帝国の事情
園遊会は大きな問題が起こることもなく、私は適当なところで一足先に部屋に戻らせてもらった。着替えを終えた途端に、気が抜けて深く息を吐く。
「人が大勢いるところに出るって、疲れるわね……」
「そうですね。私もあまり得意ではありませんよ」
セシーナも頷く。ソファーに座った私は、ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「そうだ。リオン。これ、ローマンが通っていた店のリスト。あなたに渡しておくわ」
リストを受け取ったリオンは目を通して、眉間に皺を寄せる。
「なんで、こんなに詳しいリストがお前の手許にあるんだ?」
「親友が調べてきてくれたの。情報源は秘匿よ」
「お前の親友は間諜でもやっているのか?」
「まさか! 私と同じく慎ましいごく普通の貴族の令嬢です」
「…………慎ましい?」
何か言いたげな顔をするリオンを、「なにか~~?」と笑顔で睨んでおいた。
「賭博場の調査の方、なにか分かったの?」
紅茶を飲みながら尋ねると、リオンは「いや」と首を振った。
「賭博場を運営していた者を捕らえて尋問にかけたが、大したことは分かっていない。どこからかリークがあったらしく、踏み込んだ時にはすでに資料も帳簿の暖炉の火の中に放り込まれていた。回収できたのは一部だ。ただ、芋ずる式に犯罪行為が明らかになったので、取り調べが終われば裁判にかけられるだろう」
侵入者の男の名前と住んでいた場所はすでに明らかになっているようだ。男の住んでいた家にも向かったようだけれど、その時には一人娘の行方はすでに分からなくなっていたという。一人でどこかに逃げたのか、あるいは誰かに連れ去られたのか。どちらにしろ、あまり幸せな未来は待っていないだろう。それに心を痛めても、私には何もできない。
賭博場に出入りする者の名簿はあったようで、その情報を他の者に売ることは常習的に行われていた。そのため、運営していた者もどこの誰に誰の情報を売ったのか、記憶していないという。それが本当かどうか、ただ罪を逃れるために嘘を吐いているのかどうかは分からない。その証拠はすでに灰になっている。
「貧民街にある賭博場と、上流階級の人間が出入りする賭博場って、運営している者は違うのよね?」
「当然だ。貧民街は貧民街を牛耳る犯罪ギルドがいる」
貴族たちが利用する賭博場を運営しているのは、また別の組織が関係している。犯罪ギルドといっても、ランクがあるのだとリオンは教えてくれた。それぞれの縄張りがあり、他の組織の管轄には手を出さないのが暗黙のルールのようだ。ただ、必要に応じて情報を交換したり、協力し合ったりすることはあるようで、全く繋がりがないわけでもない。
「こんなことにばかり興味を持つ王太子妃なんて物騒だぞ」
リオンが前髪を手で上げながらハァと息を吐いた。
「興味を持っているわけじゃない。必要に迫られて仕方なく調べているの。私だって、犯罪者の集まりに首を突っ込むなんてごめんよ」
「だったら捜査はこちらに任せて、大人しくダンスのレッスンでもしていたらどうだ?」
「悠長なことを言っていたら、今度はいつ狙われるかわからないじゃない。首謀者を見つけて、しっかり反省させないと!」
「そうですよ。王太子妃であるアイビー様に手を出せば、どんな怖ろしい目に遭うか、骨の髄まで分からせてやるべきです。その噂が広まれば、きっと誰も手を出してこなくなりますよ」
「あー……うん。冷酷で残忍なイメージを持たれたいわけじゃないんだけどね」
笑顔で怖いことを言うセシーナの言葉に、私は苦笑いを浮かべる。
「そうだ。リオン、セシーナ。アルコンシア帝国の皇子が留学していたことを知っている?」
私が紅茶を飲んでから話を変えると、二人とも顔を見合わせていた。
「いきなりどうしてアルコンシア帝国の皇子にご興味を持たれたんです?」
「別に興味は持っていないけど、その帝国の皇子がロ―マンを気に入っていたという話を聞いたのよ。私はそんな話をローマンから聞いたことがなかったから、少しびっくりしただけ。あの人、虚栄心だけは人一倍だったから、皇子と知り合いになったなんて話を、黙っていられないと思うのよね。きっと自慢して吹聴して回るはずだわ。だから、黙っていたのが気になるの」
「なるほど、口止めされていたとか? 皇子がそんなところに出入りしているなんて、あまりいい評判には繋がりませんから」
「そうね……」
確かに、留学先で皇子が遊びほうけていたなんて噂が広まるのは、帝国も困るだろう。
「留学していたアルコンシア帝国の皇子というと……第四皇子のセブリアン皇子か」
リオンが考え事をしながら呟く。
「セブリアン皇子というの?」
「ああ。第三側妃の生んだ皇子だ。母親は大商会の娘だと聞いている」
「貴族ではないのね」
「だから、皇位継承順位は低いはずだ」
「帝国に急遽、戻ったのは皇位継承問題が理由だと聞いたわ」
「いったいどこからそんな話を……いや、確かにそれはそうだが、あの帝国は第一皇子と第三皇子、それを第五皇子の三人が次期皇帝の座を巡って争っている状態だ。他の皇子はどの皇子に与するか、迫られているのだろう」
「第二皇子には皇位継承権がないの?」
「第二皇子の母親は東大陸の出身だ。そのため、皇子は一応皇宮に引き取られて皇子として育てられたが、よっぽどのことがない限り皇位には就かないだろう」
「そうなの。複雑なのね……」
つまり帝国に急いで戻り、自分が与する皇子の皇位継承を後押ししないと、その後の立場がないということだ。自分が支持している皇子が帝位に就けば問題ないが、そうでなければ、まとめて冷遇されるか、最悪の場合、理由をつけて粛正される。そんな時に、のんびり留学先で遊んでいるわけにはいかない。
「皇子が帰国したのは今年に入ってからなのでしょう? ローマン=リスモンドの死亡の件や、カストリアン公爵令嬢との事に関わっているとはさすがに思えませんね」
「それはそうなのよね。ただ、ローマンを連れ回して遊んでいただけみたいだし。ただ、ちょっと不思議だったのよ。ローマンはけっこうな額の借金を作っていた。もちろん、伯爵家は裕福だからお金には困っていなかったと思うんだけど。ローマンは次男だし、そんなに家のお金を使い込めるわけがないわ。なのに、いくら借金を作ってもヘラヘラ笑ってばかりで、少しも気にしていなかったのよね。今にして思うと……どこか別のところからお金をもらっていたんじゃないかしら?」
「それが、セブリアン皇子だったと?」
「他にお金をくれそうな相手はあまり思い付かないでしょう? セブリアン皇子はそれこそいくらでもお金を持っていたと思うし、気前も良かったと思うのよね。その代わりに、セブリアン皇子を楽しませて、そのおこぼれにあやかるくらい、ローマンならやっていたと思うの」
「聞けば聞くほど、伯爵家の次男はクズな男に思えるな」
大貴族、キャバリック公爵家の子息のリオンが、貴族の面汚しだと言うように眉根を寄せる。
「まあ、実際にそうだったわよ。プライドも何もなかったもの。ただ、セブリアン皇子は急に帝国に帰ってしまったでしょう? きっとローマンは相当、焦っていたはずよ」
ローマンのことだから、調子に乗って皇子のお財布頼みで、あちこちで借金を増やしていただろう。それなのに、肝心の皇子が急遽帝国に戻ってしまった。ローマンに返済のあてがあるわけではない。借金の催促をされたローマンは、両親にも見限られていたから借金の肩代わりは頼めなかったはずだ。
子爵邸に侵入した男と同じく、そんな状況で誰かにお金を貸してやると言われたら、飛びつくんじゃないだろうか。
「何が言いたい?」
「ローマンは誰かにそそのかされていた可能性はあるってこと。それで、結婚式の日にミレーネ嬢を連れ出して逃亡するなんて事をしでかしたんじゃないかしら……」
自分が殺されるなんて思ってもいなかったのかもしれない。ただ、ミレーネ嬢をどこかに連れていくように命令されていたのかも。となると、王太子と公爵令嬢の結婚を妨害したかった誰かの指示ってことになってしまう。そしてその結果、一番得をした者は誰か――というと田舎貴族の令嬢のくせにまんまと王太子妃の座をせしめた私だ。公爵家が主張する〝私陰謀説〟を裏付けることになる。
「あの男は公爵令嬢との間に……その……子もできていたのだろう」
初心なリオンが横を向いて若干頬を赤らめ、コホンと咳払いもしていた。
「そうなのよねぇ……それが理解できないわ」
私は頬杖をついてため息を吐いた。結局、そこが分からないのだ。ミレーネ嬢がどうして、ローマンなんかとそんな関係になったのか。
本人を訪ねる……なんてできないよね。
「ミレーネ嬢をお茶会に招いてみる……とか?」
私の呟きに、リオンもセシーナも目を丸くする。
「正気か?」
「それは……ちょっと気になりますね」
「あの令嬢がお前の招待に応じると思うのか? 今日の態度を見ただろう」
うん、まるで相手にされてなかったね。存在してないように扱われたもの。
招待状なんて開封前に暖炉に放り込まれるのがせいぜいだ。そもそも、公爵がそんなことを許すとも思えない。
「じゃあ、私が公爵家に出かけていくというのはどう?」
「公爵家から招待状が送られてくると思っているのか?」
リオンが腕を組んでさめた目を向けてくる。分かっていましたとも。私は公爵令嬢の敵ってことになっているんだから、この先も公爵家からは徹底的に無視されるだろう。招待されるわけがないし、出向いていったとしても門前払いだ。
どこかのパーティーで遭遇した時に声をかけてみる?
とはいえ、今日のように令嬢たちに囲まれていては話しかけられない。近付けば逃げて行くだろう。二人きりになれるチャンスなんてない。殿下に頼めば呼んでもらえるかもしれないけれど、公爵の耳に入るだろうから警戒される。
ミレーネ嬢から真実や本心を聞き出すのは無理だ。少なくとも、本人がその気にならなければ。
「それなら……教会はどうでしょう?」
セリーナの提案に、私は顔を上げる。
「教会?」
「公爵家も当然、中央大聖堂に礼拝に通われていると思うんです。特に来週の日曜は聖母祭がありますから。多くの方々が蝋燭を灯しに行かれるはず。もちろん、大勢の人が集まりますし、うまく接触できるとは限りませんけど……」
確かに来週は聖母祭だ。聖母祭は夕刻から行われる。王都の人々は市井の者から貴族まで、近くの教会を訪れて礼拝に参加し、蝋燭代を寄附する。その時受け取った蝋燭に火を灯して聖堂内を一晩中照らすのだ。その時、祈願を行うと聖母様の祝福にあやかれる。私も両親や弟と出かけていた。とはいえ、中央大聖堂ではなく、もっと小さな教会だったけど。
「おい、ドーリッシュ。余計な入れ知恵をするな。警護が面倒になるだろう!」
リオンが焦ったように止めた。
「どうしてです? 王妃様も毎年、聖母祭は中央大聖堂に行かれるのですよ? だったら、王太子妃のアイビー様が行かれたって問題ありませんよ」
「王太子妃は二度も狙われている。この上、王宮から出て、万が一のことがあったら王太子殿下に申し開きができない。絶対ダメだ。許可はしないぞ!」
リオンが面倒に思う理由は分かるんだけどね。私が王宮から出るとなると、護衛は二人だけでは足らない。もっと大勢の護衛をゾロゾロ引き連れて行くことになるだろう。私の警護の責任者は第二隊の隊長であるリオンになる。その準備も大変になるだろうから、渋る気持ちも分かる。それに、リオンの言う通り、私はすでに二度も狙われている身だ。殿下に相談しても、ダメだと言われるかもしれない。
「ですが、王宮から中央大聖堂はそれほど離れていませんよ? 馬車の移動ですし……大聖堂内は教会の騎士が警護を行っています。毎年そうではありませんか」
「それでも、どこから狙われるかわからない」
「王妃様も行かれるのよね?」
私はしばらく考えてから口を開く。嫌な予感がするとばかりに、リオンが警戒気味の表情を浮かべる。
「ええ、毎年行かれていますよ。ですから、中央大聖堂の警備は万全なのです」
つまり、王妃様の護衛のために、何人もの近衛騎士がつくということだ。だとしたら、私もついでに同行して一緒に守ってもらえばいいのでは? なんて、都合のいいことを考えてニンマリする。
「お前……正気か?」
リオンはドン引きしたぞと言わんばかりの表情だ。
「もちろん、正気ですとも! 王妃様と親睦を深めるいい機会でしょう?」
「怖い者知らずだな……」
「背に腹は代えられないのよ」
そうと決まれば、まずは殿下に相談して、王妃様となんとかお話できる場を設けてもらおう。その前に、私が聖母祭に行ってもいいか、殿下の許可を取る必要があるんだけどね。今夜は殿下が寝室に入ってくるまで眠らずに我慢して起きていよう!




