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予想外の事態

「では、王太子妃殿下。おわかりかと思いますが、くれぐれも昨晩のようなことがなきよう!!」

 口うるさいメイスン侍女長に念押しされて、私は「はい、はい」と頷く。不審感を込めた視線に、慌てて笑みを作った。「もちろんですわよ。お任せくださいませ!!」と胸を張る。

 メイスン侍女長はこめかみを指で押さえつつ、「では、殿下が来られるまでお待ちください」と言って寝所を出て行った。時間は夜の十時。さっき、濃いめのコーヒーを二杯も飲んだから眠気対策もばっちりだ。


 今日も侍女やメイドが念入りに髪や体を洗ってくれたから、私のお肌はモチモチプルプルで髪も艶々だ。今まで、肌や髪のお手入れをいかに疎かにしてきたか分かるというもの。とはいえ、ただの子爵家の令嬢ではそれほど高級な化粧品や洗髪料を買えない。今だけの贅沢だ。


 誰もいなくなった寝室で、私は「さてと」と大きなベッドに飛び込む。ああ、寝具もいい香り。きっと、薔薇の香水か何かを振りかけてあるのだろう。この香りを嗅いでいるとリラックスして寝てしまうんだよね。仰向けに寝転んで天蓋を眺めながら話し合うことを頭の中で整理する。


 とりあえず、衣食住の保証はしてもらえるだろう。あと、離婚までの期間についてとか、離婚後の慰謝料について? 一年で離婚したらさすがに印象が悪くなりそうだ。せめて五年。長ければ十年? そんなに王太子妃としての務めを行うの? この私が? 分厚い王室典範を思い出して、「無理……」と呟く。せめて、三年くらいで終わらないだろうか。三年なら、なんとか耐え忍べる気がする。うん、その方向で調整してもらおう。


 ベッド脇のチェストに置かれている本に手を伸ばして、王太子殿下が来るのを待ちながら暇がてら目を通す。王室の歴史について書かれている本だ。これも覚えなければならない。女学校時代に歴史は学んだとはいえ、苦手だったからあまり覚えていない。歴代の国王の名前すら全員言えないのだ。それに、地理も勉強しなければならないし、外国語マスターする必要がある。


「もしかして、ミレーネ嬢はこの王太子妃教育が嫌で逃げたのかなぁ……」

 うつ伏せで行儀悪く本を読みながら呟く。その可能性は大いにありそうだ。きっと相当大変だっただろう。けれど、ミレーネ嬢は公爵家令嬢であり、王太子殿下との結婚は幼い頃から決められていたと聞く。そのために、小さい頃から教育を受けてきただろう。


 ミレーネ嬢は非の打ち所のない才色兼備の令嬢だと女学校時代にも聞いた覚えがある。彼女とは同じ学校に通っていたわけではないし、顔見知りでもないけれど、王太子妃候補だったのから自然と人の噂には上る。


 それなのに、いったいなんだってローマンなんて尻軽バカ男に引っかかっちゃったんだろう。まあ、その尻軽バカ男の結婚相手だった私が言うのもなんだけど。私の場合は引っかかったんじゃなくて、押しつけられたのだ。だから、別にローマンに夢中になったりはしなかった。子どもの頃から、よく知っていた相手だから。


「深窓の令嬢ほど、悪い男にひかれちゃうものなのかな……」

 いったい、どこでどんな風に知り合ったのだろう。ローマンは伯爵家の子息だから、上位貴族が顔を出すパーティーにも頻繁に顔を出していた。それは、ミレーネ嬢も同じだ。オペラ鑑賞や、舞踏会、晩餐会で出会う機会はいくらでもあったはずだ。あの尻軽ローマンのことだから、ミレーネ嬢の美貌に目を付けた可能性は多いにある。けれど、相手は王太子の婚約者だと知っていただろうに。そんな危ない火遊びをするほど分別のない男だったとは思わなかった。


 しかも、子どもまで。私は本から顔を上げて顔を顰める。大事になると分からなかったのだろうか。ミレーネ嬢までも自分の立場を忘れてしまったとは思えない。まさか、ローマンに無理矢理、襲われたとか?

 いやいや、さすがにあのローマンでもそこまで命知らずなことはしないだろう。そんなことをすれば、国にいられなくなることくらいは分かっていたはずだ。まさか、恋に夢中になってまっとうな判断もできなくなっていたのだろうか。気分が盛り上がって止められなくなる、なんて話は小説でもよくあるけれど。


 それにしても、ローマンはともかく、ミレーネ嬢は自制心くらいあったはずだ。そもそも、公爵家の令嬢で王太子の婚約者ともなれば公爵家も厳重に監視していただろうし、護衛も付けていただろう。外出するにしても侍女が必ず同伴していたはずだ。ローマンと二人きりで密会するなんて簡単にできるはずがない。もしかして、屋敷の誰かが手引きしていたとか、協力者がいたのだろうか。だとしたら、大問題だ。


「なんて、捨てられた私が今さら考えたって仕方ないんだけど……」

 そもそも、あの二人が逃亡なんて大それたことをしでかしたから、私はこうして王太子妃なんて分不相応な役目を果たさなければならない。この大役は本来、ミレーネ嬢が負うべきものだったのに。私、もしかしてミレーネ嬢から王太子妃の座を奪ったとんでもない悪女だと噂されてやしないかな。


 なんだか不安になってくる。事実がどうであれ、人はいくらでも面白おかしく妄想を広げるものだ。それに、公爵令嬢のミレーネ嬢より、しがない子爵令嬢の私の方が悪く言いやすいのも事実。そして、私には社交界に有力な後ろ盾なんてない、吹けば飛ぶような存在だ。いくら悪く言ったとしても誰に目をつけられるわけでもない。


「まあ、そんなことより……あの二人、大丈夫なのかなぁ」

 手に手を取り合って逃げ出したのはいいけれど、どこに逃げるつもりなのだろう。伯爵家や公爵家から絶縁されれば、お金も入らなくなる。宝石類は持って逃げたとしても、それで十分な生活ができるとは思えない。少なくとも、ローマンはお金がなかった。そこかしこで借金をしていたから。となれば、ミレーネの財産頼り? ローマンがまともに職を得られるとも思えない。投資の才能もない人だった。


 他人の心配しても仕方ないけれど、ちゃんとまともな生活を送っていけるのだろうかと気になってしまう。それに、ミレーネは妊娠もしているという。身重な女性が逃亡生活とは。私も一応女だから、やっぱり心配してしまうのだ。ローマンがどれだけ頼りにならない男か知っているしね。生活力ゼロだから。


 ぼんやり考えている間にだいぶ時間が過ぎたようで、時計を見れば十一時を過ぎている。

「そういえば、殿下遅いな……公務が忙しいのかな?」

 体を起こして呟く。殿下の父である国王陛下は、四年前の帝国との戦争の折に脚を銃弾で負傷し、それ以来歩くのが困難になってしまったと聞く。そのため、公式行事への出席などは殿下が担っている。公務の補佐も行っているため多忙だと、メイスン侍女長から聞いた。遅くなるのは仕方ないことなんだけど、できれば私の目がまだ開いているうちに戻ってきてほしい。でないと、昨日の二の舞になりそうだ。さすがに二日続けて爆睡していたら、メイスン侍女長から「王太子妃失格」と言われかねない。

 

 いきなり連れてこられたお飾りの王太子妃なのだから、失格も合格もないのだけど。お説教だけは勘弁してもらいたいのだ。そんなことを考えていると、「殿下がお越しになりました」と扉の外で声がした。


 ようやく来た!

 私は飛び起きて寝間着の裾を整えて、ベッドにきちんと座る。咳払いをして「はい、どうぞ」と返事をすると扉が開いて殿下が入ってくる。すでに入浴を済ませて寝間着に着替えていた。その姿にドキッとして慌てて視線を逸らす。寝間着を着ていてもわかる分厚い胸板が罪深いのよ。


「すまない。遅くなった」

「いいえ。私のことはお気になさらず。それよりも、殿下はお疲れではありませんか?」

 笑顔で尋ねると、殿下はベッドに入ってきて私と向き合う。

 こ、これは、いよいよお話があるのでは?

 清い結婚宣言をされるんだろうけど、その心の準備はとっくにできている。さあ、いつでもどうぞとばかりに私は正座したまま背筋を正す。殿下も同じように正座の姿勢だ。こうして向かい合っていると、私の心臓の音が速くなってくる。私の心臓、今ドキドキしている場合じゃないから。空気読んで!


「実は……君に話さねばならないことがある」

 深刻な表情で殿下が話を切り出す。

「ええ……私も殿下と話し合う必要があると感じておりました」

「もしかして……誰かからすでに聞いているのか?」

「い、いいえ。ですが、おおよそ想像はついております」

「そうか……」

 殿下はわずかに目線を下げて躊躇するように、一度唇を閉じる。その瞳が真っ直ぐ私に向けられた。

 いよいよだ。私はごくっと喉を鳴らし、膝の上に置いた手を握る。


「君にとってはショックなことかもしれないが、落ち着いてきいてほしい。ローマン=リスモンドが死亡した」

「ええ、そうおっしゃられると思って………………え?」

 目を丸くして殿下を見ると、彼は痛ましいとばかりに目を伏せた。私はなぜ、今ローマンの名前が出たのか分からずに思考停止していた。清い結婚宣言のことばかり考えていたからだ。

「彼とミレーネ嬢が乗っていた馬車が、林の中で発見された。西のリラン港を目指していたと思われる。だが御者と、ローマン=リスモンドはすでに死亡していた。ミレーネ嬢の行方は不明だ。状況からして連れ去れた可能性が高い」

 淡々と、殿下は事情を説明してくれる。私はそれを必死で頭の中で理解しようとした。

 ローマンが死んでいた? しかも、ミレーネ嬢が行方不明?

 無意識に、ネグリジェをつかんでいた。


「それはつまり……何者かに襲われたということですか?」

 声が少しばかり震える。そんなことはまったく予想外だったからだ。そんな私の顔を正面から捉えたまま、殿下は「ああ」と答える。それから、「大丈夫か?」と気づかうように訊いてきた。

「え? あ…………はい、たぶん大丈夫です」

 自分のことなのに、私はそんな答え方をした。血の気が引いていくのが自分でもわかる。


「いったい、どうして……」

「それは騎士団を派遣して調査中だ。公爵領からも捜索隊を出すようだ。だが……状況から考えて、ミレーネ嬢を連れ去るのが目的だったのだろう」

 なぜという言葉が、答えを捜し求めて頭の中でグルグル回っていた。ミレーネ嬢を攫ってどうするつもりなのだろう。彼女は確かに飛びきりの美人だと聞いている。女性や子どもが誘拐されて売り飛ばされることはあると聞いた。だが、捜索が行われているし、昨日の新聞にも彼女とローマンの似顔絵は出ていた。見れば彼女だとすぐに分かるだろう。そんな目立つ女性を攫って売ろうなんて、どう考えても愚かとしか言いようがない。国外に連れ出すのはさらに難しい。だとしたら、ただ慰み者にするため?


 その可能性はある。賊にとっては格好の餌食だ。散々弄んで最後には始末してしまう。そんな話、いくらでも新聞に載っている。そのことに、私はゾッとした。


「襲ったのは……賊でしょうか?」

「それは分からない。だが……ただの賊ではないと思う。王都に運ばれてきた遺体を見た。おそらく殺しを生業にしている者の仕業だろう。ただの賊であればもっと杜撰な殺し方をしている」

「殿下自ら、確かめに行かれたのですか!?」

「ああ……確認しなければならないことがあったからな。今回の事件の捜査は自警団に任せるわけにもいかないから、騎士団で預かることになった」

 しかも、遺体を検分してきたなんて。けれど、彼は軍に所属していた時期もある。戦争にも参加しているから人の死体を見ることにも慣れているのかもしれない。ただの王子様というわけではない。

 そうか、ミレーネ嬢が攫われているから。彼女は王太子妃候補であり、彼の婚約者でもあった女性だ。本来なら今頃、夫婦としてここにいたのは私ではなく、ミレーネ嬢だ。その身を心配するのは当然のことだろう。本当なら、自分自身で捜索に向かいたいくらいなのかも。

 私は唇を少しギュッと引き結んで殿下を見つめる。そんな私を、彼も深刻な表情で見ていた。

 沈黙が重い。こんな話をする予定ではなかったのに。清い結婚宣言どころではない。


 けれど、ただの賊でなければ、ミレーネ嬢だけを攫った理由はなんだろう。殺しを生業としている者なら、誰から依頼を受けて馬車を襲撃したはずだ。そうなれば、ミレーネ嬢をただ慰み者にするために攫ったりはしないだろう。用がなければ、彼女も同じようにその場で殺されていたはずだ。 

 彼女だけを攫う理由なんて、私にはさっぱり思い浮かばない。誘拐して身代金を公爵家に要求するとか? 彼女は公爵家に泥を塗った形で出奔しようとしたのだ。公爵家が彼女のために身代金を払うとは限らない。むしろ、絶縁を理由に断る可能性だってある。


 私は頭を抱えたくなった。こんな難しい問題、ただの小娘でしかない私には分からないよ。

「そうだ。もしかすると、ミレーネ嬢は逃げてどこかに隠れているのかも!」

 私はパッと顔を上げる。そうだ。ローマンや御者が襲われている間に、その場を脱出した可能性だってあるのだ。だとしたら、彼女は無事かもしれない。そうであってほしかった。殿下のためにも……。


「その可能性も考慮して、周囲を捜索させている。ただ……」

 殿下は最後まで言わず口を噤む。その可能性は低いと思っているのだ。殺しを生業としているものが、目撃者をみすみす逃すはずがない。まして、貴族のご令嬢が追っ手を振り切って林の中を逃げ切ることなどほぼ不可能である。だとしたら、襲った者の手に落ちたと考えるのが妥当だ。ただ、救いはその場に彼女の死体がなかったことだけ。まだ生かされている可能性が高い。どのような状況に置かれているのは分からないいが。


「ローマン=リスモンドの葬儀は明後日行われるそうだ」

「そう……ですか」

 明日、すぐに行わないのは検死が終わっていないからだろう。

「……君は、行きたいのではないか?」

「え?」

 殿下は私からわずかに視線を逸らし、言葉を選ぶように続けた。

「君の初恋の……相手だったのだろう」

「ええ~~!? 初恋!? いいえ、違いますよ」

 私はびっくりして、首を左右に振った。いったい、どこからそんな間違った情報が殿下の耳に入ったんだろう!


「違うのか? 調査報告書ではそう……」

 調査されていたんだ……。

 それはそうだよね。いくら急ごしらえとはいえ、結婚相手のことを何も調べないはずがない。王太子妃として少しでも醜聞になるようなことがあれば、連れて来られなかったはずだ。幸いにして、私は田舎暮らしで、ローマンとの関係も清く正しいものでしかなかったから合格とされたのだろう。


「いや、気を悪くしないでくれ」

 彼は私が遠い目をするのを見て、片手を上げて言った。

「いいえ、気にしてません。当然だと思います。でも、その調査報告は大いに間違っています! もう一度、調べ直して貰ってもかまいませんけど、ローマンは親同士が決めた婚約者であって、恋人であったわけじゃありませんから! ローマンは私以外にたくさん恋人がいたんです。わざわざ私と親密になりたいとも思っていなかったでしょう。私も同じで、結婚は義務だと割り切っていましたから。それに、ローマンのような軽薄な男は少しも趣味じゃないんです」

「そうか……それは誤解してすまなかった。調査報告書は修正するように指示を出しておこう」

「是非とも、そうしてください!」

 彼が初恋の相手だなんて、名誉毀損だと訴えたいくらいだ。私はそこまで趣味は悪くない。とはいえ、それはローマンと共に逃げたミレーネ嬢のことを考えると言えない。本当に、どうして才色兼備のお嬢様があんな男に。ローマンなんかに引っかからなければ、襲撃されて攫われることもなかっただろう。私は彼女が心底気の毒でなからなかった。


「でも……ローマンの葬儀に行けるなら、行きたいです」

 私は正直な気持ちをポツリとこぼす。恋だの愛だのとは関係ない。ただ、幼い頃から婚約者として接してきた相手だ。ローマンはどうしようもない男だったし、結婚式をすっぽかして別の令嬢と逃げ出すような最低男だ。捨てられた私が同情することもないのだけど。それでも、優しいところもあったのだ。バカでアホで、とんでもない尻軽の女たらしで、しょうもない人だったけど。楽しませようとしてくれたり、落ち込んでいたら笑わせようとしてくれたり。友人として――憎めない人でもあったのだ。だから、ミレーネ嬢もほだされてしまったのかもしれない。


「好きとか嫌いとかわからないけれど……でも、最初に花束を贈ってくれた男の人のことは、なかなか忘れられないものなんですよ」

 私はぎこちなく微笑んだ。本当に、バカなローマン。

 なにも死ぬことないじゃないの。結婚式をすっぽかしたことは怒っているけれど、恨んだりはしなかった。私だってローマンにとって最良の婚約者でいられたわけではない。平凡な顔だし、特技だってない。刺繍だって下手くそで、おまけにしがない子爵家の令嬢。ローマンにとって、この婚約は望んだものではなかっただろう。もっと他の令嬢だったら、彼も逃げだそうなんて思わなかったかもしれない。

 私にだって悪かったところや、反省するべきところはたくさんある。だから、一方的に彼の行いを責める資格はない。


 逃亡中に襲われて殺されるなんて。そんな目に遭ってほしかったわけじゃない。せめて、遠くに逃げて精一杯、ミレーネ嬢とその子どもを守って幸せに暮らしてほしかった。それが駆け落ちした者の責任というものだったはずだ。

 

 あまりにも哀れで気の毒だから、せめて葬儀で別れの挨拶くらいはしてあげたいのだ。

 ローマンは「なんだよ、そういうところがかわいくないんだ。アイビーは」と、笑って言いそうだ。

 

「そうか……では出席できるように手配しよう」

「いいのですか?」

「見送りたいのだろう? 君はすでに王太子妃だ。公に出席するのは控えた方がいいが、離れて見送るくらいはできる。私も同行しよう」

「えっ、殿下も行かれるのですか?」

 ローマンは伯爵家の子息ではあるが、殿下とは面識がないはずだ。参加する理由はない。

「ああ……君の夫だからな」

「殿下は……あの……心配ではありませんか?」

 私はうつむいて尋ねる。

「ミレーネ嬢のことか?」

「ええ、そうです。今だ、行方はわからないままですし……」

「そうだな。できるだけ早く、見付かってほしいと思っている。だが、利用価値があると思われている以上、生かされているはずだ」

 殿下の声は相変わらず淡々として、そこに感情が見えない。だが、きっと心の中は穏やかではないだろう。その証拠に彼の手はずっと膝の上できつく握られたままだった。


 本心では、すぐにでも助けに行きたいのではないだろうか――。

 上掛けをかぶって横になってからも、私はしばらく眠れなかった。


 


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