襲撃
殿下が帰った日の夜、私はなかなか寝付けなくてベッドで何度か寝返りを打つ。風の音がうるさかった。雨音も聞こえてくる。嵐にでもなっているのだろうか。そういえば、夕方から空に黒い雲が広がっていた。
妙に落ち着かないのは、音のせいだけではなく、考えることが多すぎるだからだろう。
(こんな日こそ殿下の腕枕がほしい……)
私は仰向けになり、目を瞑ったまま恋しい感触を思い出す。あの腕枕なら、すぐに眠りに落ちただろう。殿下には申し訳ないけれど、片腕はもう私のものだ。誰にもあげたくない。もちろん、ミレーネ嬢にもだ。なんて考えてしまう私は図々しいだろうか。
(王宮に……戻っちゃ、ダメかな……)
子爵家に戻れることになった時にはあんなに嬉しかったのに。今度は王宮が恋しくなっている。
王太子妃になりたいわけじゃないし、向いていないと思っているのは、今も変わらない。王宮に戻れば地獄の王太子妃教育が再開され、メガネ侍女長の特訓が待っているだろう。それを考えるだけで、気が滅入る。けれど、王宮に戻ればあの寝心地のいい腕枕が待っている。
けれど、殿下は承知しないだろう。まだ、完全に安全とは言いがたい。首謀者が見付かるまでは、きっと戻れない。それが一ヶ月後になるのか、三ヶ月後になるのか、それとも一年先になるのかはまったく分からない。その間、自分だけ子爵家でダラダラ過ごしているのも、多忙な殿下に申し訳なく思えた。これでも、まだ一応、王太子妃だ。その役割を放棄して、実家に戻っているぐーたら王太子妃なんて言われてしまうかもれない。私はそれでもいいけれど、殿下まで悪く言われてしまうのは嫌だ。
(会いたいなぁ……)
王宮のあの無駄に広々としたベッドに入り、少しは休めているのだろうか。それとも、まだ起きていて公務を片付けているのだろうか。それは心配だ。
私は、私に気遣って起こさないでこっそりベッドに入り、隣で寝ていてくれる殿下が好きだ。
その腕をちゃっかり拝借して枕にするのも好きだ。
朝食の席でのささやかな会話も嫌いじゃない。
短いながらも過ごした時間が妙に恋しくて、彼が側に居ない今が寂しく、物足りように思える。
やっぱり、私は自分が思っている以上に図々しい性格をしているのだろう。
(うーん、やっぱり悪女の素質があるのかも)
密かにため息を吐いた時だ。ギッと軋むような音が気がして目を開けた瞬間、暗がりの中で薄っら光る刃が視界に入る。しかも、誰かいる――!!
悲鳴を上げるより先に片手で口を塞がれ、息ができなくて苦しくなる。押さえつける腕は男の人のものだ。手首をつかんで、必死に声を上げようとしたが小さな声が漏れるばかりだ。
ガリッと爪で手首を引っ掻く。私が首を左右に振って暴れるものだから、狙いが定まらないのだろう。正体不明の侵入者がチッと舌打ちした。
怖い。誰か助けて。殿下――!!
いくら大声を張り上げてみたところで、私の悲鳴が王宮にまで届くはずがない。ちょっと、リオン!
あなた、夜は屋敷に警備の者を手配して見張らせるって言ったわよね!?
侵入者、堂々と入ってきて襲われているんですけど!?
職務怠慢――!!
明日、あの小生意気チワワが暢気に出勤してきたら、絶対文句を言ってやる。
その前に、私、明日まで生きていられるんだろうか。
リオンが来た時には、私はすでに天に召されていましたなんて笑えない。
私はとにかく必死でもがいた。男の腕に拳を叩きつけて、指にガブリと噛みつく。手さぐりでつかんだ枕を、刃物を握った男の顔に何度も叩きつけると、布の裂け目からこぼれた羽根が上掛けと侵入者の上に舞い落ちる。男は「クソッ、暴れるな!」と、苛立たしそうに言って枕を奪い取った。それを投げ捨て、刃物を振り下ろしてくる。もはや、どこでもいいからブッ刺してやろうという気迫を感じた。
私は「出たああああああ――!!」と、腹に力を込めて声を張り上げた。リオンが配置した見張りの兵、エールでも飲んで寝ているんじゃないでしょうね。全員、お説教!!!
「うるせえ、静かにしろ!!」
怒鳴った男に、力一杯ビンタされる。い、痛い。目が回りそう。
人にこんなに力一杯叩かれたことなくて、ショックで二秒ほど放心しそうになった。怖い。
でも、戦わなくては私に明日は来ない。頭にカッと血が上って、恐怖心を怒りが上回る。
「女性の寝室に勝手に入ってくるなんて非常識でしょう。出直してきなさいよ!!」
「黙れって言ってんだ。殺されてーのか!」
「元々、殺そうとしてるじゃないの!!」
上掛けを蹴っ飛ばして、私の腕を押さえつけようとしてくる男の腹や脚を何度も蹴り飛ばす。その間も、「ギャーッ、誰か!! 暴漢よー!!!!」と大声を上げ続けた。おかげで喉が痛くなり、声が掠れる。さすがに騒ぎを聞きつけたのか、廊下の外が騒がしくなった。
バンッと扉が開いて最初に飛び込んできたのは、父様だった。
「アイビー!!! 無事か!?」
「無事じゃないよぉ――――!!」
私は泣きそうになって情けない声を上げた。私におおいかぶさっている暴漢を見た瞬間、父は「娘から離れろ!!」と叫び、火かき棒を槍のように握り締めながら突進してきた。
けれど、ルームシューズが脱げて、ベッドに辿り着く前に絨毯の上にベタンと倒れてしまう。
「父様!!」
私が焦って呼ぶ間に、暴漢は私を殺すのを諦めてベッドを下り、わずかに開いていた窓に向かって走る。侵入もその窓から行ったのだろう。雨と風が吹き込んでいた。
「くそ、よくも私の娘に……許さんぞ!!!」
父様は両腕に力を込めて起き上がり、鼻血が垂れるのもかまわずに侵入者に向かっていく。窓の縁に足をかけていた侵入者に体当たりし、そのまま二人一緒に真っ暗な窓の外に転落してしまった。外から聞こえた悲鳴が小さくなる。
「あなた!!」
ショールを引っかけて飛び込んできた母と、ベッドに座り込んだ私は顔を見合わせる。
落ちた――よね?
父様も一緒に。
ここは、二階だ。下は花壇だから、運が良ければ骨折くらいですむかもしれないが、打ち所が悪ければ死んでしまうかもしれない。
私と母様は窓に駆け寄り、外を確かめる。どうやら門の外にいた見張りの兵も騒ぎに気付いたようで、灯りをかざしながら走ってくるのが見えた。遅いでしょ、まったく!
父さまが侵入者に蹴られながらも脚にしがみついているのが見える。
「父様!」
「あなた――!!」
私と母様は「負けるな!」、「頑張って!」と父様に声援を送った。
「なに……何の騒ぎ? うるさいんだけど……」
寝ぼけた声が聞こえて振り返ると、ナイトキャップを被って枕を持った弟のフィリップがドアのところで顔をしかめていた。
「フィリップ、あんたは部屋で寝てなさい!!」
「そうよ、子どもが見るものじゃないわ」
私と母様はそう言い聞かせ、再び外を覗く。父様がしがみついていたおかげで侵入者は逃げられず、兵士が取り押さえているのが見えた。その姿にホッとして、腰から下の力の抜けてしまう。ペタンと座り込んだ私の顔は、雨でびしょ濡れだ。その肩に、母様が温もりの残るショールをかけてくれる。
「母様……」
「怖かったわね。もう大丈夫」
微笑んだ母様に抱き締められて、私は恥ずかしさも忘れて大泣きしてしまった。
「なんなの、まったく……」
フィリップは頭を掻いて、ため息を吐きながら自分の部屋へと戻る。この大騒ぎの中で平然としているんだから、ある意味大物だ。というか、少しくらい心配しなさいよ。あなた、弟なんだから。お姉ちゃまは殺されるところだったんですよ。
◇◇◇
侵入者は兵士によって馬車で護送された。父様は幸い落下した時に侵入者を下敷きにしたので、大きな怪我を負わずにすんだようだ。ただ屋敷に戻ってきた時には泥だらけになっていた。
「父様!」
駆け寄ろうとした私は父様の格好を見てやっぱりやめておく。
「あなた、大丈夫ですか!?」
母さまも心配そうに尋ねたけれど、やっぱり近付こうとしなかった。
「ああ、私はなんともない。あいつめ! いったい何者か知らないが、鼻をへし折ってやるべきだった!!」
父様は拳を握って憤慨する。執事がメイドたちにお湯をとタオルを運んでくるように指示を出していた。すぐさま盥とタオルが運ばれてきて、使用人たちがせっせと突っ立っている父さまの服を脱がしてその顔や手を拭く。
「父様、ありがとう……父様が来てくれなかったら、私はどうなっていたかわからないわ」
私は階段の途中に立ったまま笑ってお礼を言った。
「父親として、当たり前のことだからな。だが、アイビー。本当に無事か? 怪我をしているかもしれないから先に医師の先生に診てもらいなさい。今、呼びに行かせているから」
「私は平気よ。父様の方が重傷よ?」
「そうですよ。あなたは二階の窓から転落したんです。無謀なことですよ」
母が歩み寄って汚れている父様の頬に手を添える。「頭に血が上っていたんだ」と、父様はモゴモゴと口ごもっていた。その頬が赤い。私の理想の夫婦って、父様と母様だったんだなと改めて思う。こんなふうに、お互いを思いやれて、優しくなれて、守り守られたくなるような、そんな人と結婚するのが私の夢だった。ローマンとの婚約が決まってしまってからは、すっかり諦めていた夢でもある。
父様のことは母様に任せて、私は部屋に引き返す。暗い部屋は窓が開いたままになっていて、雨と風が吹き込んでいた。窓を閉め、さっきまで侵入者と戦っていた自分のベッドを見る。そのベッドで、今夜一人で寝るのはちょっと怖かった。また同じような目に遭うかもしれないと不安になって、眠れないだろう。
落ち着いてくると、かわりにひどく疲れを感じて、のろのろとソファーに移動する。母様のショールを羽織ったまま、しばらく膝を抱えて座っていた。メイドが部屋にやってきて、濡れている床や窓の辺りを掃除してくれる間も、ベッドを整え直してくれている間も、ずっと動かずにいた。
王宮に戻りたいなぁ。
毒を盛られて殺されてそうになっても、また誰かに命を狙われることがあっても、あそこでは一人ではない。今は一人でいたくない。「お嬢様、温かいミルクです。ほんの少し、甘みをつけてもらいましたよ」と、メイドがカップを用意してくれる。
「ありがとう……」
お礼を言ってカップに手を伸ばしたけれど、手の震えが止まらなくて両手でカップの縁を支える。
気付いたら泣いしまっていて、私はチビチビとミルクを飲みながら涙をネグリジェの袖で拭った。
馬車の音が聞こえた気がして、ふと顔を上げる。こんな時間に誰か来たのだろうか。キャバリック公爵家に使いをやったから、リオンが報告を聞いてやってきたのかもしれない。私の護衛なんて面倒がっていたリオンだけど、いま屋敷の警備の責任を担っているのは彼だ。侵入者があったのに、明日になってから暢気にやってくるわけにはいかないだろう。
そう思って、ゆっくりとほんのり甘いミルクを飲んでいると、廊下が騒がしくなる。人の声とバタバタとした足音が聞こえた。
あんな事があったので、不安が押し寄せてくる。
「お待ちください、お嬢様は……」
メイドが慌てふためいて止めている声が聞こえた。誰だろう。リオン? そう思っていると、ノックの音もなく扉が勢いよく開いた。ビクッとした私の目に飛び込んできたのは、コートを羽織った姿の殿下だった。
彼は息を吐きながら私を見る。その表情が強ばっていた。
「殿下、客間でお待ちくださいませ。お嬢様は今、大変お疲れになっておられます!」
家政婦長がやってきて頭を下げて言った。メイドたちも困惑の表情で作業の手を止めている。
「アイビー……無事か?」
殿下がひどく不安そうな声で尋ねた。それだけで心配をかけたことが分かる。
私は思わず立ち上がり、殿下に駆け寄った。
自分がネグリジェのままで、雨に濡れてしまった髪もそのままだったことも忘れていた。
二歩ほど部屋に入ってきた彼の胸に飛び込んでギューッと抱き締める。
メイドたちはポカンとしていたが、すぐにハッとした様子で急いで部屋を出て行く。扉が閉まる音が聞こえた時には部屋にいるのは私と殿下だけになっていた。
私が胸に顔を埋めたまま動かないから、殿下は心配したのだろう。宥めるように背中を撫でてくれた。
「襲われたと聞いた。怪我はないか?」
問われて、私はプルプルと首を振る。
「大丈夫です……これでも、頑張って戦ったので」
声が震えてしまって、少しも大丈夫そうな声にはならなかった。殿下が息をのむのが分かる。
「戦った? 君がか?」
「ええ、そうですよ。目を開いたら、目の前に刃物を持った人がいたんです。悲鳴を上げようとしたけれど、口を塞がれてしまって……だから、噛みついたり引っ掻いたり、枕を叩きつけてやったんです。相手が少し怯んだから、その間に大声を上げて騒いだら、父様や母様が来てくれました。うちの屋敷が小さくてよかったです。声が筒抜けだもの」
なんとか冗談めかして笑おうとしたけれど、うまくいかない。殿下は「見張りは何をしていた」と、苛立ちを込めて呟く。険しい表情になっていた。これはきっと、リオンが怒られるのだろう。警備責任は彼にある。その上、本来なら夜でも屋敷に詰めていないといけないのに、彼は屋敷から通っていて、夜の警備を兵士に任せていた。
(リオン……大丈夫かな……)
彼が責任を取らされて、近衛騎士をクビになったりしないといいけれど。せめて謹慎とお説教と減俸くらいで許してあげてほしい。彼は大貴族の子息だから、多少減俸されたとしてもそう困らない。それに、リオンはきっと知らせを受けて、すぐに王宮に報告に向かったのだろう。まさか、殿下が直々に来てくれるとは思わなかったけど、それもリオンのおかげだ。私も濡れてしまったくらいだし、怪我はしていないから大目に見てあげてほしい。
殿下は難しい顔をして考え込んでいたが、急にコートを脱いで私に羽織らせる。足がふわっと浮いたかと思うと、殿下の腕で横抱きにされていた。
「は、え? あれ、殿下!?」
「王宮に戻るまでしばらく我慢してくれ」
「今からですか!?」
「問題があるなら、私が君の部屋に泊まろう」
そう言われて顔が真っ赤になる。夫婦だから同室に泊まるのは当然だ。王宮でも寝るのは一緒だったのだからもちろん抵抗はない。けれど父様や母様がいるこの屋敷で殿下と同室というのは落ち着かないし、まだ未成年の弟の教育にもよくないはず?
「いいえ! 王宮に戻ります。王宮がいいです!!」
私は慌ててそう返事をした。
殿下は私を抱えたまま部屋を出ると、さりげなくチラ見してくる使用人たちの前を平然と通り過ぎて、父様や母様への挨拶もそこそこに子爵家の邸宅から出る。雨の中では、苦り切った表情のリオンが項垂れて立っていた。私を見るとすぐに目を伏せる。いつもなら従僕に傘を差し掛けてもらっているだろうに、今日はさすがにクライスの姿はなかった。かわりに近衛騎士団の制服がずぶ濡れだ。
「申し訳…………ありません。私の落ち度です…………」
驚いたことに彼は泥まみれの地面に膝をついて、頭を垂れながら声を絞り出す。
「釈明は明日聞こう。侵入者から徹底的に聞き出せ」
殿下は一度もリオンを見ることなく、ヒヤッとするような冷たさを含んだ声で一言命じる。門の外で待っていた王家の馬車に、私を一度も下ろすことなく乗り込んだ。
馬車の扉が閉まっても、私はまだ殿下の膝の上だ。
ええっと、この体勢のままでいいのかな。でも殿下は膝から下りろとは言わないし、向かいに座らせてくれる様子もない。だから私はじっとしたままでいた。
王宮へと向かう馬車の中で、殿下は一言も口を開かない。何か考え込んでいるようで眉間の皺の線が四本になっていた。ちょっと機嫌が悪い時や不快なことがあった時が一本で、難しい事態に直面している時が二本。相当我慢している時が三本で、四本はたぶん――我慢の限界を突破している時だ。
五本線になったらどうなるんだろう。私はまだそんな殿下を見たことがないけれど。とにかく、今までで一番怒っているのは分かる。そしてその怒りは私に向けられたものでもないことも分かっている。それなら、膝にずっと抱えたままではいないだろう。
「すまなかった……」
殿下がポツリと謝る。
「子爵家の屋敷ならば、護衛をつければ大丈夫だろうと思っていた私の認識が甘かった。まさか、このような暴挙に出てくるとは……警備が手薄であったことも、子爵にも君にも申し開きできないな」
「いいえ! 私が戻りたかったんです。ちょっとだけ王宮にいるのが気詰まりで……殿下はその私の気持ちを汲んでくれたのでしょう? それに今日は嵐で、雨も風もひどいから、侵入者の物音に気付かなかったのも仕方ないことです。あの~~殿下。あまり、リオンを怒らないでくださいね?」
「そういうわけにはいかない。彼は君の屋敷で待機しているべきだった。そう指示を出していた。それを勝手に変更して報告もしていなかったのはキャバリックの責任だ」
リオン、殿下に報告していなかったのかぁ~~それは怒られても仕方ないね。うん。
しっかり反省しなさい。
「君の窮地に一番先に駆けつけた者が護衛の者ではなく、君のお父上だったとは……まったく、情けない。君に万が一のことでもあれば、彼の首一つではすまなかっただろう」
その首って、罷免される意味のクビじゃないよね?
本当の首が落ちていたってことだよね?
私はギョッとして、「あ、あの、殿下!」と声を上げた。
「処刑なんてやめてくださいね! 私がキャバリック公爵家の恨みを買ってしまいますから。それに、リオンは真面目に頑張ってくれていましたよ? 夜はえっと……仕方ないです。ほら、王太子妃の私と仮にも公爵家の子息であるリオンが同じ屋根の下で寝起きするなんて対面が悪いというか、言い訳できないでしょう? だから、夜は見張りを置いて、彼には帰ってもらうほうがいいって私が提案したんです。ですから、襲われたのは私の不注意で……とにかく、リオンの落ち度は少ないですから、できるだけ軽い刑でお願いします」
いくら小生意気天使でも、処刑なんてあまりにも気の毒だし、寝覚めが悪すぎる。そんなことになったら、私は一生彼に申し訳なく思いながら生きていかなくてはいけなくなるだろう。
私の顔をジッと見ていた殿下が、フイッと顔を逸らす。
「君はキャバリックを名前で呼ぶのだな」
「え? あっ、違うんです。これはですね。リオ……キャバリック卿がですね。弟みたいなので、つい呼んでいただけのことなんです! もちろん、王宮ではそんなふうに呼んだりしません。それに、私が声をかけるのも彼はものすごく嫌がりますよ。私のこと大嫌いだと思いますし、近付きたくないオーラをひしひしと感じますから」
「ほぉ……私の妃にたいそう無礼な振る舞いをしたらしいな」
殿下が薄らと笑ったので、私は背筋をピンッと伸ばす。ゴクッと喉が鳴った。
ごめん、リオン。余計に墓穴を掘ってしまったみたい。後は自力でなんとかしてねと、私は心の中で彼のために祈っておいた。




