護衛
王都の貴族街にある子爵家の邸宅に戻ると、私の帰りを待ちわびていた父と母が出迎えてくれた。
「おおおっ、アイビー!! よく戻ってきた。あんな目に遭わせると分かっていたら、お前を王宮なんぞに行かせたりしなかったというのに。毒を盛られたと言うじゃないか。平気なのか!? 歩いて大丈夫なのか!? 医者のダドリー先生を呼んであるんだ。お前が子どもの頃から診てくれた信頼できる先生だ。王宮の侍医などあてにならんからな。もう一度、しっかり診てもらうとしよう。王家の連中め。私の娘をよくも晒し者にしおって!! 許さんぞ。こうなったら、子爵家は独立だ! そうだとも。独立戦争だ! 小領地の田舎貴族だとバカにしたことを後悔させてくれる!!」
私を暑苦しい――ではなく、息苦しいほど強く抱き締めた父は、拳を振り上げてのたまう。数少ない子爵家の使用人たちも涙を流し、「旦那様、お嬢様! 私たちもお供いたしましょうぞ!」と拍手を送っていた。
「あなた、少しは落ち着きなさいませ。アイビーも疲れているのですから。早く、部屋に」
母に扇でスパンと頭を叩かれた父はようやく正気に戻れたらしい。「おおっ、そうだった。今すぐに部屋に行くといい。もう王宮に戻る必要などないから、ずっと子爵家の屋敷にいなさい」と笑顔で言う。
「アイビー、よく戻ってきましたね。王宮では少しも気が抜けなかったでしょうから、この家では安心して寛いでちょうだい。お菓子とお茶も用意してありますよ」
「ありがとうございます。お母様。ご迷惑ばかりかけてごめんなさい」
私は母と軽く抱擁を交わして、その頬に軽くキスをする。
ちょうど階段を降りてきた弟のフィリップ十歳が、私の顔を見るなり「もう、出戻ってきたの?」と嫌そうな顔をする。相変わらず、かわいげの欠片もない弟だ。私はその生意気な頭にゲンコツを落としたい衝動を堪えて、笑みを作って大きく両腕を広げた。
「ただいま、フィリップ~~。元気にしていた? あなたの大好きなお姉ちゃまのお帰りよ~~」
見るからに逃げ腰になっている弟にギュッと抱きついて、その頭をグリグリ撫で回してやる。
「うわ、やめてくれよ。いつまでも赤ん坊じゃないんだから!」
ジタバタして逃れようとするフィリップから、私はパッと腕を離した。この辺りで勘弁してあげよう。あんまりしつこくすると、本当に嫌われてしまいそうだ。フィリップは本を楯のように抱き締めて後退りする。髪は乱れてボサボサになり、顔も引きつっていた。
「このまま、年寄りになるまで亡霊みたいに屋敷に棲み着くとかやめてよね。ただでさえ、狭くてオンボロの屋敷なんだから。姉さんがいると、僕の自由が奪われるだろ!」」
捨て台詞のように言って、図書室に駆け込む。やっぱり、ゲンコツを落として、ここ数日で忘れてしまったらしい上下関係ってやつを、しっかりとその身に刻んでやったほうがよかったかしらね。まあいいけれど。しばらく屋敷にいるのだから、その機会はいくらでもあるだろう。
◇◇◇
「最初に言っておく。僕は女が死ぬほど嫌いだ。近くに寄られるだけで吐きそうになるし、触られると鳥肌が立つんだ。お前の護衛の任務を引き受けてやったのは、殿下直々のご命令だったからだ。でなければ、誰が田舎貴族の子爵家の娘なんかの護衛を引き受けるものか。お前がどこで野垂れ死のうが、毒殺されようが、僕には少しも関係ないし知ったことではない。任務だから一応は護衛の役目は果たしてやるし、同じ部屋にいるのも我慢してやろう。だが、勤務時間外の仕事はしないし、お前に礼儀を払うつもりもない。僕はお前みたいな田舎娘が王太子妃だなんて認めてもいないんだ。無様に転んでも手を貸してもらえるなんて思うなよ。必要なとき以外話しかけてもくるな。以上だ」
その日のうちに屋敷にやってきた近衛騎士様は、居間で私の顔を見るなり、ご覧の通りの横柄な態度でそう言ってきた。丁重に出迎えるつもりでいた私の笑みが凍りつく。
なんだか思っていた感じとは違うタイプの騎士様がいらっしゃったんですけど?
殿下が信頼して送ってきた人だ。キャバリック公爵家のゆかりの方だと聞いていたけれど、いっそ清々しいほどに私を見下す態度を隠そうともしない。たしかに、私は田舎貴族の子爵家の娘で公爵家から見れば鼻で笑うような存在だろう。けれど、今の所まだ形式上は王太子妃だ。その私に王家に忠誠を誓う近衛騎士様が随分な態度だ。
ただ、それほどムカつかないのは、腕を組んで偉そうに顎をしゃくっていても、私と背丈がほとんど変わらないからだろうか。むしろ、ヒールのある靴を履いているぶん、彼の視線はどうしても上向きになる。殿下が送ってきたのだから、近衛騎士であるのは間違いないだろうけれど、それにしては華奢で細い。
その上、容姿は教会の天井画に描かれた天使みたいに整っている。蜂蜜色の髪の毛で肌も令嬢が羨ましがりそうなほどなめらかだ。むしろ、殿下の方が日焼けして筋骨隆々で逞しさを感じる。
近衛騎士は国家行事にも王族の護衛として随行するし、国賓の護衛役も担っている。そのため、王家の威光を示すために容姿、家柄共に優れた騎士が選ばれる。王宮で私が見かけた近衛騎士様も、みんな長身で女性たちが見とれそうなほど整った顔立ちの人が多かった。その方々と比べると、目の前にいる近衛騎士様はいささか小柄だ。年齢は私と同じくらいだろうけれど、むしろ見習い騎士や、お小姓と言われた方がしっくりくる。けれど、正式に叙任されている騎士なのだろう。
私があまり威圧感を感じないように、あえて小柄な人を送ってきたのかな。女性嫌いというのも、王太子妃である私の立場を守るため、あまり近付き過ぎない人を選んだのかも。
殿下、そのお心遣いはありがたいのですが、ちょっと人選を間違えているような気がします。
これは、チェンジ! チェンジでお願いします!!
私は眉間を摘まんでふぅと息を吐いた。
まあ、小生意気な弟が増えたと思えば我慢できなくもない。
「承知いたしました。騎士様のご要望通りにいたしましょう。私といたしましては、護衛のお役目を果たしてくださるならそれで十分ですし。無様に転んだとしても、騎士様の手を煩わせるようなことはいたしませんからご安心を。空気のように扱うことをお約束いたしましょう」
私は胸に手を当ててニコッと微笑む。彼は細い眉を寄せて、怪しむように私をじろりと睨む。この任務が面倒くさくて仕方ないのね。でも、殿下に対しては忠誠を誓っていそうだから、この高慢で思わずデコピンしたくなる態度は私の前だからなのだろう。殿下の前ではきっと猫でも被って従順な態度を見せているに違いない。私が子爵家に滞在している間の我慢だ。いったい、いつまで続くのかは分からないけれど。
「ああ、そうしてくれ」
「ところで、騎士様の滞在中のお部屋はどういたしましょう? 一応、客用の寝室をご用意しておりますけれど」
「不要だ。正直、田舎貴族とは聞いていたが、子爵家の屋敷がこんなに古くて狭いとは思わなかった。うちの屋敷の使用人棟ですら、ここよりも広くて新しいぞ。最初見た時には廃屋か幽霊屋敷かと思ったくらいだ。こんな狭苦しい家で寝泊まりするつもりはない。屋敷から通う予定だ。夜間の警備は騎士団から見張りの衛兵を派遣することになっているから安心するがいい」
「そうですか。それを聞いて私も安心いたしました。近衛騎士様に満足していただけるような立派なお部屋は生憎とありませんから。ところで……一つお伺いしても?」
「なんだ? 業務に必要なことだったら答えてやる」
「近衛騎士様はキャバリック公爵家のゆかりの方だと、殿下から聞きました。どのようなご関係なのか、お聞きしてもよいかしら? それに、まだお名前も伺っておりませんでしょう?」
「私はリオン=キャバリック。キャバリック公爵家の三男だ」
彼はフンッと胸を反らして誇らしげに答える。
公爵家の三男!? 直系のご子息なの!?
道理で偉そうだと思ったわ。そういえば、キャバリック公爵家の邸宅は、この屋敷からそう離れてはいない。王家から公女が公爵家に降嫁した時に、譲り受けた離宮をそのまま邸宅として使っていると聞いたことがある。特大の門の奥に噴水のある広い庭が見える白亜の邸宅だ。
確かにあんな屋敷に住んでいる貴族令息からすれば、子爵家の邸宅なんて窮屈すぎるだろう。うちが年季の入った屋敷であるのは否定しようもない。幽霊屋敷は言いすぎですけどね!
それに、王都にある田舎貴族の邸宅なんて、うちの屋敷と似たり寄ったりだ。持ち家があるだけマシというくらいだ。領地の屋敷は、ここよりももう少し広い。ただ、古さでいえばこの屋敷の比ではないけれど。なにせ三百年前に建てられた石造りの城だ。外壁も内装もかなりボロボロで、毎年修繕費がかかると父さまも母さまも頭を抱えている。私が王太子殿下と結婚したから、王家からかなりの額の支度金が入った。それで、なんとか修繕の目処がつきそうだと思っていたのに、私が離婚でもしてしまえばその支度金はどうなるのだろう。全額返却なんてことになったら大変だ。
殿下はそんなケチくさいことはおっしゃらないと思うけれど。
「おい、聞いているのか?」
「あっ、すみません。ちょっと現実逃避しておりました」
「人がせっかく名乗ってやったというのに無礼だな。田舎の小娘はこれだから嫌いなのだ」
はい、やっぱりこの方、チェンジで。今すぐ、交代の方をお願いします!!
「それは大変申し訳ございません。ご不快なこともあろうかと思いますが、田舎貴族の娘ですからご容赦くださいませ。短い間かと思いますが、よろしくお願いします。キャバリック様」
礼儀正しくお辞儀をしておく。我慢の限界に達したら、殿下にお手紙を書こう。目一杯、苦情と不満を添えて。
◇◇◇
性格拗くれ天使こと、キャバリック様が屋敷に来てから三日目。私は自分の部屋の机で、手紙を書いていた。それはいいんだけど、護衛のはずのキャバリック様はソファーにどっかり座って優雅にティータイムを楽しんでいらっしゃる。まるで自分の屋敷のようなくつろぎようだ。しかも、自前の侍従まで屋敷から連れてきたようだ。これまた美形の青年が付き従い、彼のために紅茶をいれたり、スコーンを皿に取り分けたりと甲斐甲斐しく世話を焼いていた。その侍従の名前は、クライス=ハーランというらしい。茶色の髪をした穏やかそうな好青年だ。
「リオン様、スコーンはいかがですか?」
「ああ、いただこう」
カップを持ったリオンが頷くと、彼の侍従クライスは皿からスコーンを取り分ける。
護衛といっても暇でしょうし? 好きにしていただいて少しもかまわないのだけど、レディの部屋でいささか自由に振る舞いすぎではないかしらね。私はその文句をぐっと堪えて、手紙を綴る。
「キャバリック様。明後日、友人を招いてお茶会をする予定です。一応、お知らせしておきますね」
後で聞いていなかったとか何とか文句を言われても困る。これは彼の言うところの必要な業務連絡だ。
「は? 茶会だと? 王宮で茶に毒を盛られたのに、まだ懲りていないのか」
キャバリック様はスコーンを頬張りながら、顔をしかめる。
「招くのは私の学友で、信頼できる子たちです。警戒など必要ありませんからご心配なく。なんなら、お茶会の間は護衛をしていただかなくても結構ですよ」
「そんなわけにいくか。お前に万が一の事があれば、殿下に申し開きできないから言っているんだ。茶会ともなれば護衛を増やす必要がある。余計な仕事が増えるだろう。大人しく図書室にでも引きこもっていろ。茶会はキャンセルだ」
キャバリック様は首を振り、人には茶会をキャンセルだなんて言いながら、自分は悠々と茶を楽しんでいる。握り締めたペンを紙に強く押しつけすぎたせいで、先が曲がりそうになる。慌てて離したけれど、インクが滲んでしまっていた。我慢、忍耐よ。これでも彼は王宮の近衛騎士で公爵家の令息だ。この人を選んだ殿下の顔を立てなければ。それに、カストリアン公爵家に睨まれているのに、キャバリック公爵家の恨みまでかっては、子爵家は貴族社会からつまはじきにされてしまう。ただでさえ、我が家は私が王太子妃なんて分不相応な身分を手に入れたせいで風当たりが強くなり、お父様もお母様も肩身の狭い思いをしているだろう。
「大事な話があるのです。二人とも、私が倒れて子爵家に戻ってきたことをひどく心配しているんですから。元気な顔を見せたら安心するでしょう? それに、茶会といってもそう大勢招くわけじゃありません。二人だけなんです。それくらいいいじゃありませんか。私にだって、大事な付き合いというものがあるんです。それに、二人は殿下の許可をいただいて、王宮の茶会にも招いたことがあるんです。子爵家のご令嬢と、男爵家のご令嬢で、身分もしっかりしていますよ。あなたのお家ほど立派な家柄じゃないかもしれませんけれど、二人とも礼儀を弁えていて私が誰よりも信頼している人たちなんです」
私が皮肉たっぷりに言うと、彼は「は?」と不機嫌な顔をして睨んできた。
だって、そうじゃないの。二人より、キャバリック様の方がずっと無礼者だわ。公爵家が聞いて呆れる。
「一人だろうが、二人だろうか関係ない! 女がゾロゾロやってくるなんて考えただけでもゾッとする。石をどけたらダンゴムシがかたまっていた時みたいに気持ち悪い。絶対、許可しないからな!」
「あら、どうして護衛のあなたの許可がいるのよ。私の社交や交友関係まで口を挟む権利なんてないでしょう?」
「お前の護衛は殿下の命令だ。できるだけ、屋敷から出さないように、誰にも会わないように目を光らせておくのが僕の仕事なんだよ」
ソーサーに戻したカップがガシャッと音を立て、紅茶がこぼれる。彼の有能な侍従のクライスは、微笑みを絶やさず落ち着いた態度でテーブルにこぼれた紅茶を白いクロスで拭き取っていた。さらに、カップも新しく取り替えて、二杯目の紅茶を注いでいる。実に有能だ。さすがに公爵家で躾けられた侍従である。
ただ、彼のご主人様はあまり躾けられていないようで、噛みつきそうなチワワみたいな顔をして睨んでくる。私は深くため息を吐いてペンをペン立てに戻し、書き損じの紙をグシャグシャに丸める。このチワワ君に、やっぱり上下関係ってやつを教え込んだ方がいいようだ。
「リオン」
私があえて彼の名前を呼び捨てにすると、リオンは明らかに不快そうな顔をする。こういうところが、私の弟にそっくりだ。私は彼が王国の誉れある近衛騎士で、公爵家の令息であることをあえて忘れることにした。そう、目の前にいるのは小生意気な弟その二よ。
「名前を呼んでいいなんて許可は与えていないぞ!」
そう言いながらも、声がちょっと動揺しているところがかわいらしいじゃないの。私の嗜虐心がくすぐられてしまう。私って自覚はなかったけれど、もしかして悪女の素質でもあるのかもね。
「私は王太子妃でしょう? 護衛の名を呼ぶのに、遠慮が必要かしら?」
「勘違いするなよ。僕は王太子殿下の命でここにいるんだ。お前如き田舎の小娘が僕に命令できるなんて思うなよ。思い上がるな!」
私が急に立ち上がったものだから、彼は強気な口調で言いながらもビクッとする。
うん、その反応。悪くない。この小生意気で喧しいチワワ君をどうやっていびってやろうか。私はニマーッと笑って、机を迂回して彼のそばまで移動する。
「なんだよ。近付くなって言っただろう。来るな!! それ以上、僕に近付いたら許さないからな。おい、クライス。こいつを僕に近づけさせるな。追い出せ!」
「あら~~。ここは私の部屋ですけれど? あなたに追い出す権利があるのかしら? むしろ、出て行くのはそっちでは? 護衛の任務を放棄したいというのであれば、かまわないわよ。そのかわり、殿下にはちゃんとあなたの献身的な仕事っぷりを事細かく報告しますけどね。いいのかしら~~? あなたの敬愛する殿下は、きっと私からの報告を読んでこう思うでしょうね。『チッ、なんて使えないヤツだ。近衛騎士にまったく相応しくない。降格処分か、左遷だな』ってね」
私が人差し指を見せながら言うと、明らかにリオンの顔色が変わる。オロオロして見守っていたクライスが、さっと前に出て深く頭を垂れた。
「王太子妃殿下様、従僕の身ではありますがどうか発言をお許しください。我が主は妃殿下の身を案じるがあまりに、いきすぎた発言をしてしまったのです。ですが、決して妃殿下を侮辱する意図はなかったのです。敬愛する陛下に託された護衛という重大任務を間違いなく果たすために、気を張っておられるだけ。どうか、寛大なお心を持ってお許しいただきたく、お願い申し上げます」
「おい、クライス! この田舎貴族の娘に頭を下げる必要なんてないぞ。お前は僕の従僕なんだ!」
「そうよ。クライス。あなたが謝る必要は少しもないわ。謝らなくちゃいけないのは本人よ」
侮辱する意図がなかったどころか、侮辱する気満々でそれ以外の意図なんてなかったじゃない。
というか、この人は子爵家にやってきてから、侮辱しかしていない気がするわ。
「リオン様。私がこのようなことを申し上げるのは憚られますが、田舎貴族の娘などと、そのようなことは妃殿下におっしゃるべきではありません。この方は、王太子殿下がお選びになった方なのです」
「はぁ? いったい、いつ殿下が選んだんだ? たまたま、近くの教会にいた余りものだろう」
リオンは腕を組んでフンッとそっぽを向く。まったく態度を改める気はないようだ。従僕の忠言にも耳を貸さないとは呆れた暴君ね。クライスは困り果てているようだ。
私はジロッとリオンを睨み、その頬をギューッと抓ってやった。
「痛いだろ。何をするんだ。私に触れるなと言ったはずだ。見ろ、鳥肌が立ったじゃないか!! 次にやってみろ。絶対許さないからな!!」
素早く飛び退いたリオンは、赤くなった頬を押さえる。やっぱり、キャンキャン吠えてくるチワワみたいな子だ。私は腰に手を当ててため息を吐く。
「許さないからなんだっていうのよ。私相手に腰の剣でも抜くつもり? いいでしょうよ。やってみなさいよ。あなたが近衛騎士をクビになるだけでしょうね。それどころか、王太子妃に剣を向ければ反逆罪にだって問われかねない。その覚悟があるなら、さあどうぞ。それともなに? 口ばっかりなの? そんなことで、チワワ君に私の護衛が務まるのかしらねぇ」
私が見下ろすように言うと、彼は後退りしてよろめくようにソファーに座る。顔が真っ赤になっていて、唇を噛んでいるところを見るとよっぽど屈辱だったらしい。それとも、公爵家子息様はこんな風に女性に言い返されることに慣れていないのかしら? だとしたら、とんだ世間知らずなお坊ちゃまだわ。
「これだから……女は……」
握った拳を震わせながら、彼はボソッと呟く。
「なんですって?」
「これだから、女は大嫌いなんだ!!」
「ああ、そう。女性を敬うのは騎士の基本じゃない。近衛騎士のくせに、そんなことも分からないなんて、向いてないじゃない? 女性が簡単に辿り着けない岸壁の上にある厳格な修道院にでも入ることをおすすめするわ。そうすれば、大嫌いな女の人に煩わされることはないでしょうよ」
私が言い返すと、リオンは口をあんぐりと開けてかたまってしまった。こんなに侮辱されることは生まれて初めての経験でショックが大きかったのだろう。私は哀れむように、彼の肩をポンと叩いた。
「殿下には、できるだけ早くあなたの代わりの人を寄越してくれるようにお手紙を書いておくわね。あなたには私の護衛の役目は荷が重すぎたみたいだから」
ニッコリ微笑んで、私はさっさと自分の部屋を出て行く。ここより、静かな図書館で手紙を書く方がずっと集中できそうだ。
「おい。待て。勝手に移動するな!」
急に我に返ったリオンが、腰を浮かせて呼び止める。
「あなたはこの部屋でゆっくりお茶でも飲んでいればいいわよ。心配しなくたって、この屋敷には私に毒を盛ろうなんて考える人はいないから」
振り返って言い、私はパタンと扉を閉めた。
これでちょっとは思い知ったはずよ。明日にはもう嫌になって来ないかもしれない。それなら、それで仕方ない。誰もイヤイヤながら護衛してほしいわけじゃないもの。あの人の代わりならいくらでもいるでしょうから。でもまあ、できれば今度はもう少し礼儀を払える人をお願いしたいものだ。




