~否定することの出来ない理由~ 二話
「皆さんありがとうございます。今日は宜しくお願いしますね」
生徒会長である白浜が四人に向かって礼と共に頭を下げる。同級生に対して別にそこまでしなくてもいいとは思うのだが、これも礼儀正しい彼女らしい。
今日は学園祭当日。和弥たちは彼女に言われていた通り、当日朝に生徒会室を訪れていた。
綾華に断られ、まどかも無理ということでクラスメートに声を掛けた結果、快く協力してくれたのは二人。和弥も良治も親しくしている真帆と細井だった。
「は、はい、よろしくお願いします」
「いやー、これくらいならいくらでも手伝いますよ!」
やや緊張気味だが真面目な真帆は何も心配はいらない。だがお調子者の細井はちょっと心許ないなと和弥は感じたが、別に大丈夫だろうと判断した。今日頼まれた見回りはそう難しいことではない。
「あ。ありがとうございます。じゃあ昨日言った通りでお願いしますね」
「ホントに遊んで歩いてるだけでいいのか?」
そう、頼まれたことは基本的に学園内を歩き回ることだ。これなら誰にでも出来る。
「はい。でも何か見つけたり、連絡があった場合はすぐに集合してください。それ以外は特に決まりごとはありませんので。
私たちにとって高校最後の学園祭です。都筑くんたちはお手伝いですし、何か起こらない限りはゆっくり楽しんでください。ただ、常に昨日決めたペアで行動をお願いします」
白浜の指示は簡単なものだ。何も起こらなければ特にすることはない。
去年の学園祭では前日まで色々と走り回っていたが、今年はそんなことはなく無事に当日を迎えられている。和弥たちが経験した二回の学園祭では大きなトラブルなどなかったので、きっと今年も大丈夫だろうと楽観的に考えている。
「りょーかい。んじゃ早速行くか細井よ」
「ああ、なんで昨日の俺はグーを出してしまったのか……」
相棒である細井を促すが、本人は天を仰いで今にも涙を流しそうな表情だ。というか若干涙ぐんでいる。昨日決まったペアの結果が心残りのようだ。
「いや、別にお前が別のを出したところで仕切り直しだけどな」
「もしかしたらの可能性があったかもしれないだるぉ!」
良治の指摘に叫ぶ細井。ここまで自分の欲望に忠実ではっきり言う人間も珍しい。だが往生際が悪い。
「うるさいからさっさといけ」
「く、リョージめ。持つ者はいつも持たざる者に残酷だ……」
良治がばっさりと斬り捨ててとぼとぼと生徒会室を出ていく細井。小さくなった背中を苦笑しながら追いかける。
「んじゃお互いがんばろーな」
「ああ。そっちもな」
すれ違った際の良治の表情が微妙な感じだったのが気にかかったが、きっとそれは彼の相棒が真帆だからだろう。彼女であるまどかに知られるのは時間の問題だろうし、その後のフォローを考え出したら頭も痛くなりそうだ。
(……ま、俺は久し振りに細井とはしゃぐかね)
普通に遊ぶのは久し振りだ。こういうのも悪くない。
「ほれ、とりあえず端から行こうぜ」
「……仕方ない。じゃ見回り行くかー」
「ね、そろそろお昼にしない?」
「ん、そうだな。って言ってもちょくちょく食べてたからそんなに腹は減ってないから軽くかな」
「うん、そうしよ。グラウンドの一角にテーブルと椅子があるからそこ行こ?」
「了解」
良治と真帆は指示された通り校舎内を巡り、そのあとグラウンドの見回りを行っていた。
真面目な真帆に合わせるように一つ一つ教室を回り、それぞれ食べ物や掲示物を丁寧に楽しんでいった。去年はこんなに落ち着いては回れなかった良治としては有難かった。
(去年は楽しむどころじゃなかったしな)
学園祭に訪れたまどかを発端として開かれた冷戦で、彼は胃の痛む中学園内をうろうろとするしか出来なかった。自業自得と納得しているので不満などは口にしないが、あまり楽しめなかったのは事実だった。
「ね、焼きそばとお好み焼き、どっちがいい?」
「んー、そうだな」
「あ、両方とも頼んで半分ずつにしようよ。ねっ」
「ああ、それがいいか」
今年の学園祭は楽しい。そしてその半分は間違いなく同行している彼女の影響だと言えた。
(めっちゃはしゃいでるもんな。こんな真帆初めて見た)
普段は少しおどおどとしている、この三つ編みをしたメガネっ娘が目一杯学園祭を楽しんでいる。最初こそ普段とのギャップに驚いたが、今では楽しそうな彼女を嬉しく感じていた。
「柊くんは焼きそばお願い。私はお好み焼き買ってくるねっ」
「ああ」
スキップでもしそうな真帆を見送って頼まれたやきそばの露店に並ぶ。
小銭と引き換えに焼きそばを受け取り、セルフサービスの箸を二膳取ってテーブルの方に歩き出す。青のりも箸と一緒に置かれていたがそれは止めておいた。
「柊くん、こっち」
「ああ、悪い」
既に席をキープしていた真帆に呼ばれて移動する。にこにことして相変わらず上機嫌だ。
席に着いて二人で交換しながら食べる。その最中も彼女の笑顔は絶えない。
真帆の機嫌が良い理由は良治もわかっている。彼はそこまで鈍感ではない。ただその理由はわからないし、それを受け入れることも出来ないので触れないように流すことしか出来ない。
(まぁ楽しそうだからそれは良いとは思うけど)
こちらから踏み込むことはしない。諦めをつけてくれるまで、この距離感を保てればいい。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
じっと見ていたせいか真帆が首を傾げる。やはりいつもの教室で真面目に皆を纏める姿や仕事の時に見る凛とした姿とは違い、年相応の女の子だ。
「――ねぇ」
「うん?」
「あのさ、楽しい?」
「……ふふ」
ちょっと自信がなさそうな仕草で聞いてくる。それはいつもの教室で日常的に見かけるものと同じで、うっかり笑ってしまった。
「え、なんで笑うの? やっぱり……」
「いやいや、違うから。何でもないよ。ちゃんと楽しんでるよ、凄く」
「そ、そう」
誤解されそうだったのできちんと訂正をしておく。こういうことはすぐに行っておくことが重要だ。
「ねぇ、五月くらいだっけ、あの戦いってどんなだったの?」
「……そうだなぁ」
中国地方で起こった『開門士の乱』。あの事件では色々なことがあった。大規模な事件ということもそうだが、良治自身にとっても大きな転換点だったのは間違いない。
真帆にはざっくりとした事件の概要は話してある。そのうえで聞いてくるということはつまり、個人的な内容だろう。
「きつかったよ。みんなが居なければ俺は間違いなく死んでた」
それは確信できる。力を使い切った後、意識を失ったこともある。誰が欠けていても、今この場に良治は存在していない。
「大変だったんだね……ごめんね、助けられなくて」
「いや、仕方ないって。真帆はこっちで頑張ってただろうし。それに組織で動いてたからな」
「でも、あの勅使河原さんって人は……」
「……結那は何も考えずに来ただけだから」
理解力などの頭の回転は速いが、それ以上に結那は行動力が勝る。先手必勝、兵は拙速を尊ぶという言葉が本当によく似合う女だ。
「でも、あの人くらいの行動力が私にもあったら……」
あったら、きっと何かが変わったかもしれない。
多分そう続くのだろうなと予想した。
(でも、変わらなかったかもしれない)
もう過ぎたことだ。あの時のことを今更考えても仕方ない。それは彼女も理解しているだろう。だから最後まで言葉を続けなかった。
『開門士の乱』の前後で変わったことがある。一番大きいのは良治がまどかと付き合い始めたことだ。そして気がつけば彼の傍に結那や天音といった女性も居るようになっていた。
このことは真帆を焦らせるには、十分な出来事だったのは疑いがない。
「――ううん、ごめんね。なんでもないから」
「……そっか」
少しつらそうな笑顔。だがそれでも彼は何も言えない。
原因は自分にある以上、それを解決できない以上、言う資格を持っていない。
「さ、そろそろ見回りの続きでも行こうか」
「うん。……ありがとうね、ほんとに」
「感謝なんて、そんな言葉を受けるようなことはしてないよ」
食べ終わった容器を纏めて近くにあった段ボール製のゴミ箱に捨てる。
そして立ち上がろうとしていた彼女に手を差し伸べた。
「どうぞ、お嬢様」
「……えへ、ありがと」
少なくともこの学園祭の最中は笑顔でいて貰いたい。例えそれが自己満足であろうとも。
手を取った彼女は満面の笑みを浮かべて、そして軽い足取りで校舎に向かっていった。
「……さて、仕事の続き続き」
少しだけ浮かれた気持ちを切り替え、良治は彼女の背中を追った。
何も起こらず、このまま平穏な学園祭が終えることを祈りながら。




