表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/27

落下する土曜日・3



 ふっと、宙に浮く感覚が全身をかけ抜ける。

 なんだか、体ごとなくなってしまうような。

 あとは、ただ、落ち、て……


「!」


 瞬間、肩に衝撃が走った。

 強い痛みが手放しかけた意識を引き戻す。

 地面に打ち付けられた?

 違う。打った痛みじゃない。

 違う。意識なんか、痛みなんか跡形もなく消えるはずなのに。 


 でも、だけど、今度こそ空へと飛びこんだんじゃなかったか。

 だって、あのとき全身を突き抜けた感覚は確かに。


 肩の痛みは腕に直結し、しびれになって体を支配していく。

 これじゃまるで、上から引っ張られているみたいじゃないか。

 ……上?


 目を開く。

 首をひねって顔を上げ、

 葵は息を呑んだ。


 葵の腕を真上から掴む男の手。

 掴まれた腕から宙吊りになっている身体。

 全てを投げだすために目指した地面ははるかに遠く。

 葵は愕然とする。


(足音は、なかった)


 初めての時とは違う。

 今日はずっと、ぎりぎりまで耳をそばだてていたのだから。


(なんで)


 疑問の先を追うように、さらに上へ目を向ける。

 はたしてそこにあったのは、見慣れてしまった帽子の輪郭と少しこけたような頬の線。

 間違いなく、さっきまで葵が待っていた人物だった。


 胸の中に苦いものが広がっていく。

 葵が決心を固めた瞬間を、狙ったように切り崩しにくる男。

 いつだって自分からは干渉するそぶりを見せないくせに。


「離して、」


 強い言葉をぶつけても返答はない。

 ただ葵の腕を固く握りしめるだけ。

 葵は忌々しい顔を睨みつけようと首をそらす。

 だが目があった瞬間、葵は眇めていた目を見開いた。


 葵の視線を受けるその顔には表情はなかった。

 苛立ちも悲しみも痛みも認められない。

 だけど、それなら。


(あの目は、何)


 夕陽の名残りも消えた宵闇の中、妙に赤く光るあの眼は何だ。

 なんの感情も伴わないのに、いやに鋭く葵を射抜く眼差しは。

 まるで、捕食者が獲物を狩るときの。

 鼠を捕える鷲のような。

 あの目の色は一体何だ。



 ぞわりと背筋が粟立った。



 早く、落ちるなら早く。

 早く、掴まれた手を振り払え。

 脳はしきりにそう命じるのに、体はまるで動かない。


 蛇に睨まれた蛙というのはこういうことをいうのか。

 意識の隅で考えている間に、頭上の男は容赦なく葵を鉄柵の内側へと引き上げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ