~二振りの村雨~ 一話
「おはよう、ってどうしたリョージ。難しい顔して。結那のアプローチが激しくなってきたとか」
「違う。怖いこと言うな和弥。あとおはよう」
晴れた土曜日、過ごしやすい気温の中和弥はいつも通り東京支部の道場を訪れていた。
今日は綾華に急かされ早めに到着したのだが、既に和弥よりも早く到着していたのは良治だった。彼は道場の端っこに、折り畳み式のテーブルとノートパソコンを持ち込み何かの作業をしていた。時折紙束を手に持ち、にらめっこをする。挨拶はちゃんと和弥の目を見て言ったが、すぐに目はパソコンに向かう。
「事務作業か?」
「……まぁそんなとこだ。最近おかしなことが多くて。っていうかこの間和弥もあったやつだ」
「この間? ああ、連絡受けて行ったら何もなかったやつか」
思い出したのは先日綾華と結那と三人で当たった仕事。仕事の依頼を受け千葉の現場まで向かったのだが、そこには何もなく肩透かしを食らったのを覚えている。
周辺を調べたのだが特に目立ったものはなく、結局悪戯として処理された。
「で、あれがどうしたんだ」
「多分現象としては同じことなんだろうと思うんだが、千葉を中心にこの間と同じことが報告されている。で、これは予想なんだが、あれは悪戯じゃない」
「悪戯じゃない?」
「ああ。千葉に支部がないのは知ってるな? だから東京や茨城支部に依頼が振られるんだけど。で、茨城支部にあった報告を回してもらったんだが、三日前と昨日、悪戯じゃない可能性が浮上した」
ゆっくりと順番に説明する良治の声に熱が籠っていく。和弥は彼の言葉を聞き逃さないように集中していく。
「三日前茨城支部に振られた仕事、内容は少女に飼っていて死んだ飼い犬の霊が現れる。そんな内容だったそうだ。しかし、茨城支部のメンバーがその子の家に行ったところ、もうその件は解決していたそうだ。
その子とその子の家族が言うには、別の人たちが先に来て、除霊していったそうだ。それも相場通りの価格で」
「先に……?」
仕事の現場に向かったらもう解決していた。それは良いことではないか。しかし問題はそれを誰が行ったかは気になる。除霊が出来るような、和弥たちのような退魔士たちは少ない。
「つまり誰か知らない人間が仕事を奪ったってことか?」
「まぁそうなんだけど。誰か困っている人たちが早く助かるってのは悪いことじゃない。だけど問題は俺たちが知らない誰かが行っているってことだ。そしてその件数は十件以上になると俺は踏んでる」
「十件以上? さっき言ってた三日前と昨日だけじゃなくて?」
「和弥たちのもそうだと思う。単純に痕跡と目撃者がいないだけだと思ってる」
「ああ、なるほど……」
確かに言われてみればその可能性はある。本当にあの場に幽霊がいたとして、それを除霊したら何も残らない。和弥でも何も感じ取れなかったのだから。
「問題は三つ。
一つ、俺たちが知らない退魔士が千葉周辺に存在していること。
二つ、手際の良さから一人前かそれ以上のウデを持っていること。
三つ、俺たちの信用と収入が減ること」
「三つめはどうかと思うが」
「収入は大事だよ。後手後手に回る仕事柄、迅速に行動しなくちゃならない。だから事前の準備に手は抜けない。それにはそれなりに準備に金をかけないとならない。だから――収入は妥協したくないんだよ」
今はまだ高校生の和弥には実感がわかない。
目の前の友人も同い年だが、彼は和弥よりも長い期間この世界に携わってきた。その差が出たのだろう。
和弥も数か月後には社会人となる。そうなればきっとわかるようになるだろう。
「――おはようございます。何の話ですか」
「綾華さんおはようございます。そうですね、綾華さんにも話しておかないととは思っていたんです。この間の件ですが――」
支部長の葵に届け物をしてきて遅れていた綾華が道場に入ると、良治は立ち上がって纏めた書類を手渡す。そして先ほどと同じ説明を彼女にしていく。
説明の際、和弥にはその場でするのに対し、綾華には立ち上がって書類を持って細かく説明しているのは距離感の違いだろう。
和弥は友人で、もちろん綾華もその括りには入っているが、それでも彼女は白神会総帥の妹だ。古くから組織にいる良治にはその辺の事情が絡んでいるのだろう。
「――なるほど。これらの情報を合わせていくと確かに。良治さんの予想は当たっているかもしれませんね。あとは裏付けに確実な証拠が欲しいところです」
「証拠って?」
「その退魔士が存在する証拠です。そうですね、その退魔士に会うことが出来れば完璧ですね」
「ってもさすがに無理じゃないか? 事件が起こった時に急いで行って間に合うのか?」
事件が起こってから現場に行くのが仕事。実際に起こってから仕事の依頼があるまで、そして依頼を受けて現場に向かうまでタイムラグは相当にある。先手を取るのは難しい。
「難しいな。間違いなく間に合わないだろう。だから期限を設けて周囲の警戒をしようかと思ってる」
「警戒? 俺たち平日はきつくないか。学校だってあるし」
「まぁそうだな。だからこの件は他の支部の人に頼んでみようかと。ダメだったらまぁ無理のない程度に頑張ろうな」
「リョージが爽やかな笑顔でそういうの言う時って大体無茶振りだよな……」
げんなりとするがこれも仕事。それも良治が必要と感じた仕事だ。こっちに回ってきた場合、それを拒否することはできない。
「良治さん、あまり和弥に無理はさせないでください。最近負担が多いと思うのですが」
「ん……まぁそうですね。わざと少し負担かけてます。綾華さんがそう言うならもう少しだけ軽くはしますけど」
「ではそれで」
「あのさ。最近いろいろやってるなーとか思ってたのは、そういうこと?」
ここ最近、和弥に回る仕事の数はかなり多い。正確には把握していないが、それでも東京支部の誰よりも多くこなしていることは自覚している。
それも今までは必ず組んでいた綾華がいたりいなかったりするので、中々毎回いろいろ些細な問題が起こっていた。
しかしそれは良治の意図的なものだったらしい。
「そういうことだ。和弥は基本はもうほぼ固まってきてる。だからあとは経験だ。多く、そしていろいろな経験だ。毎回仕事のメンバーが変わってるのは、メンバーによって実行できる作戦や隊列をしっかり考えて欲しいからだよ」
「あぁ……だからか。なるほどな」
良治の説明に深く納得する。
確かに毎回毎回考えることがあり、その場でメンバーと相談したりしていた。前回出来たことが今回は出来ない、そんなことを繰り返していた気がする。
「和弥はこっちの世界に入ったのが遅い。伸びる時期は個人差はあるが大概が十代だ。基礎が出来上がったならみっちり伸びしろを埋めてやりたくてな」
「ん、サンキュ。これくらいなら問題ないし大丈夫だ」
実際体力的には問題のない程度だ。これ以上は厳しいかもしれないが、とりあえず現状は特に問題はない。
「綾華、心配してくれてありがとな。でもまぁ大丈夫だから」
「……まぁ和弥がそう言うなら別に構わないですけど」
少し深い息を吐いて視線を外される。呆れられたのだろうと和弥は苦笑いした。
「和弥違う。仕事が多いのと組むことが少なくなって綾華さんは寂しがってるんだよ。気付け」
「なっ!?」
「おお、なるほど! やっぱり綾華は可愛いな」
「よ、良治さんっ! なんでそういうこと言うんですかっ!」
「違いました?」
「……っ!」
「無言で術を使おうとするのはさすがにちょっと勘弁してください。あ、和弥。あとは任せた」
「任された」
「良治さんっ!?」
綾華の言葉を背に受けながらそそくさとテーブルの足を折り曲げてコンパクトにたたむと、良治はノートパソコンとテーブルを両手に持って道場を出て行ってしまう。
残されたのは赤い顔をした綾華と和弥。
「そうだな、最近あんまり構ってやれなかったもんな。ごめんな綾華」
「……もう。言われるまで気付かないなんて。もう少し私のことを見ていて下さい」
そっと和弥のシャツの裾を掴む綾華。
それだけでどれだけ寂しかったのかを理解して、彼女を抱きしめた。
綾華のために、綾華に相応しい男になるために頑張っていた。しかしそれは綾華をないがしろにしていては意味がない。上を見すぎていて足元を見るのを忘れていた。
「ごめんな。これからは見失わないようにするよ」
「はい。お願いしますね」
小さな彼女の身体を抱き寄せ、そのまま軽く口付けをした。
まるで未来を誓い合うように。
「さすがにあんなことのあとだし、リョージ気を使ったな」
「そうですね。嬉しいですけどちょっと気恥ずかしくもありますけど」
和弥の隣を歩くのは言うまでもなく綾華。あの件からは二日が経っていた。
結局他の支部に当たってみたが返事は芳しくなく、つまりは東京支部の和弥たちが自らこうして千葉まで来ることになった。
「しっかし、ホントに会えるのかね」
和弥がぼやくのも仕方ない。何せ当てがないのだ。一応良治が件の退魔士が出たであろう場所をマーキングし、そこから行動範囲を絞ってある程度予測はつけたがそれも結構な広範囲だ。
最終的に千葉市付近というざっくりとした範囲に見当をつけることになったが、やはり数人で探し当てるのは不可能というものだろう。
「一応千葉で起こった事件に関してはすぐにこっちに連絡が来るようにしてあるようですが、それでは発見は無理でしょうね。他の手を講じるべきです」
「例えば?」
「そうですね……あの、ちょっと聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
綾華が通り過ぎそうになっていた中年の女性に声をかける。突然の行動にびっくりしたが、それは確かに理に適っている。
理には適っているが、通行人に声をかけて何か尋ねるということ行為を物怖じせず綾華が行ったことに驚いた。
彼女はあまり他人に干渉することが得意ではない。つまりは人見知りだ。
そんな彼女の行為に和弥は成長を感じていた。いや正しくは成長というよりも向上心か。
和弥が綾華に相応しくありたいと思い、退魔士として一人前になろうとしているのと同じように、彼女も組織の上に立つ人間になるべく人として成長しようとしている。
「……残念ながら収穫はなしでしたね。他の人にも……ってどうしました和弥」
「いやなんでもないよ。場所を変えながら他の人にも聞いてみるか」
「はい」
変わろうと、成長しようとしているのは自分だけではない。
綾華も他の支部の面々もそうだろう。それを実感できて、そして周囲の皆がそういった向上心を持っていることに触れられて胸が熱くなる。
――ああ、俺は周囲に恵まれてる。
こんな環境に身を置けているなら、自分ももっと成長できるかもしれない。いや、成長をしたい。
浮かぶ微笑みに気付かないまま、二人はまた歩き出した。
「――で、結局そいつらは見つからず仕舞いか」
「でもそれっぽい話は聞けましたね。単独ではなくて二人、もしかしたらそれ以上かもしれません」
あのあと十数人に聞き込みを行った結果、二件ほど関係がありそうな証言が得られた。その二つ、両方共が目撃されたとき男二人だったらしい。
その男たちの特徴は、一人は髭面、もう一人は背の高いひょろりとした男だったらしい。これも両方に共通した目撃情報だ。
「まぁ今日はこの辺にしておくか。聞き込みはそろそろ出来ないだろうし」
周囲はもう薄暗くなりつつある。
人通りは昼間と比べて段々と減ってきていた。
「そうですね。それにそろそろ帰らないと遅くなってしまいますし」
「そうなんだよな。さすがに帰らないとまずいしなぁ」
今日は平日で本来なら学校があった。そして明日も。
なのでこの辺に泊まることも東京支部に泊まることも出来ない。綾華はともかく、和弥は自宅に帰らないと家族に心配をかけることになる。
かなり自由に行動している和弥だが、それでも両親や姉に迷惑をかけたいわけではない。仕事柄隠し事は多いのに多少なりとも罪悪感を感じていることも影響していた。
「仕方ありませんよ。私たちはまだ高校生ですし」
「だな。明日も早めにこっちまで来ればいいだけだし、今日は引き上げるか」
「はい」
並んで駅に向かって歩き出す。
そんな彼らを見つめる視線に、二人は気付けなかった。
というわけで連載再開です。綾華の可愛さが伝わればいいなぁ。




