迷惑な木曜日・1
葵に聞き取りをはじめて四日目。
既望はこの日葵の友人という少女を呼び出した。
先日学校に行ったときに声をかけてきた、いかにも好奇心の強そうな大きな目をした子だ。
今井、杏香といったか。
葵とはまるで性格が違う。対照的ともいえる二人がどんな接点を持つのか興味があった。
杏香は待ち合わせの喫茶店で既望を見つけると大きく手を振った。
既望は少し驚いたように杏香を見、笑って手招きする。
「悪かったね。呼び出したりして」
「うんにゃ、こっちも聞きたいことあったし」
言いながら椅子を引いた杏香に首をかしげた。
「聞きたいこと?」
「そ。きぼーさんて葵と付き合ってるんですかーって」
「まさか」
既望は目を丸くした。
言下に否定して肩をすくめる。
「少なくとも佐野さんは認めないだろうな。何でそう思ったんだい?」
「楽しいじゃん、ネタ的に」
あっさりと杏香は言った。
困ったような顔の既望に付け加える。
「あとまあ、前に彼氏ができたときと葵の反応が似てたから」
「というと」
「何を言っても顔が赤い」
杏香はにやりと笑って言い切った。
「それはまたわかりやすい」
「だからきぼーさんにはまだ望みあるよ。がんばだ」
何故かけしかけようとする杏香に苦笑する。
「無理だろう。彼のことを忘れられないうちは」
杏香の顔から笑みが消えた。
「やっぱ、まだ駄目かあ」
「それで、その彼のことなんだが」
既望が切り出すと、突然杏香が声を張り上げた。
「ストップ! きぼーさんて仕事なにやってるの? マスコミ系?」
「いや、ただの売れない物書きだよ」
「小説家?」
「そう。今書いているのが行き詰っちゃってね。少し話を聞かせてもらいたいんだ」
「んじゃ、直接葵のこと出したりはしないね?」
「それはもちろん」
「ならどーぞ」
こらえきれない、というように既望は笑い出した。
「いい子だな、君は」
杏香はきょとんと既望を見、それから顔をしかめた。
「嬉しくない」
「可愛いよ」
「やっぱり嬉しくない」
既望の顔をじと目でにらんで、杏香は大げさにため息をついた。
「まあいんだけどさ。で、何だっけ」
うながされて既望は手帳を開いた。
「そうだな、佐野さんが彼にあげたネックレスのことは知ってる?」
「ああ、うん。一緒に買いに行ったから。クリスマスのっしょ?」
既望は軽く目を見開いた。
「一緒に?」
「そ。付き合ってたころはまだ素直だったのよ」
「銀の十字架というのは佐野さんが選んだのかい?」
「や、もともと彼氏のリクエストみたいよ」
そうか、と考え込むように口をつぐんだ既望は、視線を感じて我に返った。
杏香が大きな目でじっと見ている。
取材相手に観察されてたら世話がないな、と既望は苦笑した。
「どうして別れたかは知ってる?」
「んー、それがわかんないんだよな。三学期入ったらもうぎくしゃくしてたから」
杏香は大げさにため息をついた。
「クリスマスまでは二人してもっそい甘々だったのにさー」
「佐野さんは、嫌われたと思っているようだけど」
杏香は驚いたように既望を見てから渋い顔になった。
「あー……。まあ別れてからさけられてたのは確かなんだけど。あれはちょっと。んー、どうなんだろうな」
「理由がありそう?」
「彼、後藤っていうんだけどさ、あいつもともと体が弱かったのね。日光に弱いとかで外体育はほとんどでなかったし」
頼んだオレンジジュースで唇を湿らす。
「んで、ちょうど気まずくなりだしたころからさらに倒れたりとか休んだりが増えて。だからなんか冷めたっていうより、病気が悪化してすれ違ったとかじゃないのかな」
「死因は交通事故だそうだけど」
「うん。ただ夜の事故で見てた人とかもいなくて。だから一時期いろんな噂がたった」
「というと」
「いわく、事故じゃなくて自分で飛び込んだんだとか、誰かに突き飛ばされたとか。突き飛ばされたネタは結構根が深かったな。後藤がモテんの妬んだ男子か、ストーカーまがいのファンの女子かってね。でも、中でも一番有力だったのが」
上目遣いに既望の顔をのぞきこみ、声を低めて言った。
「フラれた葵が逆恨みしてやったんじゃないか」
「それは、」
二の句が告げない既望に、杏香は素に戻る。
「あの子もちゃんと否定しないからさー。たぶん嫌がらせとか相当あったんじゃないかな」
「今井さんは、その話は信じていないのかい?」
「え、や、ちょっと待ってそりゃないよきぼーさん」
杏香はあわてたように言った。
「まあね、葵はまだ好きそうだったし思いつめてなかったとはいわないけどさ。でもそんなんできるわけないんだよ。あの子の場合、そういう矛先は相手じゃなくて自分に向くの」
「確かに、佐野さんはそういうことをしそうには見えないかな」
「だからさ、むしろ危ないのは葵自身なのよ。ぶっちゃけ今でもやばいって時あるし。しずかーに自暴自棄になってるっていうか」
「見ていてわかる?」
まあねえ、と杏香は苦笑した。
少なくとも、と既望は思う。
少なくとも葵には、彼女の危うさに気づいてくれる人がいるのだ。
たとえ葵が望まなくとも。
「でも、あたしじゃ重石になんないからなー。もう完全に煙たがってるの見え見え。嫌んなる」
杏香はぼやくように言う。
「だもんで個人的にはきぼーさんに頑張ってほしいわけ」
既望をけしかけていたのはそういうことらしい。
その目的には共感しなくもないが。
「なかなか難しいな」
「んなことないと思うんだけどね」
いたずらっぽく笑って既望の顔をのぞきこむ。
「これから葵にも会うの」
「ああ、この後約束して……、来たね」
既望の言葉に店のドアを振り向く。
そこにはこれ以上ないほど顔をしかめた葵が立ちつくしていた。
「うーわ、見事なタイミング」
愚痴るようにつぶやいて杏香は席を立った。
葵は既望をにらみつけたまま目も合わせてこない。
杏香は肩をすくめて、すれ違いざまその耳にささやいた。
「このひと相手に意地張るの、むずいよ」




