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捜索(アルフレッド視点)

 聖母祭に出かけた王太子妃が行方不明になった。中央大聖堂から戻ってきた王妃と、王太子妃につけていた護衛から報告を聞いて、アルフレッドは執務室を飛び出した。追い掛けてきた王太子妃の護衛、リオン=キャバリックが「殿下!」と声を上げる。もう一人の護衛である女性騎士、セシーナ=ドーリッシュも遅れてやってきた。拳を握って振り返ると、二人が膝をついて頭を垂れる。


「申し訳ございません!! 私の失態です……」

 リオンが声を絞り出すように言い、青くなっている唇を噛む。随分と探したのか、王宮に戻ってきた時には二人とも全身が濡れていた。今も絨毯上に滴が落ちている。

「キャバリック隊長に落ち度はありません! 私が……っ!!」

 セシーナが口を開くと、リオンは「護衛の責任者は私です!」と遮るように声を上げた。


 アルフレッドは大股にリオンに歩み寄り、その胸ぐらをつかんで引っ張り起こす。リオンの顔が強ばり、苦しそうな声が漏れた。彼を突き放すと、「両名とも謹慎していろ」とだけ命じて足早に廊下を通り抜ける。アルフレッドの後を、護衛の騎士二人が足早についていく。


「……王太子妃様の捜索はいかがなさいますか?」

 護衛の騎士の一人が項垂れたまま動かないリオンとセシーナを一瞥してから、アルフレッドに尋ねた。

「指揮は私が執る。馬の用意を。それと第一隊は共に来い。王都の城門は私の許可があるまで一人も出すな。それと、王都から出た者がいないか城門の衛兵に確認させろ」 

「承知いたしました。すぐに手配いたします」

 護衛騎士の一人はそう言って、頭を下げた。


 アルフレッドは廊下を歩きながら、拳をきつく握り締める。

 こんな事なら、無理をしてでも共に行くのだったと後悔が過った。だが、今さら言ったところで遅い。王太子妃の行方が分からなくなってから、すでに二時間ほどが過ぎていた。


「中央大聖堂に連絡を。王太子妃の姿を見た者がいないか確認させろ」

 化粧室の窓は外からは空かないようになっている。だとしたら、化粧室に潜んでいた者に連れ去られたか、自ら抜け出したかのどちらかだ。

(アイビー……)

 アルフレッドはにこやかに聖母祭に行って祈願してくると話していた彼女の顔を思い浮かべる。聖母祭の雰囲気を楽しみたくてこっそり出て行くほど自由奔放な人ではない。自分で抜け出したのだとしたら、理由があるはずだ。


 セシーナとリオンから、聖母祭でミレーネを見かけたアイビーが彼女を呼び止めていたと報告を聞いた。ミレーネはすぐに侍女や護衛と共に立ち去ったようだ。

「公爵家に使いを出して、すぐにミレーネ嬢の居場所を確認させろ。公爵家の周囲に見張りを」

「は……っ!」

 

(よほど、公爵は王太子妃の座を娘に与えたいらしいな…………)

 というよりも、公爵家の血筋を国王にしたいのか。愚かな男だ。

 そのためには娘すらも利用するのだろう。その意思など無視して。


「殿下……私は自由がほしいのです」 

 

 泣きそうな声で言いながら、すっかり諦めきった顔で微笑んだミレーネの顔を思い出す。

 自由などないのは自分も同じだった。それが当たり前で、この手の中にあるのは義務と責任だけ。

 そのことに疑問など持たずにきた。王太子妃に望まれていた彼女もまた、同じだと思っていた。

 

(君は……逃れたかったのか……)

 雨の滴が垂れる窓に目を移す。外はますます荒れた天気になっているようだ。

 

 それは、アルフレッドからだったのか。期待されていた王太子妃という立場からだったのか――。

 それとも、公爵家の重圧からか。


◇◇◇


 ここ何代もカストリアン公爵家の血筋から、国王になった者はいない。

 反対に、キャバリック公爵家からは何人か妃を迎えている。キャバリック公爵家が王家に忠誠を誓うのはそのためだ。だからこそ、カストリアン公爵家から王太子妃を出す事は、あの家にとって切実な悲願でもあった。王家に近しいほど、どうしても権勢は増して発言力も影響力も大きくなる。反対に遠ざかれば、公爵家の重要性は薄れていく。キャバリック公爵家とカストリアン公爵家は代々対立してきた。キャバリック公爵家の派閥が王宮で大きな顔をするのが面白くもなかったのだろう。

 

 父である国王陛下は、キャバリック公爵家派閥の者を重用しすぎると、以前からカストリアン公爵に苦言を呈されてきた。カストリアン公爵家の離反を防ぐ目的もあり、彼女の娘ミレーネと王太子との婚約が決まった。まだ両名とも幼い頃の話だ。


 ようやくカストリアン公爵家の悲願が叶うという時に、肝心の娘が結婚式当日に他の男と逃亡した。

 しかも、子まで宿しての逃亡劇だ。その結果、あれほど望んだ王太子妃の立場を、まったく候補にすら挙がっていなかった田舎貴族の娘に奪われた形になった。公爵にしてみれば、とうてい容認などできないだろう。己の娘は社交界の笑い者になり、その評判は地に落ちる。カストリアン公爵家の失墜は目に見えている。そんな状況を到底容認できなかっただろう。

 

 王家としては、カストリアン公爵家とキャバリック公爵家の対立をこれ以上、深刻なものにはしたくなかった。その上で、両公爵家の派閥ではなく中立で、力を持つ外戚もいない、適当な家柄の娘を選ぶ方が好都合だった。そしてあの場で急遽選ばれたのが、アイビー=レッドベリーだった。

 あの時、ミレーネ嬢が姿をくらまし、このまま結婚式は中止になるものだと思った。けれど、王太子が妻となる女性に逃げられたなんて世間のいい笑い者だ。国王である父は、王家の恥になるためそれを避けたかったのだろう。数人の女性の調査書を持ってこさせ、この中から誰でも好きな者を選べと言ってきた。


 すでに身辺調査も終わっているという。大半は舞踏会や夜会で見かけたか、挨拶程度かわした事のある大貴族の令嬢ばかりだった。他国の王族の公女も含まれていた。その中に、アイビー=レッドベリーの名前もあった。子爵家の令嬢で、一度も見かけた覚えがない。記憶力はそう悪くないほうだと自負していたため、一度顔を見た相手の名前はだいたい記憶している。


「この子爵家の令嬢は誰だ?」

 側近の者に問えば、彼女はローマン=リスモンドの婚約者だと言う。リスモンドがミレーネ嬢と共に逃亡をしたため、近くの教会に取り残されており、あちらもかなり混乱しているようだと聞いた。花嫁一人を置き去りしたのかと、リスモンドの無責任な行動に呆れると共に、彼女がそんな目に遭ったのは自分にも責任の一端があるような気がした。


 なにせ、レッドベリー嬢の結婚相手が手に手を取り合って駆け落ちした相手は、本来王太子妃となるはずだったミレーネ嬢なのだ。自分がしっかりミレーネ嬢の気持ちをつかめていたら、彼女の意を汲んでいれば、こんな騒動にはならなかっただろう。教会に取り残された哀れな花嫁と花婿なら似合いではないかと、皮肉な気持ちもあったのだ。「この娘を」と、彼女の調査書を側近に渡して、後は父や母、周りの者に丸投げした。そんな風に投げやりな気持ちで急に王太子妃に選ばれたなんて、アイビー=レッドベリーは知らなかっただろう。


 ひどく後悔したのは、ベールを脱がした彼女のびっくりしている顔を見た時だ。

 きっと、何も知らされていなかったのだろう。急に持ち上げられた猫みたいに目を丸くして、固まっていた。彼女には何の罪もない。それなのに、急に連れてこられて、重たすぎる役割を背負わされる。これから先、彼女は王宮から出ることすら簡単にはいかなくなるだろう。

 それは、罪人が連行され、足かせをつけられて閉じ込められるのとどう違うのか。ただ閉じ込められる場所が牢か、王宮かという違いがあるだけではないか。


 王太子であるアルフレッドに言い寄ってくる令嬢はいくらでもいた。だが、彼女はそうではない。しかも、結婚相手に逃げられて深く傷ついているだろう。そんな状況の中で、急に他の男と結婚しろと言われて混乱するのも当然だ。

 

 あまりに彼女の意思も立場も無視した強引な行いだった。本来なら、もっと段階を得て正式に結婚の申し込みをすべきだっただろう。だが、今の自分にはその時間的な余裕がない。王太子が恥じをかかないようにというだけの理由で、彼女は巻き込まれた。


 それでも、もう後戻りはできない。

 王太子妃になった事で彼女に向ける悪意や敵意から守る事。不自由なく、安心してくれる場所を提供する事。それが自分にできるせめてもの償いだと思った。


 なのに、それすらも満足に彼女に与えてやれはしない。王太子妃になってから、彼女は何度命を狙われただろう。怖い思いもさせた。彼女が子爵家の屋敷で賊に襲われたと聞いた時、どれほど肝が冷えたか。もう二度と、そんな事はさせるものかと誓ったばかりでこの様だ。


 宮殿を出て、用意されていた馬に跨がる。手綱をつかんで腹を軽く蹴ると、馬が嘶いて駆け出した。その後に、騎乗した騎士たちが続く。

 雨粒が降り注ぐ空を見上げ、せめて無事でいてくれと祈る他ない事がやるせなく感じられた。



 


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