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憂鬱な月曜日・1


 ぼんやりと白い、うす曇りの空を見上げて少女はため息をついた。


 休み明けの月曜日、気だるい空気がただよう平日の昼下がり。

 おそらく、はたからすれば気まぐれに授業をサボった女子高生が暇をもてあましているように見えただろう。

 彼女が腰掛けているのが、古びたビルの屋上の錆びた鉄柵でもなければ。


 そこは駅前通りから離れた町のはずれにある、開発から取り残された古いビルだった。

 もともと電子部品メーカーの自社ビルだった。会社は倒産したものの建物は放置され、そのまま用途のないオブジェのように町に居座り続けた。

 もっとも、最近では肝試しの子どもたちやじゃれつく場所を探すカップルによって新たな需要を得ていたようでもある。


 

 少女は柵の外に投げ出した両足を揺らしながら空を見ていた。

 その顔に思いつめたような表情はない。ただ何かをふっきったような目で空をながめていた。  


(私が飛び降りたら)


 ここは危ない場所として再び封鎖されることになるのだろうか。

 子供たちから秘密の遊び場を奪ってしまうのはしのびないかな、なんて考えが頭をよぎって苦笑した。


 しかたない。

 どうしようもない。

 どうでもいい。

 乾いたあきらめが感情を支配していく。


 視線を下に落とす。

 見慣れたローファーのはるか先、コンクリートの地面。

 彼女の最後の目的地。

 もう一度顔を上げ、白い空を焼き付けてまぶたを閉じる。

 そのまま何もない中空に身を躍らせようとかかとで鉄柵を蹴りつけ、


「!」


 瞬間、身体に衝撃が走った。

 予想していた浮遊感はない。

 地面に打ち付けられた? まさか。

 こんなに意識が残るはずがない。痛みもない。

 第一、感じた力が前へではなくうしろへの。

 困惑する少女の頭上で誰かがため息をつく気配がした。


「落ちたら痛いぞ?」


 頭のすぐ上から聞こえたのは、的確なようでひどく的はずれな言葉だった。



 飛び降りようとした瞬間に少女を後ろから抱きよせて引き止めた男は、そのまま抱えあげて柵の内側におろしてしまった。

 下から見えたからね、間に合ってよかったよ。

 どこか真剣味にかける口調であっさりと言われて唇を噛む。 


 エレベーターは動かない。下から階段で上ってくるにはそれなりに時間がかかるはずだ。

 そんなに長い時間、空に見とれていたのか。

 あの古い非常階段を音もなく駆け上がれるはずもないのに足音さえ気づかなかった。

 そんなに自分の意識に気をとられていたのか。


「なんでとめたの」


 理由なんて聞いても意味はない。通りすがりのお人よしに決まってる。

 わかっていても言わずにはいられなかった。


「んー。可愛い女の子がいなくなるってのは世の中にとって結構な損失だろう?」


 状況に似合わぬ軽口に、あらためて男を見る。

 ダークグレーの長いコート。

 中のセーター靴も、目深にかぶったつばの広い帽子もすべて黒に近い灰色だ。

 肌も浅黒い。夕闇の中にいたら保護色になって見えなくなってしまいそうだ。

 顔は若く見えるが、どこか時代がずれたような格好だった。


「おとなしいね、君」


 黙ったままの少女に男が笑いかける。


「こういうの止められた人って、正直もっと抵抗するものだと思ってた」

「別に。死ぬのなんていつでもできる」


 少女は目をそらしてそっけなく言った。

 止められたことは腹立たしいが、こうなった以上ことを荒立てずにすませるべきだろう。

 警察や家に連絡がいくようなことになれば二度目がやりにくくなる。

 幸い男はあまり生真面目なタイプではなさそうだ。

 騒がなければきっとこの場を切り抜けられる。そう算段をつけた。

 だが。


「じゃあさ。一週間だけ僕に付き合ってくれないかな」


 緊張感のない声が少女の期待を裏切った。死にぞこないにどんなナンパだ。

 呆れた少女が突き放すより先に、男が低くささやいた。


「一週間付き合ってくれたら、痛みのない方法で君を殺してあげる」 


 軽い口調はそのままの物騒な物言い。  

 だが、少女にはこの上なく魅力的な条件で。

 しかめた顔を覗き込む男の表情は軽薄そうなくせにどこか底知れない。


「自殺の手助けは犯罪でしょう」


 口をついてでた言葉は自分でも言い訳めいていて。

 新手の詐欺にでも引っかかったような気分で相手をにらんだ。





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