~二振りの村雨~ 二話
二夜連続の投稿!です!
「……なんとまぁ、ここまで効果的だとは正直思わなかった」
「網を張っていた、ということなんでしょうね。さすがにこの反応速度は予想外でした」
昨日に引き続き千葉を訪れていた二人は、背中に刺さる視線に苦笑していた。
ちらりと後ろに視線を送るがそこには誰もいない。しかし前を向くとまたも背後に視線を感じる。
「これは……どうするよ」
「……向こうに主導権を握られているようで癪ですが、人気のない場所に行きましょう。最悪戦闘になっても大丈夫なような、ある程度広くて人のいない場所に」
「おっけ」
明らかに視線は何か意図を感じさせるもので、これがばれていないとは向こうも思っていないだろう。動かされているように思えて不満だが、それでも動くしかない。そこに不安を感じるのか、綾華の表情は硬い。
「大丈夫だ綾華。俺がちゃんと守るから安心して堂々としてろって」
「――もう。はい、お願いします。頼りにしていますから」
そして背後の注意を維持したまま目的地に向かう。
昨日一日しか探索をしていないので、近場で人気のない場所に心当たりはない。なので少し歩くが広い公園にする。あそこなら誰もいない場所もあるだろう。
一歩前を歩き、彼女を先導する。
そんな彼を信頼を込めた眼差しで彼女は見つめていた。
「――お、出てきてくれたな」
「噂通りの風貌ですね。あまり友好的な感じはしません」
綾華の言う通り、振り返った彼らの前に現れたのは髭面でがっしりとした体格の中年の男だった。簡単に言うならむさいおっさんだ。
和弥たちは千葉公園の外れ、周囲に人の気配がないことを確認して男と対峙する。
「我が名は信乃、八犬士筆頭である。お前らは何処の者か!」
「……白神会、神刀流・都筑和弥だ」
「同じく白兼綾華です。あの、信乃さん、ですか。貴方は何のためにこの場所に?」
まるで江戸時代の浪人のような和装のむさいおっさん――信乃――は大きな声で名乗りを上げた。少しだけ迷ったが二人もそれに合わせる。
正直関わり合いになりたい手合いではないが、こちらの仕事の都合や相手の目的が判明するまでは合わせたほうが無難だ。信乃が小さく「おお」と言葉を漏らすのが聞こえた。
「白神会のある者に用があったのだ。勝手に人助けをしていればそのうち噂を聞きつけて来るかと思ってな」
勝手に人助け、というフレーズも何かおかしなところがあるがそれは今は重要ではない。話を促す。
「ある者? 誰だ?」
「うむ。『柊良治』という者だ」
「え……?」
鷹揚に答えた名前は友人の名。とても聞き覚えのあるものだった。
「彼の者は『村雨』という日本刀を持っているという。しかし我の持つこの刀も『村雨』という。そしてこれが本物の『村雨』なのだ」
出てきた名前に少しだけショックを受けたが、そうしてもいられない。綾華にも格好悪いところは見せたくない。動揺を隠して話を続ける。
「本物?」
「うむ。これこそが八犬伝で登場する伝説の『村雨』なのだ。だから偽物を持つ柊良治という者が許せぬ」
「えーと、会ってどうするつもりで」
「彼の者の持つ村雨の名前を改名してもらいたい。それで丸く収まる」
つまり、この信乃の言い分としては『柊良治の持つ村雨は偽物だから名前を変えろ』ということだ。
仮に今彼が取り出した日本刀が、彼の言う八犬伝に登場する村雨だったとして、しかし和弥にはどう裁定を下せばいいのかわからない。
「なるほど……で、どうしようか……」
「これ以上話を続けてもどうにも説得できそうにないですし、良治さんを呼ぶしかないでしょうかね……でも一応確認をする努力だけはしておきましょう」
綾華も和弥同様に解決策が見つからないらしい。
しかし何か確認したいことがあるらしく、相手の警戒心を煽らないようにゆっくりと歩き出した。
「何か?」
「はい。貴方の持つその村雨、刀身を見せていただけないでしょうか」
「……ふむ。よかろう」
綾華の申し出に難色を示すかと思ったが、予想よりもすんなりと刀を抜く。
刀身は鈍く輝いており、数百年前に鍛えられたとは思えないほどだ。そして一番興味をそそられたのは、その刀身に僅かながら水気を感じられたことだ。
「……なるほど。ありがとうございます」
「いいのか綾華」
「はい、大丈夫です」
納得したような表情の綾華がこちらに戻ってくる。何かを掴んだらしい。そしてそれをこの場で言わないのは相手に知られたくないから。
そう思い至って和弥はこの場を去ることを決めた。これ以上彼らに出来ることはない。
「……わかりました。柊良治と話し合えるようにするんで、連絡先を教えて貰えますか」
「うむ。了解した。遅くとも一週間以内に連絡を頼む」
懐から取り出した一通の便箋。こういうようなことを予測していたのだろう。準備の良さに驚く。
「わかりました。では」
「よろしく頼む」
物わかりの良さに拍子抜けしながら公園の出口へ向かっていく。勿論警戒は怠らない。そもそも相手が一人の可能性は非常に低い。もう一人は近くで見ていると思われるのだから。
信乃と名乗ったあの男は悪い人間ではないかもしれない。だからと言って見も知らぬもう一人を信用するなど出来ない。
――周囲の気配を探りつつ、和弥は違うことを考えていた。
また、あの忙しい友人に仕事を増やしてしまったなと。
「あれ、葵さん一人なんですか」
「おかえりなさい二人とも。ええ、そうよ」
和弥と綾華が東京支部に戻ってきて、出迎えたのは支部長の葵だった。
時刻は昼過ぎ、普段ならもっと支部員がいる時刻なのだが今日は平日だ。当然高校生組である良治やまどかなどはいない。いつもならそこに二人も含まれる。
道場の扉から入ってきた二人を葵が手招きをしながら先導する。道場に併設された南雲の家に行くのだろう。
「翔さんは?」
「翔くんは京都に行ってるわ。なんでも宮森家のごたごたが少し面倒なことになってるみたい」
歩きながら和弥が声をかける。
宮森翔は支部長の葵を除けば東京支部唯一の大人だ。と言っても年齢的には二十二歳とそこまで上ではない。
「ごたごた?」
「ああ、空孝さんが引退したからですね。でも翔さんは傍流ですし関係ないのでは」
「そうなんだけど、一応宮森家の一員ってことで出席しないといけないみたい。本人は乗り気じゃなかったわよ」
宮森家は白神会創設に尽力し、そして医術士を輩出する家系だ。医術士を専門とする家系は宮森家しか存在しない。それ故に白神会でも四流派と同じくらいの家格とされている。
「確か宮森家の当主は決まったかと思いますが。まだ何か問題があるんですか」
「そうなのよ。性格的には問題ないみたいな話なんだけど、少し実力的に不足がって。だから他の親族からプレッシャーかけられてるみたいで」
綾華の疑問に葵が答える。
そんな会話をしてるうちに道場脇の通路から南雲家に入り、すぐ近くの居間に案内される。昔ながらの掘り炬燵のある和室だ。
「あの、さすがにちょっと炬燵は早くないですか」
「おこた好きなのよ。今は私が家主だし家長だしいいじゃない」
「まぁいいですけど……」
少しだけ呆れるが、南雲家当主で碧翼流継承者、東京支部長という肩書は大したものだ。それも二十歳という若さでなのだから。
「お目付け役とか必要なんじゃないですか」
「綾華ちゃんやめて。綾華ちゃんが進言したら間違いなく通るから。それにそれは良治くんがしてるから」
「まぁ確かに……っていうか年下のリョージがその役割ってどうなんですかね」
本来だったら一番年長の翔がすべき役割。しかし東京支部に来たのは和弥が加入する一年ほど前でしかなく、性格的にも向いていないのは確かだ。
和弥ですらそう思うのだから良治も同じ判断をしたのは想像に難くないし、それなら溜息を吐きながら良治がその役割をしだすのも容易に想像がついた。
「まぁ良治くんには負担かけちゃってるのもわかってるんだけどね。はい」
「ども。って葵さんお酒ですか」
「いいじゃないー、これくらい。今日は仕事入ってないし」
二人にはお茶、自分には缶ビールを用意しながら炬燵に入る葵。ちらりと見えた部屋に備え付けの小さな冷蔵庫の中に大量の缶ビールが見え、二人は苦笑した。
「葵さんって最初の印象と結構違いますよね。はじめは出来るお姉さんって感じだったのに」
一年以上見てきた和弥には、仕事中はきりっとした頼れるお姉さん。しかしそれ以外はややだらしないお姉さん。そんな風にしか見られなくなっている。そしてそれは東京支部員共通の認識だ。
「やるときやってるからセーフってことで。ああ、美味しい……」
「良い飲みっぷりですね。でもあまり未成年の前で飲むのもどうかと」
「そんなこと言ったら翔さん以外の前で飲めないじゃない」
「いやそれでいいんですよ葵さん?」
「もう……」
綾華の言葉も何処吹く風と言わんばかりに缶を傾ける。表情は酒好きのそれそのものだ。
「それにしてももう和弥くんも一人前ね。普通に綾華ちゃんと二人で仕事こなしてるし」
「あ、そういえば仕事の報告」
「んー、明日までに書類に纏めておいて。で、私か良治くんに提出で」
「ほんとに今日は仕事する気ないんですね……」
やる気のない葵を横目に見つつ、今日は仕事しないでいいやと明日に放り投げる。帰ってから今日のことを纏めればいい。
「それで、どうですか和弥は。剣士としては」
「んー、そうね。和弥くん、私との直近十回の対戦戦績は?」
「あーっと。三勝七敗、だったはずです」
視線を外して思い出す。最近はよく手合わせをしてもらっているので割と簡単に思い出せた。
「じゃあ良治くんとは?」
「リョージとは……二勝八敗?」
「そんなに勝てないんですか和弥は……」
「うぐぅ」
残念そうにこぼす綾華に少し罪悪感を感じる。
でも勝てないものは仕方ない。勿論手を抜いているわけではないのだ。
「でも良治さんとの方が戦績悪いんですね。ちょっと意外です」
「まぁそりゃそうでしょ。今はもう私と良治くんは五分か、良治くんの方が上でしょうし」
「は?」
「え?」
予想していなかった言葉に和弥と綾華が呆けた声を上げる。
葵は今何と言ったか。
「……葵さんよりもリョージの方が強い……?」
「そうよ。剣士としてはほぼ互角、それ以外も含めての戦闘なら負けるでしょうね」
あっさりと認める葵に沈黙が下りる。
そんな中更にビールを煽る。
「なんだか納得してないみたいだからちゃんと言うけど、剣士としての力量は同じくらい。戦闘タイプも流派も同じだから計りやすいの。で、術とか他のことを比べるなら完全に良治くんの方が上。私には適性がないから」
確かに彼女の言う通り、二人の型はほぼ同じと言っていい。
筋力で突破するのではなく、スピードと碧翼流独特の受け流しの技術。それは二人に共通するものだ。
術の扱いは葵も出来る。これも良治と同じ得意属性である風属性が得意だが、あくまで補助に使う葵に対して良治はそれに加え詠唱術を使ってより攻撃的に使用する。戦術の幅が広いのは間違いなく良治だった。
「それに私はもう大きな成長は見込めないけど、良治くんや和弥くんはこれからまだまだ伸びるだろうしね。ちょっと悔しいけど」
まだ二十歳というか、もう二十歳というべきか。まだ成長はするだろうが彼女の言うように大きな成長が出来るかと問われるとわからない。
それに比べてまだ十七、八の彼らはより伸びる可能性があるのは確かだった。
「後輩に抜かれるってのはちょっと悔しいの。特に同じタイプだとね」
ビール片手に寂しそうにいう彼女に何も言えない。それは静かな独白だった。
「――ま、いいんだけどね。楽出来るし。さ、今日はもう帰ってゆっくりしなさいな」
「……わかりました。あんまし飲んじゃだめですよ」
静かに立ち上がり飲み続ける葵を背にして二人は今を出た。
これ以上居ても良いことがない気がした。




