表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/29

お茶会の計画

 ローマンの葬儀から三日が経った。けれど、相変わらずミレーネ嬢の行方はつかめないらしい。殿下は公務や捜査で忙しく、このところ寝室に戻るのは深夜過ぎだ。「遅くなるから、先に寝ていてもらってかまわない」と言われているから、私はお言葉に甘えて早めに寝させてもらっている。


 取りあえず、世継ぎ問題を先送りすることのしたのは、殿下も同じようだ。ただ、朝起きるといつの間にか殿下の逞しい腕を枕にしてしまっているのは大変申し訳なく思っている。だって、私はやわらかいフワフワ羽根枕より、ある程度硬さがある方が寝やすいんだもの。しかも、腕の高さがちょうど私の頭にフィットするのだ。それに目が覚めるとあの彫刻みたいな美しい顔がすぐ近くにあるのはかなり心臓に悪い。


 殿下は朝食を一緒に取ると、すぐに公務のために出て行ってしまう。顔を合わせるのは朝の短い時間だけ。それでも、朝食を一緒に取る時間は取ってくれているらしい。真面目で律儀な人だと思う。それも厳しい王太子教育の賜だろうか。まったく次期国王として、これ以上なく相応しい人だろう。国民の皆さん、この国の未来は明るいよ。今のところはだけど。


 ただ、生憎と彼の妻となってしまい離婚の道も閉ざされ、このまま王家の墓まで入ることが決定してしまった私は少しも王太子妃としては相応しくない。朝から晩まで王太子妃教育を受ける羽目になり、歩き方からお茶の飲み方まで一から習得し直しているところだ。


 生まれたての赤ん坊になってしまった気分だ。何も分からないし、なにもできない。スプーンでスープを飲む所作すら、十回以上やり直しさせられた。いったい、何が悪くて、なにがいいのかすらも分からなくて、腐ったスイカみたいに頭が爆発しそうになっている。


 しかも、この王宮の離れから一歩も出ることができず、世の中のことを知りようもない状況だ。殿下が読んだ後の新聞を読ませてもらっているけれど、どうやら件の事件についは箝口令が敷かれたらしく、急に記事に載らなくなった。いったい、何がどうなっているのやらさっぱりだ。


 さりげなく殿下に尋ねてみたけれど、事件の捜査はあまり進展していないらしい。とにかく襲撃者の足取りがつかめないのだ。殿下から聞いた話では、御者は矢で殺されていて、ローマンは背後から喉を切られていたらしい。殿下は御者が先に殺され、異変を感じたローマンが馬車を降りて確かめようとしたところ、背後から襲われたのだろうという話だ。


 つまり、犯行は単独で行われたのではなく、複数犯だったということだ。足跡は辿れていない。近隣の村や街でも聞き込みをしているようだが、ミレーネ嬢らしき女性を連れたよそ者や、不審な人物の目撃情報はないようだ。

 朝、少しも爽やかなじゃない会話をしながら、テラスで朝食を食べたことを思い出す。

「君はミレーネ嬢とは面識があまりなかったと思うが、やはり心配なのか?」

 あまり、何度も彼女のことを尋ねるものだから、今朝殿下にそう訊かれた。


「それはそうですよ!」

 彼女に一刻も早く無事に帰ってきてもらって、私は死んだことにして国外にでも逃亡しようなんてことを考えているとはきっと殿下は少しも思っていないだろう。適当に私の葬儀を挙げてもらったら、殿下はミレーネ嬢と再婚できる。できの悪い私が一から王太子妃教育を受けるよりも、すでに習得しているミレーネ嬢にその役目を果たしてもらうほうがずっといいはずだ。ローマンには悪いけれど、死んじゃったし……。ミレーネ嬢の結婚に支障はないだろう。公爵家が娘を全力で捜索しているのも、本心ではそうなってほしいと思っているからだろう。私は喜んでその役目と座を譲りますとも! 

 私もいまだ、王太子妃の大役から全力で逃げることを諦めてはいないのである。


 分厚い王室典範を広げたまま、私は書斎の机に突っ伏す。だって、無理だもの。こんな分厚いもの全部覚えるなんて無理だもの。だって見て、この厚さ。私の脳みそよりもずっと重そうだし、大きい。私は泣きそうになりながら、机の端に置かれているクッキーの皿に手を伸ばす。


 けれど、クッキーをつかむ前に皿がさっと取り上げられてしまった。そんなイジワルをするのは一人しかいない。一日中私に張り付いて、少しでもサボらないように、気を緩めないように見張っているメイスン侍女長だ。

「妃殿下。まだ休憩の時間ではございません。読み始めて五分も経っていないではありませんか」

「そんなこと言っても、文字が小さくて読みにくいし、古くさい言い回しでなに書いてあるか分からないし、難しすぎるんだよ~~~~!」

 私は子どもみたいに泣き言を言って、脚をバタバタさせる。メガネ侍女長の眉間に皺が寄り、頬がピクピクなっていた。咳払いしてメガネを直した侍女長は、「慣れてくださいませ。それと、脚は揃えておくように。そのようなお姿を見られては、笑い者になってしまいますよ!!」と厳しく注意する。


「もうとっくに笑い者になってるでしょー……今さら、気にしないよ」

「なにをおっしゃいますか。貴女様は王太子妃殿下であり、ゆくゆくは王妃となられるお立場なのです。品のない振る舞いはそのまま、殿下の評判を貶めることになるのです。お気を付けなさいませ。貴女様には、王太子妃であるという自覚が少しも足りておりませんよ!!」

 そんなことを言ったって、いきなり連行されてわけも分からずに結婚したんだもの。王太子妃の自覚なんて最初からあるはずがない。その候補に名前があがったことすらなかったような田舎令嬢だ。


「メイスン侍女長」

 私はムクッと体を起こして、毅然とした態度を取る。

「なんでございましょう?」

「ちょっとだけ、王都の子爵邸に戻っちゃダメかな? ほら、私、どさくさに紛れて結婚しちゃったでしょ? 色々、取りに行きたい荷物もあるし……お父様やお母様や、弟のフィリップにも結婚式以来会っていないのよ? 様子が気になるし、話したいこともあるわ」

 お願いと、私は自分の手をギュッと握って訴える。


「お気持ちは分かりますが、貴女様は王太子妃殿下であり、王家に嫁いだ身。お身内であっても、簡単にお会いすることはできません。どうしてもとおっしゃるのであれば、子爵家に使いを出し、王宮に来ていただくしかないでしょう。荷物も、必要なものがあるのならば、使いを出して取りに行かせます」

「じゃあ、私はいつ王宮から出られるの!?」

「ご公務の際でしょうね。ですが、今は王太子妃として相応しい恥ずかしくない振る舞いができるようになることが先決。王妃様からも、そのように仰せつかっておりますゆえ、妃殿下がご公務に出られるのはまだ先のことになりましょう」

「それじゃあ、私……監禁状態じゃない!」

 私は机を叩いて勢いよく立ち上がる。

「庭園の散策は許可されておりますよ」

 つまりそれ以外は外出禁止ということだ。この前、葬儀のために外に出られたのは、王太子殿下の特別な計らいのおかげだったというわけだ。私は椅子に腰を戻し、ぐったりして机に突っ伏した。それじゃあ、何も分からないじゃないの。世の中でどんな噂が広がっていているのかも、事件の捜査がどうなっているのかも知りようがないし、使用人たちに訊いたところで教えてはくれないだろう。このメガネ侍女長に訊いても、「妃殿下が気になさることはそのようなことではなく、礼儀作法を習得することです」と厳しい顔で言うに決まってる。


 息が詰まる。誰かにこの状況を相談したくても、相談相手もいない。侍女やメイドは大勢いるけれど、私の話し相手にはなってくれない。余計な私語は慎むようにこのメガネ侍女長に厳しく指導されているせいだ。このメガネがメガネを光らせている間は、にこやかに微笑んで「私には分かりかねます」と答えるばかりだ。


 相談できる信頼できる相手。殿下は……忙しい。それに、私が知りたいことを教えてくれるとは限らない。家族に会うことも手続きを得なければ難しい。それにお父様もお母様も、事件のことなんて知らないだろう。うちの一家は良くも悪くも暢気で、世の中の情勢に疎いのだ。弟のフィリップは小生意気なだけだし。となれば、やっぱり女学校時代の友人たちだ。屋敷に戻る振りをして会いに行こうと思っていたのに、外出もできないとなるとそれも難しいだろう。


 私は机に顎をひっかけるようにして、分厚い王室典範を睨み付ける。「妃殿下。そのような格好は品がありません。背筋を伸ばしてしゃんとお座りなさいませ!」と、メガネが注意してくる。

「そうだわ。メイスン侍女長!」

 いいことを思い付いて、私はパッと体を起こす。今度は何を言い出すのかと、警戒するようにメイスン侍女長の眉の端が少しばかり上がる。


「貴族の令嬢や婦人たちとの交流も、王太子妃としての公務の内よね?」

「ええ……ですが、そのためにもまずは礼儀作法を学ぶことが先でございますよ。今のままでは笑われて恥をかくのは目に見えておりますから」

「けれど、何事も慣れではないかしら? それに実践の中で学ぶことも多いでしょう? ですから、まずは私の親しい友人たちを招いてお茶会を催すのはどう? 私の友人たちであれば、私が少々礼儀に欠けた振る舞いをしたとしても悪く言ったり、噂を広めたりはしないわ。それに、私も緊張して失敗してしまうことはないと思うのよ? もちろん、お相手はきちんとした貴族のご令嬢たちです。ただ、私の知り合いですから、それほど身分の高い家柄の方はいらっしゃらないわ。でも、最初はその方がよいでしょう?」

 大貴族のご令嬢たちをいきなり招いて、大失敗すればいい笑い話の種にされてしまうだろう。けれど、そこそこの身分の令嬢たちを招いてのささやかなお茶会であれば、多少の失敗も問題ない。


 私の提案に迷っているのか、侍女長はメガネに手をやって考え込んでいる。確かに、社交の練習は必要だと分かってはいるのだろう。私は「ね?」と、期待を込めて見つめる。そんな私を侍女長は胡散臭そうな目をして見た。何を企んでいるのかと思われているのだろう。失礼な。企んでいるけれど、ただ情報収集して、色々相談に乗ってほしいだけだよ。だって、王宮内には私の相談相手が一人もいないんだもの! これは由々しきことだ。


「…………まあ、お茶会を開くことは反対いたしません。ただし、招待する方々のリストと、お茶会の内容については私が必ず確認させていただきます。よいですね?」

「もちろんよ! 王宮でお茶会を開くのは始めてなんだもの。メイスン侍女長頼みだわ。どうか、私に教えてちょうだいね」

 私は机の下で、「よしっ!」と密かに拳を握った。もちろん、メイスン侍女長には笑みを向けたままだ。侍女長はため息を吐くと、「それではお茶会の件は後ほど相談するとして、今は勉強に身を入れてくださいませ」と言う。

「ええ、分かっていますとも!」

 私はやる気を出して分厚い王室典範と向き合う。とりあえず、真剣な顔をして読んでいる振りをしよう。その間に、私はお茶会の作戦を頭の中で練り上げるのだ。私は心の中で「フフフッ」と笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ