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お茶会

 お茶会に招いたのは、女学校時代の友人である二人。私のルームメイトだった、アンリエット=マーシャルと、ジェーン=ウィルキンソンだ。アンリエットは子爵家の令嬢で、ジェーンは男爵家の令嬢だ。社交シーズンでもあり、王都のタウンハウスに滞在していたため、招待状を届けると二人からはすぐに礼儀正しい返事の手紙が返ってきた。


 一週間後の午後、二人が王宮にやってきた。二人とも、緊張した様子で、「王太子妃殿下に、ご挨拶申し上げます。お招きいただきありがとうございます」と膝を折って挨拶する。ちょっと前までは、挨拶なんて抜きにおしゃべりを始めていた仲だ。


 二人とも、ここが王宮で私の後ろで目を光らせているメガネ侍女長以下メイドや侍女たちの前だから我慢したのだろう。私も今すぐにでも二人に駆け寄って泣きつきたいのを堪えて笑みを作り、「お二方とも、ようこそお越しくださいました。ささやかなお茶会ですが、楽しんでいってくださいませ」と杓子定規な挨拶を返した。それから、二人に目配せする。


「えーと……お茶の前に、少しお庭を見て歩きませんか? 薔薇がとても綺麗に咲いておりますの」

 私はチラチラと背後のメガネ侍女長を気にしながら二人に提案する。

「まぁ、それは是非見てみたいです。私たちは王宮の庭園を見せていただける機会なんて、滅多にありませんもの。王太子妃殿下自ら案内していただけるなんて大変、光栄なことです」

か」」

 手をパチンと会わせたジェーンが辞儀する。アンリエットは終始笑みを作って、「ええ、本当に」と頷いていた。私たちは心の中で密かに頷き合う。学生時代、厳しい先生たちの目を盗んでちょっとした悪さをしたり、寮を抜け出したりする時は、決まって目で合図し合ったものだ。私たちの連携は今でもバッチリだ。


 予定になかった薔薇園の散策に、メガネ侍女長は何か言いたげな表情を浮かべていたけれど、私はかまわず彼女たちを連れて薔薇園に向かう。ふふふっ。この薔薇園は広くて迷路のように入りくんでいるのだ。下調べは万全だ。


「まあ、薔薇の香りが素晴らしいわ!」

「こんなにたくさんの品種の薔薇が植えられているのを、初めてみましたわ」

「そうでしょう? 私もこの薔薇園を見て、すぐに気に入りましたの。お二人にお見せしたくて、お茶会にお招きしたんですよ」

 なんて、お上品に会話を繰り広げながら、薔薇園の奥へとドンドンと進んで行く。侍女やメイドたちは一定の距離を取りつつ後をついてくる。私ははしゃいでいる振りをして歩調を速め、あっちやこっちへと移動する。侍女やメイドたちはいささか困惑した様子で、見失わないように追い掛けてきていた。


 私は二人を見てパチパチとウィンクする。二人からもウィンクが返ってきた。今だとばかりに、薔薇で作られた生け垣を曲がり、スカートの裾を持ち上げて走り出した。慌てふためいている侍女やメイドたちの声が聞こえてくる。私は二人の手をつかむと、「こっち!」と生け垣の陰に飛び込んだ。地面に伏せて声を潜め、隠れている私たちに気付かず通り過ぎていくメイドや侍女の声に耳を澄ます。その声が遠ざかったところで、私たちは同時に息を吐いた。


「ちょっと!! アイビー。どういうこと!? あなたがいきなり王太子殿下と結婚したと聞いて、私、目玉が飛び出るかと思うくらいにびっくりしたじゃない!!」

 地面に伏せたまま声を抑えて口を開いたのは、ジェーンである。サラサラの黒髪をした彼女は飛びきりの美人だ。お淑やかな令嬢に見えて、かなり勝ち気な性格で度胸もあるし頭もいい。

「ああ、うん……私も同じ気持ち。手紙を送りたかったんだけど、検閲されちゃうから迂闊なことを書けなかったんだよね。しかも、私、王宮に閉じ込められているから簡単に出られなくて、会いに行けなかったのよ……だから、今日二人に会えてよかった」

 私は心の底から安堵してため息を吐く。

「ねぇ、ねぇ。アイビー。王宮の生活はどう? ご馳走出る?」

「食事については文句なんてないわ。完璧よ! この前の晩餐で出た子羊の香草焼きなんてパリパリで……なんて余計な話をしている時間はないの!」

 のんびりしたアンリエットにきかれてつい、無駄話をしそうになっていた私は慌てて話を戻す。侍女やメイドに見付かるのも時間の問題だろう。その間に、必要なことを話さなければならない。

「そうよ、アンリエット。その話はお茶会でもできるでしょ? まず、状況の確認が先!」

「時間がないから、省略して話すわよ」

 私は急いで、結婚式当日に起こったことを説明する。二人もローマンと私の結婚式には参列していたから、その後すぐに大聖堂に行われた私と王太子殿下の結婚式にも出ている。けれど、王宮で開かれた結婚披露宴には参加していない。披露宴に出席していたのは、大貴族や王家の親族、他国の大使や王族たちばかりだ。さすがにうちの両親は出席させてもらっていたが、ひどく肩身が狭そうだった。


 二人とも、ローマンが公爵家の令嬢と愛の逃避行を行ったことは新聞を読んで知っていたらしい。当然、ローマンが殺された事件のことも耳に入っているようだ。ただ、それほど詳しくは知らないようだ。それは私も同じだ。事件については捜査中で、その後の情報はほとんど入ってこない。かんばしい成果が見られないのか、あるいは情報が規制されているのかは分からない。


「あなたが、公爵令嬢から王太子殿下を奪い取ったとか、噂している人もいたわよ。そのせいで傷心の公爵令嬢をローマンが慰め、二人の間に愛が生まれたんじゃないかとか」

 ジェーンが小声で言いながら肩をすくめる。私は仰天して、「バカなことを言わないでよ!」と思わず声が大きくなりそうになり、慌てて自分の口を塞ぐ。


「結婚式の日まで、王太子殿下と直接会う機会なんてあるはずないじゃない! 私みたいな子爵家の令嬢が王宮の晩餐会や舞踏会にホイホイ出られるはずもないんだから。どうやって、公爵令嬢から奪うのよ?」

「私たちだって馬鹿げた噂だって分かってる。あなたがどれだけローマンに我慢してきたのかもね。だから、言ったのよ。あんなバカ、さっさと婚約解消しておくべきだって」

 ジェーンに指摘されて、私は「それはそうよね……」と口ごもる。まったくその通りだからだ。呆れているのか、ジェーンは長い艶々の髪をかきむしる。

「アイビーは優しいから、お父さんとお母さんをがっかりさせられなかったよね」 

 アンリエットがニコニコしながらそう慰めてくれた。私は「アンリ~~」と、彼女の手を握り締める。


「まあ、いいじゃない? ローマンより王太子殿下の方がよっぽどマシな人間でしょうし。こうなったら、立派な王妃様を目指しなさいよ。案外、あんたならやれるんじゃないかと思うわ」

「やれるわけないでしょ! 今だって、地獄の王太子教育の特訓を受けさせられているんだから。毎日、気を失いそうよ!! しかも、王宮の外には簡単に出られないんだもの。カゴの鳥だわ。息が詰まって、どうにかなりそうよ。監獄に入れられて脱獄を試みる囚人の気持ちがよく分かるわ」

 頭を押さえて言うと、アンリエットがクスクスと笑う。

「壁をよじ登って脱走してみたら?」

「捕まるわ……間違いなく。私にそんな運動能力があると思う?」

 真顔で尋ねると、二人ともフルフルと首を振った。「ないわね」、「うん、ないね」と二人とも頷いていた。スプーンで宮殿を囲う塀の近くの土を毎日コソコソ掘っていけば、いずれは外に出られるかしらなんて真面目に考えてしまう。気が遠くなりそうな作業だ。


「アイビーが王太子妃殿下なんてすごいね。私たち、王太子妃殿下の友達ってことになるのかな? あっ、でも、もう気軽には会えなくなっちゃうね……」

 アンリエットは悲しそうな顔をする。私はその頭をヨシヨシと撫でて、「私だって、二人に簡単に会えなくなっちゃうのは嫌よ。だから、こうしてお茶会を開催するから来てくれる?」と尋ねる。アンリエットは「もちろん!」と、拳を小さく握る。そしてヘラッと笑った。アンリエットは相変わらずかわいらしくて癒やし系だ。


「だけど、私たちは子爵家と男爵家の令嬢。王太子妃殿下の友人としては相応しいとは見なされなくなるわよ。この際、交友関係から改める必要があるわね」

「そんなこと言わないでよ! 私にとって、信じられる友人なんて二人しかいないんだから。大貴族のご令嬢とお友達になるなんて絶対無理。女学校時代だって、散々、嫌な目に遭わされてきたじゃない?」

 私はジェーンの言葉に泣きそうな顔をする。女学校時代、公爵家や侯爵家、伯爵家といった貴族の令嬢も多くいた。けれど、その誰とも気が合わなかったのだ。小馬鹿にされて不快な思いをしたことは一度や二度ではない。あの頃のご令嬢たちと親しくお茶会ですって? 絶対、ごめんよ。彼女たちも、自分たちより身分が下の子爵家如きの令嬢を、今さら王太子妃殿下だなどと持ち上げたくはないだろう。

 

「別に交友関係をやめろって意味じゃないわ。適当にあっちとも付き合う必要があるってこと。体面さえ保てればいいんだから。けれど、私たちばかりお茶会に誘っていたら、きっと何か言われるわ。私たちがお茶会に招かれたって情報もすでに広まっているくらいなんだから」

「そうなの!?」

 私はびっくりして目を丸くする。大々的に公表しているわけでもないのに、どこから情報が漏れるのか。


「ええ、だから、私たちとの付き合うはほどほどにして、他の令嬢たちともバランスよく付き合えってこと。王太子妃殿下なんだから、それくらいできなくてどうするの!」

 ジェーンに小声で叱られて、私はしょげる。

「無理…………私に社交性がないのは二人も分かっているでしょー……アンリエット、ジェーン。二人とも、王宮に来て私をサポートしてくれない? 二人がいたら、なんとかなりそうな気がする」

 学生時代も心強い友人たちだったのだ。けれど、ジェーンには「お断りよ」とすぐに拒否されてしまった。

「王宮暮らしなんてまっぴらですもの」

「うん、私も無理だね~~。いっぱい、怒られちゃいそう」 

「この薄情者~~っ!」

「外にいる方が手伝えることだってあるでしょ?」

 ジェーンの言葉に、私はすっかり気弱になった顔をのそのそと上げる。


「外からって?」

「あなたが王宮から出られない分、私たちが外にいる方が動きやすいじゃない」

 そう言って、ジェーンはパチッとウィンクスする。その頼もしさに、私は胸が打ち震えそうになった。

「ジェーン…………っ!! 私、恋に落ちそう」

「バカなこと言ってないの! で、何を調べてほしいの? そのためにわざわざ呼び出したんでしょ?」

「そうだった……ローマンの事故の事と、ミレーネ嬢の行方について。できる限りの情報がほしいわ」

 引き返してきたメイドや侍女たちの捜す声が近付いてくる。もう時間がない。

 私はポケットから二通の分厚い手紙を取り出して、二人にそれぞれ渡す。


「ここで、話せないことは手紙に書いたから後で読んで」

「わぁ、小説みたいな厚さだね!」

 アンリエットが驚きの声を漏らす。

「見付からないでね。没収される可能性があるから」

 私が早く隠すように言うと、アンリエットはその手紙を大事にポシェットにしまう。


「分かった。でも、そう大したことは分からないかもしれないわよ?」

 ジェーンの言葉に、私は「それでいいわ」と答えた。危ないことをしてまで、情報を手に入れてほしいわけじゃない。世の中の噂から、手がかりになりそうなことを二人なら見つけてくれる。


「王太子妃殿下!」

 メガネ侍女長の呼ぶ声が聞こえて、私たちは目配せし合った。そして、同時に立ち上がる。

「ああ、なんて素晴らしい薔薇だったのかしら~~っ!」

「この薔薇で石けんや香水を作ったら、きっと素晴らしいでしょうね!」

「まあ、とてもいい考えだわ~~っ!!」

 わざと大きな声で会話していると、メガネ侍女長がメイドや侍女を引き連れて現れる。


「王太子妃殿下! 急にお姿が見えなくなってしまわれたので心配いたしましたわ」 

 侍女長に言われて、私はドレスの土や葉っぱを急いで払って微笑む。

「あら、ごめんあそばせ。スカートに薔薇の棘が引っかかってしまったのよ。なかなか取れなくて困っていましたの。ねぇ、二人とも?」

「薔薇の棘はトゲトゲしていますものね!」

 アンリエットがニコニコしながら答える。うん、ちょっとズレた返答だけど、そんなところもアンリエットのかわいいところだ。すかさず、ジェーンが「怪我がなくてよかったですわ」とフォローした。

「さあ、お茶にいたしましょう。適度に歩いた後だから、きっととてもお茶がおいしく感じられるはずですわ」

 私はそう言って、何事もなかったようにそそくさと薔薇園の出口に向かう。メガネ侍従長は不審げな目をしていたけれど、気にせず二人と他愛ない世間話をする。


 四阿にはガーデンテーブルと椅子が置かれていて、すでにお茶の準備が調っていた。私は二人と一緒に座り、お茶を飲みながらお菓子を食べる。侍女やメイドが後ろに並んでいるため、事件の話は口にしない。最近王都で流行っているお菓子の話題や、ドレスの話をしておいた。それでも、二人とこうしておしゃべりできるのは楽しくて時間があっという間に過ぎる。


 二時間も経った頃、侍女長が「王太子妃殿下、そろそろ」と小声で話しかけてきた。もうお開きの時間になっちゃったのね。私は名残惜しさを感じながら二人を見送る。その時、残りのクッキーを包んでこっそりアンリエットのポシェットに押し込んでおいた。きっと、馬車の中で二人で食べてくれるだろう。


「では、二人とも。お気を付けてお帰りになってね。また来てくださると嬉しいわ」

「今日はとても楽しい時間を過ごさせていただきました。王太子妃殿下に感謝申し上げます」

 他人行儀な挨拶を返したジェーンに、アンリエットも慌てて習う。


 返っていく二人の姿を見送りながら、私はなんだかひどく寂しさを覚えた。もう、二人とも気楽に会ったり、おしゃべりできないのだろうか。お婆ちゃんになっても三人で一緒に買い物をしたり、お茶会をして楽しもうと話していたのに。王太子妃になんてなりたくなかったよ。私が望んだわけではない。なのに、私はもうそれを拒否することもできないんだ。その事実が、胸に堪える。


 目が潤んできた時、「王太子妃殿下」と侍女長に声をかけられた。

「あっ、ごめんなさい。お部屋に戻らなくてはいけませんね」

 私は目頭を拭って踵を返す。侍女長は珍しくお小言を言わなかった。黙って後をついてくる侍女やメイドたち。私のドレスには少し土汚れがついたままだ。このドレスも着替えなくてはいけないのだろう。私は密かにドレスのスカートをつかんで、込み上げてくる思いをグッと押し込めた。


 二度と会えなくなるわけではないんだもの。

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