

「なるほど。本物かそれに匹敵するようなもの、と。厄介な……」

「溜息ばっかだなリョージ。そんなに忙しいのか」


 それだけじゃない気もするが、やはりこの苦労性の友人のことが心配ではある。

 元々溜め込む正確なのは知っているが、最近は更にその傾向が強くなっている気がする。


「忙しいことは忙しいよ、だいぶ前から。あと今回のことは忙しい以上にめんどくさそうだなと」

「めんどくさい?」

「だってさ、あくまで予想だけど最近村雨を発見か入手してそれから『信乃』って名乗り始めたんだろうからさ。それっぽい刀を手に入れて物語の主人公の名前を名乗り始めるってなんだその中二病」

「うわ、言われてみると」

「中二病患者か思い込みの激しい現実逃避者か自己陶酔者ナルシストのどれかでしょうね」


 さらりと毒を吐く綾華に苦笑いするが、的を射ていそうで何も言えない。和弥の予想は自己陶酔者だ。


「まぁそんな感じでめんどそうだから話し合いで終わるとはあんまり思っていないけど、出来る限り話し合いで終わらせたいとは思ってるよ」

「……まぁ、なんだ。俺も一緒に行くよ。相手の顔もわからないだろうし。綾華はどうする?」

「私も同行します。日時はどうしますか」

「助かります、結界も張ってほしいので。……では今週土曜で。時間は十四時ってとこにしますか」

「あれ、夜中じゃないのか」


 普段の仕事はほぼ深夜に行われる。人目を気にしてのことだ。

 しかし良治は首を軽く振る。


「別に戦闘が前提の交渉じゃないからな。結果的に戦闘になるかもしれないけど、少なくともやましいとこはこっちにはない。いつも夜なのは悪霊が活動的なのが夜だからだし、今回は人間相手だ。昼間に会うほうが当然だろう?」

「そうだな。だいたいの仕事が悪霊退治だから忘れてた」


 仕事の内容が変われば適切な時間帯も変わる。指摘されれば当たり前のことだが和弥には気付けなかったことだ。疲れていても頭の回転は変わらないらしい。


「ちなみにリョージ、なんで土曜の昼間なんだ」


 もしかしたら選んだ曜日にも、和弥の予想できない何か意味があるかもしれない。

 そう思って質問したのだが、良治の表情が渋いものに変わった。そして言い難そうに口を開く。


「……土曜の午後から別件の仕事をまどかと結那と天音に頼んである。正直その時間帯は他の事を考えていたいし、誰かがこっちを手伝うことも防ぎたいんだよ」

「だから結界を張る人員を確保したかったんですね。まぁいいですけど」


 あまり便利に使われても、と小さな声が聞こえるが気にしないことにする。


「……ほんと、いろいろ考えることとか悩み事とか大変だなリョージは」

「自分で蒔いた種だから……」


 そう言って、死相が見えそうな疲れた表情で彼は笑った。

 和弥は笑えなかった。













 うわー、めんどくさそう。


 まるでそんな声が聞こえそうな良治の表情に和弥は内心笑った。ここまで露骨に感情を表に出すことは珍しいのだ。特に仕事中は。


「お主が『柊良治』か!」

「はい。初めまして。白神会碧翼流師範・柊良治です。私に用があるとのことで」


 前に出た良治は一瞬で表情を切り替え、薄い微笑みを浮かべる。完全に対外用の交渉モードだ。このスキルも和弥は持ち合わせていないので素直に関心する。欲しいと問われれば微妙なところだが。


 前回と同じ公園で対峙するのは信乃と名乗るむさいおっさんと良治だ。和弥と綾華は彼の少し後ろに控えている。信乃と良治の距離は五m、良治と二人の距離は二mといったところか。

 ちなみにまだ結界は張られていない。なので少し離れた場所から子供の声や小鳥の鳴き声なども聞こえてきている。

 あくまで開始時点では話し合いによる交渉だ。それで解決出来ればいいし、戦闘になったとしても最初は話し合いで解決したかったというポーズは必要だ。


(……ここに来るまでの電車で「ふふふ、もう最初っから力ずくでやったほうが楽だし良い気がしてきた……」とか言い出したときはどうしたことかと思ったが戻って良かった)


 マナーモードにしてあった携帯がずっと震えっぱなしという状態を和弥は初めて見た気がする。もちろん良治の携帯を震えさせていたのはあの三人だ。むしろ和弥が震えて来そうだった。


(それでも律儀に全部ちゃんと返信してたみたいだし、そこはすげぇよな)


 仕事前だというのにだいぶ疲れが見えていたが、さすがに今は電源をオフにしている。ここまで歩いてくる間にある程度体力は回復したようだ。


「うむ。お主の持つ刀の名が『村雨』と聞いたが相違ないな?」

「はい。この刀の銘は『村雨』です」


 和弥の役目は居るであろうもう一人への警戒だ。退魔士が複数存在するのはほぼ確定事項だ。正面の信乃からの攻撃は良治なら問題ない。和弥と綾華はそれ以外の場所からの攻撃を警戒しなければならない。


 転魔石から村雨を喚び出しながら返答する良治。

 ゆっくりと敵意がないのを示しながら鞘から刀身を抜いていく。


「なるほど、やはり噂通りだったか。しかし我の持つこの刀の名も『村雨』という。これでは紛らわしい。そこでだ、そっちの名前を改名する気はないか」

「……申し訳ありませんが遠慮致します。

 この『村雨』は魔界のある鍛冶師の打った一品と聞いています。打ち手の魂の籠ったこの銘、容易く変えるわけにはいきません」


 そんな逸話があったとは和弥も知らなかった。しかし良治なら断るためにこの場で浮かんだ適当な嘘をつくかもしれない。この話が本当なのかもしれないがそれを確かめる術はない。


「それが偽物の『村雨』でもか」

「八犬伝の村雨とは確かに違いますが、それでも村雨です。本物も偽物もありません」

「どうあっても受け入れぬか」


 ぴくりと信乃の眉が動き、表情が強張る。


「はい。申し訳ありませんが」

「よし、なら勝負せよ。お主が勝ったら改名の件はなかったこととしよう。我が勝った際には改名を受け入れてもらうぞ」


 信乃の言葉に良治の気配が僅かに変わる。戦闘を受け入れて力が入ったようだ。というかこの展開を良治が望んでいた気がする。その方向に持っていったというべきか。


「わかりました。しかしその前にいくつか聞きたいことがあります」

「ふむ、言ってみるが良い」

「貴方が持っている村雨はどうやって手に入れたのですか。もしかして誰かかから譲られたとか」


 良治は信乃の持つ村雨の入手方法が気になるようだ。

 自身の予想を確認しておきたいのだろう。


「三か月ほど前か。魔獣に襲われていた男から礼にと頂いたものだ。その時に村雨の逸話も聞いてな。それから『信乃』を名乗ることを決めたのだ」

「その襲われていた男の名は?」

「知らん。聞きもしなかった。それきり会ってもいない」

「ありがとうございます。もう一つ、この俺の持っている村雨の話は誰から聞きましたか」


 良治の声は段々と硬くなっていき、当初の礼儀正しさが徐々に薄くなっていく。しかし和弥からは彼の表情は見えずに不安を覚えだした。


「それは我が右腕とも言える壮介から聞き及んだ。白神会の柊良治という男が、同じ村雨という銘の刀を持っている、とな」

「その人は何処に?」

「うむ、この場に来ておる。だが――それ以上は決着のあとだ」


 すっと信乃の目が細まる。

 もう質問の時間は終わり。

 良治が村雨を自分のベルトに結び付け、抜く態勢を取る。


「わかりました。勝負にて決着を。そしてそのあとに聞かせて貰います」

「うむ。では――来い、我が配下たちよ!」

「多いなっ!?」


 思わず叫んだのは和弥だ。大声を上げた信乃の後ろから何者かが複数現れる。先程言っていた壮介という者だけかと思っていたのだが、予想に反して出てきたのは一人ではない。

 信乃の横に並んだのは三人の子供、犬、猫、雀、そして一人の退魔士らしき男。それぞれが小さな珠を身に着けていた。

 珠は、子供は縁日の金魚すくいの袋のような透明のビニール袋、動物たちには首輪に埋め込まれている。


「……すいません、あまりのことにリアクションが取れないのですが」

「ははは! この者たちが我が配下の残りの八犬士よ! 我ら八犬士がお相手致す!」


 複数で戦うことをなんとも思っていなさそうな信乃。彼にとって戦闘は複数対複数であって、一対一という考え方はないようだ。隣の綾華も困惑している。


「なぁ、手伝う……か?」

「どうしましょうか……?」

「いや二人ともいいよ。なんだかさすがに手伝ってもらうのが申し訳ない」


 和弥の提案を良治は少しだけ振り向いて断る。苦笑いを浮かべていて緊張感などは感じられない。この状況でも問題ないと思っているようだ。確かに相手方の面々を見ればその反応も仕方ない。


「ほほう、一人で立ち向かうとは天晴れだ! しかし負けた時の言い訳にはしないでおいてもらおう!」

「しませんよ。では――行きます」


 一歩出て、その言葉と同時に気迫が漲る。


「ままーっ!」

「こわいよーっ!」

「ひとごろしーっ!」

「ピィィィッ!?」

「フギャアアアアア!!」

「クゥゥゥン!」


 抜刀の構えを取る良治。ただそれだけで動物は鳴きながら、子供たちは泣きながらさっき現れた方向へ逃げ去って行ってしまった。


「ああっ、我が八犬士たちがっ!?」

「いやさすがに無理だろ」


 あんな子供や動物に良治の、というか退魔士の相手が務まるわけもない。怪我をしなかっただけマシだろう。


「あんなのについてくる動物たちでも実力差はわかったようですね」

「あんなの……というか綾華結界」

「すいません、あまりの展開に張り忘れていました……」


 いそいそと結界を張る綾華。確かに合図をされた覚えもないし、結界を張るタイミングはなかった気もする。


「くっ、しかし我ともう一人で十分よ。『義』の珠を持つ荘介がいる!」

「くくくっ、二対一ですがあの《黒衣の騎士》に勝ったとなれば一気に名は上がる。村雨の名前も独占できる。これはもう勝つしかないぞ信乃!」

「おお、気合は十分だな荘介。では行くぞっ!」


 一人だけ残ったひょろりとした長い茶髪の男。後ろで雑に結んだ不健康そうな彼こそが、信乃の言う『壮介』らしい。


「『壮介』って、そっちも八犬伝からか!」

「ははは、その通りだ! 新たな我らの武勇伝の糧になれっ!」

「二人とももう少し距離を取って。ガチ勝負だ」

「は、はい」

「負けるなよ」

「当たり前だ」


 振り返らないまま良治は言う。きっとにやりとした笑みを浮かべている。そんな風に和弥は感じた。

 この、普段は勝負事なんてあまり気にしてない、みたいな振りして実は負けず嫌いな友人。彼の背から確かな自信が彼らにも届いた。


「それにしてもリョージ、あいつ刀差すことなんてあったっけ」


 十分に距離を取った和弥は隣の綾華に問いかけた。

 今まで何度も一緒に戦ったが彼が腰のベルトに鞘を固定しているところなんて見たことがなかった。いつもならさっさと刀を抜いて鞘は邪魔だと言わんばかりに投げ捨てる。


「なかったと思います。しかしあれは居合抜きの構え……? 良治さんが居合抜きなんてするの初めて見るんですが」

「同じく」


 なら良治のあの構えはハッタリか。しかし彼がこんな場でいきなりそんな博打を打つはずがない。そう考えるとあれは本当に居合抜きを放とうとしていることになる。

 だが――


「――居合抜きってそんな簡単に出来るものなのか? 練習してるとこなんて見たことないぞ」

「私もありませんね。正直ブラフかどうか私にもわかりません」

「……」


 少しだけ心配になるがもう遅い。信乃が村雨を抜いて駆けだしたところだ。


「――来い」


 良治は平坦で静かな声で呟いた――

※時々忘れがちになりますが主人公は和弥です。


あ、信乃たちが持っている珠は通販で八個セット34,800円(税抜き)です。

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