事件の結末2
ミレーネ嬢と会う場を設けてもらったのは、二日後の事だ。私は殿下の後について、近衛騎士団の詰め所に向かう。厳重な警備なのはどうしても仕方ないのだろう。用意してもらった部屋に入ると、彼女は椅子に腰を掛けて静かに座っていた。飾り気が一つもない修道女が着るようなグレーのドレスを着て、アップした髪にも一つの飾りもついていない。それでも、彼女の凛とした美しさは変わらなくて、むしろどこか張り詰めていた雰囲気がなくなり、落ち着いているように見えた。
私は彼女に歩み寄り、「ミレーネ様」と声をかける。彼女は立ち上がると、スッと綺麗なお辞儀をした。
「王太子妃殿下、私の無理な願いをお聞き届けいただき、ありがとう存じます」
「やめてくださいよ。そんな畏まるのは……」
私は今までにない慇懃な態度を取られて慌ててしまった。
「いいえ、今までの私の殿下に対する振るまいは、恥ずべきものでした。お許しください」
「あの……ミレーネ様。ほら、座りませんか? お茶とお菓子を持ってきたんです。毒は入っていませんから、安心してください」
私が持っているバスケットを見ると、ようやく頭を上げたミレーネ嬢はフッと表情を和らげた。
向かい合って座り、私はバスケットの中からティーカップやポット、お菓子の皿を取り出して並べる。私がポットを手に取ると、ミレーネ嬢がビックリした様子で立ち上がった。
「妃殿下、自らお茶をおいれになるのですか? それはいけません」
「いいんです。座っていてください。それに、言ったでしょう? 畏まらないでくださいって。ここには、私とミレーネ様だけです。遠慮はいりません。それに、ミレーネ様に畏まられると……私、とっても変な気がします」
「変な気……そうですね。今まで、私の態度は褒められたものではありませんでした。仮にも王太子妃となられた方に……」
ミレーネ嬢は座り直し、目を伏せる。窶れていらっしゃるように見えた。それはそうだろう。あまりにも色々な事がありすぎた。私よりもきっと、彼女の方が苦難の連続だっただろう。
私はお茶を注いでカップを渡し、自分の紅茶もいれて腰を下ろす。
沈黙が落ちる中、フィナンシェに手を伸ばして口に運んだ。
「ミレーネ様も食べてみてください。おいしいんですよ! やっぱり、王宮の料理人は一流ですね」
「ええ……存じております」
ミレーネ嬢はどこか懐かしむように微笑み、フィナンシェをつまむ。それを上品に口に入れると、涙ぐんでしまっていた。
幼い頃から王太子妃候補として、王宮にはよく出入りしていたのだろう。私なんかよりも、ずっと王宮の料理やお菓子を食べてきた人。本来なら、こんな風に冷遇されていい人ではなかったはずだ。どこで、どう違えてしまったのだろう。私はそれを聞きたい。
「ミレーネ様……お話いただけるなら、私は殿下にミレーネ様の身の安全と生活の保障をお願いしようと思います。決して悪いようにはいたしません。殿下がダメなら、国王陛下に直談判もするつもりです。ミレーネ様が私を陥れようとしていたわけではない事は、私は十分に知っています。あの聖母祭の日も、ミレーネ様は私を心配して名前を呼んでくださっていたではないですか……」
「王太子妃殿下は……」
「アイビーです。アイビーと呼んでください。その呼び方は、正直まだ慣れていないんです」
「それではいけません」
困ったような顔をするミレーネ様には、私はひどく危なっかしく見えるのだろう。王太子妃となるための完璧な教育を受けてきたのだ。
「でも、その方がいいんです」
「……分かりました。では、アイビー様。私はズルい人間です。父に陥れられたと、言い逃れする事もできるでしょう。けれど、そうでない事は私自身がよく分かっています。ですが、私が父の企みを知りながら協力した事は紛れもない事実です。それに、私は父を止めなかった。本来ならば、どんな方法を用いてでも父を諫めるべきでした。そうしていたら、公爵家も父も、私も……家名に泥を塗るような真似はしなかったでしょう。私は自分の身の安全を保証していただくために、この場を設けていただいたのではありません。アイビー様には、知る権利がおありになる。そう思うからこそ、お話しせねばならないと覚悟してこの場に参りました」
彼女は目を伏せ、事の起こりについて私に打ち明けてくれた。
「そもそも、全ての事の元凶は私の行いなのです……それだけでも、私はとても許されていい身ではないのです。結婚式の当日、ローマン=リスモンド様に私を連れて逃げてくださるようにお願いしたのは、私なんですもの」
「えっ…………」
私は驚いてミレーネ様を見る。私はてっきり、ローマンの方がミレーネ様を誑かしたんだと思っていた。彼女は私を見て、後悔の滲む表情で微笑む。
「その結果、アイビー様もリスモンド様も巻き込む結果となってしまいました。まして、あの方が殺されるなど……思いもしていなかったのです。私が浅はかだったから、自分の行いの結果すら想像できてはいなかった」
私はミレーネ様がローマンの事を、リスモンド様と他人行儀に呼ぶ事に違和感を覚えた。私に遠慮しての事だろうか。
「ミレーネ様、不躾な事をお尋ねします。ミレーネ様とローマンはその……えーと、どうして親しくなったのです? 私にはそれが分からないんです。私の知るローマンは、確かにちょっとばかり顔は良かったですけど、行いも性格も褒められたものではありませんでした。ミレーネ様ほどの方ならば、ローマンでなくてももっと他に選びようがあったと思うのです。それに、正直言いますが……殿下の方がずっと、百倍いい男ですよ?」
私はドアの外の護衛に聞こえないように声を潜める。ミレーネ様は目を丸くして、フッと優しい表情になる。それが彼女の素の表情なのだろう。
「リスモンド様と私は関係を持った事はないのです」
ミレーネ様の告白に、私はびっくり仰天して思わず大きな声を上げてしまいそうになった。それを紅茶と一緒に飲み込んで、改めて彼女を見る。嘘偽りを言っているようには見えない。
「それなら……」
「私のお腹にいた子の父親は……別の方でした。守ってあげる事ができませんでしたけど……」
「で…………んかの子……だったとか?」
私は喉をゴキュッと鳴らして、少々動揺した声で尋ねる。ミレーネ様は「え?」という顔をして、すぐに「いいえ、まさか」と首を振った。
そうですよね~~。うん、殿下は生真面目な方だから、いくら婚約者とはいえ結婚前に手を出したりしないだろう。結婚しても手を出してこないような人だ。
「殿下はそのような方ではないことは、アイビー様もご存じでしょう。それにもし、殿下との子であれば、父はむしろ喜んだでしょう。あの人は私を王家に嫁がせる事だけが悲願でしたから」
「そうですよね……」
これは、私が聞いてもいい話なのだろうかと、脇に汗が滲んでくる。ミレーネ様はローマンとも、殿下とも関係していない。となれば、親密な関係になっていた別の誰かがいたという事だ。ミレーネ様って、そんな奔放な性格だった!?
こんな聖女みたいに清らかな雰囲気をまとっているのに。けれど、人は見た目では分からない。でも、やっぱり、私にはミレーネ様があちこちで男性と関係を持つような人には思えない。もしそうなら、とっくに噂になっていただろう。
「すみません、びっくりしすぎて……そのお相手の方というのは? もちろん、お話ししたくなければ、答えなくてもかまいません」
まさか、素性も知れない行きずりの相手と一夜の熱にほだされて、関係を結んでしまったなんて事はないよね!? それはとんでもないスキャンダルだ。
「…………アルコンシア帝国の王子が少し前、留学されていた事はご存じですか?」
「あ、それは聞いた事が……待ってください。まさか……セブリ…………!?」
私はリオンから聞いた話を思い出して、自分の口を塞ぐ。ミレーネ嬢は小さく頷いた。
ああ、なんて事――。
私は行儀悪くテーブルに突っ伏したくなってしまった。アルコンシア帝国の第四皇子であるセブリアン皇子が留学していたのは知っている。そのセブリアン皇子がローマンを気に入って、一緒に遊び歩いていた事も聞いた。両手で顔を覆っていた私は、落ち着くためにフゥと息を吐く。
「つまり……ローマンがお二人の仲介をしていたんですね」
「ええ……そうです」
ローマン……あなたね。なんてとんでもない事をしてくれているのよ。私は元婚約者として、頭が痛くなった。王太子の婚約者ともあろう人が、他国の皇子と密会して妊娠までしていた。こんな事が知れ渡ったら、スキャンダルどころの話ではない。まかり間違えば国同士の問題となる。第四皇子とはいえ、セブリアン皇子も皇位継承権はある。
「私は……自分が王太子妃となる事に耐えられなかったのです。殿下がよい人だという事は分かっています。あの方なら、政略的に決められた相手であったとしても、大切にしてくださる。その事も分かっていました。けれど……私は息苦しくて。父はどうしても、私を王太子妃にしたかったのです。私はそれが苦痛でたまらなかった。重圧に耐えられるほど強くない。私は殿下の隣に並ぶ資格など最初からなかった……私は逃げたかったのです。何もかも捨てて……自分が自分でなくなるようで……人形のように父の傀儡として生きる事が嫌だった。王太子妃になって、世継ぎを産んだとしても、その子は父の意のままに操られる事になるでしょう。そのための道具でしかないのです。私は父に逆らえません……あの人が怖かった。生まれてくる子にまで同じ思いをさせたくはなかった」
胸を押さえて抱えていた想いを吐き出すミレーネ嬢の声は震えていて、聞いている私まで苦しくなる。
きっと、それを殿下には言えなかったのだろう。その気持ちも分かる。言えば、殿下はきっと彼女を守ろうとした。けれどそれは、公爵家と王家の分断を生む。
「卑怯でしょう? アイビー様……私は貴女が王太子妃になられたと聞いた時、心底ホッとしたんです。もうこれで、私は役目から解放される……重荷をもう背負わなくてもいいのだと思えた。貴女の結婚式を台無しにして、結婚相手のリスモンド様は私のせいで殺されたというのに……私は貴女に全てを押しつけられた事を喜んだんです」
下を向いたミレーネ嬢は自嘲気味に告白する。その頬が涙で濡れていくのを、私は言葉もなく見つめていた。彼女に何の罪もないとはいえない。私もローマンも、そして殿下も彼女の身勝手な振る舞いに巻き込まれた。それでも、私には彼女を責められない。
彼女が逃れたかったのは公爵家であり、父親だったのだろう。自分が王太子妃になって王子を生み、その子がいずれ王位に就けば、公爵家の権勢は増す。彼女の父である公爵は外祖父として政治を壟断するのは目に見えている。自分もそして生まれてくる子も、その手駒にされると彼女は嫌というほど理解していたはずだ。だから――切り離したかったのではないか。王家と公爵を。
私なら、後ろ盾になるような有力な縁故もない。しょせん、しがない子爵家だ。私が王太子妃になったところで、父は孫をチヤホヤするくらいで野心なんて抱かない。出しゃばってくる親戚もいない。王家にとってはむしろ都合がよく、他の貴族たちからしてみても、脅威になどなり得ない。
私と殿下の結婚にはそんな思惑もあったのだろう。あの結婚式当日の混乱の間に、いったいどれほど人間が裏で動いていたのか。
「だからといって……なぜ、他国の皇子と?」
それが国同士の問題に発展する事くらい、賢いミレーネ嬢には分かっていたはずだ。
「ただの……気晴らしだったのです。最初は……」
ミレーネ嬢は苦い表情で答える。
王太子妃教育が嫌でたまらなくて、幼い頃からついてくれていた侍女に頼み、時々夜の街に出かけるようになったのだと、彼女は打ち明けてくれた。そんな時出会ったのが、ローマン=リスモンド。遊び人だった彼は、深窓の令嬢だったミレーネ嬢に知らない世界を見せてくれた。非合法な賭博場や、仮面舞踏会。そういった場所では、誰も彼女の素性を詮索しない。息の詰まるような日々の中で、自分が自由になれる場所を知れば、誰だって夢中になる。
ほんの息抜きで、ささやかな遊びだったのだろう。けれど、ローマンを介してセブリアン皇子と出会った事で、遊びが遊びではなくなってしまった。セブリアン皇子が頻繁にローマンを連れ回していたのも、おそらくミレーネ嬢との関係を隠すため。皇子は彼女の素性に気付いていて、いずれ王太子妃になる高貴な女性だと分かっていたはずだ。
「ミレーネ様は……本気だったのですか?」
私がおずおずと尋ねると、彼女はただニコリと微笑んだ。その目の奥に深い悲しみが宿っているようで、私は胸が痛くなる。どうして、こんなに人と人との関わりは侭ならないものなのだろう。
「この事は公爵はご存じだったのですか?」
「ええ。結婚式前にセブリアン皇子との関係は打ち明けたのです……そのような身で、殿下に嫁ぐわけにはいきません。ですから、父に結婚を取りやめていただくようにお願いしました。殿下に打ち明けようとしたのですが……父は式当日まで私を王宮へは行かせてくれませんでした。事実を全て隠して嫁がせるつもりだったのでしょう。子ができた事を知ったのは……結婚式の二日ほど前の事でした。父に知られるのが怖くて……知られれば、私のお腹の子は殺されてしまう。ですから、リスモンド様に縋る他なかったのです」
ミレーネ嬢とセブリアン皇子との関係を知るのはローマンだけだ。その頃にはセブリアン皇子も帰国してしまっていた。相談できる相手は他にいない。
ミレーネ嬢に打ち明けられたローマンは、結婚式当日に彼女を連れて逃げ出す事にしたというわけだ。
おそらく、ミレーネ嬢を国外に連れ出すつもりだったのだろう。しかし、それを公爵が許すはずもない。公爵が送った犯罪者ギルドの手の者により馬車は襲われ、ミレーネ嬢は公爵家に連れ戻された。令嬢と皇子の関係を知る者を、公爵が生かしておくはずもない。ローマンは口封じのためにその場で殺された。
なんて、バカなんだろう。自分の恋人でもない令嬢のために、彼女を逃がそうとして殺されるなんて。
自分の結婚相手は教会に置き去りにして見向きもしなかったくせに。
でも、子どもの頃から彼をよく知っているから、分かってしまう。
軽薄で、綺麗な女性を見れば手当たり次第に口説いていた女好きのローマンは、特定の誰かに執着した事なんて一度もなかった。甘い言葉を吐いて女性をチヤホヤするくせに、何度か遊べば飽きて別の女性を追い掛ける。そんな事の繰り返しだった。
恋愛という遊びを楽しんでいただけ。本気で誰か一人の女性を愛した事なんてないのだと思っていた。けれど、そのローマンが自分の身も顧みずに、ミレーネ嬢を逃がそうとした。他の女性ならいくら頼まれたってやらないだろう。むしろ、面倒事は嫌う性格だった。
その理由は、一つだけだ。本気で彼女を愛していたから。そのミレーネ嬢は他国の皇子様と恋仲になってしまったというのに。どんな想いで、彼女に尽くそうとしていたんだろう。
本当にバカな人だ。あまりに彼が哀れで、報われなくて、私まで泣きたくなってくる。
あなたに、そんな崇高な騎士のような真似、似合わないでしょう?
一人の女性のために、その身を捧げて命を落とすなんて。きっと、「そうだね、バカだったよ」と彼が天国で笑っている気がした。微塵も後悔なんてしていないくせに。それどころか、自分のバカな行いを誇らしく思っていそうだ。
教会に置き去りにした自分の結婚相手の事なんて、たぶん少しも頭になかっただろう。それとも、少しは気にしてくれていたのか。
「悪かったと思っているんだ。でも、アイビーなら分かってくれると思ってね」
なんて、ヘラヘラ笑っている顔が目に浮かぶようだ。
腹立たしくて、どうしようもない人。
なんて事をしてくれたのと、引っぱたいてやりたくなる。それでも、やっぱり彼の気持ちを分かってしまうのだから、私も心底嫌いではなかったのだろう。
◇◇◇
連れ戻されたミレーネ嬢の妊娠を知ると、公爵はすぐに屋敷に医者を呼んだようだ。子供を奪われ、絶望の淵に追いやられた彼女は、もはや公爵に逆らう気力すらも残っていなかった。父親の言うなりに、国王陛下に訴えを起こした。あの公爵の事だ。役立たずの娘の命なんてなんとも思ってはいなかっただろう。
けれど、公爵が私の暗殺を企てている事を知って、全てを告白する事に決めたという。それが、あの聖母祭の日の事だ。けれど、その行動も父親に監視されており、まんまと私をおびき出す事に利用されたというわけだ。
話し終える頃には、ポットの紅茶は冷たくなっていた。
「…………これが全てです。愚かな行いをしたのは分かっています。私は自分の罪から逃れようとは思いません。今の証言を元に、父の裁判を行ってくださってもかまいません。裁かれるべきものは、裁かれなければなりませんもの。その結果、公爵家が取り潰しになり、父と私が処刑される事になったとしても恨みはしません。王太子妃殿下のご判断に全てお任せいたします」
覚悟を決めたように、ミレーネ嬢は揺らぎのない瞳で私を見つめる。
「王家はすでに公爵家の処分を決めています。今さら、それを覆す事ないでしょう。公爵を処刑などすれば、それこそカストリアン公爵家派閥の貴族が黙っていませんよ。それに大貴族が処刑されるなんて、国内に不安を広げるだけです……いい事なんて一つもありません。だったら、私は陛下と殿下がお決めになった通り、公爵が隠居する事で決着を付けるのが最善と考えます。ただ、リスモンド伯爵家に対しては相応の賠償金を払う必要はあるでしょう。ですがそれは……私が決められる事ではありません。公爵家と伯爵家で話し合いをなさるべきです」
「ええ……リスモンド様には申し訳なかったと思っています。心から信じられた友人はあの方以外にいなかった」
「でも……ミレーネ様はいつも多くのご友人に囲まれていたではありませんか」
私が驚いて訊くと、彼女は「いいえ」と首を振る。
「他の方々は私が王太子妃候補で、公爵家の令嬢だったから近付いてきただけ。本心から話せる相手ではありませんでしたもの」
公爵家でも、王宮でも、周りは敵ばかりだったという事なのだろう。確かにそんな状況の中で生きていれば息も詰まる。ローマンは軽い男だったけど、本気で愛したミレーネ嬢を裏切るような事はしなかった。その証拠に、彼女とローマンの噂なんて少しも耳に入ってこなかったのだから。ローマンが彼女との事を誰にも明かさなかったのは確かだ。
「ミレーネ様、もしかして投げやりになっていらっしゃいますか?」
私が率直に尋ねると、彼女の表情がわずかに強ばる。図星だったからだろう。
「ダメですよ。自分はもうどうなってもいいと思う気持ちは分からないでもありません。私だって、そんな気持ちになる事はありますもの。でも、自分の行動の結果は自分で取らなければいけません。ミレーネ様のこれからの生き方を決めるのは、他でもなくミレーネ様です。ようやく、公爵家から解放されたのですから……今こそ、自分のやりたい事をやってはどうですか?」
「私のやりたい事……ですか?」
「ええ、そうです。ローマンを見習って奔放に生きるもよし、国外に行くのもよし。他人の評判や顔色なんて気にする事はないでしょう? あなたに幸せになってもらわないと、協力したローマンが報われないではありませんか……」
「…………そうでしょうか」
「ええ、そうです。それが一番の償いだと思います。そして、あなたへの罰です」
「罰?」
「自分の人生を、自分で決めて、自分で責任を取る。誰かに言われるがままではない人生は、きっと怖いと思います。だってそうでしょう? 夜の道を一人で進んでいくようなものです。ミレーネ様は、殿下に……自由がほしいと言われたのでしょう? 多くの人を巻き込んでも手に入れた自由ではありませんか。たとえどれほど大変でも、選んだ道を進むしかない。私も同じです。選んでここにいるのですもの。投げ出したりはしませんよ。だから、安心してください。ミレーネ様の代わりは……うまく務まるか分かりませんけれど、しっかりやるつもりです。殿下の事も、幸せにしてみせます。だから、あなたもあなただけの幸せをしっかり見つけてください。それ以上に、私がミレーネ様に望む事なんてありません」
大きく目を見開いたミレーネ様は堪えきれなくなったように、両手で顔を覆う。子どもみたいに声を上げて泣き出した彼女に、私は慌ててしまった。立ち上がって、あたふたしながらハンカチを差し出す。彼女は私にしがみつくようにして、しばらく泣き続けていた。
本当に、色々溜め込んでいて限界だったのだろう。私は「大丈夫ですよ」と、彼女の髪を撫でた。
「アイビー様……ごめん……さい…………ごめんなさいっ!!」
嗚咽を漏らしながら謝ると、彼女はハンカチを握り締めて大泣きする。きっとその声は外の護衛にも、そして殿下にも聞こえていただろう。




