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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
洋館探索のお仕事
18/42

~洋館探索のお仕事~ 三話

久し振りの三日連続投稿ですよっと!

「ここまでは何もないわね」

「どうする、戻るのか」


 便宜的に必要なので玄関から入ってきた方を南と定義して、三人は東方向の廊下を突きあたりまで進んでいた。ここに来るまでにあった部屋は全部調べたが、悪霊の姿はない。ただ荒れ果てた家具やベッドがあるだけだった。

 この東端には階段があり、ここから二階へ上るか来た道を戻って一階を回るかという選択肢がある。


「二階へ行きましょ」

「おっけ。……あれ?」

「どうしたの和弥」

「いや、階段の脇に扉がある」


 二階へ延びる階段の横に扉を見つける。至ってシンプルな木製の扉だ。

 階段の陰に隠れていたが確かに扉がある。


「ね、まどか。ここ調べてからにしない?」

「そうね」


 結那がゆっくりとドアノブを回して外側へ開ける。すると外気が入ってくるのが匂いで感じられた。


「外……庭かしら」

「中庭かな」


 まどかの言うようにそこは確かに中庭だった。空は曇っており、細かいところまでは暗くてよく見えないが、建物の方を見ると丁度『コ』の字を反対にしたように中庭を囲っている。

 以前は背の低い草木が丁寧に整えられていたのだろうが、今は好き勝手に生えているようだ。石畳の通路もあちこちで崩れている。


「そこそこ広そうね」

「そうね。テニスコート四つ分ってとこかな」

「まぁこのお屋敷の規模考えたらこれくらい広くても違和感はないな……ん?」


 和弥は向いの三階にちらりと見えたものがある気がして目を凝らすが、既にその窓には何も映ってはいなかった。

 見間違いかもしれない。しかしこの夜の闇の中、白いものが見えるだろうか。


「どしたの和弥?」

「ああ、何か白っぽいものが向こうに見えた気がして。見間違えかもしれないけど、もしかしたら」


 和弥としての判断は半々だ。しかし行動は決まっていた。疑わしい場所はまず調べてみる。


「行きましょ。どっちにしろ何も手がかりはないし」

「ま、そうするしかないでしょ」

「りょーかい。見えたのは向こう側の三階、右側から三番目か四番目の窓だった」


 一瞬だったので詳しい場所までは自信がない。なのでその周辺が探索範囲になる。


「まどか、和弥、どうやって行く?」


 せっかく中庭に出たのだ、このまま中庭を突っ切って行くのが一番早そうだ。もしくは建物に戻ってぐるっと進むか。


「うーん……」


 眉間に皺を寄せて悩むまどか。

 最初の予定通り建物内を進むか、見つけた最短距離を進むか。中庭は暗く死角も多い。二の足を踏むのもわかる。

 だが考えてみれば、最初の方針である建物内の探索も別に安全が保障されているわけではない。あくまでなんとなく安全そう、というだけだ。

 

「――屋敷内から行きましょ。ちょっと遠回りだけど安全だと思うし」

「了解、じゃあ戻って階段上るか」

「おっけ」


 確かに屋内なら注意すべきは各部屋の扉と窓くらいなものだ。全方位を常に注意しなければならない中庭よりは安全か。


(あいつだったらどっち選んだかな)


 ここにはいない友人ならどうしただろうか。ふとそんなことを思ったが、すぐに頭を振って忘れる。今この場に彼はいないのだから。








「――ここだ、何かいるぞ」


 和弥が確信を持って言ったのは、白い影を見たような気がしたこの辺りの部屋だった。ならば確実に何かがいる。

 目撃をし、そして今扉の向こう側から霊の気配も感じる。

 三階のこの部屋に辿り着くまで霊の姿も気配も一切なかった。だからこそこの場所が本命だと思えた。


「……」


 音が鳴らないようにゆっくりと和弥が扉を開けていく。

 まどか矢をつがえて室内の異変に備え、結那は廊下を気にしながらも室内にも気を配る。

 広がっていく視界におかしなところはない。ぼろぼろになった布団のあるベッド、朽ちたタンス。ぬいぐるみが多いのが気になったが、他はこの屋敷の別の部屋と変わりがないように見えた。


「――」


 扉を90°に開いたところで白いものがちらりと見えた。窓際に見えたので一瞬カーテンかとも思ったが、それは幼い少女のドレスのような衣服だった。

 ひらひらとしたフリルのついた白い服の少女。窓から外を眺めていた少女がこちらに振り向いた。ショートカットの似合う十歳くらいの少女に浮かんでいたのは――恐怖。しかし和弥たちを見た瞬間、それは戸惑いに変わった。


「あ、あなたたちは……誰?」


 透き通るようなか細い声。それは確かに少女から彼らに向かって放たれたものだった。


「あー……なんて言ったらいいんだこの場合」

「和弥、注意を怠らない」

「少なくともあの子には危険はないよ。直感だけど」


 この姿や態度が罠には思えない。少なくとも普段相手にしている悪霊のような黒い気配は感じられなかった。あとはそれをどう判断するかだが、和弥はあっさりと少女を信用することに決めた。


「和弥の直感は馬鹿に出来ないのよね」

「幽霊関係は特に、って感じよね。まどか、信じてみたら?」

「うーん、そうね」


 後ろの女性二人の許可を得られてほっとする。さすがに反対意見が二つ出たなら強引にことを進めるわけにはいかなかった。

 少女を怖がらせないように慎重に足を進め、一歩距離を残して膝をつき目線を合わせた。


「こんばんは。俺たちは悪い幽霊退治に来たんだ。何か知ってるかな」

「え……あの悪い人を倒してくれるの?」

「あの悪い人?」

「最近、夜になるとあの人が来るの……!」

「どんな人なんだ?」

「黒くて悪い人!」

「うん、どんな悪いことしたんだ?」


 焦っているのか年齢のせいなのか、いまいち欲しい答えが出てこないが和弥は丁寧に根気強く質問を繰り返す。


「ママとあたしを殺した人……夜になると来て、朝になると何処かに行くの。お願い、助けて……!」


 助けて。その言葉が一番聞きたかったのかもしれない。

 頭を撫でて真っ直ぐに少女を見つめて微笑んだ。


「わかった。ここでじっとしてるんだよ」

「うん……!」


 天使の力を使わなくても救われるものはある。

 そんなことを感じながら和弥は立ち上がって振り返ると口を開いた。


「――さぁ行こう。女の子を泣かす悪い奴をぶっ飛ばさないとな」










「――で、とりあえずはあの子の言う『黒くて悪い人』ってのを探さないとな。心当たりはあるか?」


 女の子の霊を部屋に残し、廊下に出た三人はこれからのことを確かめる。あの女の子は報告にあった霊ではないと誰もが確信していた。


「そうね……さっきの子の話を聞いて思い出したんだけど、ここのお屋敷ってあの事件のお屋敷かも」

「あの事件って?」

「うん、二年か三年前にあった強盗殺人事件。子供が殺されて、母親は意識不明の重体で……」


 まどかが一瞬口籠るが、それでもしっかりとした口調で先を続ける。

 その逡巡は扉の向こうの彼女に対しての配慮だったのだろう。


「――意識不明の重体から今は植物状態って聞いたことがあるの。あと父親のほうは当時外出してて無事だったけど、精神を病んで……自殺したらしいわ」

「ひっでぇ事件だな……」

「……そうね」


 良くない内容の話なのは感づいていたが、それは予想よりも残酷な話だった。なんの救いのない悲劇。終わってしまった物語。


「でも」


 それでもだ。


「俺たちに出来ることがあるはずだ。少なくともあの子を救うことが。

 ――だから、行こう」


 終わってしまった場所はまだ終わっていなかった。自己満足かもしれない。だがそれでも構わない。あの子が笑顔になってくれるのなら。


「そうね。私もその悪いヤツ、一発殴りたいと思ってたとこよ。一発じゃ済ませる気はないけどね」

「結那……まぁ私もそんな気分よ。さっさと探しましょ。あの子の悪夢は今夜限りよ」


 最終的な目的は決まった。モチベーションも最高と言っていい。

 あとはこの悲劇の結末を、ほんの少しだけ救いのあるものに変えるだけだ。


「なぁまどか。その事件他に情報はないのか」

「……あ。うろ覚えだけど、その、あの子が殺されたのは……確か地下室だったはずよ。あと、犯人はこの屋敷から逃げ出す際に車に轢かれて死んだはず」

「自業自得ってやつかね。それにしても地下室……なんであの部屋にいたんだろ」

「そんなの決まってるじゃない。……逃げたかったのよ、きっと。怖くて悪いヤツからなんて逃げ出したいに決まってるわ。だから自分の部屋にいたんでしょ」

「まぁそりゃそうだよな。納得した」


 溜息混じりの結那に苦笑いで返す。確かに殺された場所、相手がいるような空間は願い下げだ。彼女の言うとおり逃げ出したいに決まっている。


「じゃあ地下室に向かおう。いるかどうかはわからないけど……あの子が追いかけまわされる前に決着をつけよう」

「うん。それじゃ急ぎましょ」

「ああ」


 敷き詰められた誇りまみれの絨毯を走る。ここは三階、目的地まで距離はあるが一気に駆ける。一秒でも速く笑顔を取り戻したい。


「ね、和弥。ちょっと気になってることがあるんだけどいい?」

「ん、いいぞ。ただ簡潔に頼む」


 走りながらだというのに器用にまどかが口を開く。どうしても聞きたいことのようだ。


「さっきあの女の子の頭を撫でてたけど、本当に触れられてたの?」

「ああ、あれは触れてはない。ただ手に感じる感覚みたいなものはあったけど」


 それを触れている言っていいのかわからない。物理的には触れていないし、あれ以上触れようとすると、たぶん和弥の手は彼女の身体をすり抜けていただろう。そんな気がしていた。


「そう……天使の力は使ってないのよね」

「使ってない。使ったら浄化しちまうだろうし」

「それもそっか。でもそれでも良かったんじゃない?」


 確かにまどかの言うように天使の力で浄化しても良かったのかもしれない。ただ和弥は理解しながらそれをしなかった。


「ちゃんとさ、悪い奴を退治してさ。その上で笑顔にして浄化してあげたいんだ」


 きっとそれが一番いいはずだ。

 自分の想像できる中で、それが最もあの子が満たされる。そう思っただけだ。


「そういう心遣いが出来るのは凄いと思うわ。――ここかしら」


 まどかの視線の先には地下室への階段。彼女は最初からある程度目星をつけていたらしい。

 階段があったのは最初に入った一階ロビー、そこから二階に向かう大きな階段の裏手。確かに何かが隠されてそうな雰囲気は今ならわかる気がする。


「よくわかったな」

「なんとなく、ね。ただここに来るまでになかったし、最後に残った怪しい場所はここかなって」


 少女の部屋から一階に降りるとき使用したのは、部屋の近くの階段だ。それは最初に彼らが上ったものとは屋敷の反対側にある。そこから一階に降りてぐるりと回ってロビーに戻ってきた。

 つまり一階はこれで中庭以外は全部見てきたということだ。


「納得した」

「でしょ」


 無論ここまで来るのにざっとだが部屋は調べてきた。そこに特に不審な場所がなかったので、最終的にここが一番怪しいと思ったらしい。


「ほら、まどかも和弥も行きましょ。そんなこと別にいいでしょ、発見できたんだから」

「意見のすり合わせや辿り着いた考え方とかはちゃんとやっておいたほうが」

「別にそれくらい――」

「って良治が言ってたからな」

「――それも大事なことよね。うん」

「結那それでいいの……?」


 和弥の言葉の前半と後半であっさりと主張を翻す。ここまで良治贔屓だとまどかが心配になるのも理解できる。


「いいのよ。嫌われたくないし。しばらくは好感度稼がなきゃ」

「そんなゲームみたいに……」

「もう、早く降りましょ。和弥先頭頼める?」

「もっちろんだ。行こう」


 益体のない会話をこれ以上続けるのもどうかと思い、さっさと先に立って進む。階段は灰色の石造り、幅は両手を広げれば簡単についてしまうくらいに狭いものだった。

 後ろにまどか、結那の順でついてくるのをちらりと確認して、慎重に進んでいく。


「――いるな。戦闘準備」

「うん」

「おっけ」


 もしかしたらこの場所ではないかもしれない。そんな希望的観測はあっさりと裏切られ、あと数歩で階段を降りきるところで気付かされた。

 ――この先に悪意の塊が存在すると。


 全員の準備が出来ていることを確認すると、和弥は一気にジャンプをして――


「あぐっ!?」

「ええええっ!?」

「うわ、そこでやらかす?」

「あぁ、なンだ? なにもンだてめぇら」

「いってええええ……!」


 頭を勢いよく天井にぶつけて悶える。階段から転がり出た和弥は恨みがましく階段の天井を睨み付けた。


「くっそ、あんなに低いとは……ッ!」

「暗くてよく見えなかったんだろうけど、普通地下室に向かうような階段は天井低いと思うわよ?」

「なんてこった……」


 涙目で額をおさえるが、それでもまだじんじんと響き痛みが引く様子はない。和弥の不注意100%なのだが、それでも納得するには痛みが大きすぎた。


「つか頭だけじゃなくてあちこちぶつけた身体中が痛い……」

「そりゃあれだけ派手に転げ落ちればね。面白かったわよ」

「結那ぁ!」

「そんなことより後ろ気を付けたら?」

「え」


 結那の注意に振り向くと、そこには完全に置いて行かれていた黒い影がいた。そして。


「っとぉ!」

「ケッ、避けやがったか」


 金属音が響いた。あの悪霊の持つナイフが石で出来た床に突き立てた音だ。それは先程まで和弥が座り込んでいた場所に間違いなかった。


「外見はあまり見ていたくない感じだな」


 全身から煙のように立ち込める黒い影。男自体は中肉中背で特徴がないが、その表情はにやにやとしていて非常に不快だった。しかしそれが最も大きな特徴ではない。


「事故、ね」


 まどかが指摘したのはその頭部。髪の毛が皮膚ごとごっそりとなくなっており、頭頂部に髪の毛がないのでまるで落ち武者のようだ。

 おそらく命を落とした原因である事故がこの姿に影響しているのだろう。


「ケケ、まぁそンなとこだよ。でよぉ、てめぇらはなにもンだ。同業とは思えねぇが」

「お前みたいのと一緒にするなよ。女の子を追い回してるのはお前だろ」

「ケケッ! なるほどねぇ。頼まれでもしたのか、お優しいこっテ」


 すっとナイフを構える男。その構えに隙はない。一般人ではそれなりにできるといったレベルだと感じた。それは即ち和弥たちには及ばないレベルだ。


「うるせぇよ。さっさと倒してやるから向かって来いよ」

「ケッ、そうしたいところだが……てめぇからは嫌な感じがするな。遠慮したいネっ!」


 和弥の挑発を無視し、回り込むようにひたひたと足音をさせ後ろのまどかに襲い掛かる。


「させるかよっ!」

「ケケッ!」


 動きながら振るった木刀をするりと避け、すぐに態勢を立て直すと再度まどかに向かう。

 背中を追う木刀はギリギリのところで空を切る。


「はっ!」

「おっとあぶねぇ!」


 至近距離から放たれた矢は男の肩を掠めるに留まる。動きを止めるには至らない。身の危険にまどかの表情が強張る。


「させないわよっ!」

「ゲヘェッ!?」


 男の顔面を振り抜いたのは結那の拳だった。

 格闘家の拳打は伊達ではない。普通の人間なら一撃で意識を持っていかれる威力はある。というか和弥でさえも直撃すればたたでは済まない。こと肉弾戦というカテゴリでは東京支部で敵うものなどいない。


「なん、だってんだァッ!」

「遅いわねっ!」

「グヘッ!」


 吹っ飛ばされて壁際に倒れこんだ男が立ち上がろうとしたところに結那の追撃が入る。左右からの暴風雨のような拳打に男は為す術もなく殴られ続ける。一切の容赦のない攻撃に和弥は息を飲んだ。


「ガァ、グ、ゲ、ヘェッ」

「――和弥、トドメッ!」


 殴り続けられもう立っているのがやっと、というか壁があって倒れることが出来ない男。もう顔などぼこぼこで表情もわからない。

 しかしあれは倒すべき相手には違いない。卑劣な殺人犯、死んでなお少女を苦しめる悪鬼。


「はぁぁぁぁッ!」

「――あ、ああ……」


 結那がバックステップで空けたスペースに斬りかかり、一刀の元に真っ二つに裂く。

 天使の浄化の力が働き、静かな声を上げながら男は消えていった。


「――おにいちゃんたち、ありがとう」

「え」


 声に反応して顔を向ける。階段を降りきった場所、すぐ傍に佇んでいたのはあの少女だった。優しげで儚げな、満足した表情。

 それを見て和弥は彼女が満たされたことを理解した。


「あ……」


 少女は空気に溶けるようにすっと消えていってしまった。この光景は何度も見たことがある。捕らわれていたことから解放されたのか、それとも心残りが満たされたのか。或いはその両方か、彼女は天界に旅立っていった。


「よかったわね」

「ああ」


 和弥の持つ力で浄化しなくてよかったと思えた。結果は何も変わっていないが、その経過にはきっと意味があったと。


「結那もお疲れ様。さすがだな」

「いやー、久し振りに思いっきり殴れてスッキリしたわ。あんなに一方的ってのは中々ないから」

「おっかねぇな……んん?」


 何か引っかかるものを覚えて唸る。

 確かに彼女の言うように一方的に相手を思いっきり殴れる機会はほとんどない。訓練では和弥や良治が相手になるが、その時は勿論防御するのでスッキリとはいかない。

 そして実戦ではほとんどの場合悪霊などの霊が相手になる。そもそも退魔士の仕事は悪霊退治だ。しかし結那は悪霊相手には分が悪い。倒せなくはないが効果的な攻撃がないのだ。だから悪霊を相手にするときは今回のように和弥や他のメンバーが受け持つ。


「なぁ、あんだけぶん殴ってたってことはさ――手応えが、物理的な意味であったってことか?」

「うん、そうよ……って、それおかしいわね」

「ああ、おかしい。霊を殴っても手応えはない。俺たちみたいな力を持ってたら少しぐらい感触はあるけど、人間を殴るみたいな感触はない、よな?」


 この中で一番退魔士歴の長いまどかへ顔を向けて話を振る。彼女は何か考え込んでいたが、顔を上げると口を開いた。


「……ないわね。結那が特別ってわけじゃないと思う。だって今まで悪霊を殴っても感覚はなかったわよね?」

「ええ、なかったわ。今回が初めてよ」

「なら、さっきの悪霊がおかしかったってことになる。確かにおかしな点はあったもの。たぶん、それが正解だって思う。勿論早計かもしれないけど」

「おかしな点?」


 和弥から見て特におかしな点はなかった。普通に会話が出来、意思疎通が――


「――意思疎通が出来てるのがおかしいのか」

「そうよ。だって悪霊ってのは自我がなくなって本能のままに行動するはずだもの。それなのにさっきの悪霊は会話が成り立ってた。普通の悪霊じゃない」

「確かに……でももうどうしようもないか。確認しようがない」


 ナイフを持っていたあの悪霊の姿はもう影も形もない。和弥の一刀で浄化されている。もはや手遅れだ。


「うーん、おかしいのはわかったけど、これ以上ここにいて何かわかったり解決する?」

「うーん……無理かな」

「じゃ早く帰りましょ。あんまし長居はしたくないし」


 結那の言いたいことはわかる。淀んだ空気と埃塗れの地下室だ。和弥も進んで居たいとは思えない。

 まどかも同意見なのか、周囲を簡単に見回して事件を決着させた。


「じゃあこれで今日の仕事はおしまい。気付いたことはあとで確認するから覚えておいてね」

「わかった」

「おっけ」


 返事をして今日のことを思い返す。

 屋敷に入る時から所々小さなミスのようなものがあったが、特に大きなミスはなかった。最後の悪霊に関しては謎が残ったが、それは支部に持ち帰ってもう一度頭を悩ませればいい。


 二人が階段を昇っていくことに気付いて和弥も足早についていく。

 さっき転げ落ちたのを思い出して苦い表情を浮かべる。もう同じことは繰り返したくない。

 そう思った和弥の行動を誰が責められるだろうか。

 天井を確認するために見上げた彼の視線の先には黒いものが見えた。

 黒いニーソックスと赤チェックのミニスカート。その間にある絶対領域。そのほんの少し上に、黒い――


「――っ!?」

「ぐおほぉっ!?」


 結那の上から突き刺すような蹴りが直撃し、和弥は二度目の転落を果たす。そして顔を上げた和弥にビンタが飛んだ。


「ぶふっ!」

「……綾華に言うわよ?」

「い、今のは不可抗力だっ!」


 またも顔から床に激突したが勢いよく立ち上がって弁解する。

 この暗闇の中でも見える、なんとも言えなさそうな恥ずかしそうな悔しそうな表情。いつもあっけらかんとしていて、全然気にしなさそうだと思っていただけに和弥としては今の結那の表情は意外だった。


「……次はないわよ」

「りょ、了解致しました! ……あの占い、まじで当たったな。さすが本物」


 殺気を感じながら和弥が思い出したのは、あの慧那と呼ばれる占い師のことだった。

 彼女は確かに女の子にビンタされると言っていた。これが未来予知、もしくは予言とされる彼女の能力なのか。

 信じていないわけではなかったが、実際に目の当たりにするとうすら寒いものがった。


「占い?」

「ああ、この間東京に行って占い師に会ったんだよ。『結河原慧』って人」

「……それ、私の姉よ」

「は?」


 結那は何を言っているのだろう。そう思ったが、ふと占い師に会った時の、誰かに似ているような印象を思い出した。


「私の姉さん。結構そっくりだって言われるけど、気付かなかった? 占い師になるときにつけたその名前も私の名前から取ったって言ってたんだけど」

「何処かで見たことあるような顔だとは思ったんだけど、気付かなかった……」


 確かに一つずつ擦り合わせていくと納得出来る面がある。

 長い黒髪は少し長さが違うだけ、目元は姉の方がややたれ目気味か。今になって思うと、さばさばした性格も似ている気がする。


「和弥も案外うっかりねぇ。まぁ何かあったら声かけてよ。連絡くらいは取れるから」

「おっけ、さんきゅ」


 あの占い師――結那の姉――は本物の占い師だ。今後、もしかしたら頼らせてもらうこともあるかもしれない。身内の身内、そしてあの未来予知の能力。場合によっては頼りになる。和弥の未来はよく見えなかったらしいが、それでもビンタは当てている。


「――それにしても」


 いったいこの組み合わせは何だったのだろうか。

 良治の意図が働いたことは確かだが、その意味はなにか。

 おそらく聞けば答えてくれる。仕事上のことに関しては和弥に教えられないような事情が絡まない限りは大丈夫だろう。

 しかしなんの考えもなしにただ聞くだけはしたくなかった。それでは彼と同じ場所に立つことなど出来ない。聞くのは自分なりの答えを見つけてからだ。


(色々な組み合わせで経験を積ませている……?)


 結界術が苦手なまどかと悪霊相手には分が悪い結那。そして和弥。

 悪霊相手なら和弥が前に出て斬り伏せればそれで終わりだ。問題なく解決しようとするなら結界術を卒なくこなす綾華がいればいい。

 しかしそれを良治はよしとしなかった。


「和弥、どうしたの?」

「ああ、いやなんでもない」


 階段を昇りきり、待っていたまどかが不思議そうに聞いてくる。しかしそれを和弥は誤魔化した。考えがまだ纏まらない。答えが出ていない。


 多分、おそらく。

 良治の目は和弥が見ている視界以上のものを見ている。

 そんな気がしていた。

これにて今回のお話はおしまいです。

三話構成で考えていたのですが最後の三話目が長くなったのは想定外でした。ぶっちゃけ二話分ありますよ今回(苦笑


次もそれなりに早く投稿したいと思います。

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