いつか見た空の色・5
回想です。
葵はあくびをかみ殺し、そのまま腕を枕に机に伏せった。
ゆるく西日がさす図書室は暖房がきいていて心地いい。
葵も普段はちゃんと本を読む場所として活用しているのだが、今日は圧倒的に睡眠が足りなかった。
理由は単純。借りた本を読んで徹夜したからだ。
いつもと違うのは、その本が図書館のではなく空が気まぐれに押し付けたものだということ。
知り合いが書いたというそれを期待もせずにめくっていたら、不覚にもとまらなくなった。
読み終えて本を閉じるのとドアポストに朝刊が落ちる音を聞いたのがほとんど同時だったと思う。
貸す方と読む方。どちらが悪いと言われれば完全に読むほうの自業自得だろう。
それでもあいつのせいだど八つ当たり気味に葵は内心で空を責めた。
当の空は担任に呼び出されてここにはいない。
たぶんまた出席日数を補うためのレポートなんかの話だろう。
組んだ腕の上で寝返りを打つように頭の向きを変える
頭の中に靄がかかってとりとめもなく思考がさまよっていく。
(あんたたち、手ぇとか繋いだりしないの)
興味丸出しで聞かれたのはいつのことだっけ。
まあ杏香が葵をつつくのはもう趣味を越えて日課だから。
葵もいつもどおりつっぱねた。しない、と一言だけ。
(え、まじで? 二人のときとかもっとラブラブで迫ってくるんじゃなくて?)
目を丸くして顔を寄せる杏香に葵は体を引いた。
実際ただの照れ隠しではなく、接触は驚くほど少なかった。
からかって小突くのは頭か制服の上からがせいぜいで。
一緒に帰っても距離感は普段と変わらない。
(そんなあ、つまんなーい)
アテがはずれたとばかりに杏香は唇を尖らせる。
別にあんたを楽しませるために付き合ってるわけじゃないし。
(ね、じゃあ葵からいっちゃえば?)
再び目を輝かせて葵の目をのぞきこんできた。
だから、あんたを楽しませるためにつきあってるんじゃないんだってば。
眉根を寄せた葵に、杏香は不意打ちのように真顔になった。
(あいつ、なにげに自分が低体温なの気にしてるんじゃないかな)
一度だけ、葵の髪をくしゃくしゃにした手が耳に触れたことがある。
温度の低い耳たぶよりなおひんやりとした指先にぞくりとした。
そう。ちょうどこんな、冷たくてやわらかい……、
つと、記憶と同じ感触が首筋をなぞった気がして、葵は体を震わせた。
急激に意識が回復する。すっかり眠りこんでいたらしい。
あわてて顔を上げた。
「空?」
目の前の空は何故かひどく驚いた様子で手を引っ込めた。
苦いものを飲み込むように顔を歪め、荒く大きく息を吐く。
「……あんまり無防備だと襲っちゃうよ?」
なかば無理やりにからかうような表情を作ったが、すぐその目がそらされる。
「行こ」
そのまま背を向けて歩き出した空に葵は小さくつぶやいた。
「できるもんなら、」
やってみな、などと言えるわけもなく。
怪訝そうに空が振り向く。
葵は即座に首を横に振った。
「なんでもない」
早口に言って後を追う。
続き、があったんだろうか。
あの時すぐに起きなければ。
あと少し。空の指先が葵の体温に馴染むまで、あと少しだけ待てたなら。
そうしたら、空にあんな顔をさせないですんだんだろうか。




