パーティーの予定
その日の夜、入浴後にネグリジェに着替えて寝室に放り込まれた私は、ベッドの上で行儀悪く腕を組んで座り、考え事をしていた。アンリエットとジェーンの二人ばかり、頻繁にお茶会に招くわけにはいかない。それでは、二人が他の令嬢たちのやっかみにあってしまう。
ジェーンの言う通り、大事なのはバランスだ。とはいえ、他の令嬢のことはよく知らないし、話したこともほとんどない。私は自分の交友関係の狭さを今さら感じてため息を漏らす。まして、大貴族の令嬢なんて、王太子妃になったとはいえ話しかけて相手にしてもらえるかどうかも分からない。子爵家の棚ぼた令嬢が、王太子妃になって調子にのっているわなんて陰口を言われるのがオチだ。
まあ、それは適当に後で考えるとして。二人とどうにか連絡を取り合う手段はほしい。手紙には当たり触りのないことしか書けない。信頼できる侍女かメイドを獲得して、こっそり届けてもらうという手段もあるけれど、メガネ侍女長が目を光らせている間は無理だろう。あの人、私が特定の侍女やメイドと親しく会話しないようにあえてしているような気がするのよね。
侍女とおしゃべりしようとすると、必ず間に割って入って遮るし。まさか、私を孤立させようとしているどこかの誰かの回し者!? その可能性は大だけど、そのどこかの誰かが王妃様とかだったら、太刀打ちできる気がしない。そもそも、あの人をこの王太子の居所である離れの侍女長に任命してたのは王妃様だろうし。人事権は、王妃様が握っていらっしゃる。
本来なら、王太子の居所の奥向きの事はその妻である私に采配の権利があってしかるべきだけど、いきなりやってきた田舎令嬢にその権利を委ねてくれるわけもない。もっとも、委ねられても何をどうしていいのかさっぱりだからいいんだけどね。ローマンと婚約していた時も、彼と結婚して屋敷の管理を任されるのはひどく面倒だと思っていたくらいだ。
私は帳簿の管理もしたことがないし、屋敷の使用人たちに目を配っていたこともない。うちの母はおおらかで、適当な人だったから、そういう事は全て家政婦長と執事に任せていた。必要な時は父に相談して、父が決定していた。私は母に似て、そういう面倒臭い事は誰かに丸投げする主義だったのだけど、王宮ではさすがにそれはまずいのかもしれない。
「ああ……もう、面倒くさーいっ!!」
私はベッドに突っ伏して思わずぼやく。そのため、寝室に王太子殿下が入ってきたことに気付いていなかった。彼はびっくりしたように扉のところで立ち止まっている。ハッとしたら、ばつが悪そうに視線を逸らされた。はしたないところを見せてしまった――っ!!
私は慌てて体を起こしてきちんとベッドに座り直し、「お疲れ様です。殿下」と笑みを作る。咳払いした殿下はベッドにやってきた。
しまった。殿下がいつも遅いものだから油断していたよ。彼が寝室に来る前にさっさと寝てしまって、〝夫婦に必要な義務〟とやらをさりげなく回避してきたというのに!
私は急に緊張してしまって、汗ばんできた手を寝間着でこっそり拭った。
「あっ、殿下。何かお飲みになりますか? お茶にします? それとも、お酒にします? あっ、ホットミルクを飲むとぐっすり眠れるそうですよ?」
私は人差し指を立てて、早口でまくし立てた。わざとらしく話を逸らそうとしているのはバレバレかもしれない。
「いや、必要ない。君がいるのなら飲むといい」
「いいえ、私も今のところ喉は渇いておりませんから。さっ、今日もご公務が大変でしたでしょう。早めに寝るのがよろしゅうございますわ!」
私はささっと上掛けを開いてみせる。しまった。これでは誘っているように見えてしまうのではないか。作った笑みがわずかに引きつった。
だが、殿下は気にした様子はなくベッドに入ってきて私と向かい合い、きちんと座る。これはお話し合いの態勢ではないか。私もピンッと背筋を伸ばした。
「今日は友人たちを招いてお茶会を催したと聞いた」
「女学校時代の学友なんです。積もる話もございまして。おかげ様で、楽しい時間が過ごせました」
「そうか。それはよかった……慣れない王宮の生活を強いてしまっていたからな。君にも息抜きが必要だろう。遠慮なく招くといい」
「それはありがとうございます」
私は笑顔で答えて、少し思案する。そうだよ。殿下はわりと理解がある人だ。この人に頼めば、こっそり手紙を友人宅に届けてくれたりしないだろうか。そうすれば、メガネ侍女長の検閲も免れる。私は自分でも素晴らしいアイディアなんじゃないかという気がしてきて、パッと期待を込めた瞳で殿下を見る。
「殿下!」
私がズイッと膝を寄せて近付くと、「ど……うした」と、びっくりしたのか殿下が言葉を詰まらせる。
「実はご相談したいことがございます!!」
「もちろん、それはかまわないが……何のことだろう?」
「実は、友人に私的な手紙を出したいのです。ですけれど、私の手紙は全て事前に調べられてしまいますでしょう?」
「そうなのか?」
知らなかったのか、殿下は首を傾げている。
「ええ、そうなのです。もちろん、私がまだ信用を得られていないから仕方ないことだと承知してはいます。けれど、その……他人に読まれたくない手紙というものあるでしょう? ほら、女同士で誰にも言えない相談事を分かち合うとか……」
「確かにそうだな」
頷く殿下の大きくてゴツッとして骨張っている手を、両手で握り締める。びっくりしているけれど、かまわずに私は続けた。
「殿下なら分かってくださると思っておりました! 王宮ではまだ信頼できる相談相手もおりませんし……できれば学友に相談したいのです。もちろん、王宮の内情を漏らしたり、王家に迷惑をかけるような事を書いたりしないと誓います。なんなら、殿下が確認していただいてもかまいません。ですから、その手紙をどうにか友人宅に届ける方法がないか、一緒に考えていただきたいのです!」
「友人というのは、今日招いた二人のことか?」
「ええ、あの二人なら口も硬く、余計な噂を広めたりする心配もありません。何より、私が心より信頼している友人なのです!」
「それなら、私に渡してくれたら他の手紙と一緒に届けさせよう。私も私的な手紙を友人に送ることはあるからな。もちろん、中を確認することはしない」
殿下の言葉に私は「よしっ!」と、拳を握る。つい、殿下の目の前でやってしまい、ハッとして慌ててその拳を背中に回して隠した。「おほほほ」と、笑っておく。
「君の相談事はそれだけか?」
「ええ、今のところは……」
うまく殿下を巻き込めれば、王宮をこっそり抜け出すこともできるかもしれない。私は心の中で悪い考えを巡らせる。仕方ない。だって、王宮の中で一番私が信頼できそうな人が殿下しかいないんだもの。
「君に話しておくことがある」
改まって言われて、私は「はいっ!」と返事をする。何かな。いきなり世継ぎの相談とかだったら、気を失ったふりをしよう。貴婦人が突然気を失うのはよくあることだ。
ドキドキして殿下が話し出すのを待っていると、彼が口を開く。
「実は今度、我の父の即位二十五周年を祝うパーティーが王宮で開催される。君も王太子妃として出席することになるので、その心づもりでいてくれ。準備の方は侍女長に任せておけばいいだろう」
「はぁ、殿下のお父様の……というと、国王陛下のですか!?」
私はギョッとして尋ねる。「ああ、そうだ」と、殿下が頷いた。
その即位二十五周年を祝うパーティーに、私も出るの!?
そうだよね。王太子妃が国王陛下の大事な祝賀会を欠席するなんてあり得ない。ひどい食あたりで嘔吐を繰り返しているとか、伝染病に感染するとか、階段から足を滑らせて骨折してベッドから動けないとか出ない限りは出席確定だ。
まだ、王太子妃教育もろくに終えていないし、スープの飲み方すら合格が貰えていないこの私が、いきなりそんな大きな行事に出させられるの? しかも、結婚してから王太子妃として公式行事に出るのがこれが初めてになる。
私は熱を持ちそうな額を押さえた。無理。無理、無理、無理。無理です。だって、国王陛下と王妃様が出席なさるような大パーティーだ。ゾロゾロやってくるのは大貴族の皆様や王家の親族の皆様ばかり。国賓もやってくるだろう。そんな場所で、いきなり王太子妃になりました元子爵家の令嬢でーすなんて言いながら顔を出せると思う? 無理でしょ! 十中八九恥をさらすことになる。
「あの、殿下……私、そのようなお話を伺ったのが今日が初めてなのですが…………」
「結婚式や事故のことがあったから、君に伝えるのが遅くなってしまった。申し訳ないと思っている」
「ドレスとかも……用意していないんですけど?」
侍女長、聞いていませんよ! 私は有能メガネのうっかり伝達ミスに頭を抱えた。もしかして、これはわざとだろうか。私を慌てさせる作戦!? そんなイジワルなメガネだったの!?
「それについては心配ない。パーティー開催は二週間後だ。ドレスはすでに手配させているから心配ない。君に相談しようと思ったのだが、時間がなかったため私の方から指示しておいた」
「それは……どうもありがとうございます」
私は精一杯笑みを作って答えた。逃げ道が――塞がれてしまった。狩りで四方八方から追い詰められて、逃げ場を失う狐のような気分だ。
「君の気に入るドレスではないかもしれないが、今回は我慢してほしい。次からは君の好きなドレスを用意するといい」
「いいえ、殿下直々に用意していただいたドレスですもの。不満などあるはずがありません。どのようなドレスなのか今から楽しみです」
うん、どんなドレスだろうが気にしないよ。それに、殿下が用意してくれたドレスなら、恥を掻くようなこともないだろう。センスもないし、流行にも疎い私が選んだドレスなんて着て出れば、笑い者になる確率の方が高い。殿下はきっと分かっていて、私が恥を掻かない最善の方法を考えてくれたのだろう。まったく抜かりない有能な方だ。
けれど、ドレスがどれだけ立派でも、中身の私はまだ礼儀作法も王宮でのパーティーのルールも全部覚えきれていない。笑顔を浮かべて、お人形さんのように突っ立っているだけで乗り切れる?
今から泣きそうだ。でも、王太子妃なのだから、こういう行事への参加は今後も増えていく。慣れていくしかないのだろう。
「心配することはない。私もできるだけ側にいるから」
殿下は私の顔に不安の色が浮かんでいるのを見て、そう言ってくれた。うん、当日はとにかく殿下にへばりついてニコニコしているだけで乗り切ろう。多少、ヘマをしても殿下がなんとかカバーしてくださるはずだ。信じているからね、殿下!
「あっ、そうだ……殿下、それならお願いがございます!!」
私はまたズイッと寄る。そうだよ。これはいい機会だ。
「なんだ?」
「そのパーティーに、私の友人二人も招いていいでしょうか? 私も初めての場で心細いですし……話し相手がいる方が安心できると思うのです!!」
私は殿下と至近距離で見つめ合いながら力説する。そうすれば、今日頼んだことの報告が聞ける。それにきっと、大勢招かれるはずだから数人増えたところで大したことではないはずだ。
「子爵家の令嬢と、男爵家の令嬢だったな……」
二人のこともすでに調査済みらしい。殿下は少し考えてから、「分かった」と頷いた。
「招待状は手配しておこう」
「ありがとうございます!!」
私は今度こそホッとして笑顔になり、殿下の手をギュッと握り締めた。二人とも、婚約者はいないから、家族か親族の男性にエスコートを頼むはずだ。ジェーンはお兄様がいるからきっと一緒に来るだろう。アンリエットは従兄弟を連れてくるかもしれない。とにかく、これで問題なく二人会える。私は「よしっ!」と拳を握る。
殿下はその拳を見ていたが、私と目が会うと咳払いをしていた。
「ということで……寝るとするか」
「ええ、そうですね! ではお休みなさいませ」
私はさっさと上掛けに潜り込む。殿下が少しだけ苦笑いをしたような気がした。
私たちはいつものように行儀良く並んで眠りにつき、朝起きた時にはやっぱり殿下の腕を枕代わりにしていたのだった。ごめんなさい。無意識なんです。




