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事件の結末1

 私は意識を失ってしまって三日ほど眠りこけていたから知らなかったけれど、その間、王都ではかなりの大騒動になっていたようだ。まず、カストリアン公爵が捕らえられた。ただ、罪状はローマン殺害容疑だ。

 

 逃亡したミレーネ嬢とローマンが乗った馬車を、犯罪ギルドの者を使って襲わせた件に公爵が関与していた事はすでに調べがついているらしい。それを調べていたのは、リオンと第二隊の騎士団だ。襲った犯人はすでに殺されていたけれど、犯罪者ギルドを摘発した結果、公爵が依頼を行った証拠はすでに押さえられている。ただ、公爵は「娘を連れ戻そうとしただけ」と主張していて、ローマンと御者の殺害は命じていないと言い張ってるようだ。あくまで、公爵の依頼は娘の捜索であり、ローマン殺害は偶発的な事故と片付けるつもりなのだろう。


 王太子妃拉致と暗殺については、公爵家が関係している証拠が挙がっていない。否定されれば、それ以上の追及はできない。私の証言だけでは、いくらでも言い逃れられてしまう。

 それに、カストリアン公爵が裁かれて公爵家が取り潰される事になれば、その影響は甚大なものとなる。王家としても内乱の火種となる事は避けたかったようで、公爵が引退して一切政治に関わらない事で決着を付けたようだ。


 殿下は今回の処分にかなり苦々しい顔をしていた。国王陛下の処分は甘いと詰め寄ったとも聞いている。けれど、明確な証拠もないのに公爵を裁けば、今度は王家に対する反発が強くなる。公爵家派閥の貴族からも嘆願書が送られてきていたようだ。私も公爵を処刑台に送ってほしいわけじゃない。殿下に「私は陛下のご判断は正しいと思いますよ」と伝えておいた。私としても、それ以上は望まない。生きていたんだもの。それだけで十分だ。

 

 公爵の代わりに後を継いだのは、ミレーネ嬢の弟だ。けれど、彼はまだ十二歳と幼い。今後、カストリアン公爵家の影響力も減るだろうと、社交界では噂されており、すでに公爵家から距離を置こうとする貴族も出ているようだ


 私は薔薇園の四阿で、紅茶をゆっくり飲む。

 目を覚ました時に、まず最初に目に入ったのは私の手を握り締めている殿下のひどく疲れた顔だった。どうやら、公務も休んでつきっきり看病してくれていたらしい。カストリアン公爵の身柄を拘束してから、翌朝には私の捜索のために王都から出たと聞いている。先に森で馬車や私のドレスの切れ端を見つけたのはリオンとセシーナだ。二人が殿下に知らせて捜索隊が編制されたから、森の中を彷徨っていた私は見つけてもらえた。あと一日遅ければ、たぶん、もう力尽きていただろう。かなり衰弱していたと、お医者様も話していたから。


 もちろん、目を覚ました私は療養生活に突入。二十四時間、見張りを付けられる事になったのだけど、おかげでこうして起き上がれるくらいまでに回復した。

「まったく、自分から抜け出すなんて信じられない……おかげで、僕らがどれだけ大変だったのか分かっているのか!?」

 王太子妃としての自覚がないと、リオンは腕を組んで顔をしかめている。

「ごめんなさい……でも、仕方なかったのよ。一人で来いって書いてあったし」

「一人で来いって書いてあったからと、本当に一人で行くやつがあるか!」

「そうですよ! それは罠です。自分からノコノコ引っかかりに行く人がありますか!」

 リオンとセシーナの二人にお説教されて、私は首を竦めた。

「いや、だって、ほらね……そういうのは信頼が大事でしょ? それに大勢引き連れていったら、ミレーネ様だって本心を話してくれないと思って」

 リオンは額を押さえて、「死ぬところだったんだぞ」と呆れていた。二人に多大なる迷惑をかけた事は分かっておりますとも。それに、私だってあんな怖ろしい目に遭ったのだ。すっかり懲りているし、反省もしている。


「殿下なんて、一睡もなさっていなかったんですよ……」

「そうだ! 貴様のせいで殿下が倒れでもしたら、どうするんだ!! 殿下に余計な心配をかけるなど、王太子妃としてあるまじき事だ」

「……そんなに心配してくれてた?」

「当然だろう!」

「そうです。当然です」

 二人が大きく頷く。私はカップを置き、頭を抱えてハァと深く息を吐いた。どうやって謝ろう。それとも、もう謝っても遅いのだろうか。大きな失態をしでかした事は間違いない。


「それで……カストリアン公爵令嬢からは、話を聞き出せたのか?」

 リオンに訊かれて、私は首を振る。

「その前に気を失って連れ去られちゃったから」

「やはり、令嬢も共犯という事か」

「それは違うと思うわ。公爵はミレーネ様の行動も監視していたのよ」

 ミレーネ様は騎士に囲まれた私を、何とか助けようとしていたように見えた。

「自分が監視されている事が分かっていたなら、お前を呼び出した事も当然父親に筒抜けになっている事も分かっていただろう。それなのに、呼び出してお前を危険に巻き込んだ。無実とは言えない」

 鼻白むように言うリオンの隣で、「そうですね」とセシーナも頷いていた。


「ミレーネ様はどうしているの?」

 私が尋ねると、二人は視線をかわす。

「なに? どうしたの? まさか、罪に問われたとか?」

「カストリアン公爵令嬢は、今……身柄を拘束されて地下牢に幽閉されています」

「幽閉!? しかも、地下牢!?」

 あの高貴なミレーネ嬢が、そんな状況に陥っているなんて知らなくて、私は驚きの声を上げた。

「私のせい? でも、公爵家は私の拉致に関わっていない事になっているのよね?」

「……公爵家は令嬢を切り捨てた。それだけの事だ」

 不快そうなリオンの言葉に、私は絶句する。娘に全ての罪を着せて、自分は隠居だけで済ませるつもり? 公爵はそれでも人の親だろうか。


「別に驚くような事でもないだろう。貴族の家族関係なんてその程度のものだ」

 貴族にとって大事なのは、家名を守る事と一族の存続だ。そのためには、娘一人くらいいくらいでも捨てるという事なのだろう。田舎貴族の子爵家では到底、理解できない考え方だ。

「でも……あんまりじゃない。王太子の婚約者だった時には大事にしておいて、利用価値がなくなったからどうなってもいいと? そんなの……ミレーネ様があんまりだわ」

「私もそう思いますが……カストリアン公爵令嬢がそれを望んだとも聞きましたよ?」

 セシーナが私のカップに紅茶を注いでくれる。私は「え!」と、彼女を見上げた。


「家に戻される方が怖かったのかもしれませんね」

「あっ、そうね……そうだわ……」

 公爵家に戻れば、父親は娘の失敗を許さないだろう。ミレーネ嬢が全ての事を話せば、公爵は窮地に立たされる。おそらく、今度こそ処刑は免れられないだろう。それを怖れた公爵は、娘を生かしておくだろうか。生かしておいたとしても、もう二度と外には出してもらえないだろう。領地の修道院か、離れの屋敷に閉じ込められる。


 殿下は多分、彼女に会いに行って事情を聞こうとしただろう。ミレーネ嬢は真実を話しただろうか。

 けれど、彼女が全ての罪を着せられて処罰されるなんて、私は納得がいかない。彼女にまったく罪がなかったとは言えないかもしれない。けれど、地下牢に閉じ込められるほどの罪を犯したとも言えない。その罪は、彼女ではなく企てた父親が背負うべきものだ。父親である公爵が隠居だけで許されているのに、彼女が幽閉されるなんて公平ではない。むしろ、ミレーネ嬢は利用された立場なのだから、情状酌量の余地はあるはずだ。


「公爵家の令嬢に同情しているようだが、自分がどんな目に遭ったのか忘れたわけじゃないだろう」

「忘れてはないけど……それはミレーネ様の企んだ事ではないでしょう?」

「それでも、許される事ではない。王太子妃暗殺未遂なんて、本来なら処刑されてもおかしくはない」

「私はミレーネ様に暗殺されそうになった事なんてないわよ。彼女に呼び出されたのだって、私が話をしたいって言ったからだもの」

 それに、これ以上誰かの罪を問いたくはない。公爵が裏で糸を引いていたとしても、ミレーネ嬢が王太子妃になれる見込みがまったくなくなった以上、もう私の命を狙おうとはしないだろう。その理由がなくなってしまったんだから。陛下の意向通り、これで決着にしたい。


「それがアイビー様のいいところでもありますよね」

 セシーナがポットを持ったまま、ニコッと笑う。

「お人好しなだけだろう。いつかまた、ひどい目に遭うぞ」

「その時には頼りになる護衛が二人もいるんだから、守ってくれるでしょう?」

 私が笑って言うと、リオンは嫌な顔をして、セシーナは「もちろんです!」と胸を張っていた。

「そうだ……王妃様にもお詫びしなくてはいけないわね。勝手に大聖堂から抜け出して、ご迷惑をおかけてしまったでしょうから」

「当然だ! 詫び状はすぐに書け。暢気に茶など飲んでいる場合か!?」

「分かっているってば……そんなに怖い顔をしなくても」

 

「賑やかだな」

 声がした途端、リオンもセシーナも姿勢を正して脇に並ぶ。セシーナは持ったままのポットを慌てたように後ろに隠していた。

「殿下」

 護衛の騎士を連れて歩いてくるのは、アルフレッド王太子殿下、私の旦那様だ。

 立ち上がって挨拶をしようとすると、手で止められた。

 

◇◇◇


「もう、いいのか?」

 薔薇園の中をゆっくり歩きながら、殿下が口を開く。

「はい、お陰様でぐっすり眠りましたから。殿下は……あまり眠れていないのではありませんか?」

 殿下は顔色があまりよくないように見えた。それに、あれから一度も寝所を訪れない。どこで寝ているのだろうかと心配になる。もちろん、殿下なら言えば執務室にベッドくらい入れてもらえるだろう。

「多少は寝ている」

「ちゃんと寝てください。でないと、倒れてしまいます。殿下に倒れられると、私が疑われてしまうんです」

「そんな事はないだろう」

「いいえ、殿下の健康管理も妻である私の務めです。夫を眠らせないなんて……」

 ジッと見つめられている事がわかり、真っ赤な顔になってしまう。

「そ、そういう意味ではありませんからね!」

「どういう意味だ?」

「いいえ、なんでもありません……失言です。忘れてください」

 私はフイッと横を向いた。

 

「そういえば……ミレーネ様が幽閉されていると聞きました」

「ああ、その事だが……カストリアン公爵令嬢が、君に会いたいそうだ」

「ミレーネ様が?」

「君になら全てを打ち明けると言っている。気が進まないようなら……」

「いいえ、会います。是非、会わせてください!」

 私は足を止めて、ズイッと殿下に近寄る。

「そうか……では、場を設ける。無理はしないでくれ」

「無理などしません。私もミレーネ様にお話を聞きたかったんです」

 あの日、墓地で彼女が打ち明けようとしていた事を、今度こそちゃんと聞きたかった。


 


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