~それぞれの適性と役割~ 七話
「――どっちだ……?」
結界を破るのに数度木刀を振るい和弥たちが公園内に踏み込むと、そこには魔獣の群れはいなかった。静けさだけが漂っている。周囲の空気を読み込むように気配を探る。
「この辺にはいないようですね。耳を澄ませて音を捉えるしかなさそうです」
「いえ、多分大丈夫です。柚木まどか、契約者たる貴女ならわかるはずです。他の誰にも捉えられないあの人の気配が」
「ちょっと待って」
そう言うとまどかは眼を閉じて精神を集中させる。五感、そして第六感を研ぎ澄ませていく。そしてすぐに公園中央部に視線を送ると走り出した。
「……向こう! 多分公園の中央より少し奥の方だと思う!」
「よし、まどかナイスっ!」
まどかの指示で皆が一斉に走り出す。その先陣を切るのは和弥、そして天音だ。天音は独特の走り方で和弥に並ぶ。
「その走り方、なんか忍者っぽいな」
「よく言われます。別に真似しているわけではないんですけどね」
ちょっとむっとした口調で触れて欲しくはなさそうな雰囲気を感じ取り、和弥は話を変えてみることにした。
「なぁ、葵さんたちと会ったの偶然じゃないんだろ」
「それはそうでしょう。こんな深夜に偶然会うなんて有り得ません」
「んじゃなんで」
「今日一日良治さんが東京支部に居なかったのは知っていましたから。もし何かあるなら支部に動きがあると思いまして」
「なるほど……ん?」
納得をしかけたが、それはつまりずっと東京支部を見張っていたということだ。素直に感心することではないことに和弥は気付いた。そして同時にどれだけ良治のことが好きなのかと。
「これは、竜ですか」
「ああ、こいつは倒したんだけどそのあと大群が来て撤退したんだ」
「なるほど。しかしこれだけでもよく倒しましたね」
「全力出したから逃げるしかなかったんだけどな」
激闘を繰り広げた放送塔を横目に更に走る。
竜の死骸をちらりと見るがやはり消えていない。やはり普通の魔獣ではない。
その竜が出てきた大きな穴の近くに数匹のカブトガニがいたが、今はそれらに構っている場合ではない。進路上にいる個体だけ木刀で弾くように攻撃をして更に進む。
「……いますね」
「ああ、間に合ったっ!」
放送塔を越えて円形の開けた場所に出る。良治が時計塔の周囲を回るように、数百にも達しそうな魔獣の群れを相手にしていた。
時計塔の広場を囲うように立っている照明灯の光に照らされ、血塗れで愛刀を振るいながら戦場を走る良治。常に動き回っているのは包囲されないためだ。
斬ってステップ、斬ってダッシュを繰り返す。そして――
「っ!?」
「待たせたっ!」
ここまで間近に来るまで、視界に入るまで彼は気付かなかったのだろう。きっと自分の結界が破られたことにも。周囲にいる魔獣たちに全神経を傾けていたのだから当たり前だ。
彼は和弥と眼が合った瞬間驚き、そのあと苦笑いを浮かべた。
まったく、しょうがない奴だな。
そんなことを言いたげに。
「はっ!」
「ふっ!」
一歩右に出た和弥が木刀を振るい、それに合わせて左の敵を天音がいつの間にか出した大鎌で魔獣を薙ぎ払う。一撃で倒すことは出来ないが、最優先事項は良治の保護と退路の確保だ。
「リョージ、逃げるぞっ!」
「……助かった」
良治のその言葉は感謝だと理解し、顔が綻ぶ。
そうだ、誰かを助けたかったから自分はここまで強くなれたのだと。そしてその強さを手に入れつつあるのだと。
「こっちよ、早く!」
「みんな、来たのか」
「ああ、リョージを助けるためにな」
葵と結那が道を切り開き、退路を確保する。まどかと綾華は離れた場所から援護をしているのが見えた。疲労もあるだろうがなにより二人とも前線に立つタイプではない。
「ぶち!」
「おおっ!?」
天音が叫ぶと同時に彼女の指輪から黒い毛並みの狼が召喚される。カブトガニを相手にしていた和弥は予想外の出来事にびっくりして大声を上げてしまう。
「お前は見たことなかったか。天音のお供だ」
「見たことなかったよ。凄いな。かっこいい」
「それはどうもありがとうございます。都筑さん道を作ってください。良治さんをぶちに乗せて脱出します」
「おっけ!」
「お、おい!」
これ以上戦えそうにない良治を強引に狼に乗せる。文句がありそうだが今はそれどころではない。
「いけっ!」
「行きなさいっ」
二人の声が重なりぶちが駆け出す。退路はこちら側からもあちら側からも進め、一本の道が出来上がっていた。魔獣の死骸の上をぶちが一気に走り抜けた。
「よし、背中合わせになって! 殲滅させるわよ!」
葵の声に和弥と天音、結那が集まる。一体一体は大した敵ではない。それはもう戦っていたので理解している。それは不意打ちや死角から攻撃されない限り問題ないということだ。
集合し一つの塊となった四人に魔獣たちが襲い掛かる。
「……キリがないなっ!」
「でも確実に減ってきてますよっ」
「そうねっ!」
「三人とも無駄口叩かないのっ!」
葵に叱責されてまた集中しだす。確かに天音と結那の言うとおり数は減ってきていた。あまり減っていないように見えたのは、いつものように魔獣の死骸が消えないからだ。そのことに気付いてやる気が出た。
そして――
「……ふう」
十数分後、見える限りの範囲から魔獣は消え失せていた。この魔獣には知性がありそうには見えない。ならば死んだふりをしているというようなことはないだろう。
離れた場所から綾華たちが歩いてくる。その中にはさっき脱出した良治もいた。いつもの黒シャツはあちこちが破れて肌が露出している。しかしそこは肌色ではなく血に染まっていた。
「リョージ、無事か」
「ああ、大きな傷は負ってなかったからな。出血してた傷も翔さんに治してもらったから大丈夫だ」
確かに彼の言うとおり身体は大丈夫そうだ。それを確認した和弥は言いたかったことを口に出した。これだけは言っておかないと気が済まない。
「なぁ、なんであんなことしたんだよ」
良治の独断専行。今まで有り得なかったことだ。正直今でも信じられない。
「ああ……あれはまぁ言ったら止められるだろうって思ったからだな。俺ならなんとか出来ると思ったんだよ」
「おい、どんだけ心配したと思ってんだよ。言ってくれよ頼むから」
あの時叫んでしまうくらい怒りもしたし心配もした。その気持ちは残りの二人も同様だっただろう。
そこで二人も何か言いたいこともありそうだなと思い、良治の後ろについて来ていた綾華とまどかに目をやる。
「ん?」
しかし二人は黙ったままだった。綾華は特に言うことはないというスタンス、まどかはもう言いたいことは言い終わったというすっきりとした表情だ。
「……まぁすまなかったとは思ってるよ。今後は言うようにするから」
「わかってくれればそれで良いんだが……あ」
そこで気が付いた。良治の頬に赤い痕がある。
(……まどかに引っ叩かれたか)
そう考えるとこの二人の態度にも納得する。まどかが手を出すほどに怒ったら、綾華はもう何も言わないだろう。というか言えない。察してしまった和弥自身もこれ以上言うことはない。
「良治くん、後日覚悟しておきなさいね。みんなに心配かけたんだから」
「はい、わかってます葵さん……で」
そこで良治が振り向いた。視線の先はここで一番の謎であろう天音。
「なんで天音がここに?」
「そうですね。貴方のことが心配だったから……ではいけませんか」
「そういうことを聞いたんじゃないんだけどな……まぁいいや。今日は助かった、ありがとう」
「……まだ私との距離が遠いのが解って微妙ですね。まだまだ努力が必要ということでしょうか」
溜め息を吐きながらぶちを指輪に戻す天音。首を傾げる良治は何のことか気付いてはいないようだ。しかし和弥は彼女の言いたいことが理解出来た気がした。
(ありがとう、なんて言葉は俺たちには使わないもんな。さっきみたく謝る。感謝の言葉を使う時はむしろ簡単な手伝いとかをした時にしか使わない)
その違いを感じ取った天音は不満だったのだろう。それもそうだ、この場で気を遣うような相手は天音だけ。その他は東京支部の仲間であり戦友だ。家族と言ってもいいかもしれない間柄だ。
「じゃ、掃討作戦といきましょうか。良治くん状況は?」
「はい。結界を張ったあと、公園の淵沿いに走って魔獣を引きつけたのでほとんどはこの場に誘導してました。なのでもうほぼ倒しきったはずです。もちろん見回りは必要でしょうが」
「リョージ、そんなことまでしてたのか……」
あの状態で生き残ること自体難易度が相当に高かったはずなのに、更に先を見据えて行動していたことに驚嘆する。独断なので素直に褒められなかったが。
「よし、じゃあ二手に分かれて探索ね。私とまどかちゃん、和弥くんと綾華ちゃんで。翔さんと正吾、天音さんは良治くんを連れて先に車に戻ってて。ついでに翔さんは高村さんたちに報告して事後処理を頼んでおいてください」
「うん、わかったよ」
翔が返事をする横に正吾がいた。そういえば居たな、なんて失礼なことを思ったが何処に居たのか。とそこまで考えて正吾は綾華やまどか、翔と一緒に居たのだろうと見当をつけた。さすがに護衛は必要だ。
正吾はもう疲労困憊といった感じで顔面蒼白だ。初めての大きな作戦、それも突発だ。緊張もしただろうし、それだけに疲れるのも早い。変に高揚して油断したり敵に向かって行ってしまうより全然マシだ。何より生き残ったことが収穫だろう。
「さ、夜明け前までに終わらせるわよ、みんなっ!」
「はい!」
大きな返事をして散開する。あと少しだ。これが終われば全て終わる。
――そう思ったのは甘かった。
「これは……?」
公園の探索が終わった後、最後に残してあったあの場所に四人が集まっていた。探索をしていた和弥と綾華、葵とまどかだ。ちなみに魔獣は探索中に数体発見したが即座に倒した。良治の誘導の手腕に舌を巻く。
「あの竜が出てきた穴ですが……この先に入りますか」
「行くしかないでしょ」
綾華の問いに即答する葵。
入りたくはないがこれも仕事の一つだ。行くしかないのならさっさと行くしかない。和弥はばれないように小さく息を吐いた。
「灯りは……何処かしら」
「迷いないですねっ!」
思わず和弥が突っ込んでしまう程に葵の行動は早かった。既に穴を降りて灯りを探している。
「灯り?」
葵が立っている場所は平らな床。明らかに人間の手の加えられた人工物だ。
「っと、これね。ついて良かったわ。みんな降りてきて」
灯りをつけた葵の指示に従って、3m程の穴をジャンプで降りる。周囲を窺うとそこは心底嫌悪感を覚える異常な空間だった。
「なに、これ」
「魔獣の研究とは……合成獣の研究だったようですね。反吐が出ます」
「気持ちはわかるがあんまりそういうこと言うなよ」
「……すいません」
綾華の気持ちは理解できる。和弥も似たような感情を持ったからだ。魔獣とはいえ、勝手に身体を弄ったりするのは強い嫌悪感を持つ。壁際に大量の魔獣の内臓のようなものが液体に浸けられているのを見れば、大概の人はそう思うだろう。
「こっち来て」
葵が奥に扉を見つけてドアノブを回す。鍵はかかっていない。全員が戦闘態勢に入ったのを確認してゆっくりと扉を押し開く。
「魔方陣……?」
「この術式、なんでしょうね」
「わからん」
巨大な空間の中央には大きな魔方陣があった。そしてそれを囲むように鉄製の檻。檻は傷が多く、何かが暴れたあとのようだった。
誰も床の魔方陣がどんな用途に使われていたのかわからない。術士である綾華がわからないのならお手上げだ。
「もしかしたらですけど、召喚系列のものに似ているような気がします。あくまでたぶん、ですけど」
「ここで魔獣を召喚して研究材料にしていた……って可能性はありそうね。ここは天井を封鎖してまた来ましょう。とりあえず他に魔獣が残ってないか確認しましょ」
「はい」
彼らが研究所をくまなく調べ、時計塔の穴から出たのはそれから一時間後。朝陽が覗いてきてからだった。
それでこの作戦は終わりを告げた。
「――シグマさん、あれで良かったんですか?」
ある雑居ビルの一室に男が座っていた。部屋は散らかり、男が腰を下ろしているのはガタのきたパイプ椅子。お世辞にも座り心地が良さそうには見えない。
「ククク、別に構わぬよ。目的は達成された」
部屋の隅に佇む闇の塊がくぐもった声で答える。ぎろりと赤い瞳が光ったように見えた。
「あんたの言う事を聞くのは、それが父親の仇を取るのに役立つからです」
「ククク、それでいい。最終的な目的は同じじゃからの」
「それで、今回の収穫は?」
「一つ研究所は失ったが、現在の戦闘データを得られた。これである程度の対策を取れるだろう……」
そう言うと闇の塊はふっと消え、不吉な雰囲気としか表せない空気が霧散していく。
「……結河原慧さん、入ってください」
「……」
男の命令に従って入ってきた女性は無言で男を睨み付ける。嫌っているのを隠そうともしていない。
「ボクを占ってください」
「……わかったわ」
それを意に介さず命令を下す。男にとって命令さえ聞けばそれ以外はどうでもいいようだ。
女性――結河原慧は水晶を掲げると嫌々占いを始める。
「……貴方が死ぬところが見えるわ」
「そうですか」
ちなみに前回も前々回も同じような結果が出ている。その都度計画を変更し、襲撃を先送りにしていた。
「まだ準備が必要、か……」
慧とすればこの未来通りになって欲しい。そう思ったので最初は嘘を吐いたのだがこの男は嘘を見抜けるほどの洞察力があった。嘘がばれ、丸一日立てないほどに殴られたのは二週間前になる。それからは真実を言うしか出来ないでいた。
「行ってください」
「……」
今度も無言で部屋を出ていく。他に、彼女に出来ることはなかった。
「どこまでやれば未来は変わる……あいつを殺せる未来になる……?」




