お茶会は不滅
殿下が護衛に派遣してくれたキャバリック公爵家の三男にしてチワワこと、リオン=キャバリック君は、意外と根性あったらしい。逃げ帰って殿下に泣きつき、護衛の任務から外してもらうように懇願するのかと思っていたけれど、翌日も真面目にやってきた。これも、殿下に対する忠誠心故なのか。というか、私には忠犬チワワにか見えない。
お茶会に招いたアンリエットとジェーンがやってきたのは、午後のことだ。子爵家の邸宅はオンボロで狭いけれど、一応猫の額ほどの広さの裏庭がある。二人がやってくると、私はすぐに駆け寄りたい衝動をグッと堪えて礼儀正しく挨拶を交わす。二人もそれにならって畏まった挨拶をしてくれた。
殿下の忠犬チワワは、私達にダンゴムシを見るような目を向けて離れた庭先に立っていた。彼の優秀な従僕のクライスが、わざわざ隣に並んで日傘を差し掛けている過保護っぷりだ。なんていうか、あの子って近衛騎士というより、甘やかされて育った良家のお嬢様って感じだわね。
私は一応、お部屋で休んでいいのよと言っておいたけれど、護衛の任務までは放棄するつもりはないらしい。殿下に怒られるからかな。私が彼の怠慢を殿下に告げ口すると脅したのが、思いのほか効いているようだ。さすが、忠犬チワワだ。殿下の心証が悪くなるのは嫌らしい。
テラスのガーデンチェアに座った私達の会話は、離れて突っ立っているリオンにはたぶん聞こえないだろう。彼が女性嫌いでよかった。そうでなければ、後ろに張り付いて聞き耳を立てていただろうから。
うちの屋敷で働いている数少ないメイドたちが、張り切って準備してくれたお茶会だ。テーブルにはクロスが敷いてあり、小さな花瓶に花が生けてある。ドライフルーツのパウンドケーキやクッキーがお皿に盛り付けてあった。お茶をいれてくれたメイドが後ろに下がると、私たちはテーブルに身を乗り出すようにして頭を寄せる。
「アイビー! あなたが急に子爵家に戻ることになったって聞いてびっくりしたわよ。まさか、噂通り本当に王宮を追い出されて離婚されるんじゃないでしょうね?」
ジェーンが声を抑えながら、待ちきれないように訊いてきた。今日のお茶会はまどろっこしいお作法なんて無視だ。強いて言うなら女学校流よ。
「そんな噂になっているの!?」
「なってるわよ。でも、色んな噂が広まりすぎて本当かどうか分からないから、こうしてあなたに直接確かめられる機会があってよかった」
きっと、ジェーンもアンリエットも私を心配して、気にしてくれていたのだろう。今日のお茶会の誘いも、二つ返事で来てくれた。学生時代からの変わらぬ友情に、私はジーンとする。
「それがね……実は……」
私はチラッとチワワの様子を確かめてから、さらに声を小さくして毒事件のことを話す。
「ど、毒!?」
仰天したのか、ジェーンの声が大きくなる。私はその口にマドレーヌを押し込んだ。ギロッとチワワが睨んでいる。私が余計なことをしゃべらないか見張っているつもりらしい。
「ええ、そうなのよ~~!! 独特な髪型にしてみようかと思っていますの。どうかしらね~~!!」
私はわざと大きな声で言う。
「ええ、とっても素晴らしいと思いますわ~~!」
ジェーンも扇を開いて私に合わせてくれた。クッキーの食べ比べをしていたアンリエットも、私達の目配せに気付いたのかハッとした顔をする。
「そうですわね~~私も……ええっと、シュークリームみたいな髪型にしてみたいと思いますの!」
アンリエットはわざと遠くにいるチワワに向かって声を大きくする。
「そうでしょう!? 私もシュークリームみたいな髪型がよろしいと思っていますのよ。おほほほ」
私たちは顔を見合わせてお上品に笑い合う。
アンリエットは胸を押さえてホッとした表情になると、ニコニコしてシュークリームを口に運ぶ。口元にクリームがついてしまっているから、私はハンカチを取り出してそのクリームを拭ってあげる。ついでに頭も撫でてしまったのは学生時代からの癖だ。アンリエットは癒やし系で、側にいるだけでほんわりとした気持ちになってくる。アンリエット、あなたはずっとそのままでいてね。
「毒を盛られたって……それ、大丈夫だったの!?」
ジェーンが頭をさらに寄せてきて、ヒソヒソ声で尋ねた。
「大丈夫じゃなかったら、今頃ここで二人とお茶会なんてできてないわよ。棺桶の中だわ」
私はパウンドケーキをフォークで口に運ぶ。お酒に浸したドライフルーツの香りがふわっと広がって、頬が緩んだ。うちのドライフルーツのパウンドケーキは私の大好物でもある。味わうのは久し振りだ。
「それはそうよ。体調は大丈夫かって訊いているの!」
「もちろん。死ぬほどの量じゃなかったし、すぐにお医者様に診てもらったもの。まあ、数日は気分が悪かったけど。もう平気よ。屋敷に閉じこもってばかりだから、動き回りたくてしかたないくらい」
「全然知らなかったわ……あなたが子爵家に戻ってきたのは安全のためってわけね」
ジェーンは安堵したように軽く息を吐いて、紅茶のカップに手を伸ばす。
「ええ、そう。だから、ほら……護衛がついているわけよ」
「わぁ、本当。すごいね。アイビーはすっかり王太子妃様だね」
目を丸くしたアンリエットは、離れて立つリオンを物珍しそうに眺めている。その視線に気付いたのか、リオンはさらにしかめっ面になっていて美少年っぷりが台無しだ。
「いらないって言ったんだけど、仕方ないのよ」
「近衛騎士よね……」
ジェーンもチラッとリオンを見る。
「そう。キャバリック公爵家の三男だそうよ」
「えっ、嘘! そんな大貴族の子息があなたの護衛!? でも、なんで睨んでるの?」
「ああ、気にしなくていいわ。私達がダンゴムシに見えているだけだから」
「なにそれ……」
「ダンゴムシ?」
ジェーンもアンリエットも首を傾げる。私は「女性嫌いなのよ」と、肩を竦めた。
二人とも「なるほど」と、頷いている。
「それより、犯人は見付かったんでしょうね?」
「まだみたい。ただ、王宮のメイドが一人いなくなったそうよ。犯人かどうかはわからないけど」
「それは……あからさまに怪しいわよね」
腕を組んだジェーンが、深刻な顔をして考え込む。
「そうでしょう?」
「そうよ。自分が犯人だって言っているようなものじゃない」
やっぱり、ジェーンは鋭い。犯人はまだ王宮内にいて平然と働いている可能性がある。だから、殿下も私を子爵家に戻らせたのだろう。
「証拠はないし、もう見つけるのは難しいじゃないかしら」
「それじゃあ、あなたはずっと子爵家にいることになるじゃない。結婚していきなり別居生活?」
「仕方ないわ。それに、王宮の暮らしは窮屈だし。戻らなかったら、あなたたち二人ともこんなふうに簡単にお茶会を開けないわよ」
「世間体の問題があるでしょう? 王家は何を考えているのかしら。あなたのこと、ちょっと蔑ろにしすぎじゃない!?」
ジェーンは気に入らないとばかりに顔をしかめる。そう言ってくれる友人がいるだけ、私は幸せだ。
「田舎貴族の娘の扱いなんてそんなものでしょ。でも、殿下は親切よ?」
「へぇ、そう? もう、のろけちゃってるの?」
頬杖をついたジェーンがニマーッと笑う。私は赤くなって、「まさか!」と否定した。
急いで飲んだお茶が熱い。
「唯一の味方だってこと。殿下がいなかったら、私は今頃地下牢で拷問を受けていたかもしれないもの」「ええっ、アイビー……拷問されちゃうの!?」
びっくりしたようにアンリエットがクッキーをポロッと落とす。ショックを受けたように目が潤んでいた。
「大丈夫。まだ、拷問されないわ。この先もそうとは限らないけど」
「そうなったら、私……アイビーを救出に行くね!」
アンリエットは決意したように、グッと拳を握っている。
「どうやって、助けるつもりなのよ」
ジェーンが呆れた顔で訊くと、アンリットは「うーん」と考え込んでからニパッと笑った。
「壁をよじ登る!」
「あははっ、あのチワワよりずっと頼もしいことを言ってくれるのね。アンリエット」
私はつい声を出して笑ってしまった。アンリエットは「チワワ?」と、不思議そうな顔をする。リオンに視線を向けて目配せすると、「ああ……」と頷いていた。
「ジェーン、手紙に書かれていたことは本当?」
二人を呼んだのは、陛下の即位二十五週年の記念パーティーの日に受け取った手紙のことを訊きたかったからだ。二人にはあることを調べてもらっていた。ローマンとミレーネ嬢のことだ。
「兄さんに調べてもらったから、確かだと思うわ。ローマンが令嬢を伴って賭博場に出入りしていたのを見た人がいるって。もちろん、その令嬢が誰かまでは分からなかったけど」
ローマンが賭け事に夢中になって、かなり借金を作っていたことは知っている。けれど、女性同伴だったとは知らなかった。ジェーンの兄は王国騎士団に所属していて、王都の警備に当たっている。友人も多いから噂は耳に入ってくるのだろう。
「それって、高級娼婦とかではないの?」
私は眉を潜めて尋ねた。ローマンのことだから十分にあり得る。
「それはなんとも言えないわね。金髪だったとは聞いたわ」
金髪の女性なんて珍しくはない。ミレーネ嬢も金髪だ。けれど、公爵家の令嬢が非合法な賭博場に出入りなんてする? しかも、アホのローマンと一緒に。ミレーネ嬢は品行方正で貞淑な女性だと聞いてる。王太子妃候補に選ばれるような人だ。厳しく教育されていて、淑女の見本のような人だっただろう。
ただ、殿下から聞いたミレーネ嬢の話がひっかかる。
彼女は殿下に「自由がほしい」と、よくもらしていたそうだ。
「自由ね……」
私は腕を組んで呟いた。
「自由?」
アンリエットが紅茶をチビチビ飲みながら、私にクリッとした瞳を向ける。
「ミレーネ嬢って幼い頃から王太子妃候補として育てられてきたでしょう? きっと息の詰まる思いをしてきたんじゃないかしら」
「うんうん。私なら、きっといじけて逃げちゃうよ」
アンリエットが同情するように言い、コクコクと頷く。私だって、彼女の立場だったらきっとそうだ。自由に外出することもできないし、お茶会を開いても私達みたいに気兼ねなく好きな話はできなかっただろう。親が選んだ家柄のよい令嬢たちばかりに囲まれて、お上品な会話しかできない。常に失敗しないように気を張っていなくてはならない。王宮で数日暮らしただけで、私はぐったりだった。あんな毎日を何年も送り続けていたら気が滅入る。
「それで、ローマンと駆け落ちしたっていうの? まあ、確かにあの人は自由だったわね」
ジェーンはローマンのことを昔から嫌っていた。ローマンの不真面目さは有名だったから、私が苦労すると心配してくれていたのだろう。
「そうでしょう? 後先考えずに、好きなことをしていたわ。お金だって、好き放題使っていたし」
あの人は確かに、自分の評判なんて少しも気にしない人だった。恥を知らないとも言うけど。そんなローマンを見て、ミレーネ嬢が羨ましく思ったとしたら?
自分とは正反対のタイプにひかれる人はいる。こっそり羽目を外してみたいと思ったところで、おかしくはない。
「カストリアン公爵家の令嬢って、そんな破滅的な願望を抱くようなタイプ? 王太子妃候補だったのよ」
ジェーンは理解できないというように難しい顔をしている。私もアンリエットも、「うーん」と悩む。私達はしょせん、田舎貴族の令嬢の集まりだ。大貴族の令嬢とはほとんど顔を合わす機会はない。同じパーティーに出席する機会すらほとんどなかったくらいだ。住む世界が違うと言ってもいい。その貴族の令嬢たちの頂点みたいな立場だったご令嬢の心中なんて、私達がいくら想像したところで分かるはずもない。ミレーネ嬢がどんな人だったのか、考えてみたところでまったく知らないのだ。
多くの人に憧れられる立場にいても、それなりの苦労があるということは私も理解できる。彼女が王太子妃候補であるために、積み重ねてきた苦労や努力がどれほどのものかも、想像するくらいはできるのだ。私も少しばかり王太子妃教育を受けたから。歩く姿勢から、お辞儀の角度、話し方まで全てにおいて完璧でいなくてはならない。指先まで神経をつかう。
そんなふうに育てられてきた令嬢が、国王陛下の即位二十五週年の記念パーティーの場で、恥も体裁もなく国王陛下に訴えを起こして泣き崩れた。私は何も分からなく、ただぼう然としていた。できることなら、今すぐミレーネ嬢に会って直接話を聞きたい。ただ、それは公爵が絶対に許さないだろう。
「なんとか……ミレーネ嬢に接触できないかしらね」
考えていることがついポロッとこぼれる。
「向こうはあなたのこと、敵だと思ってるわよ。決闘でもするつもり!?」
「まさか。事情を聞けないかと思っただけ。ミレーネ嬢はパーティーになんて出てこないわよね?」
「それはそうでしょうね。噂の的だもの。それに、今の状況で暢気にパーティーなんて楽しんでいたら顰蹙ものよ。きっと、公爵家の屋敷に閉じこもっているわ」
「お菓子を持って、みんなで遊びに行くっていうのはどうかな!」
アンリエットが食べかけのマドレーヌを見せて、提案してくる。
「うんうん、アンリエット。その考えはとっても素晴らしいわ。でもたぶん、門前払いよ」
私はしょぼんと落ち込むアンリエットを慰める。
「とにかく、そのローマンと同行していた女性についてもう少し調べてもらえる?」
「こういうことは兄さんに頼むしかないわね。賭博場に出入りしている友達なんて、私たちにはいないもの」
「ジェーン、お願いするわ。あと、引き続きローマンとミレーネ嬢のことを調べてほしいの。二人の接点がわからないから」
「私も頑張って調べてみるよ!」
アンリエットが頬にマドレーヌのカスをくっつけたまま、手を挙げる。
「ありがとう。二人とも頼りになるわ。今の私じゃ、自由に動けないもの。本当は二人と気兼ねなく買い物を楽しんで、カフェにでも行きたいわ」
私ははぁとため息を吐いた。
「アイビー、またお茶会できる?」
心配そうな目をしてアンリエットが訊く。
「もちろんよ! どんな手を使ったって、私達のお茶会は開催するわ。それこそ、いざとなったら王太子妃権力を振りかざして要求するわよ」
「あなたね……そんなしょうもないことに権力を使わないでよ」
ジェーンがお茶をゆっくり飲みながら、呆れた顔をして笑う。
「本気よ。私にとって、二人とのお茶会がなによりも優先事項なんだから」
「まあ、学生時代に約束したものね。私達がおばあちゃんになっても、お茶会するって」
「そうよ、私達のお茶会は不滅なのよ!」
私は二人と顔を見合わせて、遠慮なく笑い合った。そんな私達に、リオンは庭の隅に突っ立ったまま、早く終われとばかりにイライラした視線を飛ばしていた。




