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エピローグ

 アルコンシア帝国の第四皇子、セブリアン皇子が側室を迎えたという噂を聞いたのは秋の初めだ。あれから、私は命を狙われることもなく平穏な王宮暮らしを満喫している。

 夜、寝室のベッドで、私は届けられた手紙を読む。隣で本に目を通していた殿下が、ふとこちらを見た。

「その手紙はミレーネ嬢からのものか?」

「ええ、今日届いたんですけど、昼間は読む暇がなくて……でも、元気にしているみたいですよ?」

 ミレーネ嬢は国外追放処分となった。それは自由がほしいと願った彼女への殿下の恩情だ。仮にも公爵家の令嬢、それも王太子妃候補だったミレーネ嬢が他国の王族に嫁げば、またいらない波紋を広げる事になる。だから、公爵家とはすっかり縁を切り、政治的に利用されない立場となってアルコンシア帝国に行く事に決めたようだ。


 正室ではなく側室という立場なら、縛られる事も多くはないのだろう。それに、かの皇子は第四皇子。政変でも起こらない限りは、皇太子になる事はない。再び重荷を背負う事もない。

「想う相手の元で幸せに暮らせるなら、それが一番じゃありませんか」

 私は手紙を読みながら、フフッと笑った。

「君も……想う相手と結婚したかったのではないか?」

 殿下が私の顔をマジマジと見て、真剣な表情で訊く。急に改まったように言われるから、少しびっくりした。

「しているじゃありませんか?」

 私は首を傾げて答える。

「私は、君の想う相手とは違っていただろう?」

「それは、さすがに王太子妃になるのは想定外でしたけれど……でも、今は殿下で良かったと思っています。ですから、私はちゃんと想う相手と結婚しています。でなかったら、こんな風に同じベッドで寝るなんてお断りです」

「そう……なのか?」

「そうですよ」

「……重荷ではないのか?」

 ミレーネ嬢に逃げられた事が、意外とショックだったのかもしれない。私が負担に思って彼女のように逃亡するのではないかと心配しているのかも? 私はククッと笑ってしまった。

「大丈夫ですよ。今さら逃げたりしません」

「いや、そうは思ってはいない。君がそんな人ではない事は分かっている。けれど、苦労しているじゃないか」

 王太子妃教育の進捗具合については、殿下にも報告されているのだろう。私があまりに不出来なために、気を揉んでいるのだろうか。

「それは、色々……まあ勉強中の身ですけど……ダンスはそこそこマシになりましたよ。来月の舞踏会は任せてください。立派に殿下のパートーナーを務めてみせます!」

 私は胸を張る。先生からも、「まあ、これくらいなら……」とギリギリ及第点をもらったところだ。ギリギリだけど……。


 殿下は固い表情を解き、目を細める。頭を引き寄せられて、私の方がドキッとしてしまった。お互いの額が触れる。

「私は得がたい妃を迎えたらしい」

 そんな呟きが彼の口からこぼれる。

「ええっと、アルフレッド……?」

 私は赤くなりながら、小さな声で彼の名前を呼んで見る。このところ、少しずつ、二人だけの時にはそう呼ぶようにしていた。


「あ……そうだ。そういえば、ミレーネ様、ご懐妊されたようですよ! 手紙に書いてありました」

 私は咄嗟に視線を逸らして話を逸らす。

「そうか。それはおめでたいな」

「ええ、そうですね。無事に生まれたら、何かお祝いを……し…………ない……」

 殿下の顔が近くなり、唇が塞がれる。


「いつか……アルコンシア帝国に行く事もありますよね?」

「ああ、そうだな。招かれれば行く事もあるだろう」

「じゃあ、いつかまたミレーネ様にも会えますよね」

「そうだな」

「楽しみ……ですね」

 私は恥ずかしさを誤魔化したくて、へへへっと笑った。

 彼は「そうだな」と、笑ってもう一度、さっきよりも長いキスをくれた。


 もし、田舎貴族の令嬢のままだったら、きっと小さな屋敷に閉じこもって、たまに友人とお茶会を開いているくらいしかできなかった。国外に出る事なんて考えられもしなかっただろう。

 けれどアルフレッドと一緒なら、私はどこへでも行ける。そう思うと、王太子妃という立場も割と自由だと思えるのだ。少なくとも、私は今の王宮の暮らしに満足しているし、何より愛する人といられるのだから文句があろうはずもない。


 後は、そう。お世継ぎ!

 私もミレーネ様に負けないように頑張らなくてはと、なんだか今夜は妙に気合いが入ってしまうのだった。特に取り柄はないけれれど、健康で丈夫な事だけは自慢だ。

「意外と向いているのかも……?」

 呟いた私を、殿下が後ろから腕を回して抱き締める。

「何の事だ?」

「いいえ、なんでも。幸せを噛みしめていただけです」

 私は笑って殿下の頬に手を伸ばした。

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