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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
否定することの出来ない理由
13/42

~否定することの出来ない理由~ 一話

遅れましたが三章です。

「おおっ!」

「……地震か」


 放課後の教室で睡眠不足の身体を休めていた和弥の耳に、友人の騒ぐ声が入ってきた。

 がたがたと揺れる机や椅子、壁に掛けられた丸い時計もゆらゆらとしている。しかし次第に弱まり、しばらくすると完全に揺れは収まった。周囲のクラスメートも何事もなかったように、間近に迫った学園祭の準備に入っている。


「なんかもう地震に慣れ過ぎだよな、俺ら」

「日本人以上に地震に慣れてる人種もいないだろうな。ってバカズヤ、お迎えだぞ」

「ん」


 細井が言うお迎えが示すのは一つしかない。のそのそとした動作で立ち上がり、鞄を手に取る。まだ眠気はあったが、地震のせいか少しずつ覚醒してきた気がする。寝起きには自信があり問題ない。


「和弥、行きましょう」

「ん、了解。じゃな細井」

「おー、今年も去年と同じような喫茶店だしやることないからなー。何か手伝い要りそうだったら連絡するからなー」

「りょーかい」

「失礼します」


 教室の中まで迎えに来た綾華と一緒に教室を出る。今ではもう日常だ。

 高校三年の学園祭は皆受験や就職で忙しかったが、結局今までやったことのある中で選ぶことになり喫茶店に落ち着いた。委員長の真帆など、去年一緒だったクラスメートが多かったことも大きな要因だった。ノウハウはがある分やることはわかっている。


「あ、すいません、忘れ物をしたので先に昇降口に行っていてください」

「了解。先に行ってる」


 珍しく忘れ物をしたらしい綾華を見送って、彼女とは別の階段をのんびりと降りていく。学園祭の準備のせいか階段や廊下の行き来は激しい。


「和弥」

「え?」


 不意に呼び止められ振り返ると、そこにはよく見知った友人が携帯電話を片手に立っていた。さっき話していた細井ではない。


「どしたリョージ」

「仕事だ」

「……まじか」


 最近ちょくちょくと仕事が増えて来ていた。昨晩も徹夜になり、今日の授業の半分は睡眠時間という酷い有様だ。正直気が重い。


「まじだ。鞄持ってくるからちょっと待ってろ」

「おっけ」


 しかし断るわけにもいかない。仕事があるということは誰かが困っているということに他ならない。頬を両手で軽く叩いてやる気を出す。


「待たせた。急ぐぞ」

「はいよっ」


 教室から走ってきた良治と一緒に階段を一気に駆け下りる。眠気覚ましには丁度いい。


「なぁ、細井が『富士山が噴火するううううッ!』って騒いでたんだが心当たりあるか?」

「あー、それはさっき地震があったせいじゃないか。騒いでたし」

「なるほどな。まぁ細井だしいいか」


 細井の扱いに関しては和弥も同意見なので否定しない。むしろ率先して言うのは和弥の方だ。あの性格はある意味羨ましかった。

 階段を降りきり、あとは廊下を進めばすぐに昇降口だ。だが。


「――はい。止まってください」

「っと」

「会長?」


 下駄箱が見えるところで声を掛けてきたのは、この弦岡学園の現生徒会長の白浜恭子だった。おかっぱが似合う落ち着いた雰囲気は、いつも生徒会の挨拶で見る通り。分厚い書類の束を持っているところを見るとだいぶ忙しそうだ。


「廊下は走らないでください。今は人通りも多いので尚更気をつけてほしいんですけど」

「う、すいません」

「急いでいたもので。失礼しました」


 急いでいたので間が悪いとは思ったが、こればかりは生徒会長の言い分の方が正しい。素直に謝るしかない。そして早く立ち去りたい。


「ああ。それと都筑くん、付き合っているとはいえあまり他のクラスの人を教室に入れないように」

「う、気をつける」


 謝ってすぐに逃げようと思っていたのだが、追加の注意が入る。これも言い訳できない。


「あと。柊くんもです。最近校門の外に柊くんの友人と思われる他校の女子がよく待っているようです。それもあまりよくないことなので控えてくれると助かります」

「……申し訳ない」


 本当に申し訳なさそうに良治が謝る。

 これは良治が謝るようなことではないように思えるが、注意していなかった自身にも責任があると感じているのだろう。彼女が言う他校の女子とはまどかと結那のことで十中八九間違いない。


「はい。今後気をつけてくれればそれでいいんですけどね。生徒会にまで話が上がってくると対処しないわけにはいかないので」

「こうやって注意してくれるのは助かります」


 いきなり呼び出されて色々と処分が下されたりはしたくない。こんな風に前もって注意があれば、そうなる前に行動を控えることが出来るので非常に有難い。

 和弥たちは優等生とは言い難い。むしろ問題児寄りだろう。和弥も良治も無断欠席や早退が多い。更に和弥は成績も良いほうではない。そんな彼らをそれとなく影からサポートしてくれる白浜に感謝は尽きなかった。


「いえ。貴方たちにはお世話になりましたから。……本当はこういうことも言いたくはないのですけど」

「まぁそれはお仕事の一つでしょうし、お気になさらず」


 校内の風紀を保つのも生徒会の仕事の一つだ。積極的に活動していることはいいことだ。それが自分たちへの注意だとしても。


「ふふ。そう言ってくれると助かります。……あ」

「なんです?」

「そうですね。もし恩に感じて貰っているなら、一つお願い事が」

「お願い事って?」


 あまり良い予感はしないが、それでもとりあえず話を進める。

 良治をちらりと見るが問題はなさそうだ。


「はい。もうすぐ学園祭じゃないですか。その見回りの手が足りなくて。出来たら協力してもらいたいなと」

「リョージ、どうする? 受けてもいいとは思うけど」


 こういうことは持ちつ持たれつ、手伝いが出来る時はしておきたい。もしかしたらまた助けられる時がくるかもしれない。


「まぁ大丈夫だろ。うちの出し物は去年と同じ喫茶店だし。手は空くはずだ」

「んじゃまぁそういうことで」


 確かに和弥の担当する発注関連も、去年と同じところにもう連絡をしてある。あとは定期的に確認作業をするだけ、そして本番当日の店番も今ならまだ融通は利くだろう。


「ありがとうございます。あ。これは出来たらなんですけど、あと二人くらい協力してくれる人が居たらお願いします」

「おっけ、まぁ聞くだけ聞いてみるよ」


 自分と同じように手の空くクラスメートの一人や二人はきっといるだろう。もしも誰も居なかったら心配なので話を聞くだけ、ということにしておく。


「はい。ありがとうございます。学園祭の前日までに教えてください」

「おー、わかった。そっちも生徒会大変だと思うけど頑張ってな、生徒会長さまっ」

「あ、ありがとうございます……」


 手を振って白浜と別れて昇降口へ歩く。後ろからついてくる良治が溜め息を吐くのが聞こえた。


「どうした?」

「いや、なんでも……」

「?」


 よくわからないが言うつもりはないようだ。首を傾げながら改めて昇降口に向かう。


「……」

「あ、綾華っ……どうした?」

「いえ、別に何も。さ、行きましょう」

「お、おう」


 何かの意思を込めた視線を浴びせられるが、本人があえて言わないでいるようなので触れないことにする。なんとなくだが良治と綾華が言いたいことは同じような気がした。


「……なんなんだ」

「気にするな和弥。綾華さんが言わない以上俺は言わないしそもそも言える立場じゃないんだ」

「立場?」

「俺が言っても説得力がない。というかお前が言うなって言われそうなんだよ」

「なんだそれ」


 良治が何を言いたいのかわからない。だがきっと彼の言うとおり触れないほうが良い気はする。綾華に話を振るのは地雷を踏み抜くのと同義な印象を持った。


「和弥、行かないんですか」

「悪い、行く」


 足が止まっていたのを綾華に促され、急いで彼女のあとを追った。










「ふぅ、お疲れ様。今日はあっさりと終わったな」


 その夜の仕事は最近割と頻度の高い幽霊退治だった。頻度が高いということは慣れるということと同じで、なんの障害もないまま終えることが出来た。


「そうですね。拍子抜けするほどです。もう少しくらい手ごたえがあっても良かったんですが」

「おいおい」

「ストレス発散したかったんですが、これじゃむしろ消化不良で増えたかもしれません……和弥、一発撃っても良いですか?」

「待て待て待てっ」


 綾華が物騒なことを言いだしたので慌てて制止する。今日一日不機嫌なのだが、一向に解消されないらしい。

 ふふふ、と怖さを感じさせる笑みを浮かべながら見つめてくる。あまり見ない表情なので新鮮なのだが、このままずっと見つめられたいとはあまり思えない。


「綾華は澄ました顔や笑顔が可愛いんだからあんまりそういう顔するなってっ」

「っ……! もう……」


 顔を仄かに赤くして黙る。和弥としては狙っているわけではないのだが、結果的にこれで良いかなとは思う。この表情がたまらなく可愛い。


「あー、そうだ綾華。学園祭のことで手伝って貰いたいことがあるんだけど」


 生徒会長から頼まれたことを思い出し、あの時の言葉を思い出しながら伝える。綾華なら問題ないだろう。


「……すいません、私は今回ちょっと抜けられそうにないです」


 しかし返答は芳しくないものだった。やや落ち込んだように俯く綾華。


「まぁ急な話だし仕方ないか。気にしないでいいよ」


 前振りもなく今日聞いた突発的なことだ。仕方ないことだと割り切る。


「うーん、私にはどうにも出来ないわよね」

「そうだな。さすがに学外の人には頼めないな。仕方ないことだからあまり気にしないで大丈夫だよ」


 後ろで話を聞いていたまどかが良治に話しかけるが、こればっかりは学園のことだ。部外者を巻き込むことはしないほうがいいだろう。それにこの話を聞いたときに突っ込まれてもいる。適切ではないと良治は判断した。


「ん、ありがと。……でももしかしたらあのコが……」

「ん?」

「え、ううん、なんでもないわよ良治」


 奥歯にものが挟まったような口調のまどかが気になったが、なにも無理に言わせることはない。良治はそのまままどかの言葉を流した。


(あのコ……?)


 良治がその相手に思い当たるのは、翌日その人に声を掛けてからになる。


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