表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

憂鬱な月曜日・2



 立ち話もなんだから、と連れてこられたのは路地裏の小さな喫茶店だった。

 黒ずんだレンガ造りの店内は薄暗く、コーヒーと煙草の匂いが漂う。

 男は慣れた様子で店に入り、少女に席をすすめた。

 注文をとりにきた店員が去るのを見送って、しびれを切らしたように少女が口を開く。


「結局、あなたは何なの」 

「んー、通りすがりの吸血鬼、かな」


 こともなげに返ってきた言葉はあまりにも突飛で、少女は眉をひそめて男を見る。  


「……は?」

「信じない?」


 意味がわからない。冗談にしても脈絡がなさすぎる。

 少女の目は明らかに不審なものを見るようで。

 露骨な反応に男は肩をすくめたてあっさりと言いかえた。


「月傘既望。しがない物書きさね」

「ツキカサ、キボウ?」


 少女は怪訝な声をを出した。どこかで聞き覚えのあるような名前だった。

 しかし、既望と名乗る男の顔は記憶にはない。


「小説家?」


 もっとも物書き、つまり作家なら名前だけを知っていてもおかしくはないかもしれない。

 考え直して軽く首を振る。


「君の名前は?」

「佐野葵」


 しかたなく名乗った少女、葵はしかめた顔で既望を見た。

 まだ本来の用件を聞いていない。既望は頷く。


「それでさ。今書いてるのに死にたがりの女の子が出てくるんだけど、どうも筆が進まなくて。話を聞かせてもらえないかな、と」 


 間に合ってよかったよ。

 笑って言ったあの言葉は「助かってよかった」ではなく「取材相手が捕まってよかった」という意味だったのか。

 助けられたのが不満だったはずなのに、それはそれで妙に癪に触って葵は眉間のしわを深くした。 


「本当に殺してくれるの」

「ちゃんとつきあってくれたらね」

「どうやって」


 いらだちもそのままに言いつのる。

 結局、既望の口車にのる形でここまできてしまったが、望みどおり最後まで面倒をみてくれるかどうかは正直かなりあやしい。

 しかも痛みのない方法で、と既望は言った。

 いったいどうするつもりなのだろう。

 何か薬でも使うつもりなのか。まさか本当に血を吸うわけでもないだろうに。

 できるなら死んだ後であまり事件になるようなことは避けたかった。

 既望は少し驚いた顔をして、ふっと息を吐くように笑った。


「それは秘密」


 からかう口調は相変わらず。

 人を食った笑顔もそのまま。

 だが、細めた目の奥にさっきまでとは違う色を見た気がした。


(この、顔) 


 見知らぬ男の顔のはず。

 なのにその表情は葵がよく知るものに似て。

 問いただすことも忘れて葵は息をのんだ。 


 からかうような笑顔の、その目の奥に一瞬浮かんだ違う色。

 何かを抑えるような。こらえるような。あきらめにも似た何か。 

 見慣れぬはず既望の顔に呼びおこされたのは、葵が記憶から追い出すことのできなかった少年の面影だった。

 いつも調子のいい口ぶりと人懐っこい笑顔の少年が、不意打ちのようにのぞかせた表情。気づくか気づかないかのほんの一瞬浮かんで消える。


 既望の顔立ちは彫が深く肌も浅黒い。

 記憶の中の少年は線が細くて色も白い。

 顔のつくりはまるで違う。

 なのに、表情のつくりが同じなのだ。

 見るものにかすかな痛みを抱かせる目の色。

 葵が、その意味を知ろうとしてついにかなわなかった……、


「お待たせしました」


 ふいに、第三者の声が葵の思考をさえぎった。

 店員がコーヒーと紅茶とそれぞれの前においていく。

 コーヒーカップを引き寄せた既望の顔をうかがえば、そこにはさっき見た色はかけらもない。


(見間違い、か?) 


 馬鹿みたいだ。

 仮に目の前の男が似た表情を見せたからといってそれが何だというのだ。

 

 既望は手帳を開き、じゃあ改めて、と口を開いた。


「それで、動機はなんだったんだろう」

「さあね。空が綺麗だったから、とか」


 既望は少し目を見張り、それからおかしそうに笑った。


「なかなか詩的でいいけど、ちょっと読み手が納得しないかな」


 葵の投げやりな調子を気にするふうもない。  

 さっき見せた一瞬の目の色以外、既望の表情はほとんど変わらなかった。

 からかうような笑み。せいぜい軽く驚いてみせるくらいだ。

 どうしたら違う顔をあらわすだろうか

 同情でも引いてみようか。


「彼氏が死んだからとかならいいの」

「へえ、それは大きいな」


 既望が少し身を乗り出した。

 葵が引けたのは同情ではなく興味だけだったらしい。

 落胆というほどでもない落胆。苛立ちの形にならない苛立ち。

 かすかに波立った感情を、大きく息を吐いて落ち着ける。


(まあ、いい) 


 ただの取材。

 結局は他人事。

 既望がその態度をつらぬくなら、こちらもただ情報を提供すればいい。

 どうせ切り捨てて置いていくだけの記憶だ。

 最低限満足させて殺してもらえばいい。 

 過剰な同情よりよほどわずらわしくないだろう。

 既望が感情をはさまないというのなら、こちらも感傷は交えない。


「まあ、実際は彼氏でも何でもないけど」

「付き合ってたわけではないのかい?」

「死んだときには」


 そう。彼が死んだとき、葵はただの他人だった。

 その少し前までは四六時中隣にいたとしても。


「彼も自殺?」

「交通事故。左折してきた車にひかれたの」


 葵はもっとも、と付け加えて苦笑した。


「信号無視したのは車じゃなくてそいつのほうだって言うから、実際事故だったのかもわからないんだけど」

「それはいつの話かな」

「前の春休みの終わり」

「三ヶ月前か」

 

 既望は考え込むように体を引いた。


「ただの後追い、という感じではなさそうだね」


 妙にきっぱりとした物言いに葵は眉をひそめて身構えた。

 何をいうのだろう、この人は。


「彼が死んで、だけど縁はすでに切れていて、なおかつ事故からもだいぶ時間がたっている」


 葵の顔をのぞきこむ。


「どうして今、死のうと思ったんだろう?」


 彼が死んだから、だけでは理由にならないと。

 後追いなどというステレオタイプの説明では納得できないと。

 共感も同情も哀れみも用いずに、事実を追う口調で動機を探ってくる。

 葵自身が気付きもしなかった感情の裏側。


 唐突に、低く鈍く柱時計が鳴った。

 針が三時を差している。


「じゃあ、これは宿題だな」


 話を切り上げるように既望は言った。

 このあと用事があるという。拍子抜けした葵の顔をのぞきこむ。


「もっとしゃべりたい?」

「まさか」


 解放してくれるなら願ってもない、とあくまで突き放そうとする葵に笑う。


「それは残念。じゃあ、悪いけどあとはよろしく」


 既望は薄い財布から千円札を抜き出してテーブルに置くと席を立った。

 去りぎわ、顔だけをむけて付け加える。


「また明日も頼むよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ