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疑惑の金曜日・1


 窓際の席を引き当てたのはせめてもの救いだった。そう葵は小さく息をはいた。

 もともと空気の悪い小さな教室だ。

 ただでさえ一人でいることが自然と不自然になってしまうこの場所では端の席の方が居心地がいい。 

 

 葵は机に突っ伏して、枕にした腕に顔をうずめた。

 やわらかい午後の日差しがゆるやかに眠りに誘い、周りの声が遠くなる。

 こうやってまどろんでいると、周囲から周囲から切り離されて本当に一人になったような気がしてくる。


 とろとろとろ。


 ひとりきり。


 つらつらつら。


 すべてを忘れ。


 とろとろとろ。


 何も考えない。


 意識が、暗闇に沈むような感覚。

 自分を、周りを、意識しなくてすむ状態。

 今の葵が求めてやまないものだ。

 かつては借りた本を開くのが常だったが、結局活字を追うのも気力が必要で、最近は休み時間のたびに机に伏せっている。


「佐野、」


 唐突に現実に引き戻された。

 葵は面倒臭げに声の主を見上げ、その顔を確認してさらに眉根を寄せる。

 去年から同じクラスの楠本敬司だ。

 空の、最も仲のいい友人だった。つまりは杏香と同じくあまり関わりたくない人物である。

 敬司は気まずそうに言った。


「放課後、委員会あるから」


 言葉の意味をはかりかねて、葵は薄目で敬司を眺めた。


「司書さんが心配してた」


 司書、と言われて葵は前に選んだ図書委員に籍を置いたままだと気がついた。

 もっともまともに仕事をしていたのは去年のうちだけで、2年になってからは委員会はおろか図書室に近づくこともない。


(何を今更)


 興ざめだと言わんばかりに視線を外し、そう、とだけつぶやいた。

 取り残されたかたちになって敬司は小さくため息をつく。立ち去る気配はない。

 葵が鬱陶しげに目を向けると、少し迷ってから敬司は口を開いた。


「月傘既望って知ってる?」


 葵は反射的に体を起こした


「な、」


 何故、今。

 何だってその名前が。

 何か知っている?

 何を知っている?

 どうして。

 頭の混乱そのままに、食い入るように敬司を見る。


「なに、それ」


 敬司は目を瞬いた。


「何って、作家だけど。わりと面白い話を書く」

「作、家?」


 敬司が頷くのを確認して、葵は納得すると同時に体から力が抜けるのを感じた。

 妙に勘ぐったことがいかにも馬鹿らしい。


「一度見てもいいと思う。図書室にあるから」


 要は図書室に来いと言いたいんだろう。

 だが、それだけのためにこんな回りくどい言い方をしなくてもいいのに。

 よりによってこんな。人を混乱させるような。

 葵が落ち着くのを待って敬司はつけくわえる。


「空の希望で入れたんだ」


 だが、静かな声は再び葵を揺さぶっていった。



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