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怠惰な火曜日・2



 まだ生徒の姿のない鉄製の校門前に立つ人影に、葵はため息を吐いた。

 のんきに手を振る男をにらみつける。

 果たして既望はそこにいた。


「……何でここがわかったの」


 昨日は学校には行ってないから後をつけられたわけではないだろう。

 制服を着ていたのが失敗だったか。

 紺ブレザーが多い学区のなかで、薄いグレーの制服はわかりやすかったのかもしれない。 

 あきらめ気味に葵はそう考えたが、既望からはずれた答えが返ってきた。 


「昨日、君の靴についてた葉がケヤキだったからね。ここら辺でケヤキといったら風見街道の並木道だろう? だからそこが通学路の学校はってあたりをつけたのさ」


 確かに風見街道は通学路だ。

 だが昨日は家からまっすぐあのビルに向かった。並木道は通っていない。


(なんでこんな、くだらない嘘)


「あなた、変」

「物書きなんてこんなもんだよ」


 慣れたことのようにあっさりと既望は言った。

 手に負えない、とばかりにため息をつく。


「どうでもいいけど、こんなところまで来ないでくれる」


 既望は肩をすくめた。


「仕事だからなあ」 

「これも取材だっていうの」

「そうだね、高校という場所を見てみたくて。なんか理由でもなきゃ来られないだろう」


 まぶしそうに校舎を仰ぎ見る。


「おもしろい場所だな。独特の空気がある。なんだか楽しそうだ」


 外からするとそんな風に見えるものなのだろうか。

 既望の視線を追うように降り返る。

 ホームルームを終えた生徒たちの姿がちらほらと見え始めた。

 既望が葵の肩を軽く押した。


「行こうか。昨日の店でいいかい?」

 

 歩き出した葵が鞄をゆすって肩にかけた。

 ちゃり、と小さな金属音が鳴る。 


「それ、君の?」


 鞄の持ち手につけられた銀色の鎖に目をとめて既望は言った。


「その鞄の」


 持ち手につけるには鎖が長すぎるようで、何重にも巻きつけてあった。

 もとはネックレスだろうか。銀の十字架が吊り下げられている。

 シンプルな形だが、女の子がつけるにはやや大ぶりに見えた。


「傷だらけだね」


 そう。何より目を引くのがその傷だった。

 おそらく滑らかだったであろう表面に強く擦ったような無数の傷が走っている。

 端が黒ずんで汚れもあるようだ。


「……形見」


 ぽつり、とつぶやくように葵は言った。


「もとはこっちがあげたものだけど」

「事故の時もつけてたのか」


 既望の指摘に葵は足を止めた。


「知らない」


 目を伏せて言う。

 傷ついた銀の十字架。 

 春休みがあけた始業式の日、前の担任に呼び出されて渡された。

 空の保護者という人が葵にこれを渡すよう頼んだのだという。


(事故にあったときにつけていたものだそうだよ)


 担任が保護者から聞いたなら、おそらくそれは事実なのだろう。

 それでも葵にとって事実という実感はない。ただの伝聞でしかなかった。


 葵に別れを告げ、突き放しておきながら何故ずっと手放さなかったのか。

 どうして事故の時にまで身につけていたのか。

 保護者が葵に渡すように言った訳は。

 それは、空の意思だったのか。

 何も知らない。何も見ていない。何もわからない。


 答えが出ない問いを追い続けるのは消耗する。

 だからもう終わらせようと決めたのに。

 終わらせる過程でまた思い起こされる。

 なんて、不毛。

 

「佐野さんは、彼のこと好きだった?」


 葵の鬱屈などお構いなしに既望は質問を続けてくる。遠慮も何もなありはしない。

 それでもむきになって反発するのは子供じみてる気がして、葵はつま先に視線を落とした。


「嫌われてたけどね」


 遠まわしに認めたことでまたからかわれるかと身構えたが、既望は予想に反して顔をしかめた。


「嫌われてた? どうして」


 単純な驚きではない口ぶりは少し意外だった。

 動機として「彼氏が死んだから」と言った時よりも反応が大きい。

 事故の前には別れていたのだから別に不思議はないだろうに。

 作家先生は純愛モノがお好きか。


「さあ。別れてからずっと避けられてたから。メールも電話も無視だった」

「……事故は春休みだったね。別れたのはいつごろ?」

「一月の終わり」


 既望は返事のかわりにため息をついた。

 どうやら昨日引こうとして失敗した同情を今更のように引き出してしまったようで。

 なんとなくおかしくなって葵は小さく笑った。



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