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依頼

 殿下が昼間に部屋を訪れるのは珍しいことだった。いつも、国王陛下の公務の補佐や、大臣たちの面会、視察などを行っているため、離れに戻るのは夜になってからだ。そういえば、王宮にやってきてから一度も一緒に晩餐の席についたことがない。毒事件のせいで、私が急遽子爵邸に戻ったからでもある。


「寛いでいるところを、邪魔して悪かった」

「いいえ、護衛騎士様に話し相手になっていただいていたんです。ダメだったでしょうか?」

「いや、かまわない。時間が空いたので、様子を見にきただけだ。君に昨晩の侵入者について、報告しておくこともあったからな」

「なにか分かったのでしょうか?」

「いや、首謀者に関する情報はまだ聞き出せてはいないな。おそらく知らないのだろう。酒場で飲んでいたら、黒いローブを着た男に話しかけられたそうだ」

 賭博で多額の借金を抱えており、高利貸しから返済を迫られて脅されていたところ、男から話をもちかけられ、前金を受け取り犯行に及んだという。子爵邸の場所を書いた手書きの地図を渡され、侵入する部屋の場所も指示されていた。けれど、侵入した男はそこが貴族の屋敷だとは分かっていたが、子爵邸かどうかまでは知らなかったようだ。 


「成功報酬は同じ酒場で後日受け取る予定だったようだ。おそらく嘘はないだろう」

 殿下が断言するということは、知っていることを洗いざらい白状したくなるくらいの目に遭わされたということだろう。それについては、深く聞かないでおく。ローブを着た男とも初対面で、相手がどこの誰かも知らなかったのだろう。そんな相手の怪しげで危ない依頼を引き受けるしかないほど、切羽詰まっていた相手を選んだということだ。

 私は少し考えてから、ふと気付いて殿下の顔を見る。

「殿下。あの~~その男は、賭博で借金を作っていたんですよね?」

「ああ。借金のカタに娘を寄越せと迫られていて、早急に金を工面する必要があったようだ」

「たまたま酒場で出会ったはずなのに、どうしてそのローブの男は相手が困窮していることを見抜けたのでしょう?」


 男が酒を飲みながら愚痴っていたのを聞いたのかもしれない。それとも、誰かに金の無心をしていたのを見ていたとか? たまたま、酒場で居合わせた人間を選んだのだろうか。

「酒場に頻繁に出入りしていて、都合よく使えそうな人を見定めていたのだとしたら、店の人や常連客の目について記憶に残ると思うんですよね」

「酒場への確認はすでに行っているが、ローブの男が店を訪れたのは一度だけのようだ。店の者も素性はわからないと話していた」

「だとすれば、ローブの男は相手の事情を分かっていて声をかけたということですよね?」

 今すぐにお金が必要で切羽詰まっている相手なら、多少危ない依頼でも引き受けるだろう。まして娘が借金のかたに取られそうになってたなら、手段を選んではいられない。たとえ自分のせいで借金を抱えることになったのだとしても、娘への情があれば簡単に差し出すような真似はできなかったはずだ。そう思うと、男も少々気の毒に思える。男が処刑された後、残された娘はどうなるのか。父親が死んだとしても、その借金は帳消しにはならない。代わりに払ってくれる親族でもいなければ、娘が父親の借金をその身で払わされることになるのだろう。それはどうにもならないこととはいえ、同情を感じずにはいられなかった。


 人の弱みにつけ込んで犯罪に巻き込む。そんな人間がのうのうと生きているのはあまり気分のいいことではない。まして、そうした人間を利用している貴族や金持ちもいる。利用する者がいるから、撲滅されず、取り締まりも緩くなる。

 なんて、私みたいな世間知らずの小娘が頭を絞ってみたところで、何ができるわけでもない。今まではそれでよかったのかもしれないけれど、王太子妃という立場では見すごすこともできないような気がした。国をよくするのは、国王の義務だ。そしてそれを支える王妃の義務でもある。いずれそこに至れば、決して目を逸らすことはできない。ただ、それには覚悟や知識や、知恵や信頼できる人の協力が必要で、私にはそのどれも足らないのだ。


「男の事を調べた上で、酒場で接触を試みたということか」

「分かりませんけど……偶然だとはちょっと考え難いと思うんです」

 私は首を傾げる。それから、「賭博?」と小さな声を漏らした。ローマンが出入りしていたのも賭博場だった。彼も多額の借金を抱えていた。もちろん、伯爵家はそれなりに裕福だから、借金ですぐに破産するほどではなかったにせよ、その額は少なくなかっただろう。伯爵も伯爵夫人も頭を抱えていたくらいだ。

「なにか、気になることがあるのか?」

「ええ、男はどこの賭博場に出入りしていたんでしょう?」

「それは……早急に確認が必要だな」

 昨晩捉えられてようやく尋問が終わったところだ。そこまで手が回っていないのだろう。

「君は色々なことに気付く人なのだな」

「え? いいえ、ローマンの件があるから気になっただけなんです。あの人、賭博場に出入りしていて借金をかなり作っていましたから」

「それは、初めて聞く話だな」

「殿下のお耳に入れるような事ではありませんよ。誰もそんな下世話な話を吹き込んだりしません。それに、殿下はローマンと親しかったわけではないでしょう?」

「そうだな。伯爵といる時に挨拶を交わしたくらいだな」

 殿下の興味を持つような人ではなかっただろう。伯爵家の跡取りだったわけでもない。


「キャバリック。男が出入りしていた賭博場の件は、君の隊に調査を任せる。口をきけるようなら、もう一度男を尋問してもいい」

 リオンは背筋をピンッと伸ばし、「かしこまりました。お任せください」と畏まって返事をしていた。

 口をきけるようならというのが、なかなか物騒ではある。私は聞かなかったことにして、紅茶の残るカップを傾けた。


◇◇◇


 殿下が公務に戻った後、侍女たちがティーカップや皿を片付けるために部屋に入ってきた。それが終わって彼女たちが出て行くと、部屋にはまた私とセシーナ、リオンの三人だけとなる。

「リオン、殿下に賭博場のことを調べるように言われたでしょう?」

「それが、なんだ? 面倒事を押しつけようとしているなら、お断りだからな!」

 リオンは警戒するように、ジリッと後退りする。

「面倒事じゃないわよ。ついでよ!」

「僕は殿下にお仕えしているんだ。命令することができるのは殿下だけだ。お前の命令など聞く義理などない。僕の仕事はお前の護衛であって、使いっ走りじゃないんだ」

「命令じゃなくて、これはお願いよ」

「もっと最悪だ……絶対に聞かないから言っても無駄だ」


「でしたら、私が話を聞きましょうか?」

 セシーナが胸に手を当てて聞いてくる。

「ありがとう、セシーナ! でも、これはリオンのほうが適任だと思うのよね。賭博場を調べるなら、ついでにローマンが出入りしていた賭博場のことも調べてきてほしいのよ」

「はぁ!? 誰も引き受けるなんて言っていないだろう。聞いていなかったのか!? そもそも、ローマン=リスモンドの件は僕には関係ない」

「そうでもないわよ。これは殿下にも関係することだもの」

「殿下だと?」 

 ようやく真面目に話を聞く気になってくれたようだ。相変わらず、殿下の事になると忠犬チワワになる。


「ローマンは賭博場で多額の借金を作っていた。私の友人が聞いてきた噂だけど……その賭博場で彼は女性を同伴していたのよ」

「どこかの娼館の高級娼婦だろう。男が娼婦を連れて遊び歩くことなど珍しくもない。ローマン=リスモンドの女癖の悪さは評判だったからな」

「何か引っかかることがあるんですか?」

 セシーナが私に訊いてきた。

「ええ。ローマンとミレーネ嬢が親しくなった理由が知りたいのよね。二人は社交の場でほとんど会話を交わしていないのよ。親しかったという話も聞いたことがない。少なくとも、私の耳に入ってはこなかった。他の女性との噂はいくらでも聞いたけどね」


「そうですね。私もカストリアン公爵令嬢が特定の男性と親しくしていたという話は聞いたことがありません。もちろん、殿下は婚約者だったので、公式の場ではお二人の姿をお見かけしましたけど」

「私も結婚式当日にローマンが彼女と一緒に逃げたと聞いてびっくりしたんだもの。それは殿下も同じだったと思うの。でも、いくら結婚が嫌だからって、よく知りもしない相手と手に手を取り合って逃亡したりはしないと思うのよね」


 まして、彼女は妊娠までしていた。一夜の過ちでできることもあるだろうけれど、一回だけだったとしても二人が親密になる機会があったということだ。いくらなんでも王太子の婚約者で、公爵令嬢ともあろう人が気分が盛り上がったからといって、出会ったばかりの人に身を委ねるとは考え難い。

 ミレーネ嬢は私がローマンをそそのかし、彼女を誘惑させたのだと国王陛下に訴えていた。もちろん、それが誤解であることは私自身がよく分かっている。それを信じてもらえるかどうかは分からないけれど。


「その情報なら、私のほうで調べてみましょうか?」

「本当? それならお願いできる? ああ、でも……護衛の役目もあるんだから、無理はしないで」

「キャバリック隊長と交代ですから、時間に空きはあります」

「二人が一緒にいるところを見かけた人がいないか、さりげなく調査してほしいの。ただ、賭博場はリオンのほうがいいと思うのよね。セシーナをそんなところに行かせるわけにはいかないもの」

「おい、勝手なことを言うな。僕だって賭博場に出入りしたりはしないぞ!」


「でも、殿下に命令されたじゃない? 調べろって。だからついでよ」

 私がニコッと微笑むと、リオンはひどく迷惑そうに顔をしかめた。

「は? バカなのか? 捕まった男は貧民街で暮らしていたんだぞ。そんな男が出入りする賭博場と、貴族や金持ちが出入りする賭博場が同じわけがないだろう」

「どちらも調べればいいじゃない。案外、繋がりがあるかもしれないでしょう?」

「いったいどういう繋がりだ? 無駄足になることは分かりきっている」

「そうとも言えないと思うのよね……」

 私は顎に手をやって、ポツリと呟く。とはいえ、これはただの勘だから、証拠があるわけでもない。

 

「賭博場を取り仕切っている組織というか……犯罪組織みたいなものってあると思う?」

「それはありますね。かなり違法なことも行われていると聞きますから。けれど、上流階級の人間も利用していますし、営業に関わっている者もいるので、おおっぴらに取り締まれないんですよ。よほどの問題が起こらない限り、目こぼしされている状態ですね」

 私の質問に答えてくれたのはセシーナだ。

「賭博場で集めた情報を、流している者もいる……と考えていいのよね?」

「そうですね。その情報を売り買いしている闇業者もいますから」


「依頼主は、男の情報を事前にその業者から入手していたということか?」

 リオンが私達の会話を聞いて気になったのか、口を挟む。

「賭博場の元締めなら、借金をしている人間のリストなんていくらでも持っているでしょう? その中で適当な相手を紹介したって考えられない?」

「お金さえ払えば、いくらでも売るでしょうね」

 セシーナも頷く。


「ローマン=リスモンドも賭博の借金のせいで、何者かに脅されたか、命じられたかして、公爵令嬢を拐かしたとでも言うつもりか? いくらなんでも飛躍しすぎだろう。なにより証拠もない」

「それは分からないけど……賭博場でローマンが連れていた女性が、金髪だったとのが気になるのよね」

「カストリアン公爵令嬢も、そういえば美しい金髪ですね」

「金髪の女性などそこかしこにいるぞ。私の姉も金髪だし、母も金髪だ」

「もしかしたらよ。二人が密会を重ねていたとして、あまり大っぴらにできないような場所を選ぶと思うの。賭博場では仮面をつけている人もいるから、ローマンがミレーネ嬢を楽しませるために密かに連れていく場所があるとしたら、賭博場じゃないかって思うのよね」

 ローマンは美人や気を引きたい女性の前では、よく格好をつけていた。賭博場に連れていったミレーネ嬢にいいところを見せたくて、気前よくお金を注ぎ込んだあげくに大負けするなんて、いかにも見栄っ張りな彼らしい。見ていなくても、簡単に目に浮かんできてしまう。


「子爵家にあのまま滞在していたら、私がこっそり抜け出して調べに行ってもいいんだけど」 

 頬杖をついてため息を漏らすと、「いいわけないだろう」とリオンが即座に言う。

「仮にも王太子妃だという自覚がないのか。そんなところに出入りして、誰かに目をつけられてみろ。どんな噂を流されるかわかったものじゃないんだ。王家の恥になりたくなかったら、大人しく王宮で刺繍でもしていろ!」

「分かってるわよ。言ってみただけ。そうできればいいのにな~~っていう願望?」

「まったく、なんでこんな女が選ばれたんだ……殿下にはもっと相応しい令嬢がいるだろうに」

 目を覆って嘆くリオンに、「そうよねぇ」と相づちを打った。ジロッと睨まれて空ぶく。


「というわけで、キャバリック隊長。私は行けないので、代わりによろしくね!」

「なんでそうなる……」

「だって、私が出入りすると王家の恥になるでしょう? 誰かに頼むしかないじゃない? 私が今のところ信頼できるのは、リオンとセシーナだけだもの」

 私は両手を合わせ、片目を瞑ってみせる。リオンは頭でもかきむしりたいような様子で唸っていた。それからスンッとした表情に戻る。

「…………気には止めておこう」

「うんうん、やっぱり二人は腹心の部下だわ!」

「やめてくれ。お断りだ!」

 リオンはゾッとするとばかりに身震いしていた。彼のことだから、これが殿下のためになることだと分かっている。文句を言いながらもやってくれるはずだ。殿下の忠犬チワワだからね。

 セシーナは「私は光栄ですよ」と、微笑む。うん、セシーナは私の守護天使。



 

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