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落下する土曜日・4



異常なまでの力で葵を引っ張り上げたその腕は、そのまま葵を閉じ込めるように抱きすくめた。

葵は首をひねって男を見上げる。

そこにはもう、あの赤い瞳は既になく。

葵のよく知る月傘既望がいるだけだった。


自然とため息がもれる。

まず感じたのは安堵。

だが、それを覆いつくすようにこみ上げる苛立ち。


よかった、とかすれた声でつぶやいた既望に、葵の感情が弾けた。


「なんで!」


なんで。なんで。なんで。

なんで来たの。

どうしてもっと早く来なかったの。

あの目は何。

どうして離してくれなかったの。

思考が混乱してコントロールできない。


既望から逃れようと身をよじる。

だがどんなにもがいても、葵を囲うその腕はゆるがない。


恐怖なんか感じるはずじゃなかった。

安堵なんかしたくもなかった。

全てこれで終わる。

それだけが救いだったのに。


心臓が葵の中で暴れている。

自分の鼓動ばかりが大きく、既望のものが感じられない。

そんなことが何故かひどく苛立たしかった。

動転しているのは自分だけなのか。

葵が何をしても、既望は動揺したりはしないのか。


ならなんで引き止める。

どうして捨てておいてくれない。

どうせ必要でもないくせに。


なおも腕の中であがく葵に既望は苦笑する。


「約束が、違うんじゃないかな」


さきほどのつぶやきとは打って変わった低い声に葵は動きを止めた。

既望は少しだけ囲いをゆるめて葵の目をのぞき込む。

あと一日も待てなかったのかい。

かすかに咎めるような響きに唇を噛んだ。


「どうしてそんなに死にたい?」


葵はうつむいて既望の胸に額を押し付ける。

既望はその頭を抱え、なだめるように髪を撫でていく。


「わからない、から」


決して答えの出ない問いは、絶対に叶うことのない望みと同じだ。

その欲求が強ければ強いほど、届かない想いは自分自身を苛む。

それでも燻り続ける疑問は消せなかった。

だから代わりに自らを消してしまおうと……。


「何がわからない?」


まっすぐに聞き返されて葵は顔を上げた。

静かな口ぶりはまるで、ものわかりの悪い子供に尋ねるようで。




『事実はわからないなら、自分の望むように考えてもいいんじゃないかな』


当たり前のように証拠のないもしもを肯定し、どう解釈しようとも自由だと言い放った既望。


『小説なんか、全部都合のいいもしもの組み合わせだよ』




答えが失われたこの問いにも、既望は都合のいい物語を作り上げたというのだろうか。

二度の飛び降りを強引に引き止めてまでそれを披露してくれるというのなら。


葵は睨むように既望を見つめた。


「……空は、何を考えていたの」


さあ、いったいどんな答えを用意する?

できるものならこの衝動を説き伏せてみればいい。


挑むような葵の目に、既望は大きく息を吐いて満足げに微笑んだ。




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